ひだりの彼氏


65




「ちょっと」

「あぁ?」

案の定声を掛けたらとんでもなく凄みのある返事が返って来た。
しかも一斉に振り返るし……ホントうんざり……

元々面倒な事は大嫌いだから自分からこんな奴等に係わったりしないんだけど今日は仕方ない……
奈々実さんからのご褒美が楽しみだから。

「なんだお前?何か用か?」
「彼女離して」
「あぁ?なんか言いましたか?なあ何か聞こえたか?」
「いんやぁ〜何にも」

そう言うと男達はゲラゲラと笑った。

「はあ〜〜」

思った通りの反応で溜息が出る。

「んだよ〜何盛大に溜息なんてついてんだ?テメェ……」
「別に」
「この女の知り合いか?」

そう言うと水谷の顎を掴んで無理矢理自分の方に向かせてニヤリと笑う。

「まあ」

本当は知らないと言いたいところだけどそう言う訳にもいかず。

「いらん世話だっちゅうの〜この女は俺等に付き合ってくれんだ。野暮な事すんな」
「そうそういいからこのまま帰れよ〜しなくてもいいケガすんぞ」
「そういうワケにもいかなくて」
「あぁ!?」
「だから彼女離して」
「おい……調子こいてんじゃねーぞ」
「そんなつもりないけど」
「何惚けた喋りしてんだよっ!!」
「生まれつきだけど」
「だからナメてんのかってんだよっ!!」

そう言いながら手の空いてた1人がオレの方に歩み寄って来てオレの肩に手を掛けた。

その男の肩越しに水谷の不安そうな顔があったけどオレは別に水谷には何も感じない。

オレの目的は水谷をこいつ等から開放することだけど別に水谷を思っての事じゃない。
奈々実さんのご褒美の為だ。

じゃなきゃこんな面倒な事に首なんて突っ込まない。
だからこんな面倒な事サッサと終わらせる。

奈々実さん待ってるし。

オレに延ばされた相手の手首を取ってちょっと捻る。
捻ったままもう片方の手でその捻った腕の肩を掴んでちょっとコツのある捻り方をした。

「……んあああああっっ!!」

ゴキリと鈍い音がした後オレに手を伸ばした男が肩を抑えてその場に崩れ落ちた。

「なっ!?」
「オイっ!!」

「大したこと無い。肩の関節外しただけ」
「はあ?テメェ……」
「そんなの医者行ってはめてもらえば治る」

子供の頃嫌って言うほど泉美にやられたオレ……
何度やられたかなんて数えるもバカらしくなるほど外された。

だから自分で治せる様にもなったしどうやったら外れるかも憶えた。
これって結構有効で相手の動きも封じられるし激痛だし
時間を掛けないでこんな事を終わらせるのには丁度いい。



「彼女離して」

これは夢でも見てるんだろうか?
目の前に三宅がいて……頼りない男と思ってたアイツが一瞬で男1人倒してしまった……
しかもちょっと触っただけなのに……

次にあたしの腕を掴んでた男が三宅の方に駆け寄るとまた同じ様に相手の腕を掴んで捻って
軽く触れて……それだけなのに相手はまた変な叫び声をあげて今度は建物の壁に倒れ込んだ。
また肩を押さえて悶えてる?一体何がどうなってるのか……

「彼女離して」

三宅があたし達の方を向いてちょっと首を傾げながらいつもの無表情で話し掛けて来た。
あっという間に2人もやられた彼等は最後の1人……あたしを掴んでる男だけだ。

「…………」

あたしはこんな状況なのにちょっとだけ胸がドキドキとなってる……
さっきまでの恐怖からのドキドキとは違う……

もう二度と三宅とかかわる事なんて無いと思ってた……
あんな風に拒絶されてその後はあたしの存在をまるで存在しないかの様な態度だった……
だからこんな風に助けてくれるなんて……

「!!」
「動くんじゃねえ!!」

喉元に冷たい感触が触れた。

「ちょっとでも動いたらコイツ無事じゃ済まないぜ……」
「あ……」

ナイフが更にあたしの喉元に押し付けられる。

「…………」
「おかしな真似しやがって……」
「別におかしな真似なんてしてないけど」
「うるせぇっっ!!動くんじゃねえ!!」

あたしを盾にしながら男がじりじりと三宅に近付く……
後2メートルの位置まで近付いた……その時……

「あ!お巡りさん」
「!!」

三宅があたし達の後ろに視線を向けて指差したから男があたしごと後ろに振り向いた。
でもお巡りさんなんて何処にもいなくて何人かの野次馬がいただけ。

「テメェ……!!」

慌てて振り返ると目の前に三宅がいた!!あの距離を今の一瞬で縮めたらしい。
三宅の肘が視界に入るとそのままあたしを盾にしてた男の顔面に吸い込まれた。

「ぎゃっ!!」

ゴツッ!っと言う音と男の呻き声が聞こえたと思ったら男が顔面を
両手で押さえて道路の上にうずくまる。
すかさず落としたナイフを三宅が足で遠くに払う。

「…………」

あたしはただその場に立ち尽くすだけで三宅を見つめてた……慣れてる……そう思った。


顔面パンチ……オレは肘で入れたけど泉美はグーの顔面パンチだった。
だから良く鼻血を出して母親が飛んで来た。
ハナの骨は折ることは無かったけどあれはしばらくハナがヒリヒリして腫れるし最悪だった。
でもたまにゲンコツにオレの歯が当たって手の甲切った時もあって内心ザマアミロと思った。
だからオレは肘を使う。
そんなことがあってそれを察してか失敗した腹いせかその後何気によけてたオレによけるなとクギを刺された。

ああ……嫌な事思い出した。


「!!」

うずくまってる男を見てた三宅が顔を上げてあたしを見た。
その顔はあの時……最後に三宅と話した学校の階段で見せたのと同じ瞳で見られた。
だからあたしは急にドキリとなって動けなくて三宅をただ黙って見つめ返した。

「自分の行動に責任持て」
「え?」
「えらい迷惑」
「…………」

いつも以上の無表情で言われて余計動けなくなる……

「あっ!」

視界に何か動くものが映って反射的に声が出た。


水谷がオレの後ろを見て驚いた顔をした。
雰囲気ではわかってたけど振り向いたら1番最初に肩の間接を外した男が
何かを手に持ってこっちに向かって来るところだった。

「ざけんじゃねえっ!!」

痛みに慣れたのか外された肩を庇いもしないでオレに向かって来た。
あんなのよけるのは簡単だった。

そう簡単だっだんだ……

振り上げられたその手には飲み物の空き瓶が握られてた。
どっから見付けて来たんだか……まあこの辺りは居酒屋も多いからな……
刃物は持ってなかったのか……なんて暢気な事を考えてた……

男が空き瓶を持った腕をオレに向かって振り下ろした。

その瞬間……

「ツバサ!!」

え?……今の声……

奈々実さんの声がオレの名前を……呼ん……だ?


いつかは……呼んでくれると待っていた……呼んでほしいと思ってた……

一度名前で呼んでとお願いしたら呼ばないと言われたから……

それからは呼んでほしいとお願いもせず……

奈々実さんが自然に呼んでくれるのを毎日毎日……

今日こそは名前を呼んでくれるかもしれないと……期待してた……



そんな事を考えてたら行動が遅れて振り下ろした空き瓶をよけきれなくて

庇うために出した左腕になんとも重い衝撃が走った。





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