ひだりの彼氏


54




「はぁ〜〜」

安奈を送りながらゆっくりしようと思ってたのに…
来た時はあんなに歓迎してた安奈が夕飯を食べ終わったら
『お姉ちゃん今日は疲れたでしょ。もう帰ってゆっくりした方がいいよ』
なんて言い出だして…半ば強引に帰された。

「まあいいけどね…」

家でゆっくりしたって…確かに今日は色々疲れた…肉体的にも…精神的にも…

「いるわけ…ないよね……」

アパートが近付くにつれ胸がドキドキしてくる…
携帯に電話は来てない…文化祭の後で友達と集まってるかもしれない…
同年代の友達とか…あの女の子とか……

「…………」

私のアパートの部屋の明かりは点いてなかった…ホッとした様な…がっかりした様な……
やだ…がっかりだなんて…まだそんな事思ってる…?
何も連絡無い方がいいに決まってるじゃない…

車をアパートの脇の駐車場に停めて玄関に廻る。
電気も点いてない…人の気配もしない…

「……あ…」

集合ポストにある自分のポストの中を見ると彼に渡した鍵がぽつんと置いてあった。

「あった……」

自分がそうしてって言ったのに…もしかしたら…なんて思ってた自分が情けない……

「………」

また涙が込み上げて来た…クスンとハナまですする…

「しっかりしろ!私!!」

ペシペシと両手で自分の頬を叩く。

そうよ…何弱気になってるのよ…別に付き合ってたわけじゃなし…
彼氏だったわけでもないんだし……付きまとわれなくてサッパリしたじゃない。

彼から返してもらった鍵で玄関を開ける。
中は真っ暗で…でも何だろう?何か違和感? 何?

「あれ…何で?」

靴を脱いで歩きながら違和感に気がついた……
まだ暑さが残るこの季節に…閉めっきりだった部屋が涼しく感じる。

「何で部屋の中が涼しい……あっ!!」

電気の点いていないキッチンで黒い影が動いた!!
私はもうびっくりで…

「きゃあああっっ……フグッ!!」

肩を後の壁に押さえられて口を塞がれた!!
やだ!!泥棒??どうしよう!!!

「ふううううう!!!!!」

思い切り抵抗しようとしたその時…

「おかえり奈々実さん」
「ふえ??」

聞き覚えのある声……ぎゅっと瞑ってた目をあけた…

「!!」

目の前に……彼がいた…
薄暗くてハッキリとは顔が見えないけど…彼だ……なんで??

「手離すけど叫ばないでね」
「…………」

コクコクと頷くと口を塞いでた手がそっと離れた。

「バカっ!!!」
「いてっ」

離された瞬間彼の頭にバシンと平手打ちを叩き込んだ。

「もうビックリするじゃないっ!!泥棒かと思ったわよっ!!」
「だからっていきなり殴る?オレってわかったのに」
「うるさい!!なんでここにいるのよ!!しかも鍵をポストに入れて電気まで消して!」
「そうしないと奈々実さんにオレがいる事バレちゃうじゃん。相変わらず抜けてる」
「……う…うるさい!!ホントなんでここにいるの!もう二度と私の前に現れないでって言ったでしょ!」
「言ってたね」
「じゃあ……」
「オレわかったなんて言ってないけど」
「………へ?」
「言ってない」
「…………」

あの時……彼ってなんて言った?

「オレは 『そう』 って言っただけ」
「……え?」

………その時の記憶を掘り起こす……えっと……
確かに彼は 『そう』 って言った!

「で…でもだからって…私は…」
「なんで泣いたの」
「え?」
「今も泣いてる」
「!!」

彼の右手がそっと上がると俯いてる私の頬に触れて親指が私の左の目尻に触れる…

「濡れてる」
「ち…違うから!泣いてなんて……」
「どうしていきなり2度と会わないなんて言ったの」
「……そ…れは…」
「あんな他人の言う事なんて気にしなくていいのに」
「!!」

その言葉に私は顔を上げた。
そしたらとっても近い位置に彼の顔があって……こんなに近くに彼がいたんだって思った…

「電気点ける?」
「………」

フルフルと首を振った…
明かりなんて点けたら泣いてた顔を見られちゃう……それに…
彼の顔がハッキリ見えたら……決心が…

「彼女に言われたからあんな事言ったの?」
「違う……私となんて一緒にいたらあなたが困ることになるから……」
「困ること?なに」
「…………」
「奈々実さん」
「い…言ったでしょ!もう1人になりたいの!あなたみたいな高校生相手なんてもうごめんなのよ!」
「どうごめんなの」
「う……あなたみたいな年下じゃ…刺激が足りないのよ!物足りない!!」
「………」
「デ…デートだって……ないし……それに……あなたとなんて遊びだし…」
「……へえ…」
「………」

薄暗い部屋の中で彼の瞳が細められて妖しく光った気がしたんだけど…

「あ…あの……」

いつの間にか彼の左手は壁に着いて私の頬に触れてた右手は私の腰に廻されてた…

「デートしないって奈々実さんがオレと外に出掛けるの渋るからでしょ?
それに外でいるより部屋の中で2人でいた方がゆっくり出来てたと思うけど」
「そ…そんなこと……」
「そう?コーヒー飲みながらあんなに寛いでたのはどこの誰」
「じ…自分の家なんだから…あ…当たり前じゃない!」
「オレがいたってなんの障害にもなってなかったでしょ。オレ奈々実さんにとって空気みたいな存在だし」
「く…空気?」
「そう。普段全く気にならないしそこにいるのに存在自体気付かない。
でもなくなると大変な事になる存在」
「………そ…そんなこと無いから!!」
「でも2人で出掛けるのデートって思っててくれたんだ」
「はっ!!ちがっ…!!」

そ…そうよーーー!!
何?デートって??べ…別に付き合ってた訳じゃ…

「それに刺激足りないって……なんだ…刺激欲しかったの?奈々実さん」
「へ?」
「奈々実さん警戒すると思ってこっちは堪えてたんだけど」

まあそんな気が無かったと言えばウソになるけどでも押し倒してどうの…
なんて気持ちは全然ない。
でも今はそれとなくそんな事も思ってるって思わせた方が良いのかと思った。

「へ?…あっ…ちょっ…」

腰に廻されてた彼の腕がぐっと自分の方に引き寄せられて私の身体が彼に近付く。
密着するのを何とか彼の肩に手を突っぱねて防いだ。

「オレの事は遊び」
「え?」
「遊びだった?」
「あ…遊びよ!あなたみたいな年下本気で相手するわけ…」
「オレも遊びだから」
「え?」

今……胸の奥がツキンとなった……

「遊び」
「そ…そう……じゃあお互い様で……」
「だって奈々実さんからかうと面白いしね。遊んでるのと同じ」
「…………はあ?」

彼の言葉を理解するのにちょっと時間が掛かった。

「そっちの…… 『遊び』 ?」
「奈々実さん」
「な…なによ」
「奈々実さん自分の性格わかってる?」
「え?」
「奈々実さんが遊びで男と付き合えるとは思えないんだけど」
「うっ…!そ…そんな事ないわよ!私だって大人の女なんだから…こ…高校生くらい相手できる…」
「そう」
「な…なによ…」
「じゃあ相手して」
「は?」
「そこまで宣言するならオレで遊んでよ」
「あ…あの…」

薄暗い中でも彼の顔が近付いて来るのがわかる…

「ちょっ…ちょっと…」

後ろはすぐ壁で…

「奈々実さんならオレ遊ばれてもいい」

「!!」


きゃーきゃーきゃー!!ちょっと!!

一体何考えてるのよーーー!!!





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