もっともっとあなたを好きになる・番外編



司馬瑠将の運命の出会いの日




☆ ひかりと出会う前のりゅうちゃんのお話。
  最後はまだひかりの妊娠がわかる前のころです。



「お疲れ様でした」
「お疲れ」

薬局内の自分の片づけが終わって、コキコキと凝った首を回しながら更衣室に向かう。
以前は大きな病院の近くにある薬局に勤めていたけれど、そこだと週に何度か夜勤があったから、
姉の子供の面倒を見るのに不便で姉の家の近くのドラックストア内にある薬局に転職した。
お店も23時に閉まるから夜勤もないし、早番のときには夕方には帰れるしと
子供の面倒を見るにはなにかと便利な職場だった。
給料も悪くなかったし。

「司馬さん! 今日飲みに行きません?」
「ん?」

早番で今日は姪っ子と甥っ子を保育園に迎えに行かなくちゃいけなかったから、考える間もなく断った。

「あーごめん。今日は都合悪いんだ」
「え? ……そうですか」

3ヶ月前にここに勤め始めた可愛らしい容姿の同僚が、目に見えてシュンとなった。
今までも何度もお断りしてるからかもしれないけど、早番のときに誘われることが多いからなかなかオレと予定が合わないんだよな。
なんせ早番のときは、あいつらの面倒を見ることが多いから。

「もしかして、また甥っ子さん達のお世話ですか?」
「え? ああ、うん、そう」
「大変ですね」
「んーもう慣れたし、身内だからね。別に大変じゃないよ」
「でも……司馬さんだって自分の時間がなくなっちゃうじゃないですか」
「…………」

俺が克哉達の面倒を見ていると言うと、皆同じ反応をする。
自分の時間を取られて可哀相とか、遠回しに姉貴のことを非難したりとか、俺がそこまで面倒を見ることはないとか。
たしかに以前の俺だったら、どちらかというと自分の時間を優先しただろう。
でも、突然旦那と父親を亡くした姉貴や子供達を見てたら、なんか……力になりたいと思った。

将来 さき が見えなくて、それなのに背中を押されるように自分の進路を決めなくちゃいけなくてムシャクシャしてたころ、
姉貴には海外に赴任してた親の代わりに散々迷惑をかけたから。
そのお返しっていうのもあった。
それに、恋人をつくるとか付き合うとか……なんだか面倒になってきてたし。

付き合ってた彼女と別れたのは半年前。
仕事と克哉達の面倒で、なかなか彼女との時間が取れなかった。
それでも、克哉達の面倒を見ないときはちゃんと彼女のことを優先してたし、蔑ろにしていたワケでもない。
それに付き合う前に克哉達のことは話してあったんだ。
そっちが優先になるときもあるけど、姉貴の子供だし助けてやりたいって。
そのときは笑顔で頷いてくれたんだけどな。
やっぱり上手くはいかないみたいだ。


『ごめん、今○○駅にいるの』
「え? ○○駅?」

突然、携帯に彼女からの電話。
彼女の告げた駅の名前は、俺の家からの最寄り駅だった。
使ってる駅のことは話したことがあったが、家までは教えていなかった。
今まで彼女をここに連れてきたこともなかったし。
克哉達がときどき来てるから、俺の部屋はなんとなく所帯じみてるから会うときはもっぱら外か彼女の家だった。
それに今日は克哉達が来る日だったから会えないって言ってあったはず。
それが突然の電話で驚いた。

『急に会いたくなっちゃって……ごめん、迷惑だった?』
「いや……迷惑じゃないけど」
『今から瑠将さんのところに行ってもいい?』
「あ…ああ、かまわないけど。じゃあ、今から駅に迎えに行くから」
『うん……ありがとう』
「…………」

一体どうしたのかと疑問が頭の中をグルグル回るけど、とにかく駅に彼女を迎えに行かないと。
振り向くと、なんだか期待一杯のキラキラした眼差しで、俺を見上げてる克哉と藍華。

「なんだ? だれかくるのか?」
「え? かのじょ? りゅうちゃんのかのじょがくるの?」
「そうだよ。だから今から駅に迎えに行かなくちゃいけないから、お前ら大人しく待ってろよ!」
「ほーい!」
「はーい♪」
「いいか? 絶対に誰か来ても玄関開けんじゃねえぞ! それと火も触るな、使うな! 刃物に触るな!」
「だいじょうだよ、りゅうちゃん」
「とにかく! 気をつけろよ!」

俺は出かける準備をしながら、克哉達に色々と注意事項を確認していく。
駅までの往復で、車で行くからそんなに時間はかからないと思う。
多分、15分程度だとは思うけど、そんな時間でもまだ5歳の子供を置いていくにはちょっと不安がよぎる。
そうそうバカなことはしないと思うが、いつだって子供は大人が思いもしないことをしでかしてくれるから安心できない。
だからって、彼女にタクシーで来てくれとも言えず。

「じゃあ、すぐ帰ってくるからな!」
「「いってらっしゃ〜い♪」」

なんでだか、満面の笑みで送り出された。



「本当にごめんなさい。瑠将さんの予定も聞かないで」
「いや、大丈夫だって」

挨拶もそこそこに彼女を車に乗せると、俺は車を発進させて家に急ぐ。

「なんだか急いでる?」
「え? ああ、子供達だけで留守番してるから」
「そう……急にごめんなさい」
「なにかあった?」
「え?」
「急に会いたくなったって言うから。今までそんなことなかっただろ? だからなにかあったのかと思ってさ」
「ううん……本当にただ急に会いたくなっただけ」
「そう。まあ、たまにしか会えないからな。それは悪いと思ってるんだ」
「そんなこと……」

急に訪ねて来るくらいだからなにかあったのかと思ったけど、なにもないという。
俺としては、急に恋人に会いたくなることもあるだろうと思った。
ただ今日は克哉達がいるから、そんなにふたりでゆっくり……っていうのは無理なんだよな。
だからかまわないとは言ったけど、大丈夫かな? と、わずかに不安がよぎる。
彼女、子供好きだったか?

そんな不安と、克哉達が無事かとドキドキしながら戻るとこれまた満面の笑みで俺達を出迎えてくれた。

「おかえり〜りゅうちゃん!」
「おかえり〜♪」
「おそいぞ! りゅうちゃん」
「そんなに遅くなかっただろ。つーか、お前達もちゃんといい子にしてたか?」
「もちろん! あ! そのひとがりゅうちゃんのかのじょ?」
「え?」

俺が話すより早く藍華が俺のうしろにいた彼女に気がついて、ニコニコ笑顔で聞いてくる。
自分のことを尋ねられて、ちょっと戸惑ってる感じだ。

「ああ、寺西さん。甥っ子と姪っ子の克哉と藍華」
「「こんばんは」」
「あ…こ、こんばんは」

やっぱり子供か相手は苦手だったかと気になったけど、今さら仕方ない。

「散らかってるけど、どうぞ」
「ありがとう……おじゃまします」

先に靴を脱いで上がろうとしたとき、ボソリと彼女の呟いた声が聞こえた。

────  本当に子供の世話してたんだ。

「!」

突然連絡もなく訪ねて来た彼女。
ああ、そうか……そういうことか。
あんまりにも子供の面倒を見るって理由で会えなかったから、本当に子供の世話をしてるのか確かめに来たのか。
連絡もしないで突然来たのは、俺がどう出るか確かめるのもあったんだな。

彼女とは友達と飲んでた居酒屋で知り合った。
彼女も友達と飲んでて、なんとなくそんな雰囲気になってそのまま体の関係になった。
話も合って、好意はあったんだけどな。
きっと彼女がそんな疑いを持ってしまったのは俺のせいだとは思うけど、なんとも言えない気持ちになった。

訪ねてきた目的がそれだったからか、やっぱり子供は苦手だったのか、だんだんと部屋の中の雰囲気は微妙になる。
元々人見知りしない克也と藍華は、予定になかった訪問者に期待いっぱいにまとわりついた。
俺も気を使ってあまりしつこくするなと言ったが、なんせひとつの部屋に皆でいるんだからどうしようもない。
眠くもない子供達を、寝室に押し込むわけにもいかず、だからって俺達がふたりで寝室にこもるわけにもいかず。
あまりかまってくれない彼女に察したのか、ふたりとも子供向けのアニメのDVDを見始めた。
部屋の中にアニメの歌やキャラクターのセリフが流れる。

「…………」

……気まずい。

車で送って行くから俺はお酒が飲めず、彼女も俺に遠慮して飲まないし。
子供がいる前でイチャイチャするわけにもいかず。
するつもりもなかったが。
そんなことがあっても俺はいままでと同じで、彼女と付き合いながら克也達の面倒を見ていた。
当然の成り行きというか、なるべくしてなったと言うべきか……それからしばらくして彼女とは別れた。

きっと、そのときの俺は“恋愛”に興味がなかったんじゃないかと思う。
仕事と克哉と藍華との生活が俺なりに気に入ってたんだ。
付き合っていれば相手のことを気にかけるのは当たり前のことだったけれど、そのときの俺はそれが面倒に思えてたのかもしれない。
それに、なぜかそのころは“性欲”もほとんどわかなかったし。
別にどこか具合が悪かったわけじゃない。
ただ、そういった気が起きなかっただけで、身体は至って正常だった。
最後にそういういうコトをしたのはいつだったか?
彼女との付き合ってたとき、最後のほうはそういうことはしてなかった気がするから……なんだかんだと半年くらい経ってるのか?
もう憶えてないくらい前のことみたいだ。
明らかにそういった好意をもって誘われても、ナゼかまったくその気にならなかった。
だから、それとなく同じ職場の女の子に誘われても上手くかわしてたし。
もともと同じ職場の とは付き合おうとは思わなかった。
色々と面倒なことになるのも嫌だったし。
何度か職場で、そういう揉め事を見てきたから余計そう思うんだろうな。

だからその日の誘いを断って帰った夜に、ひかりとの出会いが待っていたなんてそのときの俺はまったく感じることができなかった。
運命の出会いが待ってたんだから、なにか気づけよ、俺!


「ひかりーもういっかいだ!」
「いいですよ。でも、負けませんからね」
「つぎはおれがかつ!」
「そうですか? じゃあ、頑張ってくださいね」
「おれがかったら、おかしかってくれよな!」
「いいですよ。勝ったらですよ」
「わかってるって!」
「かつやにはむりよ〜。ひーちゃんこのゲームだけはつよいんだから」
「こんどはわからないだろ!」

夕食のあと、ひかりが子供達と一緒になってテレビゲームをしてる。
初めて会ったときから、ひかりは克哉と藍華を昔から知ってたんじゃないかと思うほど仲がいい。
ひかりの性格もあるんだろうけど、今までひとりで過ごしてきたひかりにとって、この和やかな時間はきっとずっと望んでた時間だったんじゃないだろうか。

「ぎゃああああ! まけた〜〜!!」
「ほら、やっぱりかつやはかてないじゃん♪」
「ひかりのくせになまいきだぞ!」
「すみません。このゲームだけは得意みたいです」

アハハと笑うひかりの背中に藍華がうしろから覆い被さる。
小柄なひかりには重いかもしれないのに、背中から自分の前に伸ばされた腕を掴んで、またニコニコと藍華と笑い合ってる。
克哉は不貞腐れながら、ひかりの正座してる膝に頭を乗せて甘えてる。
その頭をひかりが優しく撫でる。

「ふっ……」

俺はそんな三人を見て、自然と顔が綻ぶ。

「そんなにガッカリしないでください。りゅうちゃんも私には勝てないんですから」
「ハッ! そうだ、そうだった。まだりゅうちゃんがいた!」

ガバッとひかりの膝から頭を上げると、俺のほうに振り向いて克哉が嬉しそうな顔をする。

「なんだ、その“りゅうちゃんがいた”っつーのは?」
「りゅうちゃん、おれとしょうぶしよう!」
「は?」
「りゅうちゃんがおれにまけたら、りゅうちゃんがいちばんよわいってことだろ?」
「藍華は?」
「ひーちゃんにはかてないけど、かつやにはまけたことないもん♪」
「ふ〜ん。別にかまわんけど、負けたからって不貞腐れんなよ。克哉」
「だいじょうぶ! ぜったい、かつし!」
「よし! 勝負だ!」

俺はニカリと笑って、ゲームのコントローラーを掴んだ。



「なにもあんなにムキになることないのにな」
「子供だからムキになるんですよ」

結局ゲームは克哉が勝った。
と言っても、何度も何度も再挑戦されて俺がいい加減飽きたっていうのもある。
ちょっと気を抜いたら、その隙を見逃さず突っ込まれて負けた。
それまで自分は散々再挑戦してきたくせに、自分が勝った途端ゲームを撤収しやがった。
いつもはのんべんたらりと寝る支度をするくせに、今日はなんとも早かったこと。

「油断大敵ですね」
「ったく……まあ、いいけど」
「あ……」

ソファで隣に座ってクスクスと笑うひかりの腕を自分のほうに引っ張って抱きしめる。

「ひかり」
「りゅうちゃん……」

ぎゅっとひかりを抱きしめて、オデコにキスをする。

「ふふふ」
「ん? どうした?」
「なんだか信じられないです。この家が、こんなに賑やかになるなんて」
「確かに、こんな広い家にひかりひとりで住んでたんじゃ静かだろうな」
「それが普通だったから、慣れちゃいましたけどね」

また、ふふふとひかりが笑う。

「でもきっと今は寂しくて耐えられないです」
「ひかり……」

俺の胸に額をスリスリしながら俯いた。
俺はそんなひかりの頬を両手で挟んで上を向かせた。

「大丈夫。これからは俺が、俺達が一緒にいるから。ひかりをひとりになんてしないから安心しろ」
「はい」
「ひかり」
「りゅうちゃん」

チュッと軽くひかりの唇にキスをする。
少しだけ顔を離すと、ホニャリと微笑むひかりの顔。
このときは、まさかもうひとり家族が増えることになるとは思いもよらず。
そうなったらいいなとは思っていたけどな。
嬉しい誤算だった。








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