Love You ! 番外編 黒柳恭子の恋バナ?



02



「お騒がせしました」
「いいえ、でもなにがあったんでしょうね、あの人」
「普段はあんな飲み方しない人なんですけどね」
「なにかよっぽどんことがあったんですかね?」
「もうあの人の話はいいでしょう」

ニッコリと笑うのに、なんとなく笑っていない気がするのは気のせい?
目の前にいるのは、ここ “Buon giorno (ブオン ジョルノ)” のオーナー兼バーテンダーの
“子安 直大 (koyasu nao)” さん。

数年前、仕事絡みでこのお店を訪れてそれから行きつけのお店になった。
今夜も仕事が一段落していつものようにお酒を飲みにきた。
落ち着いていて、洒落た雰囲気のこのお店は私のお気に入りのお店だ。

お店に入ると、このお店には珍しくカウンターに酔い潰れてる男のお客がひとり。
その隣には彼女なんだろうか?若い女の子が介抱するように座ってた。

しばらくするとまだ飲むとゴネる男は、子安さんと店員の男の子のふたりに引きずられるようにして
店の外に連れ出されて行った。
一緒の女の子は、彼と店員の男の子に何度も頭を下げていた。

まあ他人事だけれど、……お疲れ様って感じだろうか?


「おや?ここ、どうしたんですか?」
「え?」

色々な話しをしながらしばらく経った頃、子安さんが私の顔をジッと見て人差し指で額に触れた。

「赤くなってますよ」
「赤く?ああ、今日ちょっと」

どうやら昼間の騒動の痕が、今頃になって浮き出てきたらしい。
きっとアルコールが入ったせいだろう。
別に痛くはない。

「今日なにが?」
「いえ……そんな、たいしたことじゃ」
「なにがあったんですか?」

ニッコリと微笑んで首を傾げながら私に答えを促す。
誤魔化しは許さないと言ったところだろうか?
酔いも手伝って口が軽くなる。

「いや……実は……」

別に深く考えもせず、今日あった出来事を話し始めた。
こういう商売柄なのか、元々の性格なのか、彼は聞き上手だ。
それとも年上のせいなのか(確か1コ上だったはず)この言葉使いのせいなのか……。


「まったく……なんて考えなしなんですかね!恭子さんは」

カウンターに両手を着きニッコリと笑ってるけど、またもや笑ってない。
そういえばいつ頃から苗字ではなく名前で呼ばれるようになったんだっけ?
それにしても、私なんかマズイこと言ったか?

「いくら腕に自信があっても、複数相手なんて逃げられないかもしれないじゃないですか。もう少し自分が
女性だってことを自覚してほしいですね」
「いえ……ちゃんと自覚して……」
「今度じっくりと、貴女の身体に教えて差し上げましょうかね?ねぇ恭子さん」
「へ?!」

── ます。と言う前にそんなことを言われて固まった。

「ま、またまた〜お客だからって気を使って冗談言わなくてもいいですって」

酔ってた頭であまり深く考えなかったからか、すぐに固まった身体は復活した。

「そんなんじゃありません。僕は恭子さんのことを心配して……」
「本当に大丈夫ですって。みんな返り討ちですし」
「今までは、ですよね?」
「これからも、ですよ」
「いつもうまくいくとは限りませんよ」

あんまりにも真剣な顔で言われるから、話を逸らせるために別の話をふった。
チョイス・ミスだったらしいけど、酔ってたから気づかなかった。

「そういえばスカウトした子に、頬にキスされたんですよね。あれってなんだったんですかね」
「は?!」

今度は子安さんが固まった。

「餓鬼のクセに生意気ですよね。ふざけてたんだと思いますけど、でも頬にキスなんて
可愛いっていえば可愛いのかしら?」
「恭子さん……それは本当ですか?」
「はい、まあそのあと “馬鹿者” って叱って、頭突きお見舞してやったんですけど」
「…………」
「ん?」

ハナで笑った私と違って、なんか子安さんの周りの空気が変わった気がしたんだけど?
まるで役になりきった役者みたい。

「子安さんって、演劇の経験なんてありませんよね?」
「このタイミングでなんですかね?ありませんよ、それがなにか?」
「いえ……あっ!もうこんな時間!さすがに帰らないと明日マズイ」

ワザとじゃなく、真面目に帰らないとマズイ時間だった。

「また、お邪魔させていただきますね。楽しかったです」
「はあーーまったく貴女って人は……タクシー呼びますから」
「大丈夫ですよ、電車もまだありますし」
「タクシー呼びますから」
「……はい」

断っても押し切られそうなので素直に頷いた。

会計を済ませて表に出ると、子安さんもお見送りで出てきてくれた。
そういえばいつも表まで送ってくれるな……他の人にもしてたっけ?
なんて思いながらタクシーを待っていた。

「もう大丈夫ですから子安さんは中に戻ってください」
「いえ、ちゃんとタクシーに乗るまでご一緒します」
「……本当に私、大丈夫ですよ?ご存知でしょう?」
「それはそうですが、それとは別の話です」
「…………」

子安さんには以前、酔っ払いに絡まれて言い争ったときを目撃されている。
営業モードでの対応では離してくれなかったので、いつもの如くキレた。
そこを子安さんに見られていた……というか一緒に追っ払うのを手伝ってくれたのだ。
だから私がそんなヤワな女じゃないことを知ってるはずなのに……なんでこの対応?

しばらくしてタクシーが店の前に着いた。
変な緊張が続いてたからちょっとホッとした。

「ではまた。おやすみなさい」

ペコリと頭を下げタクシーに向かって歩き出す。

「恭子さん」

数歩、歩いたところで腕を掴まれて引き止められた。

「はい?」

なんだろう?と子安さんを見上げれば息がかかるほど彼の顔が近くにあった。

「チュッ」
「えっ!?」

頬に柔らかな感触と温もりを感じたけれど、一瞬なにが起きたのかわからなかった。
そのまま視線だけを横に移動して子安さんと目が合う。

「消毒です」
「は?」
「初対面のどこの誰ともわからない餓鬼の汚れを落とさないと」
「へ?」

ニッコリと爽やかな笑顔だ。

「そしてこれは、僕は大人ですから」
「え?……んっ」

チュッと今度は唇に柔らかな感触と温もりが。
え!?なっ?なに?今……?

「…………」

きっと間抜けな顔をしていたんじゃないだろうか?

「またのお越しをお待ちしております。お気をつけてお帰りください」

「ハッ!」

彼の声で我に返る。
なんなんだ!!なにを呆けてる!!

私はそそくさと停まっているタクシーに乗り込む。
その間無言、歩き方も変になってないだろうか?
後部座席に座ってチラリと子安さんを見ると、ニッコリと微笑んでいた。
今度は今までと違って蕩けるような優しい笑顔だ。
ナゼか胸がズキューーーン!! と衝撃を受けた。

「おやすみなさい」

その言葉が聞こえた後、ドアが静かに閉まってタクシーが走り出した。


そのあとのタクシーの中で、私はひとりドキマギ、ドキマギ!
なにも知らない初心な乙女じゃあるまいし……今までだってそれなりの恋愛経験を積んできたじゃないか。
まあそんなに多い方ではないけれど……ちゃんと男性経験だってあるし。
それに仕事でだって、毎日癖のある人間とやり合ってきたはずなのに……。

「一体……なんなんだ……でも……」

たしかに彼は私の唇を奪ったはず……なのに……。
もしかしてもしかしなくてもあれは “キス” だった?
どうして由雅のときみたいに彼に一喝できなかったんだろうか?頬ではなく……く、唇だったのに。

いや……できるワケないか?いや、なんでできない??

そんなワケのわからない状況を打破しようと惇哉くんを思い出そうとするのに、浮かぶのはナゼか子安さんの顔。

「うあぁ〜〜〜っっ!!」

いつの間にか眠っていた久々の感情にひとり悶えてると、運転手のおじさんが 「大丈夫かい?」 と声を掛けてくれた。





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