ひだりの彼氏


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「くう……」

耳元に彼の寝息が掛かる……

今日は金曜の夜……巷ではお休み前の夜で誰もが羽を伸ばしていることでしょう。
まあ元々そんな派手な事は苦手な性質だから家でのんびりは構わないんだけど……

だから本人曰く 「通い妻」 と称して毎日の様に通う彼が金・土・日は泊まっていくことはいつの間にか決められた約束事で……
隙あらば毎日でも泊まっていこうとする彼を 「約束を守らなければ別れる」 なんて思ってもいない事で黙らせる日々……

そう……今から約1週間前の日曜の夜……
彼に告白され……(あれは告白だったんだよね?)私と彼はお付き合いをする事になった。

しかも結婚前提……いやいや……彼は自分の高校卒業と同時に私と結婚しようとしてるらしい……
違う……らしいじゃなくてもう彼の中では決定事項だそうで……

こんな歳の離れたオバサン相手に何を言い出すんだろうと思いきや結構真剣らしいです。

そんな彼に流されて……
と言うか 「もう会わない」 と言った私をいとも簡単に追い詰めて 「交際&結婚」 に頷かせてしまった。

その場の勢いは恐ろしいものでナゼか自分から彼に抱きついてキスまでしてしまうという
おめでたいことをしでかし 「交際&結婚」 を承諾した事になってしまった……

そんな事があった後の初めての彼のお泊りで……
この前は何事もなく無事に朝を迎えたんだけど……ほらその時は私もちょっと動揺が隠せなかったと言うか……
ってその時も彼はあっさりと寝ちゃったんだけど……あれから日にちも経ってるし……
ちょっと今まで感じなかったドキドキを感じつつ……変な緊張で一緒のベッドに入ったんだけど……

こっちが拍子抜けするほどに彼は今までと同じ様に……いや寝る体勢は違うか?
きっちりがっしり私を抱き枕の如く抱きしめて眠ってるわけで……

寝る前のお休みのキスなどと言うものを恥ずかしくも無くしっかりばっちりしかもちょっと長めにしてくれた彼は
その後私をしっかり抱きしめてあっという間に寝息を立てて眠ってしまったと言うわけで今に至ってる……

んーーー……本当にこれでいいのかな?
なんて思ってる自分……だって……やっぱり……こう言う状態でアッチを想像しちゃうのは当たり前の事だと思うのよね?
だって健全な高校生男子なのよ?チョロッとは思うでしょ?いくら……こんな年上の彼女でも?

「…………」
「すぅ……」

でも……なんせ 「彼」 だものね……
普通の高校生と同じだなんて思ったらダメなのかもしれない……

べ……別に期待してるわけじゃ無いんだから……
そう……こっちだってそうなると心の準備が要るしな〜っと思ってるだけで……

だって……何だか……今更彼とそんなふうになるなんて変な感じだし……
今までだってそんな素振り一度も見せた事無いし……
うーーーむ……実際どうなの?彼……遊んでたりしてないの……かな?
一応現役高校生だものね……でもね……女子嫌いって言ってたしね……う〜〜〜ん……



「大丈夫?奈々実さん」
「…………ふぁ〜〜〜〜」

あの後……変に目が冴えちゃって……思いっきりの寝不足!


「眠れなかったの?」
「うん……」
「何で?」
「ふぶっ!!」

飲んでた目覚めの為にといれてくれたコーヒーを思いきり吹いた。

「?」
「ケホッコホッ!」
「奈々実さん?」
「ケホッ……なに?」
「何か良からぬ事を考えてたの?」
「なっ…何よ!良からぬ事って!」
「どうやって結婚から逃げようか……とか」
「ち…違うわよ!!」
「へえ……後悔はしてないんだ」
「!!」

まったく……憎たらしい……

「今日は奈々実さんのご希望通りデートね」
「へっ!?」

一瞬固まった。

「したかったんでしょ。デート」
「…………」
「別れる理由になるほど」
「ぐっ!!」

コイツはぁ〜〜根に持ってるわね!
私はそんな事を思いながら彼を睨むけど彼はまったくと言っていいほど無表情……

「別に無理しなくていいわよ」
「無理なんてしてないけど」
「だってあなたそう言うの好きじゃなさそうだし……」
「偏見」
「そ…そうかしら?」

絶対面倒臭いって思ってるわよ!!

「でもデートって何処行くの?」
「とりあえずは映画かな。オレ見たいのがあるから」
「え?何?」
「これ。なかなかの内容」
「へえ〜」

ガサゴソといつも見てる雑誌のページを開いて私に渡す。

「これ?」

ドックイヤーしてある場所に目を落とすと見た事のある俳優が目に入って来た。

「そう。年下男が年上上司に相手にされないのを必死にアタックする話」
「なっ!?」
「健気だよね」
「ひ…1人で行きなさいよ!!何だかムカつく!!」
「じゃあ別の映画にする?」
「映画なんか行かない!」

誰が行くもんですか!!

「じゃあ今日は夕飯外で食べよう」
「…………」
「たまにはブラブラするのもいいよね」
「…………」
「奈々実さん支度して」

まだ私返事してませんけど?そんな心の声を睨んだ視線で訴えた。
ガタリと彼がイスから立つと私の横を通り過ぎながら彼の指先が私の頬をフワリと撫でた。

「行くよ」
「……車?」

我ながら軽いと思う……彼にそんな事されてドキドキしてるんだもん。

「歩きと電車。ゆっくり歩こう」

そう言うと彼がちょっと微笑んだ気がしたからコクンと頷いた。


あれから彼から優しい雰囲気が感じられる様になった気がするのは気のせいじゃないと思う……

今まで優しくなかったわけじゃないけど……今までとはちょっと違う……だから少し驚いてる……



「あれ?城田さん!」
「!!」

ギクリ!となって振り向くと女の子が3人こっちを見てる。
電車を乗り継いでいくつかの路線が乗り入れてる結構大きめな駅の駅ビルで
彼とブラブラ歩いてたら声を掛けられた。
まさか休日のこんな場所で声を掛けられるなんて予想してなかったから焦る!誰?

「やっぱり城田さんだぁ ♪ わかります?あたし金森です。多岐川さんの送別会で一緒だった」

「……あっ!」

元々私が辞めた後に入って来た人だから会って話したのは送別会の時だけでちょっと戸惑う。

「お久しぶりです」
「お久しぶり……」

そう挨拶を交わしながら彼女の視線は彼に向いてた。
一緒にいた2人の女の子も……まあ当然と言えば当然……?

「あの……弟さんですか?」
「え?」
「…………」

伺う様に彼女が私に聞いて来た。

「えっと……」

どどどどど……どうしよう―――!!これは何と言って説明すればいいのかしら?
恋人?彼氏?婚約者??そんな事言えますか!!
それにやっぱり 『弟さん』 って聞かれたし……
誰がどう見たってそう思うわよね。

「えっと……」

ちらりと見上げた彼は私の方を見ないで黙ってる。
何でよ―――!!何か言いなさいよぉ!!って彼氏って言われても困るんだけど……

「城田さんにこんな年の離れた弟さんがいたんですね?」
「え?あ……」

あ〜弟確定?

「高校生?可愛い〜 ♪ 」

一緒にいた他の2人がきゃあきゃあ言いながら彼の目の前に近寄って来る。

「…………」

未だに無言の無表情の彼……
頼むから何か言ってよ――でも変な事言わないで――!!

「姉弟で仲が良いんですね」
「えっと……」

私は1人パニック状態!
きっと彼氏と言ってしまえば今よりは落ち着けると思うけど今更言えないし言う勇気も無い。

「ねえねえ ♪ 今度私達と合コンしない?君の高校の友達と私達OLと ♪
年上の女も良いでしょ?ね ♪ 」
「携帯の番号とアドレス交換しよう ♪ 」

何とも積極的だこと……言いながら1人の女の子が彼の腕に何気なく触る。

「ちょっとあんた達!」

流石に金森さんが声を掛けた。

「だって可愛いじゃん彼 ♪ 携帯の番号とアドレスくらいどって事ないじゃん ♪
ね!お姉さん構いませんよね〜 ♪ 」
「!!」

お姉さん!?見た目のお姉さんじゃなくて 「姉弟」 のお姉さん……よね?

「ね?君名前なんて言うの?」
「今度絶対遊ぼうよ ♪ 年下でも君みたいな男の子ならOKよ ♪ 」
「…………」

彼は未だに無言……どうしよう……ここはこのまま適当にやり過ごして……

「今見た事忘れてもらえます?」

「 「 「 へ? 」 」 」
「は?」


彼が……いきなりそんな事を言い出した!?





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