もっともっとあなたを好きになる



15




「ひかり!」

眉間にシワを寄せて、とっても怖い顔でりゅうちゃんがこっちに向かってきます。
そうですよね、保育園からの帰りなんですからりゅうちゃんがいるのは当たり前で、
お子ちゃまたちは先に降りてきたんでしょう。

「「りゅうちゃん!!」」
「お前、なにしてんだ!」

お子ちゃまたちふたりは、りゅうちゃんの姿を見てホッとしたらしく、名前を呼ぶ声に安心感が含まれています。
お子ちゃまたちからしたら、健一君は極悪人らしいのでそりゃホッとしたことでしょう。
ですが、私からしてみたらちょっとマズイ状況なんではないでしょうか。
私達のこの状況を見て、明らかにりゅうちゃんは誤解してるのではないかと。
これは早く誤解を解かないと、とんでもないことになりそうです。

「ひかり?」

健一君は駆け寄ってくるりゅうちゃんを見たあと、私を見てなにか訴えています。

「りゅ…りゅうちゃん違うんです。あの……」
「離れろ!」

りゅうちゃんが健一君と私達の間に入ると、健一君の胸を押して距離を取りました。
そして私達を自分の背中に庇うように両手を広げます。

「藍華、克哉! ひかりを連れて家に帰れ!」
「うん!」
「わかった!」

指示を与えられた藍華ちゃんと克哉くんはお互い片手ずつ私の手を握って家のほうに引っ張ります。

「え!? あの……ちょっ……違うんです! りゅうちゃん!」
「ひかり?」

健一君が慌てて私の名前を呼んで手を伸ばしてきます。

「人の嫁の名前を軽々しく呼ぶな! この、ストーカー野郎!」

私の伸ばした手を、りゅうちゃんが叩き落とします。

「なっ……違う! オレは……」
「りゅうちゃん……」
「ひかり、いくぞ!」
「ひーちゃん、はやく!」
「ちょっと待ってください! 違うんですから!」

ああ、もう一体どうしたら!?
りゅうちゃんは今にも健一君に殴り掛かりそうです。

「ふたりとも、ちょっと待ってください」
「ひーちゃん?」
「ひかり?」

繋いでいた手を一度握り返して、お子ちゃまふたりに頷きます。
わかってくれたのか、ギュッと繋いでいた手を緩めてくれて家に向かって引っ張るのもやめてくれました。

「りゅうちゃん!」
「ひかり? なにしてんだ! 早く行けって!」

りゅうちゃんは健一君の胸ぐらを掴んで、健一君はその掴んでいるりゅうちゃんの手首を掴んで揉み合っていました。

「違うんです! 幼馴染みなんです!」
「はあ!?」
「だから、ストーカーじゃありませんから。手を放してください」
「…………」

お子ちゃまふたりと繋いでいた手を離して、りゅうちゃんの腕にそっと触れました。
りゅうちゃんはしばらく私を見て、健一君を見て、やっと手を放してくれました。

「幼馴染みって……“あの”幼馴染みか?」
「え?」

“あの”を強調されてしまいました。
私にとって幼馴染みはひとりしかいなくて、その幼馴染みとのことはりゅうちゃんに話しているのですぐにわかったんだと思います。
今のりゅうちゃんの顔は不機嫌さMAXです。

「その幼馴染みが、今さらなんの用なんだよ」

声も同じくらい不機嫌さMAXです。
それでも健一君を睨みながら、傍にいた私の腰を抱いて守るように引き寄せてくれました。
そんな私達を見て、健一君の顔がナゼか歪みます。

「私が結婚したのを、おばさんに聞いたんだそうです」

だから、確かめに来たとは言えませんでした。
お祝いの言葉を言いに来てくれたとも言えず、なんて言ったらいいのか悩んでしまいました。
そう言えば、どうして確かめになんてきたんでしょうか?

「で? 今さらひかりのことが惜しくなったとかか? ふざけんなよ!」
「違う! オレはひかりのことが心配で……」
「心配? ひかりのお前に対する気持ちを踏みにじって、簡単に元カノとヨリを戻した罪悪感からか?」
「りゅうちゃん!」

いきなりそんなことを言いだしたりゅうちゃんに、私はビックリです。
すぐ傍にお子ちゃまたちがいるんですよ。
こんな大人の事情、いたいけなお子ちゃまたちに聞かせるようなことじゃありませんから。

「…………チッ!」

私の考えてることがわかったのか、りゅうちゃんはチラリとお子ちゃまたちのほうに視線を向けて舌打ちをしました。
りゅうちゃんの舌打ちなんて、初めて聞きましたよ。
よっぽど機嫌が悪いんですね。

「とにかく、お前に心配してもらうようなことはなにひとつない。ひかりはもう俺の嫁で、
俺がこれから先一生傍にいて幸せにしてやる。
お前に出る幕なんてもうないんだよ。わかったらサッサと帰れ!」
「子供の世話をさせるのに……強引に結婚を迫ったんじゃないのか?」
「はあ?」
「そ、それは違うってさっき説明したじゃないですか。無理矢理なんかじゃないです。
ちゃんとプロポーズされてお受けしたんですから。
自分で決めてお受けしたんです」
「それにしても……」
「それに、この子たちはりゅうちゃんの子供じゃありませんから。姪っ子と甥っ子です。
でも、私を慕ってくれて優しくしてくれて、とってもいい子達です」
「そうだぞ! おれたちはひかりとなかがいいんだからな!」
「そうよ! わたしもかつやもひーちゃんのことがだいすきなんだから!」

ふたりが言いながら、私の腰に腕を回して抱きつきます。
今、私はりゅうちゃんとお子ちゃま3人に腰を抱かれている状態です。

「健一君とお別れしてすぐに結婚したので心配なのはわかりますが、私は今本当に幸せなんです。
だから健一君はなにも心配することはないんですよ。健一君が小出さんを選ぶのはわかっていましたら。
わかっていて、お付き合いすることに頷いたのは私ですから。
健一君も私のことは気にせずに、小出さんと幸せになってください。
これからはちゃんとふたりで話し合ってくださいね」
「……ひかり」
「健一君は私の初恋の人でした。だから、健一君にも幸せになってほしいです」
「まったく……ひかりは人がいいんだから」
「え? でも、りゅうちゃんと出会えたのは、健一君のお陰ですから」
「!!」

りゅうちゃんにそう言って、健一君に向かってニッコリと微笑みます。
だって理由はどうであれ、そのことは本当のことですから。
だから自然に笑顔になるのは仕方ないです。

「ひかり……」
「りゅうちゃん?」

りゅうちゃんがクスリと笑って、私の頭を腰に回していない手でワシャワシャと撫でました。
急にいつものりゅうちゃんに戻ったので、私は首を傾げます。

「わかったと思うけど、ひかりはもうお前のことは“ただの”幼馴染みとしか思ってない。
俺としては余計なお世話だから、これからはひかりの心配はしてくれなくて結構。
ひかりのことは俺が一生傍にいて、守っていく。
お前がしゃしゃり出る必要は全くないから」
「りゅうちゃん……」

なんだかとっても棘のある言葉です。
私はもう本当に気にしていないので、りゅうちゃんも気にしなくていいのにと思います。
初恋は実らないと言いますしね。

「ひかりは今大事な身体だから、もうこんなふうに煩わせるな。これからはいくら幼馴染みとはいえ、
ひかりとふたりっきりで会うことは俺は許さないから。特に、お前とは話なんてさせたくない。
理由はお前が一番わかってると思うけどな」
「…………」

唇を噛んで、俯いている健一君。
あのときは健一君がとても苦しんでいたのがわかっていたから、きっと軽く言ったんだろうなとわかっていたけれど
“オレ達付き合ってみるか?”の言葉に私は頷きました。
頷いた私に健一君は驚いていましたよね。
きっとそのときにはもう、後悔していたんでしょう。
私があのとき頷いていなければ、健一君との関係もただの幼馴染みとして終わったんでしょうか?
それでもあのとき私は、健一君の言葉を受け流すことができなかったんです。
だから私にも責任があると思うから、そんなに自分を責めなくていいんです。
今はもう、お互い自分の道を歩き始めたんですから。

「健一君、身体に気をつけて……元気でね」
「ひかり!」

どこか遠くに行くわけでもないのですが、きっともうあまり会うこともないと思います。
私もあえて健一君と会おうとは思いませんし。

「行くぞ」
「はい」
「うん!」
「おう!」

りゅうちゃんは健一君を一度だけチラリと見て、私の腰に回した腕に力を入れて私に歩くように促します。
私もりゅうちゃんの腰に腕を回して、りゅうちゃんの服をぎゅっと掴みます。
私達が歩き出すとお子ちゃまたちも私の腰にしがみついたままついてきました。
お子ちゃまたちを見ると、ナゼか勝ち誇った顔をしていました。
ふたりとも満足げに微笑んでいます。
私と目があうと、もっと笑みを深めます。
私もお返しと言わんばかりにニッコリと笑い返しました。

曲がり角を曲がるときには、建一君はまださっきの場所に立ったままだったみたいです。
でも私は振り向かず、りゅうちゃんと藍華ちゃんと克哉くんと家に向かって歩き出しました。








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