「な……」
なんだ!?
一体どうしたーーーーーー!!
「ふえ……」
「え? え?」
いきなり目の前で泣かれて、慌てふためく俺。
ええっと……ああ! もしかして、酒飲むと泣き上戸とか?
「……帰らなくちゃ……」
「は?」
ボソリと呟いて、ベンチに手を着きながら立ち上がろうとする。
自分がなにをしようとしてるのか、わかってるのか?
身体に力も入ってないし、ヨロヨロしてるしで危なっかしい。
「ちょっと、無理すんなって。そんなんで歩けんのか?」
「……大…丈夫……帰ります……帰りたく……ないけど……」
「は? 帰りたくないって……」
「帰っても……ひとりです……今日は……ひとりは辛いです……」
「…………」
またポロリと涙が頬を伝う。
その顔は、庇護欲を掻き立てるには十分すぎた。
その姿に見惚れてると、女の子はフラフラと歩き出した。
「オイ、本当に大丈夫か? 家どこだよ。俺が連れてって……あ!」
「ひやあ!」
心配してる傍から地面のくぼみに躓いて、俺の目の前で盛大にコケた。
しかも運の悪いことに、水はけが悪いのか昨日降った雨でできた水たまりにもろ倒れた。
バシャン! という音と共に、俺の顔にも泥水が跳ねた。
「ぶっ!」
「…………」
「うおっ! 大丈夫か!?」
なかなか起き上がらない女の子の腕を掴んで起こすと、顔から服からすごいことになっていた。
「ケフン! ごほっ……ううっ……」
「うわぁ……泥まみれだな」
「うっ…うっ……うわあああああああん」
「!!」
いきなり大きな声で泣き出すから、ビックリして身体が跳ねた。
「な、なんだ? どうした?」
「……うぅ……どうせフラれた女には……ひっく……こんな不幸が……あってるんですう……」
「え?」
フラれた?
「えっく……ひっく……うう……」
ゴシゴシとこれまた泥水で汚れた手の甲で顔をこするもんだから、何度擦っても顔は綺麗ならない。
「ああ……もう……」
俺もハンカチなんて上等なもんは持ってないから、着てたシャツの裾を引っ張り上げて女の子顔を拭いてやる。
「ほら、嫌がんな」
「むうぅ……」
「はあ〜しかたねえな。ひとまず俺ん家に連れてくぞ」
「…………」
その言葉を理解してないみたいで、無言で俺を見てる。
そのときの俺の頭の中を覗かれたら、ヤバいようなことを考えていた。
庇護欲を煽る、もろタイプの女の子がひとりの家に帰りたくないって言っているのを、わざわざ帰す男がどこにいる!
このまま連れて帰るに決まってる。
酔ってる相手にとも思うが、こんなチャンス逃がすか!
家にガキんちょがいるが、逆に警戒されないかもしれない。
「そんな状態で家に帰すのも心配だしな」
「……ぐずっ……」
「ほら、おぶされ」
「……ふえ?」
女の子に背中を向けて、下に伸ばした腕を広げて待つ。
「…………」
なかなか動く気配のしないのに気づいて、肩越しにうしろを向いてさらにおぶさるように促した。
「どうせ歩けないんだろう? それにその恰好じゃタクシーだって嫌がるぞ。
着替え貸してやるし、ちゃんと家まで送り届けてやるから素直に言うことを聞け」
「ふぁい……」
色んなことに納得したのか、酔いと眠気でトロンとなった目で頷いた。
ズリズリと膝で近寄ってくると、両腕を伸ばして俺の背中に身体を預けてきた。
「よし、立つぞ」
「……ん……」
女の子を背負って立ち上がれば、思った以上に体重が軽いことに気づく。
小柄なせいなのか、もともと痩せているのかわからないけど、胸の感触だけはしっかりと確認できた。
着痩せするタイプなのか?
それとも、まがい物を詰めてるとかか?
すぐにコテンと女の子の頭が傾げて、俺の項のあたりに人肌の温もりが広がる。
くすぐったいような、ムズムズするようなこそばゆい感触だ。
ときどき体当たりのように、人の背中に突進してくるガキんちょとはえらい違いだ。
ただ、じんわりと背中に沁みこんでくる濡れた感覚には不快感が湧かなかったわけでもないが、お互い様かと諦めた。
背中で揺れながら、とりあえず名前は教えてもらえた。
“くぼづかひかり”だそうだ。
名字呼びなんてよそよそしいから、名前呼び決定。
そのあと、ボツリポツリとフラれた経緯を話し出した。
俺が誘導したのもあるけど。
どうやらひかりの相手は近所に住む幼馴染みだそうで、なんと二度も同じ相手に失恋したそうだ。
いつからか幼馴染みを異性として好きになっていたひかり。
いつも一緒にいた幼馴染みも同じ気持ちでいてくれているだろうと感じていたときに、彼女ができたと打ち明けられた。
それが一度目。
よくある話だけど、相手の幼馴染みはひかりを異性とは見ておらず、幼馴染みとしか見ていなかった。
これは自分も気持ちを打ち明けていなかったからしかたのないことだったと、傷つきながらも諦めたそうだ。
それから数年後、何人目かの彼女(これにも多少傷ついたらしい。何度別れても、自分を恋愛対象には見てもらえないんだと、
女として見てもらえていないんだと再認識させられたからだそうだ。)と上手くいっていなと相談されたらしい。
ひかりから見たら、お互いが思い合っているのは明らかで、ただすれ違ってしまっているだけだと気づいてた。
それでも、しばらく悩んだ末彼女と別れた幼馴染みは、その癒しをひかりに求めた。
きっとひかりが幼馴染みに、異性として好意を抱いていたのを知っていたんじゃないだろうかと俺は思う。
だから幼馴染みはわかっていても、自分があまりにも苦しかったからひかりの気持ちを利用したんだ。
ひかりはきっとすぐに、幼馴染みが別れた彼女とヨリを戻すのではないかとわかっていたそうだ。
嫌いで別れたわけじゃないし、時間が経てば逆にお互いがお互いをどれほど必要としているかわかるからと。
でも、長い片想いがもしかたら実るかもしれないと、ひかりはかすかな希望に望みを繋げていた。
けれど、そんなひかりの想いを幼馴染みは理不尽にも木端微塵に打ち砕いた。
それが二度目。
付き合ったのは、ほんの数カ月だったらしい。
その間、恋人同士というよりは今までと同じ“幼馴染み”の域から脱しなかった。
甘い雰囲気になることもなく、デートといってもときどきお互いの買い物に付き合うか夕飯を一緒に食べたくらい。
携帯でのやり取りも連絡事項のみで、ほとんどやり取りはなかったらしい。
一緒にいても幼馴染みはいつも上の空で、きっと別れた彼女のことを考えていたんだろうとひかりは言う。
“初めからわかってたんです……”と。
だから今日、元カノとやり直すことにしたと告げられても、文句も言わずに頷いた。
もともと自分のほうがお邪魔虫だったんだからと。
ほんの数カ月の間でも、幼馴染みの彼女でいれただけでも嬉しかったとひかりは呟いた。
今日は最初から飲むつもりで外に出たんだと言った。
ひとり暮らしだから、家でひとりは寂しかったからと。
他のことには黙って聞いていたが、それには一言……いやかなり文句を言った。
もともと強いわけでもない酒なのに、なにを言っている! と。
酔って、変な奴に連れて行かれたらどうするつもりだ! と。
俺だったからよかったものの……と、ちゃんと付け足しておいた。
そうですねぇ…と呟いたあと、ひかりの身体から力が抜けたのがわかった。
どうやら眠ったらしい。
傷ついて、捨てられてた仔猫みたいだったひかり。
ひかりをおぶりながら、温もりが伝わる腕に力が入る。
乙女心を利用して、手酷くフッた野郎のことなんてサッサと見切りをつけて忘れちまえばいいと思う。
俺が傍にいてやるからさ。
俺がイヤってほどかまって、甘えさせて、癒してやるから。
俺の傍から離れなければいい。
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