もっともっとあなたを好きになる



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「ここはもう少しまっすぐ筆を下ろして書いてみて」
「は〜い」
「星汰君、姿勢ちゃんとしようね。じゃないと書きにくいでしょ」

あれから1ヶ月と少しが経ちました。
私は今までどおりの生活を送っています。

私のお仕事は書道の先生をやっております。
元は亡くなったおばあちゃんが書道の先生をやっていて、私は小さなころから習っておりました。
おばあちゃんの指導の賜物かおばあちゃんの才能を受け継いだのか、それとも書道が自分に合っていたのか、
色々な賞を取れるほどになっていました。

大学を卒業したあと、おばあちゃんの薦めもあって書道教室をやってみることにしました。
諸々の事情があって、何年か前におばあちゃんがやっていた教室はやめてしまっていたのですが、
私がやるならとまた自宅での書道教室をやることに賛成してくれたんです。
おばあちゃんの実績と、自分自身の実績で生徒も集まりました。
昔と違い今は趣味の一環として書道をやってみようと思う人も増え、カルチャースクールとしても書道を教えています。
子供対象の教室を週一で夕方からと、カルチャースクールとして主婦の方やお年寄りの方に昼間週二回ほど教えています。
他にも細々とした仕事がときどきはいったりして、それをこなす毎日です。
ですが、セカセカとするような仕事でもないので、のんびりとマイペースで毎日を過ごしています。

今までどおりの生活を送っていると言いましたが、変わったこともありました。

「はい! 今日はここまでですよ。片付けましょう」
「「「「「はーい」」」」」

終わりだからでしょうか、なんとも元気な返事です。
片付けが終わった子から、パラパラと帰っていきます。
家の人が迎えに来てくれる子、友達と一緒に帰る子、自転車でひとりで帰る子を見送りました。
なんだかんだで落ち着くのは19時近くになります。

「ひーちゃん! ただいま〜〜♪」
「ひかり! ただいま!」

子供たちを見送って、夕飯の支度をしようと背を向けるとその背中に元気な声が響きます。

「お帰りなさい。藍華ちゃん、克哉くん」
「ただいま。ひかり」
「お帰りなさい。りゅうちゃん」

自然と笑顔で3人を迎えます。

「ひかり〜」

その場でりゅうちゃんにぎゅっと抱きしめられます。
最初は人目を気にしてワタワタとしてしまいましたが、今ではりゅうちゃんの背中に腕を回して抱きしめ返すようにまでなりました。
慣れと積み重ねた経験値はスゴイです。
そんな間に藍華ちゃんと克哉くんは靴を脱いで家の中に入ってしまいました。
お子ちゃまふたりも慣れたみたいです。

あれから、私がりゅうちゃんの家に行ける日は泊りがけでお邪魔するようになりました。
りゅうちゃんのお姉さんの仕事の都合で、お子ちゃまふたりがときどき泊りに来るのも変わりません。
私はそれでも十分でしたが、りゅうちゃんは不服だったようです。

「ひかりが足りん!」

と、ゴネて拗ねてしまいました。
と言われても、自宅で書道教室を開いている私としてはずっとりゅうちゃんの家にいるのはちょっと不便なんですよね。
なんて馬鹿正直に言ってしまいましたら、りゅうちゃんが落ち込んでしまいました。
申し訳ないですけど、こればかりは譲れません。
なので思いついたことをりゅうちゃんに話しました。

「保育園が少し遠くなってしまいますが私の家に引っ越しますか? 古い家ですが広いだけが取り柄ですし、
空いている部屋もありますから。りゅうちゃんの仕事のこともありますから無理にとは言いませんけど」

もしかしてりゅうちゃんのお姉さんは、私の家にお子ちゃまたちがお邪魔するのを嫌がるかもしれないですしね。
なんて付け足すと、りゅうちゃんは首をブンブンと振って「姉貴に文句は言わせない!」と男らしいことを言ってくれました。
そして目の前で正座して居住まいを正すと、私にも座るように促します。
何事かと首を傾げると、真面目な顔で私と向き合います。

「なんですか? りゅうちゃん」
「ひかり」
「はい」
「初めてひかりと出会った瞬間から、ひかりに惚れました。一目惚れでした。これから先、ひかりを悲しませることも、
裏切ることもしないと誓います。泣かせることは色んな意味であるかもしれないけど、辛い涙は流させないと誓います。
だから、俺と結婚してください」

床に手をついて、深々と頭を下げたりゅうちゃん。

「りゅうちゃん……」

私は突然のことで、頭の中はワタワタとショート寸前です。
だってまだ知り合って一ヶ月しか経ってなくて……フラれたばっかりで……

「ひかりがまだ俺のこと、そんなに好いてないことはわかってる。俺の勢いに流されたのも。
でも俺は初めてひかりに会ったときよりも、今のほうがずっとずっと好きだ。
きっともっともっとひかりのことが好きになるって宣言できる」
「りゅうちゃん……私……」
「ひかりの分も、俺がふたり分好きになるから。だからこれから先の人生を俺と一緒に生きてくれ。ひかり」
「私……」
「ひかりが俺を好きになってくれるように優しくするし、大切にするから」
「りゅうちゃんはもう十分、私に優しくしてくれて、大切にしてくれてますよ」
「ひかり……」
「りゅうちゃんこそ私でいいんですか? こんな流されちゃう女ですよ?」
「俺だけに流されてくれれば、いくら流されてもいい。俺に流されるようにしてたんだから、
ひかりがそのことを気にすることはないんだ。俺はひかりが流されて来るのを待ってたんだから」
「なら、他に流されて行かないようにしっかりと掴まえててくださいね」
「ひかり……」
「りゅうちゃんがしっかりと掴まえててくれるなら、私はどこにも流されて行きません」
「ああ、ちゃんと掴まえてる」
「はい。では、 不束者 ふつつかもの ですが、よろしくお願いします」

私も床に手をついて深く頭を下げました。

「うん! うん!」

りゅうちゃんがウルウルと目を潤ませて、何度も何度も頷きます。
私もウルウルと目が潤んできて、ふたりで笑いながら泣きました。
りゅうちゃんまでもが泣いてしまうなんてびっくりです。
お互いに手を伸ばして、相手の涙を拭き合いました。

そのあとのりゅうちゃんの行動は目を見張るものでした。
その週の週末には引っ越し業者を頼んで、私の家に引っ越して来てしまいました。
その次の日には、婚姻届を出しに行くというスピード婚です。

私の両親も祖父母も既に亡くなっていましたし、兄弟もいませんでしたから結婚を反対する人はいませんでした。
りゅうちゃんのほうはご両親は健在でしたが、だいぶ前に仕事の関係で海外で暮らしているそうで、最近は疎遠になっているとか。
りゅうちゃんもお姉さんも、もう大人なので本人たちの責任に任せているそうです。
でも、ちゃんと話は通したと言っておりました。

お姉さんも反対することなく、快く婚姻届の証人の欄に名前を書いてくれました。
私はと言いますと、祖母の古くからのお友達に頼みました。
祖母の生存中にも交流のあった方で、今でもときどき祖母に会いに来てくれています。
その方にお願いしましたら、こちらも快く証人欄に名前を書いてくれました。
無事に婚姻届が書き終わると、りゅうちゃんは私を車に乗せて役所に直行し、受付に飛び込みました。
届けは何事もなく受け付けられて処理をされ、あっという間にりゅうちゃんと夫婦になりました。









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