ひだりの彼氏


69




「なんかスゴイんだけど」
「しかたないでしょ!このくらいやらないと水が入っちゃうじゃない!」

夕飯を食べ終わってさあお風呂に入ろうとなった時ハタと気付いた。
湿布を外してお風呂に入るという彼をケガしたばかりで湿布を取るのはいかがなものかと
忠告し今日はお風呂は止めたほうがいいのでは?と優しく申し出た。

「やだ」

あっさりと却下されならばとお湯が当たっても濡れないようにとラップを包帯の上からグルグルと……

「完璧じゃない ♪ 」

「……」

とっても満足そうな顔の奈々実さん……まあいいけど……
何とも複雑な心境と眼差しで自分のラップが巻かれた腕を黙って見つめた。

「あ」

いざ服を脱ぎはじめるとシャツの段階で片手では難しいことが判明。

「奈々実さん」
「え?なに?腕痛むの?」

奈々実さんを呼ぶと慌てて洗面所にやって来た。

「脱がせて」
「は?!」

ピタッと奈々実さんの動きが止まる。

「脱がせて」

下心も何もなく1人では脱げないからそう言ったのに奈々実さんは開けてあった
洗面所のドアをバタン!と乱暴に閉めた。

「奈々実さん」
「バババ……バカっ!!な…何言ってるのよ!!エロ高校生!!」

本気で怒鳴ってる。

「あのね片腕で脱げないの」
「……え?……あっ!」

ゆっくりとドアが開いてバツの悪そうな奈々実さんがそっぽを向いて立ってた。

「ごめんねエロ高校生で」

ワザとニッコリと笑顔を見せたら奈々実さんの引き攣った顔が見えて笑えた。
奈々実さんと知り合ってから笑ったり微笑んだりと自分でも信じられない。

「な…何よ!そんなイヤミ言わなくてもいいでしょ!ちょっと勘違いしただけじゃない」

「傷ついた」
「ウソばっかり!ほらこんなことしてたらいつまでたっても入れないわよ」

まだ自分の勘違いにバツが悪かったけどそう言って洗面所の中に入る。
彼と向かい合うように立ってシャツの裾に手を掛けた。

「腕あんまり動かさないようにね」

最初にケガをしてないほうの袖を引っ張って腕を抜いた。
確かに片手じゃ難しいわよね。

そのまま頭を抜くために彼に近づいてシャツを首から引き上げて頭から抜いたら
乱れた髪の毛の彼の頭が目の前に現れた。

「!!」

ものすごい至近距離で目が合って何でだか心臓がバクン!と跳ねた。
いつも一緒に寝て顔なんかもっと近いはずなのになんでこんなに焦るの?
ああ!電気が点いてて明るいから?って……

「ちょっと!」
「なに」
「こ…この腕はなに!!」
「身体が勝手に」

いつの間にか私の腰に彼の腕が巻き付いてる。

「それに奈々実さんそそっかしいから躓かないように」
「し…失礼ね!何で躓くのよ!」
「奈々実さんだから」
「ムッ!ほら!そっちの腕抜いて。ゆっくりでいいから」

彼がソロリとラップの巻かれた腕をシャツの袖から抜いた。

「痛くない?」
「うん」

その返事を聞いて視線を目の前に戻すと彼の裸の胸が!!

「う……わ……!!」

こんなにも一緒にいてひとつのベッドに寝てたりするのに彼の裸なんて
ロクに見たことがなかったから一瞬でパニック!!

「?」
「ちょっ……ちょっと……」

掴んでた彼のシャツ越しに胸を押したけど離れる気配が無い。

「あのね……離して!」
「奈々実さん」
「あ……あ……や……やだ……」

腰に廻された腕に力が入ってぐっと身体が持ち上がりながら彼のほうに引き寄せられる。
引き上げられた私のちょっとだけ高くなった首筋に彼の顔が近付いて首に彼の暖かい唇が触れた。

「や……やっぱりエロ高校生じゃない!!もう!!やめ……」
「奈々実さん」
「ひゃっ!」

唇を首に軽く押し付けながら彼が喋るから……その度に息が掛かって身体中がゾクリとなる。

「あがったらまたお願い」
「……え?」
「だって片腕じゃ無理」
「……で……でも……」

今この私の状態でまともな思考回路は働いてなくて頷けるはずもなく……

「お願い」
「やん!」

今度は耳に直接言葉を送り込まれてビクンと身体が跳ねた。

「わ……わかった!わかったから!離して!!」
「じゃあ後でね」

彼は何事もなかったように私から離れた。

「……」

きっと顔が真っ赤だと思う……だって自分でもわかるほど頬が熱いから。
私は彼を見ないで洗面所のドアを閉めた。

「はあーーーー」

私は大きく溜息をつく。

「エロ高校生め〜〜〜〜〜!!!!」


そんな言葉を悔しげに呟くけどそんな高校生に振り回されてるのは自分で勝てないのも自分で……

頑張れ!26歳!!伊達に歳くってるわけじゃないでしょ〜〜〜〜!!





「はあ……」

未だにズキズキと痛む腕を必要最低限しか濡れないように持ち上げて壁に手を付いてシャワーを浴びた。

「久々のケガだ……めんどいな……」

全治2週間ってところかな……
まあその代償は奈々実さんがこれから先ずっと 『オレに絶対服従』 だからおつりが来るくらいかもしれない。
だからって奈々実さんが言うように無理難題を言うつもりなんてない。
まあからかう材料にはするつもりだけど……
だってそんなのを使わなくても奈々実さんを頷かせるなんて簡単だから。

それにしても奈々実さんってまさか男を知らないなんてことないよな。
ときどきあまりの初々しい態度にどうなんだろうと思うことがある。
26で付き合ってた相手がいるんだからそういうことだとは思うけど。
あったとしてもそんなでもないってことか。

って奈々実さんがそっちに積極的って全然想像出来ないけど。

「…………」

考えて失敗……なんかイライラする……



「大丈夫だった?」

お風呂からあがると奈々実さんが心配そうにオレに聞く。

「そんなに心配なら次から一緒に入れば」
「なっ!!」

そんなことを言われてボッと顔が赤くなる。
まったく人のことからかってどこが楽しいんだか!!こっちは真面目に心配してるのに……

彼はいつもの無表情な顔で何事もサラリと言う……

「なに」
「べ…別に……」

目の前にいる彼はねまき代わりのスエットのズボンに裸の上半身で濡れた頭をタオルで拭きながら立ってた。

「顔赤い」
「だ……暖房が効いてた部屋にいたからよ!!」
「そう」
「シャツ……かしなさいよ!」

もう私ってばなんでこんなにドキドキしてるんだろう……気にすることじゃないって思うのに……
でも最近特に彼を意識しちゃって……結婚なんてなったからかしら?

「だから腰に腕を廻さなくても大丈夫だってば!」

また彼にシャツを着せようとしたら腰に腕を廻された。

「だから奈々実さんのため」
「…………」

彼のそんな言葉は無視して頭からシャツをスポッっと通した。
脱がせたときと同じように彼の頭が出て近い距離で視線が合う。
ただ違ってたのは彼の髪が濡れてるってことと彼から石鹸の匂いがするってこと……

「痛くない?」

すでにラップの外された彼の腕を見てそう聞いた。

「大丈夫」

ずっと変わらない彼の返事。

「本当に?ウソついてない?我慢してない?」
「どうしてそう思うの」
「だって……あなたあんまり顔に出さないから……」
「痛いのは我慢出来るから」
「え?」
「子供のころからのことだからケガには慣れてるし」
「でも今は子供じゃないしそのケガはお姉さんにやられたわけじゃないじゃない!」
「奈々実さん」
「痛かったら痛いって言って!私少しでも痛みが引くようにするから……」
「奈々実さん」
「だって……そのケガは私のせいだから……」

奈々実さんのせいじゃないって言ってるのに未だに責任を感じてる奈々実さん。
ケガして謝られるなんて今までなかったかも……

「あ……」

彼が両腕で私を抱きしめた。

「腕……」
「多少ズキズキするけど本当に大丈夫だから」
「……」
「そんなに気にしてくれるならずっとこうやってオレの傍にいて」
「…………」
「それだけで痛みが和らぐから」
「……わかった」
「!!」

奈々実さんの両手がそっとオレの背中に廻されてぎゅっと抱きしめられた。

「ありがとう。奈々実さん」

「ううん……お礼を言うのは私のほうだから……ありがとう…………ツバサ……」

「!!」

抱きしめられたまま俯いてオレの胸に顔をうずめたままだったから
今奈々実さんがどんな顔してるかわからないけどきっと真っ赤な顔をしてる。
今のは奈々実さんなりのお詫びのつもりなのか……

「クスッ……どう致しまして」
「……何でそこで笑うのよ」
「あんまりにも素直だから槍でもふるかと」
「失礼ね!あなたいつも一言多いのよ!!もう……」
「いきなりあなた」
「うるさい!!当分名前なんて呼ばないから!!」
「じゃあ呼ばれたら超レアってこと」
「……そうね」
「自分の名前がレアっていいな」
「そう?」
「じゃあレアにならないようにいつも名前呼んで」
「……嫌よ」
「そう」
「な……なに笑ってるのよ」

クスクスと笑ってたら気付かれた。

「奈々実さんかわいいね」
「!!」

言った途端奈々実さんが驚いた顔でオレを見上げた。

「?」
「やっぱり頭打ったんじゃない?」
「は?イテ!」

奈々実さんがいきなりオレの額に手を当てる。
それが結構な勢いで痛かった。

「痛いの?」
「この手がね」

腰に廻した腕はそのままでケガしてる手で額に当てられた奈々実さんの手に触れた。

「あ……ごめん……でも熱はないみたい」
「ないよ」
「……」

「奈々実」

名前を呼びながらそっとケガをしたほうの指で奈々実さんの頬に触れた。
痛いわけじゃなかったけどやっぱりどこか違和感のある指先で奈々実さんに触れてるのに
触れてないような変な感覚だ。

「!!」

奈々実さんの驚いた顔もいいね。

「オレなんて最初から名前で呼んでるんだけど」
「……」
「奈々実」

チュッとオデコにキスされた。
相変わらずなんの躊躇もなくするわよね……しかもちょっと甘い言葉というか……
こっちがテレちゃうようなこと平気で言ってくるし……やっぱり精神年齢で負けてるからかしら?うう……

「チュッ……」

ほら……また簡単にキスをする。
今度は唇……

「奈々実さんコーヒー飲もうか」
「うん……」
「じゃあ待ってて」
「いいわよ!私が……」
「……」
「なによその嫌そうな目は!」
「奈々実さんコーヒー淹れるのあんまり上手じゃないから」
「んま!失礼ね!そんなこと……」
「あるでしょう」
「……」
「でもオレ片手だから手伝って」
「うん」

いつからかこんなふうに会話して過ごすオレ達……
ああ……最初からオレはこうだったかもしれない。

「おいしい ♪ 」
「そう」

2人で入れたコーヒーをコタツに座って飲んでる。

オレの目の前に奈々実さんのツムジが見える。
2人で同じ場所に座ってオレが後から奈々実さんを自分の脚の間に座らせてる状態。
もちろんそんな座り方奈々実さんはギャアギャアと喚いてたけど 『絶対服従命令』 を発動させて黙らせた。
物凄い不服そうな顔だったけどオレは気にしない。
最初はブツブツ文句を言ってた奈々実さんも少ししていつもと同じように会話が始まる。
オレは話をしながら両腕で奈々実さんの腰を抱きしめて頭に口を押し付ける。
奈々実さんは怒りも嫌がりもせずオレの好きにさせてくれる。
しばらくしてお互い話もしなくなって黙ったまま過ごした。
でもそんな時間も苦痛なんかじゃない。

傍に誰かいるのにこのホッとする時間……オレはずっとこんな時間が続けばと思う……

奈々実さんもそう思ってくれてるといいんだけど……

「ふふ……」

オレの腕の中で奈々実さんが小さく笑う。

「思い出し笑い?やらしいな」
「え?何で?」
「確か思い出し笑いするのってそうじゃなかったっけ」
「そうなの?でも違うから。思い出してたわけじゃなくてただ自然に笑っちゃっただけ」
「そう」
「……そう」


奈々実さんもオレと同じ気持ちなんだな……とナゼか納得してる自分……

後からコーヒーを持ったままの奈々実さんに顔を近づけた。

でも奈々実さんは逃げることはしないでオレの方に顔を向けてくれてそのままお互いの唇が重なる。

「……んっ」

奈々実さんの声が漏れて……


絡めた奈々実さんの舌から自分と同じコーヒーの味がしてキスをしながらフッと微笑んだ。





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