ひだりの彼氏


70




「メリークリスマス」
「メリークリスマス」

12月24日奈々実さんと初めて2人で祝うクリスマス。

「でも意外」
「何が」
「あなたがクリスマスとか気にするタイプだったなんて」

奈々実さんがワインを一口飲んで向かい合って座るオレの顔を覗き込む。
奈々実さんにしては珍しくお酒を飲んでる。

「初めての2人のイベントだから」
「……」

だからそれが不思議なんだってば。

初めての2人のクリスマス・イブは彼の腕がまだ完治してなかったから料理も無理せず
某有名なお店でフライドチキンを買った。
しかも当日だと買えないということで事前に彼がお店に予約していてくれたから驚きだった。

だから私がケーキを準備して自分が飲むためのワインを買った。
彼は烏龍茶。
学生なんだから当たり前で本人も何も文句も言わずに従った。


「赤点ないから」
「うん!よかった」

奈々実さんはオレの成績が落ちることを何よりも気にする。
だから2学期の期末の学年順位が2位と告げるととんでもなく驚いて喜んでくれた。

「また塾の講習受けるんでしょ」
「うん。だから明日から30日まで昼間いないから」
「私も29日まで仕事だし良いんじゃない」
「お昼お弁当作ろうか」
「え!い…いいわよ!その時間勉強に廻して」
「そのくらいの時間なら大丈夫」
「でもそのために早く起きなきゃいけなくなるでしょ。だから本当にいいから」
「わかった」

本当はその位の時間なんて大した時間じゃないんだけどあんまり奈々実さんに
負担をかけるものよくないと思ってあっさりと引き下がった。

「はい。奈々実さん」

少し料理やケーキを食べた後奈々実さんに小さな箱を差し出す。

「私も……」

奈々実さんからは新聞紙を半分に折ったよりちょっと小さめでラッピングされた箱を渡された。

「本当にマフラーで良かったの?」

クリスマスを迎えるちょっと前に彼からのリクエストでマフラーが欲しいと言われたのよね。
ギリギリまで彼になにをプレゼントしようかと悩んでたから助かったけど。

「本当は奈々実さんの手編み希望だったけど時間的に無理だし。っていうか奈々実さん的に無理?」
「な……なに!?その私的って?」

言ってる意味は聞かなくてもわかりすぎるくらいわかるけどあえて聞いてあげた。

「家庭科オンチ」
「!!」

やっぱり想像した通りの答えだったわよっっ!!

「悪かったわね!それでもちゃんと生きてこれました!1人暮らしだってやって来ましたからね!ふんっ!」

本っーーーーーー当失礼っ!!

「買ってきたお惣菜をお皿に移したのを料理したとは言わない」
「ぐっ!!み……見てもいないくせに言い切らないでよ!」
「怒ったのが何よりの証拠」
「なっ!!」
「オレの開けて」
「!!」

いきなり話を変えないでよね!ってそういうの彼得意だったんだっけ……ちょっと悔しい。

「あ……」

出てきたのは小さなハート型の飾りがついたネックレス……ハートの真ん中には淡いピンクの石が嵌ってる。

「で……でも高かったんじゃないの?大丈夫?」
「絢姉さんのところで安く買えたから」
「お姉さん?」
「絢姉さんデパート勤務だから色々と」
「そっか……」

せっかくのクリスマスプレゼントをこうやって買ってきてくれたんだから高そうだとかで
彼に気を使うのは逆に悪いと思ってあえてそれ以上は言わずに素直に喜んだ。

私は普段アクセサリーをつけたりしないし買ったりもしないけどこういう形で貰うのは凄く嬉しい。

「後でお風呂入ったらつけるね」
「なんでお風呂の後?」
「だって……綺麗になった後でつけたいしそれにお湯で濡らしちゃうの勿体無いから」

「……いいけど……じゃあ後でつけたところ見せてね」
「わかった」

初めての2人のクリスマスは何だか家族団らんみたいなとても不思議な雰囲気だった。
もう何年も一緒に生活してるような雰囲気よね……実際は7ヶ月くらいしか経ってないのに……
そう思うと来年3月に結婚って……結構なスピード婚?決めたのは知り合って3ヶ月くらいだったのかしら?
え?改めて考えるともしかして早まっちゃった?

私がっていうより彼が?

「…………」
「なに」

そんなことを考えながらじっと彼の顔を見つめてしまった。

「ううん……ありがとう……」
「どう致しまして。オレもマフラーありがとう奈々実さん」

心の中で浮かんでしまったそんな想い……

彼……後悔してないのかしら?

「あ!奈々実さん」
「ん?」
「お正月うちの親が来た時にも話があると思うけど先に奈々実さんには言っておくね」
「え?なに?」

何か問題でも?

「オレに姉が2人いるの知ってるよね」
「絢さんと泉美さんでしょ」

絢さんは確か彼のこと溺愛で泉美さんは格闘技が大好きで子供のころから
無抵抗な彼を 散々練習台にしたっていう……彼の女子嫌いの原因にもなった2人……

「その2人が結婚する」
「え!?」
「あ……1人はした」
「はあ?」
「絢姉さんは今年入社した大卒の新入社員にメロメロになっちゃって彼のアパートに
押しかけたのが今年の夏前。オレがちょうど奈々実さんのところにホームステイした時には一緒に住んでた」
「え?」
「オレもびっくりしたけどこの前絢姉さんが会わせたいって言って初めて会ったけどもの凄く仲が良かった」
「会ったんだ」
「今度奈々実さんとも会いたいって言ってたから会ってね」
「う……うん……」

以前安奈に言われたことがある。

『結婚するには彼のお姉さんである絢姉さんが一番の障害になるよ』 って……

「絢姉さんが来年の6月にその人と結婚することになった」
「何とも急展開ね……」
「姉さんがベタ惚れらしい」
「へえ……」

新卒っていうと年下?お姉さんが私と同い年なら4歳差……

「泉美は付き合ってた相手との間に子供が出来た」
「へ?それって……」
「できちゃった婚になった」
「え?」
「家出て籍入れて一緒に暮らしてる」
「は……あ……」

私は何だか話についていけなくて曖昧な返事になる。

「だから今あのマンションにはオレ1人で住んでる」
「え?」
「って言っても週末は奈々実さんの所に泊まってるし平日は寝るだけに帰ってるようなもんだしね」
「そうだったの……」

知らなかった……

「転勤してる親もどうやら今の支社で落ち着くことになったらしい」
「え?」
「もう年も年だし定年までいる事になったって言われた」
「じゃあ……」
「だから今住んでるマンション売ることになると思う」
「え?」

いきなりそんなこと言われて考えがまとまらない。
じゃあ彼は一体どこで生活するの?

「だから来年早々にここに引っ越してくるから宜しくね」

彼はいつもの会話と同じ様にサラリとそんなことを言う。

「は?」

だから思考回路が追いつかないんですけど?

「どうせ3月には結婚して一緒に住むんだしそれまでどこか借りて住むのも勿体ないしね。
受験前に引っ越した方がイイって事で」

「ちょっ……ちょっと……え?」
「一度一緒に暮らしてるし今だってほとんど一緒に暮らしてるのと変わらないしね。
奈々実さんの両親に会った時またちゃんと話すけどもともと大学に入ったら1人暮らしするつもりだったし
親もそのつもりでお金は出すって言ってるからここの家賃も半分以上持てる」
「…………」
「この辺がまだ学生で奈々実さんには申し訳ないけどね。でも大学は親がちゃんと責任持ってくれるって言うから
オレは先の事を考えてそれに甘えさせてもらうことにする」
「先?」
「やっぱりそれなりのところに就職したい。まだ先になるけど結婚するってそう言うことでしょ」
「え?」
「一応バイトも考えてるけどどっちかって言うと就職が決まるまでは大学の方を優先させたい。
だからきっと奈々実さんに負担かけると思う」
「…………」
「でも……それでもオレは奈々実さんと結婚したいと思う。恋人の時間はいらない。
ちゃんと就職したらそれまでかけた負担を倍返しで返すから待ってて」
「……えっと……」
「なに」
「色々ちゃんと考えてるんだなぁ……って」
「そりゃ考えるでしょ」
「……うん」

そうなんだけどキャラじゃないっていうか……意外というか……

「じゃあ引越しの件はOKね」
「!!」

すっかりその件に関しては抜け落ちてました!

「まあ断られても困るからこれは決定事項ってことで」
「え?そうなの?」
「じゃあオレにどこで暮らせと」
「まあ……うん……そうよね……仕方ないわよね……」
「仕方ないじゃなくてそれ以外にない。わかった奈々実さん」
「!!」

ぐいっと顔を覗き込まれてしまった。

「は……はい……」


私はもうはいと返事をするしかなかった。





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