オレの愛を君にあげる…



閑話・祐輔と耀。 〜 出会い 〜




☆ 祐輔・耀 高校1年生

夜の7時を少し廻ったころ、買い物があって外に出た。
近くのコンビニで買い物をすませて家への帰り道、家の近くの細い路地に人影を見つけた。
ブロックの塀に凭れ掛かってるその人影に見覚えがあった。

「 ! 」

立ち止まって見ていたオレに気付いたらしい。
見上げた顔は……やっぱりそうだ。

「君……同じクラスの新城君だろ?」

近づいてみて気がついた。
彼ってばすごい怪我してる。
シャツも所々破けて血が付いてるし……。

「お前……」

ブロック塀に寄りかかって、警戒しながらジッとオレを見てる。

「喧嘩……したの?」

人見知りのオレにしては珍しく、自分から話し掛けた。

「お前には関係ない……」

そう言うと、ヨロヨロと寄り掛かっていた身体を起こして歩き出した。

「 !! 」

一瞬、息が止まった。
オレに背を向けて歩き出した新城君の背中が、右肩辺りから左脇にかけて切り裂かれていて、
洋服が血まみれだったから。
寄り掛かっていた壁にも、かなりの量の血がベットリついていた。

「関係……ないけど……」

思わず話しかけちゃった。
でも、だいぶ小さな声で彼に聞こえただろうか?

「関係ないけど、そんな怪我見たら放っとけないだろ!ウチにおいでよ、手当てしてあげるから!!」

今度は聞こえただろう。
自分ではかなり頑張って声を出したと思う。

不思議だった。
殆んど話したことのない他人に、こんなにも係わろうとしてる自分が……。

ううん……違う。
本当はわかってる……。

「オレに構うな……ロクなことにならないぞ……」

睨まれた……でも……。

「いいよ別に。オレひとり暮らしだし、今日は一人でいたくなかったから」

「…………」


きっと…凄く辛かったんだと思う。
オレの部屋に入るなり、新城君はソファにうつ伏せに倒れ込んで動けなくなってた。
呼吸もハアハアと浅く速い。
救急車を呼ぼうとしたら彼に止められた。


「血は止まってるから大丈夫だと思うけど……ナイフ?」
「ああ……」

傷口を消毒液に湿らせた綿で拭きながら聞いた。
出血の割には傷口は深くなかったから良かった。
思ったとおり、斬られたところは背中を斜めに走ってて、傷口は長かった。

「なんで喧嘩なんて?」

見た目、あまり普通の人の印象が持てない彼。
目つきも鋭いし無表情だし……係わりを持たないで済ませたいタイプの彼。

だからって、誰彼かまわず暴力を振るうわけじゃないんだけど、彼のそういう噂は何度か聞いてる。

「からまれてた女助けたらこうなった。逃げろって言ってんのにキャアキャア喚いて逃げやしねぇ。
相手がナイフ持ってて女庇ってこの様だ」

そう言いながら溜息をついた。
なんだ……彼ってけっこう優しいのかもしれない。

「新城君は……」
「祐輔」
「え?」
「祐輔でいい」

痛みを堪えながら言ってくれた。
それって、オレに気を許してくれたってこと?

「うん」

オレは内心嬉しかった。
だから他人には普段見せたことのない、笑った顔を彼には見せた。

「オレは耀……望月 耀だよ」
「耀?」
「うん」

同じクラスなのに今、初めてお互いの自己紹介をした。
話したのもコレが初めてだった。



「祐輔ってさ……他の人と違うよね。クラスでも落ち着いてるっていうか……
大人っぽいっていうか……他の人を寄せつけない雰囲気っていうかさ……ん?」

話しかけて気が付いた。
いつの間にか祐輔は、静かに寝息を立てて眠ってた。

「なんだ、寝ちゃったのか。クスリが効いたのかな」

穏やかな祐輔の寝顔を見てホッとした。

何とか傷の手当も出来たし、飲ませた鎮痛剤のせいか痛みも落ち着いてきたみたいだし。
オレは祐輔が眠ってるソファの前の床に膝を抱えて座った。
祐輔の呼吸が聞こえる距離。

「君のことはね、初めて会ったときから気になってたんだよ。クラスの人は君と目を
合わせないようにしてたけど、オレは逆だった。
君の……その瞳に惹かれちゃった。もの凄く、印象的な目だったもの」

そう、祐輔の瞳はすごく綺麗……なのに鋭くて、瞳に力があるんだ。
目が離せなくなるくらい。

流石に視線を合わせることはしたことはなかったけど、祐輔をこっそりと見てたことは何度もある。

「…………」

オレは少し考えた。
でも……

「オレの話……君なら聞いてくれるかな。今まで誰にも話せなくて、でも本当は誰かに聞いて欲しくてさ。
君ならオレの話、何も言わずに聞いてくれると思ったんだ……」

祐輔が眠ってるのはわかっていた。
でも……オレはそれでも聞いてほしくて、眠ってる祐輔に話し続けた。

「今日はね……オレの母親の月命日なんだ。オレの母さんさ、オレの6歳の誕生日に……
オレの目の前で飛び降り自殺して……死んだんだ」

今でもハッキリと憶えてる。
母さんの最後の声……最後の顔……オレに伸ばされた……母さんの手……。

『 ── ごめんね……耀……お母さんもう……耀のこと…育てることが出来ない ── 』

「そのときは、母さんの言ってたことがわからなかったんだけど、オレの両親は子供が出来なくてさ。
養子をもらうことになってオレがもらわれてきたんだ。でもね……オレは父親と……愛人との間に生まれた
紛れもない父親の子供だったんだ。母さんには施設から引き取った子供として育てさせてさ。
でも、母さんは初めっから知ってたんだ。オレが愛人の子だって……日に日にその愛人に似てくるオレを
母さんは見るに耐えなくなって遂に自殺したんだ。
自分を裏切って愛人に産ませたオレを施設から引き取った子供として育てさせた父親と、
夫を奪った女との間に生まれたオレを母さんはこれから先、育てることに耐えられなかったんだよね」

いつの間にか涙が零れてた。
溢れた涙は次から次へと零れて、涙が頬を伝って落ちた。

「俺が11のとき父親が再婚したんだけど、再婚相手はその愛人で……一目でわかったよ。
この人がオレを産んだ人だって。だって……オレ、その人とソックリな顔だったから。
母さんが死ぬ間際に言ったことが、そのときやっとわかったんだ。
だからもうオレを育てることが出来ないって言ったんだって……」

涙を堪えきれなくて、立てた膝に蹲った。

「うっ……オレ……生まれてこないほうがよかった……オレさえいなければ母さんは
苦しむこともなかったし、死ぬこともなかったんだ。オレなんて……」

胸が苦しい……いつもそんな痛みは、胸の奥の奥に閉じ込めてひとりで耐えていた。
でも……今は……。

「 !! 」

優しく、オレの頭に何かが触れた。

「今の話で、お前が責任感じることなんてひとつもなかったぞ」

祐輔がそう言って、オレの頭に手を乗せていた。
押しつけるわけでもなく、丁度いい力加減だ。

「母親が死んだのは、お前の……耀のせいじゃない 。大人の……親の身勝手だろ?
そんなことに耀が泣く必要はない」

「う……」

涙が……止まらない。
そんな涙を、祐輔が指先と手のひらで拭ってくれる。

それがとてもあたたかくて……オレは泣きながら目を閉じる。

「お前は母親のことが好きだったんだからそれでいいんだよ」

祐輔が優しくオレの頭を撫でてくれた。

オレは自然に祐輔に手を伸ばしていた。
そのまま首に腕をからめて抱きついた。

祐輔もそんなオレを拒みもしないで、ギュッと抱きしめてくれた。

「……祐輔……う…祐……輔……ヒック……」
「泣けよ……オレがずっといてやるから……好きなだけ泣け」
「祐輔ぇ……」

母さんが死んでから、初めて自分から他人に触れた。
そして、思いっきり泣いた。

涙が次から次へと溢れて……止めることが出来なかった。


今でもオレの母親は、死んだ母さんだけだと思ってる。

でも母さんが死んだのは、オレのせいなんだ。

だけど子供だったオレには何もしてあげられなくて……。
自分が存在するだけで母さんを苦しめていたなんてわからなかった。

自分では自分を許せなくて、でも誰かに許してもらいたくて……。

なんで祐輔なんだろう?なんで祐輔だったんだろう?


でも祐輔なら、オレの気持ちわかってくれると思った。

あの瞳を見たとき、そう思ったんだ。

それは間違ってなくて……その後も、祐輔はいつまでもオレを抱きしめててくれた。



それから1週間、怪我が治るまで祐輔はオレのところに泊まった。

高校1年の……もうすぐ夏になろうとしてたころ……オレに生まれて初めて友達ができた。


   ただ一人の……オレをわかってくれて、うけいれてくれた……大切な友達。    





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