オレの愛を君にあげる…



19




今日は最悪だった。
事件が重なり、帰るに帰れず耀くんに夕食を作ってあげられなかった。

チクショー!しかも、もう少しで明日になろうという時刻だし。

夜遅くまで起きていられない耀くんは、もうおネムの時間だから今から帰っても耀くんと話も出来ない。
つまんない……余計ヘコむ。

重い足を引きずりやっとの思いで家に帰り、先にシャワーを浴びようと浴室のドアを開けた。
開けてから気が付いた。
電気が点いてる。
浴室に面した洗面所に人の気配がした。
ああ、耀くんが使ってたんだ……なんて思った。

「あ……ゴメンね耀くん。もう寝ちゃてると思ってた」

って言っても、男同士だし別に。

「あっ!」

耀くんの慌てた声が聞えて、オレはその声につられ耀くんに目が行く。

だから別に、ワザと見るつもりなんてなかったんだ。
ボーっと耀くんに視線を合わせたのだって、無意識だった。

「ん?」

きっと、出たばかりだったんだろう。
オレに背中を向けて、身体に巻いていたバスタオルがパラリと床に落ちたところだった。

初めて見る耀くんの素肌の背中となだらかな丸みのお尻……湯上りで、ほんのりと上気してる身体。

うわぁ〜〜綺麗、それにスベスベで滑らかそうな肌。
いつかオレの全部で、触って撫でて愛したい。
なんてことを考えてた。

んだけど……身体を上半身だけ捻って、オレの方に振り向いた耀くん。
耀くんの目の前には洗面台の鏡があって、本当なら見えないはずの耀くんの上半身映し出されてる。

それをオレは無意識にその姿を視界におさめて、ふと思った。
あれ?……なんだ?なんか……違和感?
固まってる耀くんをジッと見つめ続けるオレ。

しばらくの間見てたのかもしれないけど、本当はホンの一瞬だったのかもしれない。

「え″っ!?ええっーーーー?!」

オレは驚きを隠せなくて、思わず大きな声を上げる。

「!!」

オレの声を聞いてハッと気付いた耀くんが、慌てて足元に落ちてたバスタオルを拾って 身体を隠した。

「あっ!ごめんっ」

男でも女でも裸なんて見たってどってことないはずなのに、どうしてか耀くん相手だと見ちゃいけないんじゃないかと思って、
顔を反らしてその場から立ち去ろうとした。
そんなオレを耀くんが呼び止めた。

「待って椎凪!」
「え?」

振り向くと、そこにはバスタオルをぎゅっと両手で掴んで今にも泣きそうな耀くんがいた。

「これが……本当のオレなんだ……」

ほとんど泣き声に近い耀くんの声。

「耀……くん?」
「オレ……男……なのに……身体は女なんだ…」

声が震えてる。

「でもこれは……これは、オレが受けなきゃいけない罰だから……母さんを苦しめるためだけに生まれて来た……
オレが受けなきゃいけない……罰だから……」

本当は泣いてるんじゃないかと思える耀くんがそう言ったあと、ぎゅっと目を瞑って俯いた。

「耀くん?」

突然のことで思考回路が止まってる。
今、目の前にいる耀くんと、耀くんが言った言葉をなんとか頭で処理しようとしてるけれど
上手く働いていない。

「変……だろ?オレ……変……だよね……」

呟くように言って、耀くんは浴室から駆け出して行ってしまった。

「耀くんっ!?」

オレはその場に立ち尽くしてて、耀くんを追いかけることができなかった。

えっと……たしか耀くんに……む…胸があった?
そう……振り返った耀くんと、鏡に写った耀くんの胸はちゃんと膨らみがあった。

えっ?ってことは?耀くんって……女の子ってこと?!



オレは浴室を飛び出して自分の部屋に走りながら、握り締めてるバスタオルをさらに強い力で握り締める。

── 椎凪に……知られた……きっとオレのこと変に思うに決まってる ──

あの椎凪の驚いた顔……信じられないって顔してた。

当たり前だよね…今まで散々オレは男だって言い張ってたのに、本当は身体は女なんてさ。

頬に空気が当たって冷たく感じる。
不思議に思って手の甲で触れると、涙が伝ってたらしくて手の甲が濡れてた。

ああ……オレ……泣いてたんだ。




さっきから携帯の呼び出し音が続いている。

「ったく!早く出ろよっ!」

仕方なくリビングに移動して電話を掛ける。
相手は祐輔。
耀くんのことは祐輔に聞くのが早い……癪だけど今はそれが本当のことだ。
っていうか、今は変な意地なんてはってられない。
風呂だって結局入らずに今に至ってるし。

ただ祐輔も寝不足が嫌いだからもう寝てるか?その前に携帯が嫌いだから出るかが問題だ。
なぜか祐輔は携帯が嫌いなんだよな。
気分でワザと出ないときがあるし、メールもほとんどしない。
まあ、あの祐輔がチマチマと携帯でメール打ってる姿も想像できないけど。

さっきから、けっこうな回数の呼び出し音が続いてる。
電源は切られてないから、あとはマナーモードになってないことを祈るしかない。

「出てくれよ……」

イライラの最高潮のとき、ピッ!という音がしてオレはホッとする。
祐輔が電話に出たっ!

『ったく!何だよっ!!うるせーなっ!!何時だと……』
「ごめん!祐輔。緊急事態だからっ!!」

とんでもなく不機嫌で凄みの効いた声。
でもオレは、そんなことも気にしてられないくらい切羽詰っていた。

「耀くんって女の子なの?」

なんの前置きもせずに単刀直入に聞いた。

『あぁ?何だよ、いきなり?』
「見ちゃったんだ……耀くんの身体……どーゆーこと?」
『……はぁーー耀は?』

しばらくの沈黙のあと、祐輔は溜息混じりの声だった。

「自分の部屋にこもってる。だから今、理由知りたいんだよ」

オレは焦り始めてた。
だって、あれから時間がどんどん過ぎていく。
早く耀くんの傍に行ってあげなくちゃいけないと思うのに、未だにオレはリビングにいるんだから。

『お前、耀の身体見たってまさか』

途端に威嚇の声にかわる。

「違うって!やらしいことなんてしてないってば!風呂場で偶然見ちゃったんだよ」
『はー仕方ねーな。いつかバレるとは思ってたけどな……』

珍しく祐輔の声が重く沈む。

『耀は自分のせいで母親が自殺したってわかったとき……心が壊れたんだ……自分を許せなくてな』

「それって……」
『とにかく誰が何をしても無反応。どんなことをしても自分のせいで母親が死んだことと、愛人の子供だっていう
事実は忘れさせられなかったんだってよ。そこで父親が何人かの精神科医に頼んで、耀を診てもらって……
そいつらが見付け出した答えが “耀は男であること” だった』
「どうしてそこでそういう結論になるの?」

もともと女の子で生活してたはずなのに。

『耀は……自分を産んだ女に顔が似てたんだ……瓜二つってヤツ。だから余計自分のことが許せなかったらしい。
母親から父親を奪った奴にソックリな自分が、本当に嫌だったんだ。母親は毎日そんな自分の顔を見て、
どれだけ辛かったのか思い知った。しかも産み親と同じ “女” でもあることも耐えられなかった。
生みの親の生き写しのような自分が、嫌で嫌で仕方なかったんだろうってな。
だから医者達は、ほんの僅かなことに賭けた。

“父親を奪った愛人に似てる耀でも、まだ異性なら……男なら少しは母親も許してくれる” 

そう耀に持ちかけたらしい。
……本当は誰かに許してもらいたかった耀は……それを受け入れた。
男として生きることを選んだ……11のトキだってよ。』

「何だよ……それ?」

言いようのない重い気持ちが、胸一杯になってくる。

『仕方ない……それしか耀が生きていく理由がなかったんだろ。
“自分が男なら母親も自分が生きることを少しは許してくれるのか”って何度も聞いたらしい。
女の身体は生まれたこと自体が罪だから……男なのに女の身体で生まれて来たと思ってる。
色々耀の中にも矛盾があるのはわかってるらしいけどな。でもそれを耀が自分で認めたら……
耀は生きていけないんだよ』

祐輔の声にも、微かに怒りが混じってる。
きっと祐輔も思ってる……そんな理不尽なことがあるかって……耀くんがそこまで罪を背負うことなんてないんだって。

『何があっても、耀は自分は男だと信じてる。それは耀にとって本当に微かな希望なんだよ。
だから自分が女だと認めたとき……耀は……』

スゥ……っと祐輔が息を吸い込んだのがわかった。

『耀は……生きることを許されない。きっとまた、自分で自分を壊す……
だから、周りが何て言おうと…………耀は男なんだよ!』








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