ひだりの彼氏


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「あ…あ…はぁ…も…ダメ」

「奈々実さん……」


キシキシとベッドがリズミカルに軋んでる。
それは彼の卒業式に籍を入れてから毎朝といっていいほど繰り返してる行為で私に拒否権はない。

なんでこんなことに…
そんなことを思いながら程よい疲労感で私の意識は霞み始めた。



「……実…さん……」
「……」
「……奈々…さん……」

なんだか名前を呼ばれて…る?

「奈々実さん起きないと会社遅刻だよ」
「………」

私はベッドの中で俯せのまま彼のそんな声を聞いた。
わかってる……ちゃんと聞こえてたわよ!
でもね!起きれないんだから仕方ないじゃない!

「奈々実さん?」

彼が近づいて来るのがわかる。
キシリと音がしてベッドに腰を下ろしたらしい。

「!!」

彼に丸見えの素肌の背中をツツツ……と指先で撫でられた。
動かなかった身体がピクリと跳ねる。

「誘ってる」
「誘ってないからっ!!」

彼のそんな言葉に顔を捻って睨んだ。

「起きてるし喋れるし動ける」
「無理してだから!」

そう言って力尽きまた枕の上にパタリと頭が落ちた。

「もう…毎朝いい加減にしてよ……」
「だって大学ないし高校卒業したし新婚だし」

どんな理由よ!

「目覚まさせてあげようか」
「!!」

耳元でそんなことを囁かれて無理矢理顔だけ捻って肩越しに彼を睨む。

「結構よ!あっち行って!着替えるから」
「なんで」
「なんでって……朝からいやらしいわよ!」
「いまさらじゃない」
「じゃない!あっち行って!」
「寝起き悪い」
「誰のせ……!!」

彼がベッドに座ったまま両腕を私の身体を跨ぐように広げて手を着いた。
しかも屈んでくるからお互いの顔が近づいて驚いた。

「おはよう奈々実さん」
「……」
「おはよう」
「おは…よう……んっ!」

ちゅっと軽く触れる朝の挨拶のキスをされる。

「朝ごはんできてるよ」
「……うん」

こうなると私は大人しくなってしまう……

「大学始まるまでちょっとの間だけど朝ゆっくりできる」
「私は今までのままでいいのに……」

高校生という肩書は私だけでなく彼にとってもなにか枷のようになっていたのか……
外れた途端彼の何かも外れたのかしら?
どんな心境の変化なのかただ単に思春期の男の子だから?

「新婚だから」
「!!」

私の考えを知ってるかのように答える。

「ちゃんと伴侶としての役目を果たしてるつもりなんだけど」
「……」
「ご飯冷めるよ奈々実さん。お弁当もあるから忘れずに持っていってね」
「……ありがとう」

籍を入れてからの彼は至れり尽くせりだった。

これって……私……大事にされてるのよ……ね?



彼が高校を卒業して初めての日曜日に身内だけの結婚式を挙げた。
お互いの親と姉妹と……

式場で式を挙げた後ささやかながら披露宴がわりに全員で食事をした。

彼のお姉さんと初めての対面。
いつか絢さんとは会って欲しいと言われてたけど結局会わないで終わってたのよね。

彼を溺愛してたという上のお姉さんの絢さんは彼や安奈の話し通りとても綺麗な人だった。

「はじめまして。ツバサの姉の絢です」
「は…はじめまして…」

間近で見たらもっと綺麗だった。

「婚約者の笹岡惣一さんです」
「はじめまして笹岡です。今日はおめでとうございます」

婚約者と紹介された男性はちょっと可愛い感じの優しい雰囲気が漂ってた。

「やっぱりツバサは年上を選んだのね」
「え?」
「ツバサに年下や同い年は似合いませんもの。そうだったら私は反対しました」

そう言ってうふふ♪ と笑う。

「は…はぁ…」

年上で良かったらしい。はは…

「僕も年下なんです」

って笹岡さんが頭をポリポリと掻きながら照れ臭そうに笑う。
その笑顔がなんとも可愛い。
男性とは思えない可愛さだと思った。

「でも頼りになって私のこともちゃんと守ってくれてるわ」

なんて惚気が始まる始末。
2人の周りにはラブラブオーラが見える気がする……彼と出会うまでは弟が代わりだったのね。


「やっぱお前は年上が相手かよ」

マタニティドレスを着たオレンジに近い髪の毛の女の人がニヤニヤした顔で立ってた。

背は私と同じかちょっと低い。
一目で活発そうなのがわかる。

しかも彼女のすぐ傍に彼女よりも二回りはあろうかという男の人が立ってる。
プロレスラーということだからそうよね。

彼女が2人目のお姉さんの泉美さん……彼を格闘技の練習台にしてた人。

「あ…初めまして」
「どーも。あんた本当にコイツでいいの?やめるなら今のうちだよ」
「え?」
「余計なこと言わなくていいから」
「あたしが教えたこと役に立ったか?」
「………」
「?」

彼女がそう言ってニヤリと笑う。
え?なに?

「オラ!めでたい日に変なコト言ってんじゃねーよ」

彼女の旦那さんがまったくと言う顔で会話に入って来た。

「お2人さんすみません。泉美いくら翔君が可愛いからってこんな日までからかうな」

「 「 可 愛 い ? 」 」

あ…2人の声がハモった。

「冗談でしょ!光司!誰がこんな男!」
「それはこっちのセリフ」
「まあまあ2人共照れんな!」
「痛い」

泉美さんの旦那さんがバシバシと彼の肩を豪快に叩く。

「もう変な勘違いしないでよ!」

ドスリと泉美さんが旦那さんに脇腹に肘鉄を繰り出すけどまったく効いてる様子はない。
流石格闘家!

「嬉しいくせによ」
「だから違うってば!」

どうやら夫婦間で若干の勘違いがあるらしい。
それでも傍から見てると仲はいいみたい。


「大丈夫?」
「骨が折れる」

そんなことを言う彼はそれでも嬉しそうに見えた。


お互いの姉妹全員が結婚してたり結婚が間近だったり姪っ子や同じ頃に出産を控えてたりと
話題は尽きなくて食事の間和やかな雰囲気だった。

本当に内輪でささやかな結婚式と披露宴だったけど……
私には……ううん……私達にはとても記念に残る結婚式だった。


無事に式も食事会も彼のお姉さん達との初対面も終わって数日後
私は彼がお風呂に入ってる間コタツに温まりながら考え込む。

4月になると私の誕生日がくる。
そして5月の誕生日の彼とは1ヶ月くらい9歳の歳の差なってしまう。

「はぁ…」

まあほんのちょっとの間なんだけどね…多少落ち込む。

「27か……」

まさか自分が結婚するなんて去年の今頃の私にはコレっぽっちも想像してなくて
未だに信じられない気分。

でも左手の薬指にある指輪を見る度に現実なんだと納得してる。

食事会の時……
安奈と泉美さんを見て大きくなってきたお腹に視線がいったのは1度や2度じゃなかった。

「赤ちゃん…か…」

その時ふと思ったのよね。
彼が大学を卒業するのに4年…それから就職して落ち着いてからとして2年くらい?
トータル6年…か…その時私は33歳。

今の世の中30代で初めての子供なんてそんなに珍しいことじゃない。
珍しいことじゃないんだけど……何となく漠然と20代で産みたいな……なんて思わないわけじゃない。
一応貯金もある。
結婚式の費用も大袈裟にやらなかったからあんまりお金が掛からなかったし……
しかもウチの親が私の結婚式のために貯めてくれてて差し引いた残りのお金を結婚祝いと言って渡してくれた。
だから出産費用は心配することはないし費用を差し引いても手元に残る。
それに手続きをすれば費用も戻ってくるらしいし。
そのお金があれば当分生活費は心配する必要はないし彼に掛かるお金は今のところほとんどないに等しい。
本当にお互いの両親には感謝だ。
彼は 『あの耐え抜いた日々の代償だから気にしなくていいんじゃない』 って言う。

耐え抜いたって……耐えてたというよりスルーしてたのでは?と思った。

私の会社はちゃんと育児休暇があるし仕事を辞めなくても済む。
でも……私が気にしてるのはそこだけじゃない……


「奈々実さん」
「……」
「……奥さん」
「へ!?」

呼ばれてたのに気付かなくてハッとして見上げると彼が濡れた髪の毛をタオルで拭きながら
屈み込んで私の顔を覗き込んでた。

「奥さんで反応するなんてかなり意識してくれてるんだ」
「べべべ…別にそんなこと……」
「まあいいけど。どうしたの」
「……」
「なにか気になることがある?」
「……そういうわけじゃ……」
「そう」
「うん……」

言えないわよね……
ただでさえこんな年上の奥さんもらっちゃってその上こんな若いのに親になるなんて……
大学だってこれだし……やっぱり無理。

「奈々実さん」
「ん?」

彼が私の後ろに座って自分の足の間に私を入れてコタツに入ってくる。
背中から私の肩に顎を乗せてそっと話し始めた。

ふんわりと私と同じ石鹸の匂いがする。

「一緒に住んで結婚して夫婦になって次は子供だよね」
「え!?」

なんで?私が思ってたこと気付いたの??うそ!?

「奈々実さんはいつごろほしい?」
「ちょっ……ちょっと待って!そんないいよ……まだ早いし……あなただって若いし」

言いながら最後の方は声が小さくなっちゃう。

「今時オレくらいで子供いるのって多いよ」
「そ…そう?」
「それに奈々実さんは歳相応かもしれないけどオレなら若い親に入るし奈々実さんの代わりに
羨ましがられてあげる」
「………」
「でも負担が多いのは奈々実さんだと思うからオレは無理強いはしない」
「……でも……本当は嫌でしょ?」
「嫌じゃない」
「うそ……」
「オレ奈々実さんにウソついたことないけど」
「そうだった?」
「ないよ」
「でも……どうして急にそんなこと言うの?」

そう……まるで私の考えてることを見透かしたように……

「だって……奈々実さん安奈先輩と泉美のことジッと見てたから」
「え?」

うそ……彼に悟られちゃうほどジッと見てたの??
慌てて横を向いたら頬がくっ付いてた彼ともの凄く近い位置で目が合った。

「いつごろほしい」
「…………」

え!?どうしよう!!これって素直に受け入れちゃっていいの?
本当に彼に負担にならない?

「あなたに……負担にならない?」

思ってたことを躊躇(ためら)いもなく言葉にしてしまった。

「どんなふうに」
「色々……」
「オレは奈々実さんそっくりな女の子がいい」
「………」

え!?本当に?本当に本気なの?

「奈々実さんは?」

私に向けられた彼の眼差しはとっても優しいから……彼の言葉を素直に受け取ってしまう。

「……私は……あなたそっくりな男の子がいい……かな」
「オレが2人いたら奈々実さん余計勝てないよ」
「そ……そんなことないわよ!ちゃんと躾けて素直でママっ子に育てるから!」

思わずムキになってしまった。

「じゃあ双子で」

そう言って彼は私の頬にちゅっと触れるだけのキスをしてくれた。


彼はそのあと実際子供が出来たら色々なことに大丈夫なのか私に確かめた。
私はさっき考えてたことを話すと彼は 『ふーん』 と返事をしてちょっと考えてたみたい。

私もしばらくそのことで考えてたけど彼はさっさと結論を出したらしい。

だって……それからすぐに私は妊娠したから。

一緒に住んでれば私のあちらのサイクルも把握してたようで……
恥ずかしいやら……照れるやら……

いつまでも悩んでる私に彼は答えを出してくれたらしい。


ほんと……旦那様に頭が上がりません。





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