Love You ! 番外編 頑張れ星崎!






「いらっしゃいませ」

土曜日のランチタイム。
週休二日が当たり前のオフィス街の軽食とカフェを兼ねたお店にはそれなりに混んでるけど
いつもよりもお客様は少ない。
そんな中に1組のカップルが入って来た。
場所も場所だから常連さんやたまに来るお客様は覚えてる。
初めて見る顔で親しい感じが漂ってたから恋人同士かと思った。

「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」

お水を持って行ってお決まりの言葉を言ってテーブルから離れる。
離れながら思った。なんで2人並んで座ってるのかしら?4人席で向かい合って座ればいいのに…
そんなにくっついていたいのかしら?
不思議に思いつつ他のお客様のオーダーをとりに行った。

「いらっしゃいま…せ…」

それからしばらくして入口のドアが開いて男性が1人入って来た。
その人はこのお店の常連さんでもう何年も通ってくれてる人だった。
いつもは席に着く前に一言二言言葉を交わすのに今日は視線を合わせてちょっと微笑んだだけだった。

「お!こっち!」
「おお!久しぶり。」

彼はそう挨拶すると片手を挙げた。
その相手は変な席の座り方をしてたお客様…ああ…彼と待ち合わせだったんだ。

「見せるだけで会わせては貰えなかったけどね。あ!今日のおススメランチで」

お水を置きに席に近付いた私に彼はチラリと視線だけを向けてそう言った。
ちょっと素っ気ない感じに私は胸の奥がツキンとなる。

「畏まりました」

頭をペコリと下げて私はその席から離れた。

どうやら相手の男性と彼が親しいらしい。
運んだ料理を食べながらもっぱら話をしてるは男同士で女の子はそんな2人の話を聞いてるふうだった。

……可愛い娘だな……

美人とは違って 『可愛い』 って言葉が似合う……そうまるで小動物を思わせる女の子だ。
歳は私と同じ位かな?彼は確か28歳?29歳だったはず?それよりも随分年下に見える。

あの隣に座ってる男の人の恋人なんだろうか?それとも……
私は仕事をこなしながらなんとなく気になってそのテーブルに座る3人を気にして無い素振りで観察してた。

するとちょっとして彼女の横に座ってた男の人が立ち上がった。
女の子が戸惑った顔で見上げてる。
彼は私からは後ろ姿だったからどんな顔をしてるかわからなかった。

「……じゃあ30分くらいで戻るから」

微かに聞えた男の人の声…テーブルに残ったのはあの可愛らしい女の子と彼だけ…

「そう…確か初めて智鶴ちゃんの写真見せてもらった時はまだ高校生だったんだよね。
制服姿が可愛かったよ」
「は…はあ…ありがとうございます…」

食べ終わった食器を片付けに行った時の彼と彼女の会話…
そっか…彼はこの娘が高校生のときから知ってるんだ…

「小笠原のシスコンは支社の中でも有名でね…
だから君に彼氏が出来たら大変だろうなって皆で言ってたんだ」
「そ…そうなんですか…もう…恥ずかしいです…お兄ちゃんったら…」
「一昨日かな…いきなり奴から電話掛かってきてさ……」

いつもと同じように食器を手にテーブルを離れた。
長居は無用だったしそのまま立ってるのも変だし……

ちょっとだけ聞いた会話でわかったこと……
あの2人は兄妹で一昨日彼女のお兄さんから彼に電話があったんだ……
そしてお兄さんは2人を残してお店を出て行った……そっか……そういう事か……

私はまたツキリとなった自分の胸に気付かない振りをして仕事に集中した。
それでも気にはなってて…視界の片隅に映る2人は楽しそうに会話してる。

ツキンツキンと私の胸は小さく痛み出してる……なんで??
そうよ!なんでよ!!そんなことありえない!!別に彼が誰と付き合おうが私には関係ない事だもん!

仕事よ!仕事!!あんな男を気にするなんてどうしたのよ!私!!

私はワザと2人を見ないようにお店の中を動き回ってた。

しばらくして出て行った彼女のお兄さんが戻って来た。
何気にニコニコして嬉しそうだ……きっと2人がうまくいってると思えるんだろう。
確かにずっと楽しそうに2人で話してたし。

え?お兄さんが戻ってすぐに彼等の席が慌ただしくなった。
見れば彼が彼女の腕を掴んで連れ出そうとしてる。
彼女も彼女のお兄さんも慌ててるみたい。

「星崎!」

それでも彼は彼女のお兄さんを振り切って彼女とお店を飛び出して行った。
私は突然のことでア然。
お兄さんが叫んで後を追ってお店を出て行こうとしたところで我に返る。
あ!お勘定!!自分でも良く気付いたと感心した。

「お客様!お支払いがまだ…」
「あ!」

ものすごく欝陶しそうな態度。
そんなこと言ったって食い逃げは許さないわよ!まあ最悪彼に後で請求してもいいけど。
そんなことをしてる間に彼はタクシーを捕まえて彼女と一緒に走り去ってしまった。
彼女のお兄さんはお店の中でその様子を見て文句を言ってたみたいだけどしばらく外を眺めてお店を後にした。


「あれ星崎さんだったよね?」

レジに立ってた私に同僚の苅谷さんが小さな声で話しかけて来た。
彼女もこの店に勤めて数年経つから常連である星崎さんのことを知ってる。

「うん…」
「浮気?」
「なっ!そんなこと私は知りません!」
「え〜真帆ちゃんがなかなかOKしないから諦めて紹介してもらったんじゃないの?」

ワザと意地悪く言うんだから。

「そうだとしても私には関係ありませんから」
「意地張っちゃって〜本当に他の女に取られても知らないよ?あんまり脈なしだと星崎さんだって
諦めちゃうかもしれないじゃん。元々1人の女の人となんて無かったみたいだし」
「……」

意味深な言葉を残して苅谷さんはオーダーを取りに行った。

私がこのお店に勤め始めた時には星崎さんはもうこのお店の常連さんだった。
時々ランチに女の人を連れて来てたのも知ってる。
みんな綺麗な人ばかりで仲よさげで楽しそうに食事してた。
妙にイチャイチャベタベタしてたみたいだけど…

『昔は彼女いたりしたけど最近はメンドイからもっぱら遊ぶだけの相手かな』

星崎さんの第一印象は 『女タラシ』 お店の女の子のにも気さくに誘ってたっけ。

『新人さん?オレ大分前からこのお店に通ってる星崎です。真帆ちゃんか〜 ♪ これからよろしくね ♪ 』

最初から馴れ馴れしい男だった。
いつ頃からだったっけ? 『オレと付き合わない』 って言われたのは?

私はホウキとチリトリを持ってお店の外に出た。
ランチのビーク時も過ぎて手が空いた時にお店の表を掃除する。

『からかわないで下さい。不誠実な男の人は嫌いです』

最初にそう断ったはずなのに星崎さんは諦めもせずに私に何度も交際を申し込んでくる。

『夕飯一緒にたべない』
『飲みにいこう』
『2人で映画見に行こうか』

『オレの彼女になって』

「……」

とにかく軽いのよ。
遊ぶだけの相手なんて冗談じゃ…ホウキで掃いて下を向いてた私の視界に靴が入った。
明らかに私の目の前で立ってて……そのまま足を伝って視線を上げると……

「やあ ♪ 」
「!!」
「お疲れ様」
「……」

星崎さんが片手を上げて立ってた。

「……なんで?」

どうして星崎さんがこんなところにいるのよ?
さっきタクシーで帰ったはずなのに…あの可愛い女の子と一緒に……

「今日何時まで仕事?」
「……何時まででも星崎さんには関係ありません」
「!!」
「……」

私はそう言うとまた下を向いて掃除を始めた。
だから星崎さんがニコリと微笑んだのは見てなかった。

「この時間から仕事なら7時までってとこかな?真帆ちゃん ♪ 」
「知りません」
「その頃迎えにくるから」
「結構です。先程の女性はどうしたんですか?フラれたんですか」
「まあフラれたって言えばフラれたんだけどちょっと違うかな。お互い好きな相手いるから」
「!!」

しまった!思わずホウキを掃く手が止まってしまった!

「くすっ…」
「そ…掃除の邪魔です」

なんで笑うのよ……

「ああゴメン。じゃあ後でね」
「……待ち合わせなんて約束してません」
「いいよ。勝手にオレが待ってるだけだから」
「!!」

最後まで顔を上げずに黙々と掃き掃除をしてた私の頭をクシャクシャと撫でて星崎さんは帰って行った。

「なんなのよ……もう……」

待っててなんて……やらないんだから……




「お先に失礼します」
「お疲れ〜」

星崎さんの言う通り今日の仕事は7時までだった。
ラストまでだと10時に帰ることになる。

只今の時間19時35分……携帯で時間を確かめて裏口のドアを開けた。
もし……星崎さんがいなかったら……

「ま…待っててなんてあげないんだから」

どうしてどもるんだか……うう…しっかりしろ!真帆!!

裏口から出て表の通りに出ると歩道のガードレールに腰掛けてた星崎さんがニッコリと笑ってた。

「お疲れ様真帆ちゃん ♪ 」
「……」
「まずは飯食べに行こうか?」
「……どうして……いるんですか?約束なんてしてません」
「じゃあ偶然会ったってことで ♪ 何食べたい?」
「……不誠実な人は嫌いですと言いました」
「そうだよね。でもオレ真帆ちゃんには不誠実じゃないし」
「……女の子…紹介してもらったんじゃないんですか…」

うう……そんなこと…言うつもりなんてなかったのに…私の根性ナシ!!

「ああ…昼間の子?気になる」
「な…なりませんよ!自意識過剰なんじゃないですか!」
「昼間も言ったけど彼女には好きな人……婚約者がいるんだ」
「婚約者?」
「そう。でも兄貴はそれが気に入らないらしくてオレに誘惑してくれって頼まれた」
「ええ!?そんなのヒドイ!!」

真面目にそう思ってしまった。
恋する2人の中を引き裂こうなんて何て暴挙!!

「だろ?だからオレがちょっとお灸をすえてやったわけ」
「星崎さんが?」
「元同僚で友達だからね。付き合いも長いし…まあ重度のシスコンだってのは知ってたんだけどね」
「シスコン…」
「と言うわけで真帆ちゃんがヤキモチを妬くようなコトは無いから安心していいよ。
タクシーもすぐ降りたから怪しいことなんて何もしてないし」
「なっ!?何言ってるんですか?誰がヤキモチですか!!」
「妬いてくれてたんでしょ?嬉しいな〜〜 ♪ 」
「妬いてなんていませんからっ!!勘違いしないでください!!」
「まだご機嫌ナナメ?ならご飯食べながらゆっくり説明してあげるよ」
「いいですよ!別に機嫌悪くないですから」
「じゃあオレのこと信用してくれたってことだよね ♪ やっと想いが通じたか〜 ♪ 」
「変な誤解しないでください!!ちょっと肩から手を離して下さい!慣れなれしい!!」

いつも間にか肩に乗った星崎さんの手を離そうと頑張る……けどなかなか肩に乗った手は離れない。

「いい加減素直になってほしいんですけど真帆ちゃん」
「素直じゃないですか……素直に嫌がってます」
「はは ♪ ホント真帆ちゃんって可愛い ♪ 」
「ぎゃああああーーー!!どうしてオデコにキスするんですか!!スケベ!セクハラ!」
「オデコにキスでスケベなんて…愛し合ったらなんて言われるんだろう」
「いやーーー!!何恥ずかしいこと言ってるんですか!そんなことしたら犯罪ですからね!訴えて……んっ!!」
「ちゅっ ♪ 」

目の前が星崎さんの顔一杯になったと思ったら唇が重なった。
ウソ!?キス……してる?この人……私にキスしてるよーーーー!!

「うぅ!!ちょっ……」

慌てて星崎さんの胸を両手で突っぱねた。
それで離れたけどまだ肩は抱かれたままで彼がとっても近い……もー勘弁して!

「くすっ ♪ さて何食べたい」
「星崎さん!!」

なに惚けたことを!!

「だってオレは真帆ちゃんのことが好きだから」
「意味わかりません」
「刺激されちゃったんだよね〜」
「は?」
「彼女…智鶴ちゃんって言うんだけど結婚決まって彼氏とも仲良くってさ〜羨ましくなった」
「で?」
「というわけで付き合おうね ♪ 真帆ちゃん ♪ 」
「誰が……」
「明日遅番?」
「そうですけど……何ですかそのイヤらしい顔は?」

怪しい!!

「食べたらオレの部屋で飲もうな。そんでこれからの2人の未来について話し合おう!」
「誰が話し合いますかっての!!離せーーーー!!」

グイグイと彼の胸を押すけどビクともしない。

「ははは ♪ テレないテレない。さて何食べる?ああ食後のデザート必須だからまたいつものファミレスかな?」
「むう〜〜〜!!」

いくら肩の乗った手を振りほどいても離れない……もう……

「私なんかのどこがいいんですか……綺麗でもないし……一緒にいたって楽しくないですよ」

自分で言うのもなんだけど…私は美人じゃない。
段の入った短めの髪…どっちかっていうとボーイッシュな感じだと思う。

「なに言ってんの?オレは楽しくて楽しくて仕方ない。確かに綺麗じゃないかもしれないけど
真帆ちゃんはずんごく可愛いよ。オレが一目惚れしたくらいだもん」
「え?」

一目惚れ?なにふざけたことを……

「あれ?言ってなかったけ?オレ真帆ちゃんに一目惚れなんだよ」
「うそ……だってしばらく女の人とお店に来てたじゃない?」
「最初は自分でも信じられなくてさ。
一目惚れなんて今までしたことないし自分のキャラじゃないって思ってたし…気付くのに時間掛かった」
「……バカですか?」
「はは……だから気付いてからは他の女の子誰も誘ったことないよ。真帆ちゃん一筋!」
「………」

そう言えばそう…かも?最近お店に来る時はいつも1人だった。

「信じてもらえない?」
「………」

自分でもわかる……顔も身体もカァーーーっとなって……きっと真っ赤だ。

「脈あり…かな?」
「………」

いつの間にか肩に廻されてた彼の手が私の手に触れてギュッと握られた。

「お腹すいた〜何食べようかな」
「ブンブン手を振らないで下さい。子供じゃあるまいし……」
「いや〜嬉しくてつい ♪ 」
「星崎さんがこんな子供みたいだなんて知りませんでした」
「そう?男はみんな大人になっても子供かもね」
「………」

本当に少年みたいに嬉しそうに笑った星崎さん…ああ……敵わないなぁ……なんて思ってしまった。
そんなこと知られるのは悔しいけどちょっとだけ彼を受け入れてみようかななんて思う。

一目惚れなんて言われたの初めてだし……ウソじゃ…ないよね?

「じゃあ一緒にチョコレートパフェ食べますか?」
「いいね〜でも真帆ちゃんの一緒に食べようっと ♪ 」
「仕方ないですね……おすそ分けしますよ」
「本当?ありがとう ♪ 」


でも世の中そんなに甘くなく……

その日……真帆が星崎の部屋を訪れる事はなく…

あの手この手でやっと真帆が星崎の部屋を訪れたのはこれから数ヵ月後のコトでした。


頑張れ!星崎!!










  






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