同い年で、小中高と同じだった幼馴染みのひかり。
男兄弟しかいなかったオレには妹のような存在だった。
同い年だったのにいくつか下に見えていたからか、あまりにも子供のころからの付き合いだったからか、
ひかりのことを異性として見ることはなかった。
ひかりの両親が亡くなったときも、祖父母が亡くなったときも、オレはひかりの家族として傍にいた。
ひかりがオレのことを異性として見ていると気づいたのはいつだったか?
付き合っていた彼女の話をしたときに、いつもと違う違和感を感じたときだろうか?
ちょっと困ったような、落ち込んだような……そんな感じだった。
それでも、オレにとってひかりは妹みたいな存在から変わることはなかった。
それなのに……オレは自分の弱さからひかりを傷つけてしまった。
ひとりの男として思っていてくれた想いを、甘えて利用してしまった。
利用しようとは思っていなかったけれど、きっと自分でもわかっていたんだ。
オレが縋れば、ひかりはオレを無条件に受け入れてくれるだろうと。
将来、結婚を考えていた相手と仕事の忙しさからすれ違って、お互い余裕のなかったオレ達は
会うたびに喧嘩して、そして別れを決めた。
それからしばらくはなにもかもが面倒で、どうでもよく思えた。
だからそれほど考えもなく、ふと思ったことを口にしてしまった。
声に出して、呟いてしまった。
『オレ達付き合ってみるか?』と。
言ってすぐに後悔した。
だからすぐに、なかったことにしようと思った。
冗談だと言うつもりだったのに、ひかりの顔を見てすぐに言葉が出なかった。
ひかりは驚きながらも悲しそうな顔だった。
それなのに、微かに嬉しそうに笑って『うん』と頷いた。
結局ひかりのことを恋人どころか異性として見れるはずもなく、付き合いは今までどおり過ごしていた。
いや、今まで以上にひかりとは距離を置いてた気がする。
沙雪のことも、時間が経てば色々と気持ちを整理して考えることができた。
そうなると、今まで気になっていたことがどれほど些細なことだったか。
なぜあのときはあんなにも許せないことだったんだろうと、不思議に思えるほど。
沙雪も同じだったらしい。
オレと話がしたいと、会ってほしいと連絡がきた。
ふたりで長い時間話し合った。
本当なら別れる前に話さなければいけないことだったのに、離れて初めて気づいたこともあったから、
離れていた時間も必要だったんじゃないだろうか。
『もう一度やり直したい』という沙雪の言葉に頷いた。
ひかりのことを考えなかったわけではないけれど、ひかりとはこの先も異性としての関係に発展するとは思えなかったから。
やっぱり、オレにとってひかりは妹のような存在から抜け出すことはなかった。
ひかりには申し訳ないと思いながら『沙雪とやり直すことにした』と告げると、一瞬ひかりの身体が強張った気がしたが、
すぐに微笑んで『わかりました』と頷いた。
なにも文句を言わないひかり。
ひかりは最初からわかっていたいたんだと思う。
オレが本心から、ひかりと付き合う気なんてなかったことを。
ひかりには本当に申し訳ない気持ちが一杯で、何度も頭を下げた。
何度謝っても、謝り切れない。
それからひかりとは連絡を取り合ってはいなかった。
どの面下げて、会って話せと言うんだ。
これからは陰ながらひかりの幸せを願っていくしかないと思っていた。
身寄りのいないひかりのことが気にならないと言えばウソになるけれど、家でやっている書道教室は相変わらず続けているようだったし、
母親にもひかりのことは気にかけていてほしいと伝えてあるから、なにかあればオレに言ってくるだろうと思っていた。
沙雪にはひかりと付き合ったっていたことは話した。
ただ、ひかりを異性として見ることができなかったから付き合いは今までと同じで、幼馴染みの枠からは出ることはなかったと。
沙雪にひかりとはこれからどう付き合っていくのかと聞かれた。
だから、これからは陰ながらひかりの幸せを願っていこうと思っていることを伝えると、『そう……』とだけ呟いた。
沙雪はひかりのことを知っている。
何度か会ったこともあるし、オレの幼馴染みということも、オレがひかりのことを妹みたいだとしか思っていないことも知っていた。
だから、オレがひかりと数カ月でも付き合っていたというのを聞いて、沙雪はどう思っただろうか。
オレから付き合おうと言ったことは話したから、オレに呆れているだろうか?
そのことについて沙雪はなにも言ってこなかったけれど。
それから2ヶ月が過ぎようとしたころ、母親から信じられない話を聞かされた。
ひかりが結婚して、あの家にもう一緒に住んでいるという。
オレにとっては信じられないことだった。
あれからまだ2ヶ月しか経っていなにのに、一体なにがどうなっているのかわからなかった。
あのひかりがこんな短時間で結婚するような相手ができたんだろうか?
2ヶ月前までは、ひかりの好きだった相手はオレだったよな?
もしかして、オレと別れてヤケになったのか?
オレは居ても立っても居られず、2ヶ月ぶりにひかりを訪ねた。
偶然にも外出からの帰宅途中だったのか、家まで行かずに外でひかりに会うことができた。
2ヶ月ぶりのひかりは、オレとのことがなかったかのような態度だった。
ひかりを守るように傍に立つふたりの子供と、ひかりの結婚した相手。
しかも、ひかりは今妊娠しているという。
相手の男はオレがひかりにしたことを知っているらしく、オレを責める。
相手の男の言う通りだからオレはなにも言い返せなかった。
これから先一生傍にいて、ひかりを幸せにすると言いきられた。
オレだって……本当はこれから先も妹のような存在のひかりをずっと守っていこうと思ってたさ。
でも……自分でそれを手放した。
ひかりにとって一番酷いやり方で。
だから、今さらなのはわかってる。
オレの心配をよそに、ひかりは今自分はとても幸せだという。
オレには、沙雪と幸せにと。
オレが沙雪を選ぶことはわかってたって。
そして最後に、本当に嬉しそうに結婚した相手と出会えたのはオレのお蔭だと言った。
オレのことは本当にただの幼馴染みになったんだと思い知らされた瞬間だった。
オレとのことはちゃんと気持ちの整理をつけて前へと進むひかり。
そしてその隣にはひかりだけを大事にしてくれる奴がいて、ふたりをもっと強く結びつける子供もいる。
「健一君、身体に気をつけて……元気でね」
「ひかり!」
新しい家族と一緒に歩き出すひかり。
ひかりはその場に立ち尽くすオレに一度も振り向かなかった。
「今日、窪塚さんに会ったわ」
「え?」
ひかりと会わなくなって数カ月経ったある日、仕事から帰ってきた沙雪が荷物を置きながら言った。
「偶然会ったの。彼女、妊娠してた。今6ヶ月ですって」
「…………そう」
そうか……もうそんなになるのか。
「私、あなたの子供なのかと思ったわ」
「は?」
沙雪の言葉にハッとなって、少し大きな声で返事をした。
「なに言って……そんなことあるわけないだろ!」
「彼女もそう言ってた。健一とはそういう関係になったことはないって」
「!!」
「彼女、結婚して幸せそうだったわ」
「そう……」
「知ってたの?」
「…………ああ、母親から聞いたんだ。それで……会いに行った」
「え? 初耳なんだけど? っていうか、よく会いに行けたわね」
「…………心配だったんだよ。オレと別れたあとすぐに結婚したって聞いたから」
「ふーん……幼馴染みのお兄さんとしては
自棄
でも起こしたかと思ったんだ。ちょっと自惚れてない?」
「…………」
「私だって自分勝手な幼馴染みより、他に目を向けるわ」
「ひかりには……本当に悪かったと思ってる」
「…………」
「ひかりはもう、ちゃんと自分の道を歩いてるんだよな。旦那もいて、もうすぐ子供も生まれて家族も増える。
これから先もっと増えるだろうし……ひかりの隣には守ってくれる男と可愛い子供がいるんだ。
昔みたいにあの家でひとりぼっちじゃない」
ひかりを守るように、肩を抱き寄せていた男を思い浮かべた。
凄い威嚇されたし……当たり前だけど。
「ねえ、建一」
「ん?」
あの日のふたりを思い出していたら、沙雪がいつの間にか目の前に立っていた。
「私達も先に進んでみない?」
「え?」
なにか吹っ切れたような顔の沙雪。
ひかりと話してなにか思うことがあったんだろうか?
ひかりと表面だけだけど付き合って、それが終わってからなんとなくひかりにも沙雪にも
後ろめたさを感じてたけど……もうオレも前に進んでもいいんだろうか?
やり直すと決めた沙雪と、これから先のことを考えてもいいだろうか?
あの日のひかりの言葉を思い出す。
『健一君は私の初恋の人でした。だから、健一君にも幸せになってほしいです』
オレにも幸せになってと言ってくれたひかりの言葉に……甘えてもいいだろうか?
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