もっともっとあなたを好きになる



01




「ほら、さっさと喰え!」

─────── ん? なんですか? 男の人の声がします?

「だって〜トマトきらいなの〜」

─────── 今度は子供の……女の子の声がしますね。 トマト嫌いなんだ。 そうよね、嫌いな子供は多いですよね。

「これはトマトじゃない! プチトマトだ! だから喰え!」
「え〜ちっちゃいけどトマトでしょ〜」

─────── そうだよ、そうだよ。トマトだよね。 小さいけどトマトでしょ? 突っ込んでいいと思います。

「屁理屈言うな! オイ、 克哉 かつや 着替えたか?」

─────── いえいえ。屁理屈言ってるのは貴方のほうですから。

りゅう ちゃん、ハンカチがないよ!」
「んあ!? ハンカチ? あんだろ、その辺に!」
「これじゃないよ! あのほしがいっぱいかいてあるやつ!」
「はあ? わかんねえ。どっか洗濯もんにまぎれてんじゃねえの? 今日はそれで我慢しとけ!」
「ええーー! ごうくんにみせてあげるってやくそくしたのにぃ〜」

─────── そうですよね。お気に入りなんだものね。しかも、お友達に自慢する気満々だったのに。子供心がわかってませんね。

「今は時間がねえんだから明日にしろ!」
「ええーーー!!」
藍華 あいか 、飯食ったなら歯磨き行ってこい! ほら、克哉も行ってこい!」
「も〜瑠ちゃんうるさいよ〜」
「なに言ってんだ! 時間がねえんだよ! ああ、もう!!」

─────── たしかに、時間がないとイライラしますよね。でも、子供に当たっちゃいけないですよね。

「ハゲるよ、瑠ちゃん」
「ハゲるぞ、瑠ちゃん」

─────── うん。ハゲるよ、りゅうちゃん。

「やかましい! さっさと歯磨きしてこい! 終わったらもう行くぞ!」
「「は〜い」」

─────── 行く? え? どこに行くんですか? っていうか、ここどこですかね?
        見慣れないベッドに部屋に、ひとり暮らしのはずの私の部屋ならこんな朝の風景の親子の会話が聞こえてくるはずがないもの。
        んー私、昨夜はどうしたんだろう?

「よっこらせ」

と、ぬくい布団からムックリと起き上がった。

「わあ!?」

これはどんなイリュージョンなんでしょう?
いつの間にか着ていた服がダボダボのTシャツに、あらっ!! なんとボクサータイプのパンツまで穿いているじゃないですか!
そりゃスケスケのレースのお色気下着なんて持っていませんが、ここまで色気のないパンツは穿かないですよ。
だってこれ男物ですよね。
若干ブカブカだし。
しかも、ブラはつけていません。
一体ナ〜ゼ〜!?

「まったく……ん!?」
「…………」

ベッドの上で、まだ寝ぼけた頭と顔で開けられた部屋のドアの向こうに立つ男の人……たぶん、りゅうちゃんと目が合った。

「起きたのか」
「……はい……おはようございます?」
「なんで疑問系?」
「いえ……なんとなく……」
「気分は?」
「はあ……ちょっと頭が重いかな〜くらいです」
「まあ、あんだけ酔ってたらな」
「やっぱり酔ってましたか……あの……」
「瑠ちゃ〜ん! おわったよ〜」
「おわったよ〜」

詳しい話を聞こうと思ったら、歯磨きが終わった子供たちの声がしました。

「オウ! ちょっくら出かけてくっから、ちょっと待ってろ。言っとくけど黙って居なくなったりすんなよ。
鍵は俺が持って出るから、開けたまんまなんて勘弁してくれ。それにあんたの着替え一式、今洗濯中だからな」
「瑠ちゃ〜ん、よういできたよ〜」
「おれもあのハンカチでがまんしてやったぞ〜」
「わかった、今行く! 20分くらいで戻ってくるから、なにか飲みたかったら冷蔵庫から勝手に出して飲んでいいぞ」
「はあ……」
「じゃあな」
「…………」

部屋の入り口に腕を組んで寄りかかっていた“りゅうちゃん”は背の高い、浅黒い肌のイケメンさんだった。
白のシャツにブラウンのスキニーパンツ姿。
ウェーブのかかったちょっと長めの髪。
白いシャツのまくった袖から覗く男らしい腕に、その腕から続く手なんて細くて長くて綺麗で手フェチの私には生唾モノです。
ほんと……一体、私になにがあったんでしょう?
玄関の閉まる音がして、ガチャリと鍵のかかる音がすると複数の足音が遠ざかっていきました。
そして、シンと静まりかえる部屋の中。
そんな部屋の中を見渡すと、自分はセミダブルほどのサイズのベッドの上に座っていました。
ベッド下の床にはシングルの布団が敷いてあって、子供向けのキャラクターのまくらがふたつと、
タオルケットが2枚クシャリとなったまま置いてあります。
皆して、ここで寝てるんだとわかりました。
んーもしかして……父子家庭なんでしょうか?
まったくのヨソ様に、迷惑をかけちゃったんですね……私。

─────── ひかり、ごめん

「…………」

昨日聞いたばかりの彼の声が、二日酔いで重い頭に繰り返されていました。








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