オレの愛を君にあげる…



14




「椎凪さん」

街の雑踏の中、オレを呼ぶ声がした。
振り向くと、橘君が手を上げてオレに近づいてくるところだった。

「あ!橘君だ」
「お仕事中ですか?」
「まあね。でも別に急いでもいないんだ」

何件か立て込んでた事件も容疑者が捕まって一段落してたし、
刑事の仕事は好きだけど、オレはがむしゃらに仕事をするタイプじゃない。

だから急いではいなかった。
一応いつもの作り笑顔でニッコリ笑う。

「じゃあ、一緒にお茶でもいかがですか?お時間とらせませんから」

爽やかな笑顔で誘ってくれた。
でも、その笑顔の裏に何かあるのをオレは知ってる。

快く返事をしながらも、油断はしないと決めて橘君と一緒に歩き出した。


表通りに面したオープンカフェに落ち着き、ふたりでたのんだコーヒーを飲んでいる。

「もう二週間ですね、耀君のところに下宿して。仲良くやってます?」
「うん。毎日楽しいよ」

耀くんも下宿っていうんだけど、オレとしては下宿じゃなくて同棲なんだけどね。
あえて突っ込まないけど。

「そういえば耀くんにね、君には嫌われないようにって言われてるんだよね」

あの食事会のあと言われたんだ。

『慎二さんに嫌われると大変だよ!』 ってね。
どう大変なのかは 『色々』 としか言ってくれなかったけど。

「ふふ。そうですか?嫌うなんてとんでもない。僕はあなたに興味があるんですよ」

かすかに微笑みながら言う。
こうやってまじまじと見ると、彼ってなかなかの美青年だったりするんだ。

何も知らなきゃ、優しそうな好青年って思われるだろうなと思う。

あの微笑みさえ知らなければ。

「多分あなたは僕と、同種の人間だと思うんですけど……ね」
「え?」

短い沈黙の後、橘君がまた微かに笑う。

「…………」
「椎凪さん、少し刑事として僕に協力してもらえません?」
「は?」

いきなりのこの話の転換に、オレは間抜けな声で返事をしていた。





「お前ら!逃げるとこいつの腕へし折るよ」

「や……やめろっ!いてぇ!!」

オレに腕をねじ上げられて、床にうつ伏せに押さえつけられたいかにも軽そうな
20代前半の男が悲鳴をあげている。

ここはとあるビジネスホテルの一室。

部屋には同じ20代の男達がこいつを含め3人。
あと若い、多分この子も20代だろう女の子が一人。

どう見てもあと数分オレ達が部屋に来るのが遅かったら、こいつらの餌食になっていた
だろうことは半分脱がされていた服が物語っている。
しかもベッドの上だし。

さっきまでいたカフェから、こいつらをつけてきた。
橘君の指示だ。

「まったく……舐めたマネしてくれますよね。『TAKERU』 の名前使って女性を騙して襲うなんて
最低ですね!しっかりと罪を償ってもらいましょうか」
「どうせ警察に捕まったってなぁ、親父の力ですぐ釈放されんだよっ!」

オレにねじ伏せられている男が、床から威勢よく叫んだ。

「これだから社長のバカ息子は困るんですよね。もう少し父親の仕事のことも勉強したらどうです?
このことは君の父上にも報告させてもらいますから。君の言う権力というものをたっぷりと思い知らせてあげますよ。
僕を怒らせた罰を受けてもらいます。親子共々にね……」

セリフとは似合わない、優しく穏やかな言い方だった。
それがかえって不気味さをかもし出してるのをこの男達は気づいてるんだろうか?

「僕はね……バカな子と、女にだらしない子は大嫌いなんですよ」

そう言って橘君は、冷ややかな眼差しでその社長の息子を見下ろしていた。



「すみませんでした。面倒なことを頼んでしまって」

いつもの橘君だ。
ホテルを出て、近くの川沿いの遊歩道を歩いている。

「署に連れて行かなくて本当に良かったの?」

さっきの連中は 『TAKERU』 の名前でモデルをしないかと女の子を誘い、
撮影と言ってホテルに連れ込んでいた。
しかも主犯格の男は、橘君の知っている会社の社長の息子だったらしい。

「あまり騒ぎになるのは避けたいんで。それにどうせ2・3日中には出頭しますよ。
今日、捕まってればよかったって思いながらね」

また意味深な笑顔だ。
そのことに、よほど自信があるらしい。
確かにあの人質事件のときも、あの政治家のオヤジを黙らせてたしなあ。
きっと制裁を加えるのは、間違いないんだろうとオレは思う。

「ねえ、椎凪さん」
「ん?」
「僕のもうひとつの顔も見せたんですから、あなたも見せてくださいよ、もうひとつの顔を」
「え?」

橘君を見ると、彼の瞳がまた静かに冷ややかになってオレを見つめてた。

「えー?なんのこと?」

目元と口元に、薄っぺらい笑いを乗せて、惚けた声で答えた。

「言ったでしょう?あなたは僕と同種の人間だって。普段、もうひとつの顔を隠してる。
それを見せ続けると、とても冷たい人間になってしまうから」

まっすぐオレの目を見つめて、確信を込めて橘君は言う。

「…………」

しばらく無言のオレ。

やれやれ、彼に誤魔化しは効かなさそうだな。

オレは黙って静かに目を閉じた。
ふと口元が緩む。

「まいったな……なんでわかった?結構隠すの自信あるんだけど」

目は瞑ったままもうひとりの 『オレ』 ……本当の 『オレ』 で答えてやった。
普段より、数段低い声になる。
それだけで、さっきまでのオレと違ってることはバレバレだろうけど、ナゼか彼には見せても
いいかな、なんて思ってしまったから。

「僕もそうだからかな。なんとなく、わかっちゃうんですよね」

クスリと彼が笑った気がした。

「新城君みたいに、うまく出せればいいんだけどね。どうしてもうまくできなくて」

静かに目を開けながら答えると、完璧に 『オレ』 が顔を出す。

「へえ……これは……」
「オレ施設育ちだからさ、小・中の頃はずっとイジメられて、人として見てもらえなかったんだよね。
だから性格歪んじゃってさぁ……ホントはスゲー暗くて、周りの奴らブッ飛ばしてやりたくて仕方ないのに、
明るいフリして、なにも気にしてないフリして生きてきたよ」

橘君は黙ってオレの話を聞いてくれてて、オレはそのまま話し続けた。

「オレの胸の真ん中にさ、いつの頃からか真っ黒い穴があるんだ。なにをしてもその穴は塞がんなくてさ……
どんどん大きくなるんだ。軽い奴を演じてるのはそうしないとオレがもたないから。じゃないとオレの中の
バランスが崩れておかしくなっちゃうんだよね。でも嬉しいことに、今は耀くんがその穴を埋めてくれる」

「耀君のことは、どっちのあなたが好きなんですか?」
「 ! 」

橘君が、今まで見せたことのない真剣な顔で聞いてきた。

「演じてる自分?耀君を好きな自分を演じてるんですか?今日はあなたのもう一つの顔を見せてもらうのと、
耀君のことをはっきりさせるのが目的で声をかけたんです。だからはっきりっさせてもらいます」

橘君も、いつもの橘君じゃない。

「僕にとっても大事な友人ですからね。遊びなら、今日にでも耀君の前から消えてください。
自分で無理なら僕がやりますけど?」

あの冷ややかな目で射ぬかれる。
きっと彼ならやるだろうと思わせるほど、本気が伝わる。

「毎日、怒られてばっかでさぁ……」

オレが笑いながら答えるから、橘君が怪訝な顔をした。

「男の子って知ったときはビックリしたけど、オレにとっては耀くんが男の子でも女の子でもどっちでも関係ない。
オレには “望月 耀” って子が必要なんだ。だからもし今、オレから耀くん取り上げたら自分が壊れるのわかる。
それだけ耀くんは、今のオレにとって、絶対切り離せない存在なんだ」


────  やっと見つけて……やっと出会えた……オレのもとめてた唯ひとりの人だから。


「どうしてもって言うならオレ……君達になにするかわからないよ」

オレは本気だった。
横目で彼を睨んで、殺気まで勝手に出る。
でも、橘君は動じてないみたいだった。
まあ、色々場数踏んでそうだしね……彼も。

「本気……なんですね、わかりました。でも覚えておいて下いね。
耀君のこと悲しませたり、傷付けたりしたら、僕の全総力をかけてあなたを耀君の前から消します」

彼も本気らしい。
瞳に篭る力が違う。
消すって、オレの存在自体までも消し去るって言い方に聞える。
けど、きっとそのれは間違ってない気がする。
怖い男。

「多分、そんなことしなくても大丈夫だよ。オレ耀くんに嫌われたら、きっと生きていけないから」

オレは苦笑いで橘君を見た。
本当にそう思ってるから、正直に話した。

「もう耀くんはオレの胸の真ん中にいるから……耀くんを傷つけるなんて、そんなことするくらいなら
オレは死んだほうがマシなんだよね」

そこまで話すと、川に面した柵に背中から寄りかかって空を見上げた。
見上げた空が青いなぁ〜〜、なんて暢気なことを思ってた。

「そうだ!きっと祐輔も、あなたのこと勘付いてると思いますよ」

いつもの橘君が、楽しそうに言う。

「かな?この前の事件のとき、思わず受身取りそうになったの気が付いてたみたいだしなぁ」

ポリポリと頭を掻いて、オレもいつものオレ。

「さっき、耀くんを好きなオレを演じてるかって聞いただろ?」
「はい」
「オレは耀くんが、いつも楽しく笑ってくれるなら演じてる自分も悪くないなぁって思うよ。
耀くんが望むなら、オレはいつまでも演じ続ける」

「それって……疲れないですか?」

今度は、優しい瞳と声で聞かれた。

「え?それを橘君が言うの?」
「僕は普段、演じてるわけじゃないので疲れませんよ」
「そうなの」

アレが演技じゃないって、どんだけ二重人格?

「はい、で?疲れないんですか?」
「うん。耀くんとなら疲れないよ。オレも楽しい」
「そうですか」


橘君がそんなオレを見ながら、にっこりと笑って返事をしてくれた。

オレ達はそれからすぐに歩きだして、今度ゆっくりと会おうと約束して別れた。



その日の夜、耀くんに今日のことを話した。

「慎二君ってさ、話しやすくて、なんかオレ仲良くやっていけそう」

オレの作った夕飯を、いつものようにモグモグとかわいく口を動かしながら食べる耀くん。
はあ〜〜オレの作った料理を、美味しく食べてもらえて、オレすんげー幸せ♪

「慎二さん優しいよ。気も利くし、オレいつも甘えさせてもらってるんだ」

なに?それは要チェックだ。

「へえ……でも、オレにも甘えてね。耀くん」
「……甘えないってば」
「はは ♪ テレない、テレない ♪」
「だから、テレてないって……」

素直じゃないな〜耀くんってば。
そんなバレバレのところが、またかわいいんだけどさぁ〜〜

「あ!慎二君がね、“これからは自分のこと名前で呼んでくださいね” って言ってくれたんだよ」
「ホント?」

そうそう、別れ際、笑顔で言ってくれたんだよね〜またまた一歩前進?

「良かったね、椎凪」


耀くんが食べる姿を視界におさめつつ、あのときの慎二君の笑顔は、彼の本心からの笑顔だと思いたい。

なんてことを珍しく思ってしまった。








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