もっともっとあなたを好きになる



16




「おいしい〜」
「ひかり、おかわり!」

遅い夕食をみんなで食べながら、克哉くんが元気にシチューの入っていた器を私に差し出します。

「はい、たくさん食べてくださいね」

空の器を受け取ってニッコリ笑顔です。

「今日は藍華ちゃんと克哉くんは大活躍でしたから、シチューのおかわりも大盛りです」

そう言ってシチューの入った器を克哉くんに渡します。
克哉くんはニッコリ笑顔で受け取ってくれました。

「でも、あまり無理はしないでくださいね」

今日は大丈夫でしたけど、次も何事もなく終わるとは言いきれませんから。

「そうだぞ。とにかくサッサと安全なところに逃げろよ」
「えーだいじょうぶだよ」
「今日はたまたまだ。じゃないとひかりが心配するだろう」
「え?」

りゅうちゃんに言われて、克哉くんが私を見ます。
私はちょっと困った顔で微笑みました。

「わかった……」
「おう」

なんだか男同士の会話だな〜と思いながら見ていました。


夜も更けて、お子ちゃまたちはスヤスヤと寝息を立てています。
前のりゅうちゃんの家ではりゅうちゃんの寝室に4人で一緒に寝ていましたが、私の家では部屋が
ありあまっているので大人とお子ちゃまで別々に寝ています。
お子ちゃまたちは最初ものすごいブーイングでしたが、りゅうちゃんに懇々と諭され納得したようです。
その分、寝るまでお子ちゃまたちと一緒にいるようになりました。
ついそのまま一緒に寝てしまいそうになりますが、りゅうちゃんが時間を見計らって私を迎えに来てくれます。

「今日は大丈夫だったか?」
「え?」

夫婦の寝室で新しく買ったダブルベッドにふたりで横になりながら、背中から抱きしめているりゅうちゃんが私に聞いてきました。
もともとは畳にお布団だったのですが、妊娠が発覚したのと結婚を機にりゅうちゃんのリクエストでベッドを購入しました。
たしかにお腹が大きくなってきたら、ベッドのほうが起き上がるのに楽そうです。

「ビックリしたんじゃないのか?」
「たしかに驚きましたね。まさか健一君が訪ねてくるなんて思っていなかったですから」
「ったく……今さらだろっつうの」
「ひゃん……」

りゅうちゃんが、うしろから私の身体に回していた腕をさらに力を込めて抱きしめます。
そして肩口にあったりゅうちゃんの顔が横を向いたと思ったら、ちゅう! っと首を吸いつかれました。

「あ…ダメですよ。そんなところに痕をつけたら。生徒さん達に見られちゃいます」

鈍い私でも、さすがにりゅうちゃんが私の首になにをしたかわかります。
そんなところにキス・マークなんてつけられたら隠すのが大変ですし、人に見られてら恥ずかしいじゃないですか!

「大丈夫、軽くだから痕はついてないよ」
「本当ですか?」
「本当」

頷きながら、その声はちょっと不機嫌です。

「りゅうちゃん?」
「ひかり……」
「はい」
「ひかり〜」
「はい」
「今日はスッキリした」
「はい?」
「ひかりがあの幼馴染みにハッキリと言ってくれたから」
「え? 私は本当のことを言っただけですよ?」
「それがよかったんだって」
「はあ……?」
「ひかりの本心だったからこそ、ダメージが大きかったかもな」
「ダメージですか?」
「そう。ひかりは……ダメージはなかった?」

そう言って手の平でそっと私のお腹を撫でます。
お腹の赤ちゃんのことも心配してくれてたんですよね。

「はい。りゅうちゃんや藍華ちゃんや克哉くんが守ってくれましたから」
「みんなに大事にされてるな。俺達の子供も……ひかりも」
「はい。私は……私達はりゅうちゃんや藍華ちゃんや克哉くんに出会えて本当に幸せです。みんなに出会えてよかったです」
「そうだな……ひかり……俺達出会えてよかったな」
「はい」

りゅうちゃんは私を背中から両腕でギュッと抱きしめてくれました。
私はりゅうちゃんに背中を預けるように寄り添って、お互い静かに笑いました。




「貴女……窪塚…さん?」
「はい?」

久しぶりに旧姓で呼ばれました。
振り向くと、そこにはちょっと首を傾げて自信なさそうな顔の女の人が立っていました。
えっと……顔に見覚えはあるんですが、すぐに誰だかわかりませんでした。
自分の記憶の中の人達を思い出していくと……

「あ……小出さん?」

やっと思い出した人は、健一君の彼女の 小出 こいで …… 沙雪 さゆき さんでした。
肩より長いカールした髪と仕事用のバッグを肩からかけて、仕事のできるキャリアウーマンという感じが印象的です。
何年も前に何度か会っただけだったので、すぐに思い出せませんでした。
なので、小出さんはよく私のことがわかったとビックリです。

「え? 貴女……妊娠してるの?」

ナゼか驚いた顔の小出さんです。

「はい」

私は妊娠6ヶ月になりました。
なのでもう普通の服が着れませんので、マタニティ用の服を着ていますから見た目でも妊婦さんというのがわかります。
赤ちゃんは、りゅうちゃんやお子ちゃまたちのお蔭で順調に育っています。
最近たまにですが、ちょっと動くようになりました。
今日は検診日だったので、産婦人科を出たところで小出さんに声を掛けられました。

「…………」
「?」

声を掛けてきたのに、小出さんは黙ったままです。
なんなんでしょう?

「もしかして……健一の……」
「え?」
「今、何ヶ月なの?」
「えっと……6ヶ月です」
「やっぱり……」

手の平を自分の口に当てて驚いています。
やっぱりってなんですか?

「その子、健一との子供なんでしょ?」
「え? いえ、違いますよ」
「うそよ、だってそのころ付き合ってたじゃない」
「そうですけど、違いますよ。健一君と私はそういうことは一度もしたことがありませんから」
「え?」
「手も繋ぎませんでしたから」
「…………」
「この子は、りゅうちゃんと私の子供です。健一君とお別れしてすぐに、ご縁があって結婚したんです」
「…………」

ちゃんと本当のことを話したんですけど、小出さんはまだ半信半疑みたいです。
たしかにお別れした時期と、りゅうちゃんと結婚した時期が近いので信じられないんでしょうか?
でも、健一君とは一度もそういう関係になったことはないので私は自信を持って言いきれます。

「健一君にも聞いてみてください」

健一君は私が結婚したことを小出さんには話してないんでしょうか?
でも、わざわざ私のことなんて話すこともないかな……なんて思わなくもないです。
私だってりゅうちゃんに、健一君の近況をわざわざ話そうなんて思いませんしね。

「…………」

小出さんは私にかける言葉を選んでるみたいです。
そうですよね、微妙な関係の私達ですから。
でも、私はもう健一君と小出さんのことはなにも気にしていませんので、なんとも思ってないですしね。
それに、ふたりがまたお付き合いするだろうと思っていましたから、やっぱりと思っただけですし。
でも……このあとどうしたらいいんでしょう?
会話も続かない気がします。

「うちの嫁になにか?」

私のうしろから、ハッキリと通る声がしました。

「あ!  瑠梨那 るりな さん」
「なにかの勧誘でしょうか?」

小出さんから私を遮るように、スッと私達の間に立ちます。
多分、小出さんの様子からなにかのセールスかと思われたみたいです。
瑠梨那さんは藍華ちゃんと克哉くんのお母さんです。
肩より少し長い髪をバレッタでまとめて、パンツスタイルで小出さんに負けず劣らずキャリアウーマンという感じです。
年上なので大人らしさがプラスされ、できる女というのがピッタリです。
実際、課長さんですからできる女ですけど。

今日は私の検診に合わせてランチを一緒に食べようと約束していて、病院の前で待ち合わせをしていたんです。
結婚してから、ときどきランチを一緒に食べるようになりました。
お子ちゃまたちの面倒を見てもらっているお礼と、義理でも妹ができたのが嬉しかったそうで。
瑠将 りゅうすけ も小さいころは可愛かったんだけどね……”と、しみじみ言ってました。
りゅうちゃんとは10才歳が離れていたので、りゅうちゃんが小さいころはよく面倒を見てたから特に思うんだそうです。
なので、私のことは可愛い義妹ができたと喜んでもらえました。
可愛いかどうかはわかりませんが、私もお義姉さんができてとっても嬉しです。
そう言うと、ぎゅうっとお義姉さんに抱きしめられました。
するとお子ちゃまふたりが“ママずるい”と言って私に抱きつきました。
すぐにりゅうちゃんが“はい、おしまい”と言ってお義姉さんとお子ちゃまふたりを私から引き離しました。
心の狭い男だと、お義姉さんがりゅうちゃんに文句を言っていました。

「いえ……」
「あ! 違うんです。ちょっとした知り合いで、偶然会ったので話をしていただけです」
「そう……」

瑠梨那さんはまだ納得のいかない顔をしています。

「小出さん、私は元気でやっています。小出さんも身体に気をつけて、お仕事頑張ってください」
「……窪塚さん」
「建一君にも、よろしく伝えてください。私は元気にやってますって」

なにか言いたそうな小出さんを遮って、言葉を続けました。
これ以上、話もない気がしますし。
それに瑠梨那さんを待たせてしまってますしね。
働いてる瑠梨那さんには、昼休みの時間も決まってますし。
私もお腹が空いてきました。
なんせ二人分ですから。

「じゃあ、失礼します」
「あ! 窪塚さん!」
「?」

行こうとしたら、焦ったような声で呼び止められたので振り向きました。
まだなにかあるんでしょうか?

「あの……私が言うのもあれなんだけど……もしかして……貴女はいい気分じゃないかもしれないけど……」
「?」

小出さんはなにが言いたいんでしょう?

「あの……色々貴女に迷惑をかけてごめんなさい。私なんかに言われたくはないだろうけど……赤ちゃん、おめでとう」
「…………ありがとうございます」
「じゃあ、お元気で」
「はい、小出さんも」

お互い会釈をして別れました。
小出さんとも、もう会うことはないかもしれません。

「行きましょうか」
「はい」

きっと私に聞きたいこともあったかもしれませんが、なにも聞かずに瑠梨那さんがそっと私の腰に手を添えて促します。
私は瑠梨那さんを見上げて、ニッコリと笑いかけました。
そしてこれから向かうお店の話で盛り上がり、しっかりとデザートまで食べて帰りました。



「ふあ〜いいお天気です!」

開けるのにコツがある家の雨戸を開けると、今日も青空でいいお天気です。
深く深呼吸をして、朝日に向かって伸びをしました。
また、いつもと同じ毎日が始まります。
でも、もう少ししたら新しい家族も増えて毎日新しいことが増えていくんだと思います。
そう思うと、気持ちがワクワクして自然と笑みがこぼれます。

いそいそと朝ごはんの支度を済ませます。
今朝はお子ちゃまたちはいないので、ふたりでの朝食です。

「あ! 時間が……」

時計を見れば、もう起きてこなければいけない時間なのにりゅうちゃんが起きてきていません。
いつもは自分で起きてくるのですが、ときどき起きてこないときがあります。
そういえば昨夜、晩酌をしていたのでそれで起きてこれないんでしょうか?
それとも仕事でお疲れなんですかね?
次のお休みにはゆっくりと休んでもらいましょう。

日に日に大きくなるお腹に手を添えながら、寝室に使っている部屋に向かいます。
襖を開けると、枕を抱きしめながらこっちを向いて俯せで眠っているりゅうちゃん。
その顔はとても気持ちよさそうで、起こすのを戸惑ってしまいそうになります。
それでも、心を鬼にして起こさなくてはいけません。

「りゅうちゃん、おはようございます!」

私は声を掛けながら、りゅうちゃんの背中をゆさゆさと揺らしました。








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