もっともっとあなたを好きになる



14




「いきなり結婚したかと思ったら、もう子供を授かるなんて。先生、人生バラ色ね〜」
「ありがとうございます。いいご縁がありましたので。私は幸せ者です」
「あら、やだわ〜惚気ちゃって! ごちそうさま」
「困ったことがあったらすぐに私達にいいなさいよ〜相談にのるからね!」
「先生の子どもなら、私達には孫も同然だもの」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ旦那さんは息子になるわねぇ」
「あんなイケメンの息子なら大歓迎よね〜」

週二回のカルチャースクールのあとのお茶会で、お話がとても盛り上がっています。

カルチャースクールといっても生徒さんは私の母親の年齢の方や、私と年齢が同じくらいの
お孫さんがいらっしゃる方々で、親戚のおばさん達のようです。
私のおばあちゃんが生きているときからのお付き合いの方達なので、その節は大変お世話になりました。
励ましてもらったりもして、とても感謝しております。

という面々なので、いつも終わってからのお茶会は皆さん楽しみのひとつになっています。
そして目下皆さんの興味の対象は、お付き合いしている気配も感じさせなかった私のスピード結婚と、
ほとんど同時に発覚した妊娠のことです。
それから私のお相手のりゅうちゃんのこともですね。
なかなかのイケメンさんだと、皆さんには評判です。
ときどき外で会ったりしたときの、りゅうちゃんの笑顔に皆さんノックアウトだったそうです。
りゅうちゃんも接客業ですので、営業スマイルはおてのものです。
いつものようにひとしきり話終えると、皆さんご機嫌に帰っていきました。

使っていた部屋を軽く片して、キッチンに向かいます。
冷蔵庫を開けて中味を確認しながら、今日の献立を考えます。
今日はお子ちゃまたちがくる日なので、献立も少し子供向けに考えなくてはいけません。

「今日はシチューにしましょう。あとはサラダに唐揚げで大丈夫でしょうか」

材料を確認して、私はひとり頷いて冷蔵庫の扉を閉めました。



「あら? 牛乳が……」

もうすぐ、りゅうちゃんやお子ちゃまたちが帰ってくる時間なので夕飯の準備に取り掛かりました。
シチューに牛乳を入れるときになって、手に取った牛乳の少なさに気づきました。
お水だけで作るより、牛乳を入れたほうが味がまろやかになって美味しいんですよね。
なのに、手に持った感じの牛乳の量ではちょっと足りません。
もっと残っていたと思うんですが……どうしたんでしょう?

「んんー? えっと……あ!」

思い出しました。
今日のお茶会でミルクティーを作るのに、牛乳をけっこう使ってしまっていたんですね。
うっかりしていました。

「今ならまだ間に合いますよね」

チラリと時計を見れば、みんなが帰ってくる時間にはまだ余裕があります。
私はお財布と携帯とハンドタオルを小さな手提げバックに入れて、玄関に向かいました。



「モウモウ印じゃないですけど、我慢してくれますかね」

ごくごくお馴染みのメーカーの牛乳が入ったコンビニの袋を見ながら、そんなことを呟きます。
お子ちゃまたちのお気に入りの牛乳は、この辺では売っていないちょっとお高い牛乳なんですよね。
いつもはお子ちゃまたちが持参してきてくれるので(私達も使っていいよとお許しが出てるので)
買うことはないのですが、今日はちょっと多めに使ってしまいましたからね。

「まだ、りゅうちゃん達は帰ってきていないかな?」

時間的にはもうそろそろ帰ってきてもいいころなので、ちょっと足を速めます。
あの角を曲がれば、門が見え……

「ひかり」
「!?」

聞き覚えのある声が私の名前を呼びました。
でも、この声はりゅうちゃんの声ではありません。
ましてや、藍華ちゃんや克哉くんの声でもありません。
その声にちょっとドキッとしましたが、不審者ではなさそうです。
最後に聞いたのは、2ヶ月くらい前でしょうか?

「健一君……」

振り向いた先には仕事帰りなんでしょうか?
幼馴染みので(一応)元カレで初恋の人…… 松崎 まつざき 健一 けんいち 君が立っていました。

「こんばんは。久しぶりですね」
「…………」

私は2ヶ月前のことはなかったように、健一君に声を掛けました。
私の中で建一君のことは、もうちゃんと気持ちの整理がついていましたから。
そう思えるのは、りゅうちゃんと藍華ちゃんと克哉くんのお蔭です。
けれど健一君はなにか言いたそうなのに、なにも返事をしてくれません。

「仕事帰りですか? でも、どうして?」

健一君は社会人になってからはひとり暮らしをしています。
なので仕事帰りだとしても、ここにいるのはおかしいんですよね。
それに健一君の家はうちとは反対方向ですし。

「…………」

さっきからこちらが話かけても、一言も返ってこないです。

「?」

一体どうしたんでしょう?
私になにか用があるんじゃないんですかね?

「あの……」
「結婚したって……本当か?」
「え?」
「おふくろが言ってた。ひかりが結婚したらしいって」

健一君のお母さんとは最近あまり話す機会がなかったので、きっとご近所の誰かから聞いたのかもしれません。

「あ……はい、本当です。ご縁がありまして」
「いつだ? いつ知り合ったんだ? お前、そんな相手いなかっただろ」
「知り合ったのは2ヶ月前くらいです」
「2ヶ月前って……」
「あ、ちゃんと健一君とお別れしたあとで知り合ったんです」
「オレと別れたあとって……2ヶ月前って言ったら、別れてすぐってことだろ?」
「そうです」
「そうですって……お前……」

なんだかとってもショックを受けている健一君です。

「オレが言うのもなんか……あれだけど……オレと別れたから 自棄 やけ になって、
どうでもいい奴に引っかかったんじゃないだろうな?」
「そんなことはありませんよ」

私は健一君を安心させるようにニッコリと微笑みます。

「お前、無理してんじゃないのか? 無理矢理、結婚させられたとかじゃないのか!?」
「ええ!?」

安心させるために笑顔で答えたのに、まったく理解してもらえなかったみたいです。

「無理矢理なんかじゃないです。ちゃんとプロポーズされてお受けしたんですから」
「だから、それが……だってお前、オレのこと……っ!」

途中まで言って、自分でも気づいたらしい健一君は握った拳を自分の口に押しつけました。
やっぱり、私の気持ちは健一君にはわかっていたんですね。

「たしかにスピード結婚でしたけど、それは、りゅう……お相手の方が一日でも早くと望まれたからです。
私もビックリするくらいテキパキと動いてくれて、あっという間に夫婦になりました」
「ひかり……」
「私は……大丈夫ですよ、健一君。色々ありましたけど、私は健一君のことはもう幼馴染みとしか
思っていませんから。健一君も 小出 こいで さんと幸せになってください」
「……っ!」

別に、嫌味でも負け惜しみでもありません。
本当に本心からそう思ったので言ったまでです。
私は今、とても幸せですから。
健一君もお相手の小出さんと末永く幸せになっていただければと思っています。

「ひかりーーーー!!」
「ひーちゃん!!」
「わあ!」

トタトタと二人分の足音がしたと思ったら、手とスカートを掴まれました。
どうやら走ってきたお子ちゃまふたりがしがみついたようです。
りゅうちゃんに“お腹には衝撃を与えるなよ!”と口が酸っぱくなるほど言われているからでしょう。

「あら、お帰りなさい。藍華ちゃん、克哉くん」

もうそんな時間なんですね。

「ただいま、ひーちゃん!」
「ただいま、ひかり! こいつだれだ!」

ふたりともただいまの挨拶をちゃんとしつつ、目の前に立っている健一君を子供ながらに睨んでいます。

「誰と言われましても……」

お子ちゃま相手に“元カレ”と言っていいものかどうか。

「なんだ、おまえ! ひかりをナンパでもしようとしてるのか!」
「やだ、ひとづまをナンパするなんて、タラシよ! タラシ!!」
「あ、藍華ちゃん?」

タラシなんて、一体どこの誰に教えられたんですか?
これはりゅうちゃんにあとで相談しなければいけませんね。

「ひかり……」
「?」

健一君が驚いた顔で私達を見ています。
藍華ちゃんのタラシ発言にびっくりしたんでしょうか。
私もびっくりでしたけど。

「お前、子持ちと結婚したのか? やっぱりいいように利用されてんじゃないのか?」
「え!?」

あまりの驚きからでしょうか、健一君が私の肩を掴んで顔を近づけてきました。

「このやろう! ひかりをはなせ!」
「きゃあああ! チカン! ヘンタイ!」

克哉くんは健一君の身体を両手で押し戻し、藍華ちゃんは叫びながら私のお腹を庇うように抱きついてきます。

「ひかりのおなかにはあかちゃんがいるんだぞ! らんぼうするな!」

克哉くんはさっきよりも腕に力を込めて、建一君を私から遠ざけようとしてくれています。

「そうよ! にんぷにらんぼうするなんて、にんげんのすることじゃないわ! このごくあくにん!!」
「藍華ちゃん!?」

どこでそんな言葉を覚えてきたんですか?
私のお腹を庇いながら、キリリと建一君を睨みつけます。

「赤ちゃんって……ひかり?」
「!」

さっきよりも驚いたらしく、目を大きく見開いて私を見ています。
克哉くんのお陰で、肩から手は離してくれましたけど、まだ手を伸ばせば届く距離です。

「ひかり!」

そのとき駐車場に続く曲がり角から、りゅうちゃんの声とこっちに走ってくる姿が見えました。

「「「りゅうちゃん」」」
「ひかり!」

こっちに向かってくるりゅうちゃんの顔は眉間にシワを寄せて、とっても怖い顔でした。








Back      Next








  拍手お返事はblogにて…