ひだりの彼氏


52




彼のクラスメイトの女の子と別れた後すぐ安奈に電話した。

「安奈?」
『お姉ちゃん?どうしたの?迷子になった?』
「違うわよ!」
『じゃあ何よ?』
「なんか人に酔ったみたいで…早目に帰りたいんだけど…ダメ?」
『別に構わないけど…大丈夫?』
「うん…」
『じゃあ30分後に正門でいい?後少し話したい人がいるから』
「わかった………安奈…」
『ん?』
「ごめんね…」
『だからかまわないって…それよりお姉ちゃん何かあったの?』
「な…何にも無いって……歳だからかも」
『やだ。何おばさん臭い事言ってるのよ?』
「なんか急に年取った気分…」
『何言ってんのよ!若い子のパワーもらいなさいよ。じゃあ30分後正門でね』
「うん……」

通話を切って携帯を閉じる…

「若い子のパワーに酔ったのかもね…」

そんな言葉を呟いて待ち合わせの正門に向かって歩き出した。


彼のクラスメイトの言う事に否定はしなかった…

間宮さんと付き合ってるって言うのは誤解だったけど今更もうそれはどうでも良いことだったから黙ってた。

彼女の指摘した事は世間一般論で当たり前のことで自分でもずっと思ってた事だから…
そう思ってて…思ってたけど自分で思うだけじゃ何の意味も無かったから…

誰かに…今の彼との関係は変だと……彼と歳の近いあの子にキッパリと言って欲しかった…

『俺等みたいな若い男目当てで来てるんだろって言ってんの』
『大体高校の文化祭にあんたくらいの歳の女が1人で来るなんて遊び相手探しに来てんだろ?』

さっきの男の子だって言ってたじゃない……私の歳じゃ高校生相手は遊び相手なんだ…
もうすぐ30にもなろうとしてる独身女が10代の男の子に…
ましてや高校生を結婚の対象として望むなんてありえないわよね…

おかしいと言うか望んでないし彼等だって望まれても困るだろう…

私だって彼にそんな事…望んでなんていなかったけど…

「26か……あっという間に30だもんね……」

別に結婚は考えてない…恋愛もまだしたいとも思わないし…
じゃあ彼とは……一体何だったんだろう?

恋愛とは違ったような……確かに年下で弟みたいな年齢だけど弟だと思った事はない。
見かけによらず強引で自己中で隠れ俺様の彼のペースに巻き込まれてただけなのかな…

『 どうして奈々実さんと一緒にいたいのか知りたい 』

それが彼が私の傍にいる理由……まだ…わかってないのかしら?
ううん…きっとそんな理由なんて最初から必要じゃなかったのよ…
曖昧にして……私の事好きじゃ無いからそんな事を言って誤魔化してた…

大体変な理由でキスばっかりするし……

やっぱりただからかうと面白いから色々やってたんだろうな…なんて思う。
じゃなきゃあんな若い子が私みたいな年上を相手にするはずないし…
で…その見返りが食事の支度か……

私が彼のことを好きだと言ったら……彼はどうしたんだろう?
そんな事まで思ってなかったって…私から離れて行ったかもね……

きっとこの文化祭が終われば大学受験一色になるだろうから
こんな変な事で彼をわずらわせちゃダメよね……

本当はもっと早く終わらせなきゃいけなかったのに…
つい彼の強引さにズルズルきちゃって……
歳上の…私が終わらせなきゃいけなかったのに…

だからこんな所で…その事に気付かされるんだ……

「ホント……私ってバカね……」

私は自分に言う様に話し掛けた。

「今更…だよね……決断するの遅すぎ…だよね…ふふ……」

ちょっとふざけた言い方でまた独り言の様に自分に呟いた。

彼が居ることに安心しすぎちゃってた……
こんな…つり合わない関係なのに……
自分より大分年下の子に言われて決心するなんて……

「…………」

私は振り向いて文化祭の為に彩られてる高校の校舎をしばらくの間見上げてた。

きっと彼女の口から彼にさっきの話が伝わるだろう…

私に付き合ってる男がいて…二股掛けられてたなんて…
私が今までどんな風に思っていたかも伝えられるんだろうな……

他人の…しかもクラスメイトの女の子から言われれば彼のプライドが傷付けられて
私の事なんて呆れるだろう…そんな女だったのかって思うでしょ……
そしたら私の所に来ようなんて思うわけ無い……


私はずっとそんな事を思って……

それからしばらくして安奈が正門にやって来たから
近くのパーキングに停めてあった私の車で実家まで安奈を送っていった。。



「寄ってく?」
「うん。………夕飯…食べてってもいい?」
「え?何よ〜お姉ちゃんの家でもあるじゃない。一緒に食べよう ♪」
「うん…じゃあちょっと電話掛けるから…終わったら行く」
「うん。何か飲む?」
「うん……冷たいものがいい」
「わかった ♪」

安奈はそう言うと玄関を入って行った…
私がすぐ入ってくるのを思ってか玄関のドアは開けたままだった。

私は携帯を取り出して実家の前に停めた自分の車の中から勝手に登録された電話番号に掛ける。
もしかしてこれが初めてかも…自分から掛けるなんて…

何の迷いも躊躇も無く何度かボタンを押して携帯を耳に当てる…

何度目かの呼び出しで相手が出た。


『奈々実さん今どこ』

彼はいつもそのセリフの様な気がする…

「安奈送って実家にいる…」
『そう』
「今日このままこっちで夕飯食べて帰るから……」
『そう』
「だから…」
『だから?』

「私の部屋にあるあなたの荷物今日全部持って帰って」

『は?』

初めて彼のそんな声を聞いた気がする…

「自転車で運べないのはまとめといてくれれば後で送る…」
『なんで』

「もう……1人になりたい……」

そう言った後ちょっとした沈黙が流れる…

『………そう』

素っ気ない彼の返事…相変わらず…

「遅くなるから…カギはポストにでも入れといて…」
『無用心』

いつもの……彼の言い方……

「もう…いいよ…いいから…入れておいて……そして…」

ああ……なんで…

「もう……」

なんで…

「私の前に……二度と現われないで……」

涙が出るんだろう……

『…………』

泣き声が…零れて彼に聞える前に電話を切った…

「うっ……ひっ……バカだな……なんで……なん…で…こんなに涙が…うっ…で…出るんだろう……」

夏休み明けのあの時は涙なんて出なかったのに……
もしこれが…私と彼の年齢が逆だったら……何も問題は無かったのかな…


それからしばらく私は車から出れなくて…

あんまりにも遅いのを気にした安奈が迎えに来てくれて…
その頃には泣き止んではいたけど…きっと目もハナも赤かったはずなのに…

安奈はちょっと驚いた顔をして…

でも…何も言わずに私を家の中に連れてってくれた……





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