ひだりの彼氏


64




「いい加減離してよっ!!」

突然聞こえた女の子の声……その声は忘れようにも忘れられない……あの子の声……

彼のクラスメイトの女の子の声……


声の方を見ると私服の彼女とその彼女を囲む様にハタチ前後の男の子が3人……
そのうちの1人が彼女の腕を掴んでた。
見た目ちょっと危ない感じの男の子達だ……

「今更逃げようたってそうはいかねえぞ」
「離してよ!あなた1人じゃなかったの?話しが違うじゃない!」
「人数多い方が楽しいだろう。そんな喚くなよ!大体お前だってその気になってたじゃん。今更だろうが!」
「ほら行こうぜ」
「ちょっとやめて!」

人通りの無い道でもないのに誰も彼女を助けようとしない。
彼女は2人の男の子に挟まれて引きずられる様に歩かされてる。
このままじゃ彼女連れてかれちゃう……どうみても彼女の身に危険が及ぶのは目に見えてる……

「離してよ!」

ああ――!!連れてかれちゃう!!

「ね!ちょっと彼女助けてあげて!!」
「…………」

彼の腕を捕まえて叫ぶ。

「なんで」

無表情な顔で見下ろされた。

「な…なんでって……彼女あなたの知り合いでしょ?クラスメイトでしょ?」
「だから」

相変わらずの無表情!!もう!!

「だってあのままじゃ彼女危ないわよ!」
「どう見ても自業自得でしょ。オレには関係無い」
「何言ってるのよ!男の子でしょ?女の子助けないと!」
「オレ意外と根に持つタイプだから絶対に嫌だ」
「ちょっと!!」

ああ……もう!!
そりゃ彼女には振り回されたと言うか……お付き合いやめようとか……
そんな風になる原因になった相手かもしれないけど……

「それに3対1なんて敵わないし」
「わ……私も加勢するから!!」

ついそんな言葉が出たけど真面目にそう思ったから……

「そんなのもっと嫌だ。奈々実さんが怪我したらどうすんの」

速攻で一喝されてしまった……うう……

「か……彼女だって同じでしょ!」
「だから自業自得だって。なら警察に連絡すれば」
「そんなの間に合わないわよ!」
「そう。残念」
「……うぅ」

そりゃ彼が怒るのわかる気もするけど……
この場合それはちょっと横に置いておいて……って彼には無理なの?

一体どうしたら彼がやる気になってくれるの?

「奈々実さん行くよ」

そう言うと繋いでた手を彼女達とは反対の方に引っ張られた。

「え?本当に?ちょっと待って!!」

私は彼と彼女達を交互に見ながら焦るだけで……どどど……どうしたら……

「あっ!!か……彼女を助けてくれないなら……け……結婚しないっ!」

咄嗟に出たのはそんなセリフだった。

「…………」
「うっ……」

彼がピタリと止まって私をいつも以上の無表情な顔で睨む……なんか……凄い怒った?

「それって今引き合いに出すことじゃないよね。本当に結婚しないとか思ってる」
「…………」
「ハッキリ言って彼女の為にそんな条件奈々実さんに出させるってことで余計ムカついて助ける気なんてならない」

もの凄い不機嫌オーラまとっちゃったんだけど……
ひーーーーっ!!ち……違う意味で彼の機嫌が悪くなっちゃった!!
うう……さっきのは選択ミスだった……

「じゃっ……じゃあ彼女助けてくれたら……」

うう……どうしよう……ああっ!!

「あなたの言うこと何でもきくから!!」
「え?」

彼がピクリと反応した。

「…………」
「…………」

お互いしばし沈黙……あれ?これでも……ダメ?

「それ本当」
「ほ……本当!!」
「ウソじゃない」
「ウソじゃない!!」

やった!!もしかして作戦成功?

「ふうん……」
「?」

何だかちょっといつもと違う視線で見つめられてる?

「今の絶対」
「ぜ…絶対……」
「約束ね」
「約束……する……」

あれ?何だかちょっとマズイ約束した?
そんなことを思ってたら彼が繋いでた手を離してそのまま私の頬にそっと手を添える。

「ちゅっ♪」
「!!」

触れるだけのキスをされた!!
ちょっと!!街中のそれなりの人通りでまたあんたはーーーー!!

「奈々実さんはちょっと離れてて」
「あ……」

そう言うと彼は彼女達の方に歩いて行った……

そんな後姿を見ながら急に不安が込み上げる……
あんなに散々彼女のこと助けて……なんて言ったけどそう言えば彼のこと何も考えてなかった……
3人相手に大丈夫なのかな……なんて今更気付く……

そうよね……いくら何でも3対1じゃ……勝ち目無いんじゃないの?

あ……どうしよう……彼にもしもの事があったら……

私は彼の離れててなんて言う言葉はすっかり頭から抜けて……
彼の後を追い掛けた……



何でこんな事になったんだか……
偶然会った水谷達を追いかけながらそんな事を思った。

本当なら見向きもしない事なのに……しかも相手はあの水谷……
まったく……奈々実さんは人が良いったらありゃしない……

こう見えてもオレは結構頑固で根に持つタイプ。
1度係わりを持たないと決めたら相手の存在を自分の中から綺麗サッパリ消してしまう。
だからオレの中にもう水谷はいないんだけど……

オレは2度と水谷には係わりたくないと思ってたし話す事もしたくないと思ってた。
その辺がオレと奈々実さんの違いで……奈々実さんらしいところなんだろうか……

大体ホイホイと男の誘いに乗ってついて行く方が悪い。

相手は3人……しかもかなり手馴れてる感じが漂ってる。
声掛けられた時に警戒心とかなかったんだろうか?

お引取り願っても素直に帰らないよね……ああウンザリ……

でも見返りのご褒美はオレにとってこの上なく魅力的な提案だったから乗らない手は無い。

『彼女助けてくれたら何でも言うこときくから!!』

らしいから……奈々実さんにどんなお願いきいてもらおうか。
オレはこれからのことなんてその時は忘れてた。



「離して!!」

さっきからそう言ってるに聞き入れてもらえない……
こんなはずじゃ無かったのに……最初は優しく話しかけてきて……
食事くらいなら付き合ってやってもいいかな……なんて思ってついて来たのが間違いだった……

まさか他に仲間が2人いるなんて思わなくて……逃げられないよ!!どうしよう!!

「今からいい所に連れってやるからさ〜大人しくしろって」
「だからもういいって言って……」
「いい加減にしろよ……痛い目に遭いたくねぇだろぉ?」
「!!」

がっしりと私の身体を掴んでた1人の男が耳元でそう言った。

あの日……三宅に拒絶されてから毎日がただ過ぎてくだけの様だった……
ううん……あの夏祭りの2人を見てから自分はおかしかった気がする……
だから三宅にも三宅の彼女にもあんなこと言って……

受験勉強も身が入らずいたたまれなくなるとフラフラと街をふらついて過ごしてた。

あたし……自分でも気付かないうちに三宅のことかなり本気だったのかも……今更だけど……

街をふらついて男に声を掛けられるのは何度もあったけど
今まではそんな危ない目に遭う事もなかったのに……
だから高を括ってたのかも……だからこんなことに……

歩かない様にと足を踏ん張ってもあっさりと歩かされる……
誰も助けてなんかくれない……あたし……このまま……

「ちょっと」

「!!」


そんな……うそ……今……信じられない声がした!?

聞き間違うはずがない……この声……





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