ひだりの彼氏


88 ツバサ視点




冬休みが終わってすぐオレは奈々実さんの部屋に引っ越した。
今度は夏と違って結婚前提の婚約者同士でお互いの親公認だから居候なんかじゃない完璧な同棲。
うしろめたいことも罪悪感を抱くこともない。

「というわけだから奈々実さん堂々とね」
「……」

オレは無言の奈々実さんを無視して自分の荷物を運ぶ。
自分の部屋の荷物くらいしかないから業者なんて頼まずに奈々実さんに車を出してもらって
あっという間に引越しは終わった。

「引越しの挨拶した方がいい」
「大家さんには話したから!ご近所はいいわよ!あなた夏にここで暮らしてたとき
ちゃっかりここの住人全員と会ったんじゃなかったっけ?」
「そうだったかな。でも今度は夫として家族だから改めて」
「いいから!まだ夫じゃないし!それにどうみてもアパート中に知れ渡ってるわよ!」
「そう」

奈々実さんの言うとおり夏に一緒に暮らしてたときに住人のことはチェックした。
奈々実さんを抜いて7世帯のうち独身の男は2人で女子は3人。
残り2世帯は若い夫婦だった。
怪しそうなのがいたらサッサとこのアパートを出るつもりだったけどオレのアンテナに
引っかかる住人はいなかった。

奈々実さんは無防備で学習能力がないから危なっかしい。

1階に住んでるくせに浴室の窓を開けてお風呂に入るということを
なんの警戒心もなくやってのける。

「事情が事情だから仕方ないけどこれで勉強が疎かになって大学受験に失敗なんて許さないから!
そんなことになったら結婚は延期だから!」
「わかってる」

失敗なんてしない。
そんなことになったら奈々実さんの言うとおり何事もどんどん先送りになって目も当てられないことになりそうだし。

「でもオレが勉強に集中したら奈々実さんが寂しいんじゃない」
「そ……そんなことないですから!学生は学業に勤しむのが当たり前なんだし特に今は受験なんだし」
「そう」
「そうです!」

なんて会話も本当はオレの方が我慢できるか自信がない。

1度奈々実さんを抱いたら後から後からもっともっとと気持ちが湧きおこる。
自分の中にあったこんな気持ち……笑えるほど信じられなくてだからって顔に出したりしないけど
奈々実さんの手前大学受験と高校を卒業するまでは大人しくしていようと決めた。

時々無性に奈々実さんを抱きたくて……
有無も言わさず奈々実さんを抱いたけど奈々実さんは嫌がったりしなかった。
きっと奈々実さんもその時はオレと同じ気持ちだったと思う。

毎日黙々と勉強してあっという間に受験当日を迎えた。
オレ以上に緊張気味の奈々実さん……最後までもつのかな?なんて思うほど。
でもそんな奈々実さんの心配をよそにオレは無事に志望大学に合格した。

合格したと奈々実さんに告げると奈々実さんはあからさまにホッとして泣き出した。
いわゆる嬉し泣き。

そのあとそこが外じゃなかったらそのまま奈々実さんを押し倒したいほど嬉しそうに笑ってくれた。
だからキスだけにしといたのに相変わらず奈々実さんは場所を考えろと怒る。
オレは駅のロータリーだろうが関係なかったんだけどね。

その日の夜は外食して合格祝いと称して初めて奈々実さんと一緒にお風呂に入った。
お互いの裸なんてもう何度も見てるのに奈々実さんはなかなか頷いてくれなくて
半ば強引にお風呂に連れ込んだ。
それからそのままベッドに連れていって今まで我慢してた分
存分に奈々実さんを自分の身体で感じて確かめた。


それから数日後……高校の卒業式があった。

「ツバサぁ〜〜俺は寂しいぞぉ」
「欝陶しい。オレに触るな離れろ」

退屈な卒業式が終わって教室に戻ると須々木が背中から肩に腕を廻して抱き着いてくる。
朝からこんなだ……ウザイ。

「なんだよツバサぁ〜お前は俺と会えなくなるのに寂しくないのか?」
「まったく」
「この薄情者ーーー!!」
「ホント欝陶しいんだけど」
「どうせこのあとのカラオケも行かねーんだろ?」
「うん」

このあと須々木達はいつものクラスのメンバーでカラオケにいくらしい。
オレはこのあと大事な用事がある。

そう……オレと奈々実さんが新しく始めるために。

「たまにメールすっからちゃんと返事よこせよな」
「さあ」
「なんだよぉ〜〜ツバサぁホントお前素っ気ないよなぁ」
「須々木はホント欝陶しい」
「はぁ〜〜まあ最後までツバサらしいけどな。だけどまさかツバサがあの大学狙ってたなんて知らんかった」
「言う必要ないし」
「ったくよぉ……他にウチからツバサと同じ大学に行く奴1人か2人だぞ。学年上位の奴だったはず」
「そう」
「ツバサも2学期あたりから気合い入ってたもんな。なに?なんかあったん?」
「さあ」
「チェ!俺んとこは何人かいるぞ。水谷とか春日井とかと一緒だ」
「そう」

オレは須々木に返事をしながら着々と帰る準備をしてカバンを肩にかける。

「バイバイ」
「……オウ!またな」

そんな須々木の挨拶もオレは振り向かなかった。

やっと進める……

学生という立場からは抜け出せないけどこれからは大分拘束がなくなる。
それに今日これから法律上でも奈々実さんを手に入れる。
今日籍を入れることを奈々実さんは最後までゴネてたけど最近発動していない『絶対服従命令』を発動した。
これ以上先延ばしは嫌だった。

あとは大学の4年間があっという間に過ぎてくれるのを待つだけ。

オレはそんなことを思いながら振り返って3年間通った高校の校舎を見上げた。



「あんまりにもお似合いの夫婦でみとれるのはわかりますけどお願いします」

婚姻届を持ったまま係りの女がオレと奈々実さんを交互に見ながら固まってるからそう声を掛けた。
オレは無表情のまま心の中で舌打ちをする。
隣にいる奈々実さんがそんな係りの女を見て困った顔になったから。
きっとまた傷付かなくていいことで傷付いてる。
当事者のオレはなんとも思ってないのになんで周りの奴にそんな顔されて
奈々実さんを傷付けられなくちゃいけない?
まったく冗談じゃない。
オレがそう言って促すと係りの女は取って付けたように 『おめでとうございます』 と言った。
今さら遅い。


「なにがお似合いの夫婦よ」

奈々実さんが役所を出た途端にそんなことを言ってきた。

「そうでしょ」

オレはそう思ってる。

オレ達はお昼を食べるために2人で街の中を歩いてる。
お互いの手をしっかりと恋人繋ぎまでして……奈々実さんはちょっと照れてるみたいだけど。

そんなオレと奈々実さんの左手の薬指には2人で選んだ指輪が光ってる。

『結婚指輪はオレが用意するから』

そう言ったとき奈々実さんがとんでもなく驚いた顔をしたのを憶えてる。
なんでそんなに驚くんだか?

「そんな無理しなくていいから。私が出すから!」
「無理って?」
「だって……かなりの金額になるもの……あなたバイトだってしてないし……」
「ああそういうこと。気にしなくていいよ。これでも1・2年の時にバイトして結構貯めたんだよね」
「は?」
「なに」
「バ……イト?」
「バイト。アルバイト。色々な仕事をして時給で働いた分お金をもらって……」
「バイトの意味くらいわかるわよ!もう!」
「そう。納得してないから知らないのかと思った」
「そんなわけないでしょ!!で?」
「で?とは」
「どんなバイトしてたの?」
「さあ」
「え?」
「ナイショ」
「なんで?」
「秘密」
「だからなんで?」
「普通」
「なによ?普通って?」
「だから普通。もうこの話はお終い」
「え?なんで?なんで教えてくれないの?」
「さあ」
「なに?もしかして未成年のくせにいかがわしいお店とか?それとも法律に引っかかるコト?」
「なにそれ」
「だって」
「まあ時給というか月給だったけどお金はいい方だったかな」
「…………」
「いかがわしくもないし法律にも引っ掛かってない。だからその眼差しやめてほしいんだけど」
「……だって怪しい」
「そう」

別に怪しくも何ともないんだけどね。
親の会社関係絡みで中学生の家庭教師をしてただけなんだけどさ。
お金も良かったし相手も男で気にならなかったしあとは好奇心と暇つぶしと気分転換。

ナゼか最初は1人だったのにいつの間にか3人に教えることになって結構忙しかった。
どうやら中学生の親同士が知り合いだったみたいでどうしてもって言われて請けたけど
無事に3人とも高校に合格したから辞めたんだけどね。

そのときバイト料が結構入ってそんなにお金を使うこともなくてそのままだったんだけど
今頃役に立って良かったと思う。

「…………」

別に奈々実さんに話してもかまわなかったんだけどワザとワケありにしたら
奈々実さんが悩み始めちゃってそれが面白くてそのまま黙ってた。

ホント奈々実さんをからかうと面白い。


奈々実さんと知り合って9ヶ月……

そんなこんなで今日……オレと奈々実さんは8歳年の差夫婦になった。





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