もっともっとあなたを好きになる・番外編



小畑瑠梨那のafter-five




☆  途中にデリケートなお話が出てきますが、サラリと流していただけると助かります。



小畑 おばた
「ん?」

オフィスの廊下で歩いているところを、声を掛けられて立ち止まる。
下の階のミーティング・ルームで今扱ってる商品の打ち合わせをして、自分の席に戻るところだった。
時刻はすでに20時を過ぎていて、きっと今からじゃ会社を出るには21時を過ぎるだろう。
いや、ここで話が長引けばもっと遅くなるかも。
めんどくさい話じゃないだろうな……なんて思いながら振り返ると、うしろに立っていたのは
声から想像したとおりの営業一課・課長の “ 月永 つきなが 幸秀 ゆきひで ”がいた。
因みに私は営業二課・課長だけれど。
一課と二課は関わってる仕事の内容は違うけど、お互いがいい感じで刺激し合っている競争相手だ。
けれど、ときどきお互いの情報を交換したり一緒に仕事をしたりすることもある。
営業なんて個人の成績も重視されるが、結局は“会社の利益と発展”というところでは同じ目標で動いているから
引っ張り合いなんてバカらしいことはしない。
個人個人の駆け引きはあったとしても。
そんな同じような立場の課長同士、よく食事や飲みに行ったけど……個人的には私はこの男が苦手だ。

「これ、小畑んとこの松井が扱ってる案件の参考になるんじゃないかと思ってさ」

差し出されたファイルを受け取って中をパラパラと捲る。
たしかに今松井が扱ってる案件に必要な内容で、きっと助かるんじゃないかと思えるものだった。

「ありがとう、助かるわ。明日にでも松井に渡しておく」
「ああ、そうしてくれ」
「じゃ……」

サッサと踵を返して歩き出そうとすると腕を掴まれた。

「もう帰るんだろ? だったらこのあと飲みに行こう」
「え? あー私は……」
「もう子供たちも、お前の帰りを待ってるような歳でもないだろう?」
「…………」
「昔はそれで散々フラれたからな。やっと子供の手が離れたんだ。たまには付き合えよ」
「他に誘う相手はいないの? 月永なら選り取り見取りでしょう。なにもこんなおばさんを相手にしなくても、もっと若い子だって……」
「あのな、どんだけ待たされてると思ってんだ? いい加減、素直に言うコト聞け」
「…………べつに私は待ってってくれだなんて言ってないけど?」
「ほお〜そういうことを言うのか?」

月永は私よりも二つ上で、バツイチだ。
子供はいない。
離婚して、かなり年月が経っていると思うのに再婚する気配はない。
というか、どうやら再婚相手には私をと思い込んでるようで……いい加減にしてほしい。
食事や飲みに行ったりしていて、もしかして? と思わなかったわけではないけど、そのころは仕事も忙しかったし
子供達もまだ義務教育中の年齢だったりと、弟に協力してもらいながらの生活だったから色恋沙汰なんて
まったく眼中にも思考の中にもなかったのよね。

若いころからの無理がたたったのか、子供達が2歳のときに旦那が心筋梗塞で亡くなった。
仕事の外出先で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。
仕事には意欲的に取り組む人で、バイタリティーに溢れる人だった。
そんな彼に惹かれて結婚したんだけど、まさかこんなに若くして彼に先立たれるとは思わなかった。
小さな子供ふたりを抱え大変だったけれど、そのおかげで旦那がいない寂しさを紛らせることができたと思う。
弟も協力してくれて、子供達も父親のいない寂しさを感じることもなく過ごせたことも弟には感謝で一杯だ。
弟がまだ学生だったころ、なにが原因かわからないけれどヤンチャをしていたときに親の代わりに面倒を見たことへの
感謝とお詫びの気持ちだからと言っていたけど。
あとは、普通に甥っ子と姪っ子が可愛かったらしい。
ヤンチャしてた反動かいつの間にか真面目に勉学に励み、最終的には薬剤師になった。
医学知識を持っていて、余計に子供達を見てもらうのに安心できた。

そんな生活を何年もしていたから、今さら再婚とか全く考えになくて。
それに今は弟にお嫁さんが来て、可愛い義妹までできたので余計に恋人もしくは旦那は別にいなくてもいいかな……と思っている。
子供達も義妹に懐いているから、今のこの生活で満足しているし。
金銭面でも困っているわけでもないし。

今までは子供達が小さかったことと、まだ旦那のことを想っていたからという理由で逃れていた部分もあった。
仕事も忙しかったし、楽しかったりと充実していたのもあったと思う。
そこに月永とのことは考えたこともなかったから、そのことに触れることはなかった。
月永もそういった雰囲気を出していなかったし……多分?
もう、いい加減諦めたかと思っていたけど……諦めてなかったのね。
子供達も今年から大学生だし、思えば6・7年経ってた?
いや、もっとだったかしら?


「今度子供達に会わせろよ」
「え? なんで?」

月永のいつもの行きつけのBarで、カウンターに並んで座って話していると唐突に切り出された。

「なんでって、これから結婚を前提とした付き合いを始めるんだから、まずは子供達と顔合わせだろ?」
「それがわからないんだって。いつ、私が月永と結婚を前提とした付き合いを始めるなんて言ったかしら?」
「以前結婚を前提に付き合いを申し込んだら“今はそういうことを考えられない”って言ってたじゃないか。
そのあと“子供達が高校生になれば少しは肩の荷が下りる”って言ってただろう?
さらに大学生になるまで待っててやったんだからな」
「それは、高校生くらいになれば親の手が放れるってことで……本当なら大学出て就職して独立してくれるまではやっぱり親の責任は続くでしょ?」
「ったく、どこまで親バカなんだよ。いい加減、子離れしろ。そろそろ自分のことも考えろ」
「別に……これから先も私はおひとり様で結構よ。いつか孫もできるだろうし〜今は可愛い姪っ子と甥っ子がいるから癒しもあるし」

弟の瑠将のところに子供がいるから、今はそのふたりをかまうことが自分の癒しになっている。
義妹も、もうひとつの癒しになっているから瑠将のところに行けば3つの癒しに囲まれて、私は癒されまくってるから。
今さら“恋人”もしくは“旦那”のお世話なんてしたくないというのが本音。

「オレもひとり暮らしが長いから、家事は手伝うから心配するな。自分のことは自分でできる」
「なら私なんて必要ないでしょ?」

コクリと口元に運んだグラスからお酒を飲んだ。

「私は今の生活に満足してるの。仕事も不規則だし。それに月永がいても、自分の時間を優先すると思うから、
きっと私と一緒にいても物足りないと思うわよ」
「オレは……家に帰ったときに小畑がいてくれて、ふたりで過ごせるならそれでいい。たしかに忙しいだろうが、
若いときみたいにがむしゃらに仕事をするような歳でも立場でもないだろう? それなりに自分の時間を持ててるだろうが」
「まあね……」

若いときのように、自分でなにからなにまで動くことはなくなった。
部下たちをまとめて、ここぞというときに口を出したり相談に乗ったりと昔とは立場が変わった。
その代わりお偉いさんとのお付き合いなんかが増えたりもしたけど、毎日午前様ということはない。
ちゃんと休みも取れてるし。

「オレも“アウトドア派”じゃないから、休みの日は家で小畑とまったり過ごしたいと思ってる」
「あら、誰が“インドア派”だって言ったのよ。ちゃんと出かけてますけど?」
「弟んところだろ? 弟の嫁とその子供に会いに行ってるだけだろうが」
「んぶっ!」

思わず飲んでたお酒を吹いた。

「なっ!? なんでそのことを!」
「前、酔ったときに言ってたじゃないか。小畑のところは親子そろって弟の嫁さんと子供達にメロメロだって」
「そ……そんなこと、言ったんだ……」

記憶がないんですけど?
そんなに酔ってたのかしら。

「そういう話聞いて、なんかいいな……って思ったんだよ」
「?」
「オレにも甥っ子と姪っ子はいるけど、そんなに可愛がってるわけでもなかったし。まあ、兄貴の子供くらいにしか思ってなかった。
自分に子供もいなかったからな」
「私と今から自分の子供なんて無理だからね!」

さすがに体力的に無理。
他所のところのお子ちゃま達を可愛がるくらいが丁度いい。

「わかってるって」
「……だから、自分の子供を産んでくれる若いお嫁さんもらったほうがいいって。月永だって自分の子供欲しいでしょ?
親だって月永の子供も見てみたいだろうし」
「ああ、オレ子供ができないらしいんだわ」
「え!?」
「そういう身体らしい。それが嫁さんと別れた原因のひとつでもあるんだけどな」
「…………」

あまりの突然の告白に私は動けなかった。
視線だけは隣に座る月永をジッと見つめてる。
短くもない付き合いで初めて聞いた。

「それを知ったのは結婚したあとからだったけど、さすがにへこんだ」
「そりゃそうでしょ?」
「嫁もショックだったみたいで、オレにはふたりでもいいなんて言ってくれてたけど、無理してるのがわかってたし」
「…………」
「ひとり娘だったんだ。だから嫁の親が絡んで、色々あって……別れた」
「そう……」

なんて言葉をかければいいのかわからなくて、持っていたグラスをコトリとテーブルに置いた。
色々という言葉の中に、どれだけのことがあったんだろうと思う。

「だから、それなりに独り身を楽しんで老後を迎えようと思ってたんだけどな。小畑がいたから」
「は?」
「どこが気に入ったのかなんてハッキリ言えないんだけど、気づいたら小畑のことが気になる存在になってた。
バリバリ仕事するところも、バリバリ仕事するくせに子供のこと気にしてるところも、このなんとも言えない大人の色っぽさも」
「!」

スッと伸ばされた人差し指の背で、スルリと頬を撫でられた。
旦那以外の男性に、そんなふうに頬を撫でられるなんて初体験だった。
嫌悪感とは違う粟立つようなゾワリとした甘い疼きが背中を走る。
ビックリして、イスに座ったままちょっとだけ身体を逸らせた。

「ちょっ……なにすんの! セクハラでしょう!」
「恋愛感情持ってる相手にセクハラじゃないだろう?」
「じゃあなによ!」
「愛撫?」
「!!」

のわああああーーー!!
なっ、なに言ってんのーーーーーー!! この男はっ!!

「はは、顔真っ赤だぞ」
「おおおおおお、酒のせいよ!」
「そうか」
「…………」

クスクスと笑って……悔しい!
だから私はこの男が苦手なのよね。
女の扱いに慣れてるっていうか、余裕あるっていうか。
歳だって近いはずなのに、なに? この経験値の差みたいなやつは?
私だって旦那のいた身なんだけど。

「別に今すぐ結婚してくれなんて言わない。子供達のことでお前が納得できるときまで“婚約者”として傍にいたいだけだ」
「こっ……婚約者ぁ!?」
「結婚を前提にした付き合いだから当然だろう」
「だから……誰も付き合うなんて……」
「籍を入れるまでにしっかりと貯蓄しとくから、老後はふたりで優雅に過ごそうぜ、瑠梨那」
「なっ! なんで名前呼び?」
「オレ達、上手くいくと思うんだけどな」
「なに言って……」
「だったら今度、オレ自身のプレゼンでもしてやろうか? 幼少のころからの話とオレの今の財産とか詳しく説明させてもらうけど」
「いいって……別に今の月永見てればなんとなくわかるし」
「ふーん……」
「なに笑ってんのよ!」
「いや。ああ! 待つっていっても子供達が大学出たら籍入れるからな」
「はあ?」
「お前の子供達ならちゃんと就職してんだろ。それからのお前の人生をオレにくれよ」
「…………」

この歳になって……こんなにも熱烈に求婚してくれる男なんているんだろうか?
そんなに私っていい女だったっけ?
いやいや、そんなことないと思うけど。
そんなことを思いながら、ニコニコと笑う上機嫌な男をジッと見つめてしまった。

「で? いつ子供達と会わせてくれる?」








Back      Next








  拍手お返事はblogにて…