ひだりの彼氏・ショート


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「!!」

ふと気が付くと目の前に影が出来てて見上げたら彼が立ってた。

「いい加減にしてほしんだけど」
「え?……あの……」

さっきのショックでまだ思考能力が回復できてなくて上手く言葉が返せない。

「もうオレに構わないで。鬱陶しいから」

「!!」

怒ってるとか……呆れてるとか……そんな顔じゃなくて……
ただ……ただ……無表情な顔でそう言われた……私になんてまったく関心がないって顔だった……

「…………」

彼はそう言うとサッサと歩き出した。
私はどうしようかと迷ったけどフラフラと彼のあとを追いかけるように歩き出した。

それはきっとあまりのショックで自分でもワケのわからない行動だったと思う。

今まで生きてきてあんな言葉……言われたことはない……
反対の言葉なら何度も言われたことがあるのに……

『寧々ちゃんって可愛いね』 
『彼氏いるの?いないなら付き合ってよ』
『ちょっとだけでもお喋りしない』 
『寧々ちゃんと話せて嬉しいよ』

そうよ……私を喜ばせてくれる言葉言ってくれる男の子なんて一杯いるんだから!!

彼がおかしいのよ!!


そのまま歩き続けてどうやら駅に向かって歩いてるのがわかった。
このまま帰るのかな?

「ん?」

でも彼は駅の中には入ろうとしないでそのままロータリーに向かって歩き続ける。

「電車に乗るんじゃないの?」

彼と距離をとりつつそんなことを呟きながらしばらくあとを追うとロータリーに停まってる1台の車の助手席に廻る。

「え?」

運転席を見るとまた年上の女の人だった。
さっきの女の人よりは美人さは劣るけど……まあそれなりの女の人?
美人じゃないけど不細工でもない……でも大人っぽいような……子供っぽいような?

とにかくさっきの美人とは全然タイプが違う。

「あ!」

彼は迷うことなく助手席のドアを開けて中に乗り込む。
肩にかけてたバッグを運転席と助手席の間から身体を捻って後の席に置いた。
その身体を戻すとき無防備だった運転席の女の人の後頭部を掴んで自分の方に向かせると
無理矢理彼女にキスをした。

「うそ……え?」

一瞬だったけど……キスをしながら彼が私に視線を向けたから目が合った。
本当に一瞬だったけど……だから……彼はワザと私にキスを見せ……た?

キスされた女の人は顔を真っ赤にしてバシン!っと彼の頭を叩いてたけど彼はそれすらも楽しそうだった。

「…………」

あれはどう見ても姉弟なんて関係じゃない……恋人?
ううん……さっきの女の人だって姉弟の関係なんかじゃなかった……ってことは……

「二股?」

なっ!?そうなの??あんな可愛い顔して年上の女の人を手玉に取ってるの?
1人には貢がせてもう1人は運転手?
しかもついさっきもう1人と別れたばっかりなのに……そのあしで?ウソ……

な……なんて男なのーーーーーーっっ!!タラシよ!タラシ!!

ああ……危うく騙されるところだったわ!!
顔に騙されてついフラフラと……そうよ……あんな男こっちから願い下げよ!!フンッだ!

早目に気付いて良かったわ。私!!

私はタラシの彼にサッサと見切りをつけて駅に向かって歩き出した。



「ふう」
「どうしたの?腕痛む?」

アパートに向かって奈々実さんの運転する車で帰る途中思わず出た溜息に
奈々実さんが気にしてオレに聞いてきた。
どうやらさっきいきなりキスしたことは許してくれたらしい。
あんなに慌てなくても車の中だったから誰も見てないと思うけど……1人を除いては。

「違う。ちょっと疲れることがあったから」
「今日も球技大会だったんでしょ?参加してないのに?」
「なに?そのイヤミな言い方?仕方ないことなのに……ヒドイな奈々実さん……」
「え?いやちょっと……」
「チュッ ♪ 」
「!!」

信号で止まった隙にオレに気遣って覗き込んだ奈々実さんの唇を奪う。
また驚いた顔されたけど今度は叩いたりしなかった。

「奈々実さん」
「な……何よ!!」

「奈々実さんからマフラーが欲しい」

「え?!」

「マフラー。マフラーっていうのは主に毛糸で編まれた冬の定番のアイテムで……」
「マ……マフラーがなんなのかわかってるわよ!ただ唐突に言い出すから……」
「くれる?」
「クリスマスプレゼントでいい……の?」
「いいよ」
「わかった……」

「きっと奈々実さんからもらうマフラーはあったかいよ」

「え?なに?」
「なんでもない……明日が楽しみ」
「…………」

前日にプレゼントを指定されたのに慌てる素振りのない奈々実さん。
逆にちょっとホッとしてる感じがしなくもないけど……まさか……いや……

きっと未だにプレゼントが決まってなかったんだろうと推察される。
本当に26歳なのか?奈々実さん。

「奈々実さん」
「な……なによ」
「一緒に選ぼうか」

まあその方が安全ではないかとオレは思う。

「け……けっこうよ!ちゃんと自分で選びます」
「そう」
「そうよ」

流石にそこまで情けなくはないか。

「わかった」
「…………」

テレてるのか……いつもより赤い顔の奈々実さんが可愛かった。




次の日……いや前日からツバサの頭から寧々のことはすっかり消え去って
2学期最後の学校生活をいつも通り送って帰った。

そんな帰ろうとするツバサを捕まえてニヤケながら紙袋をクリスマスプレゼントだと押し付ける
クラスメイトの須々木。

そのプレゼントはその日の夜に奈々実を困らせることとなる。


寧々はというと……それからはツバサに近付くこともなくプライド修復のために
可愛さに磨きをかけたとか……


そんな寧々に誤解され 『タラシ』 などと思われてることはツバサにとって気にすることではなかったのでした。





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