ひだりの彼氏


61




それからも視界にその女がチラチラと入ったけどオレには関係無い事だから気にもしてなかった。
さらに日にちが経ってどうやら教育実習が終わったらしく須々木や他の男子が何やら騒いでた。

「ふぁ……」

オレはボンヤリと窓の外を眺めながら今日の夕飯の献立を考えてた。


それからしばらくしていつもの如く今日のデザートは何にしようか?
そう言えばコンビニで季節限定のロールケーキが出てたよな?それを買って帰ろうかな……
そんな事を思いながら自転車置き場に向かって歩いてるといきなり目の前に誰かが立ちはだかった。

「?」

なに?誰?

「こんにちは」
「?」

そう言ってニッコリ笑う化粧の濃いケバイ女……誰?
ちょっとだけ記憶の中のメモリーを起動させたけど全くもって思い出せない。
って言うか元からそんなに憶えてる人数が多いわけじゃないから仕方ないけど……
制服じゃ無いってことは生徒じゃ無いってことで余計記憶に無い。

だからシカトして自転車に近付いた。

「ちょっと!!シカトしないでくれる?三宅翔君!」
「…………」

ゆっくりと女の方を振り返る。

「誰?名前知ってるって気持ち悪いんだけど」
「私よ ♪ わ・た・し ♪ わからない?」
「…………」
「ちょっ……ちょっと!!」

わからない。
だからシカトして自転車に近付くと腕を掴まれて引き止められた。

「だからなんでシカトするのよ!!私よ!私!この間までここで教育実習してた神山よ!」

「…………」

じっとケバイ女を見てたけどやっぱり思い出せない……

「ちょっと!!本当にわからないの?」
「整形したの」
「するわけないでしょ!!お化粧を変えただけよ!!」
「…………」
「あ〜〜もしかしてワザとそんな事言ってる?ここに来てた時は抑え目のメイクしてたから。
一応学校だし変な評価されても困るし〜こっちがいつものわ・た・し ♪ 見違えた?」
「別に」
「はあ?も〜〜テレないテレない ♪ わざわざ君に会いに来たのよ〜携帯に電話入れても出てくれないんだもの」
「…………」

ここ数日覚えの無い電話が掛かって来てると思ったらこの女だったのか。
大体どうしてオレの携帯番号知ってるんだよ……ってきっと出元は須々木だろうとわかる。

「もう二度と掛けて来ないで」
「何よ!ちょっと話するくらいいいでしょ?」

グイッと掴まれてた腕を更に強く掴まれて身体を押し付けられた。

「…………」
「聞いたわよ〜君年上の彼女と付き合ってるそうじゃない?年上好みなんだ〜 ♪ 」
「誰に聞いたの」
「軽い軽い須々木君 ♪ 」
「…………」
「しかも君ってば結構大胆なことするそうじゃない?可愛い顔してるのに ♪ 
やることやってるんだね〜〜ふふ ♪ 教育実習で現役高校生とお近付きになろうと思って
めぼしい子に目を付けてたんだ〜他の子はここに通ってる時に仲良くさせてもらったから後は君だけなのよね ♪ 」
「何しに実習に来てるんだか」
「そんな楽しみが無いと教師なんてやってられないわよ〜 ♪
って言うかまだ教師じゃ無いけどね〜と言うわけでこれから一緒に出掛けない?今からなら……」
「離して」
「え?」
「オレに触んないで」
「は?」
「オレ女子って鬱陶しくて嫌いなの。だからオレに勝手に触らないで」
「女子嫌いって……彼女いるんでしょ?そんなのおかしいじゃない?」
「その事をあんたに説明するつもりはない。離して」
「ああ!カモフラージュ?そうよね。あなただったら女の子も放っとかないでしょうし
彼女いるって見せかけてればしつこく言い寄る子もいないもんね〜
大丈夫よ〜私もしつこい方じゃないから ♪ たまに会ってお互い適当に楽しみましょうよ ♪ ね ♪ 」
「…………」

すでにウザイ……

「ん?あっ!」

さっきからしつこく離さない腕を振りほどいて携帯を出した。

「え?なに?」

ほとんど使わない勝手に登録された番号に掛ける。
必要無いからと思いつつ削除する操作が面倒で放っておいたのが役に立つとは……

「……オレ。今どこ……じゃあ自転車置場に来て……いいから1分以内ね。すぐ来て」
「誰よ?」
「…………」

本当に1分以内に電話を掛けた相手が現れた。
来なかったら明日思い知らせてやろうと思ったのに。

「ツバサ〜なんだよ〜〜 ♪ 」

何でだか嬉しそうに手を振りながらソイツが走って来る。

「え?須々木君?」
「お前が俺に電話掛けてくるなんて初めてじゃねーの?びっくりしたぞ!って彼女誰?」

須々木もわからないのか……やっぱり……

「整形疑惑のえっと……」
「神山よ!!あなたワザとやってんの?それに整形疑惑って何よ!してないってば!!」
「…………」

別に名前覚えるつもりないし整形もしてようがしてまいがオレにはどっちでもと言うか気にする事じゃない。
オレとしては夕飯の買い出しの方が重要で奈々実さんが先に帰って来るんじゃないかって方が重大。

「え?神山?芽衣子ちゃんなの?」
「こんにちは……」
「はぁ――――マジ?超綺麗じゃん ♪ 実習に来てた時よりずいぶん雰囲気違うけど
こっちの方が大人っぽくていいじゃん ♪ いや〜オレドキドキするよ〜〜」

須々木はさっきからニコニコのデレデレだ。
いつも以上にシマリのない顔。

「須々木に会いに来たんだって」

「 「 え!? 」 」

2つの違った 「え」 だった。

「本当?芽衣子ちゃん ♪ 」
「え?いや…あの……」
「じゃあね」

オレは何事も無かった様に自転車の鍵を外して並んでる中から引っ張り出す。
ちょっと横にずらして跨がった。

「おう悪いなツバサ ♪ またな」
「ちょっと…」
「芽衣子ちゃん〜〜 ♪ 」

須々木の甘ったるい変な声が聞こえたけどオレは気にせず自転車を走らせた。

1分以内に来た事は良としてやるけど勝手に人の携帯番号を教えた事は明日きっちりと
事の重大さを思い知らせてやると心に決めた。

次の日その事を責めるとメールのアドレスは教えなかったと反論してきたけどそんなの当たり前で
オレの機嫌を更に損ねるのには十分な理由だった。

その後須々木がオレに平謝りするのにこれまた1分も掛からなかった。
どうしてかは秘密。もう勝手にオレの携帯の番号を教えないと約束させた。
当然だけどね。



「ふぅ……んっ……ちょっ……」
「美味しい?奈々実さん」

その日の夕飯の後……デザートを奈々実さんと2人で半分この真っ最中。
相変わらず奈々実さんは素直に食べてくれない。

「も……ちょっと!!なんでいつも1つしか買ってこないの!!2つ買ってくれば1人1つずつでいいじゃない!!」
「だっていつも最後の1コなんだから仕方ない」

って言うのはウソだけど。

「残りも口移しで……」

そう言ってひと口食べた季節限定のロールケーキを食べようとしたら食べる寸前で奈々実さんに奪われた。

「もう自分で食べるからいいです!!」
「そう。全部食べれる?」
「食べれるわよ!もう!」
「…………」

怒りながら奈々実さんがロールケーキをパクリと食べだした。
もうちょっと身体にお肉をつけて欲しいオレとしてはなかなかご飯の量が増えない奈々実さんに
高カロリーのモノを食べさせるのにこの手を使う。
最初に口移しと称して食べさせると残りは自分で食べるって言い出すから。
まあ口移しを楽しんでるのもあるけど……だから一石二鳥。

「うわっ!!ちょっと!!なに??」
「…………」

後から奈々実さんを抱きしめるとそんな苦労の甲斐があってかちょっとだけふくよかに……なったかな?

「ちょっ……落ちる!!」

片手に持ってるロールケーキを奈々実さんの手ごと掴んで引き寄せてパクリと食べた。

「あっ!?ちょっと……ふぐっ!!」

一口食べてそのまま奈々実さんの口の中に押し込む。
押し込みながらしっかりと奈々実さんの口の中を堪能する。

「うぅ!!んーーーーっっ!!ぷはっ!!なにするのよっ!!自分で食べるって言ったでしょ!!」

随分とご立腹な奈々実さんだけどオレはそんなの全然気にしない。

「やっぱり2人で半分こした方が美味しさ倍増じゃない」

そう言ってペロリと自分の唇を舐めてそのまま奈々実さんの唇も舐めたら
ボン!と奈々実さんの顔が真っ赤になった。

奈々実さんと過ごす時間はオレをホッとさせてくれるし気持ちが落ち着く……
これが 「好き」 と言う気持ちなのかとなんとなくわかってきた……

でもそれは奈々実さん限定で他の誰にもこんな気持ちにはならないから不思議だ。


「こっ……このエロ高校生ーーーーっっ!!ばかっ!!」

奈々実さんが文句を言いながらオレの腕の中で暴れ出した。

「ああほら落ちるって。早く食べなよ」
「なっ……あなたが変な事するから……」
「そう」
「そうよ!!」
「奈々実さんコーヒー飲む?」
「え?……う〜〜もう……飲むわよ……」
「じゃあ待ってて」

急に話題を変えたオレに奈々実さんが諦めた様に頷く。
何だかんだ言ったって奈々実さんはオレに優しい……

オレは淹れたてのコーヒーを持って奈々実さんの傍に近付いた。

「ちゅっ…」
「!!」

コーヒーを渡しながら奈々実さんの頬に触れるだけのキスをした。

「なななな……なに!?」

いきなりの事で奈々実さんがとんでもなくビックリするから笑えた。
しかもまた顔が真っ赤。
さっきは口移しまでしたのにね……

「したかったから」

それは本当……奈々実さんはオレが唯一キスをしたいと思う人……

「…………変……なの……」

奈々実さんが照れながら受け取ったコーヒーをひと口飲む。
もう奈々実さん好みの味だから何も問題なくそのままコクリと飲み込んだ。

「そう」

オレはそんな奈々実さんに満足……


ねえ……奈々実さん…… 卒業まであと5ヶ月……結婚まであと5ヶ月だね……

待ちどおしいと思ってるのは……オレだけ?





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