オレの愛を君にあげる…



22




その日の夜、耀くんに誤解されてしまったショックからかオレは久しぶりに “アノ” 夢を見てしまった。
いつもの……夢……。

「ん……」

目の前で真っ黒い闇がうごめいてる。
真っ黒なのに、それが渦を巻くように蠢いているのがわかる。
ガスのように目の前に漂ってるソレは、足元を這ってオレの方に広がってくる。
それは徐々にオレに近づいて、その闇の特に黒い中心から何本も何かがも伸びてきて、
オレを捕まえようとする。

捕まらないように、黒い闇を見据えて後ずさりしながら逃げるオレ。
背を向けて駆け出して逃げればいいものを、どうしてもその黒い闇に背を向けることができなくて、
もつれる足をなんとか動かして逃げる。

でもそんなだから、あっという間に追いつかれて、黒い闇から何本も伸ばされた蔦のようなものが目の前に迫る。
それがオレの手首や腕、足や胴に届きそうだった。

ダメだ……捕まるっ!!


「ハッ!!!」

捕まりそうになった瞬間、目が覚めて飛び起きた。
全身から嫌な汗が流れてる。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

あ……なんでだ?くそっ!!
ダメだ……胸の奥の暗い穴が広がっていく感覚……ジワジワと鳩尾辺りが侵食されていく。
オレは自分の胸を鷲掴む。
裸で寝てるから直接力のこもった指先が素肌に食い込むけど、今のオレにはそんなのも微かな痛みだ。

「うっ……クソっ……」

ベッドに起き上がったまま、上掛けを力の限り握り締める。

なんでだ?毎日耀くんと一緒にいるのに……前から比べたら全然満たされてるだろ?オレ……。
なのになんで……どうして夢を見るんだ!

「……うっ……かはっ!」

息が……できなくなる……身体が震える……。

「ハァ……ハッ……くっ!」

──── 怖い。

上掛けを握り締めたまま、ぎゅっと目を瞑ると、身体を丸めてベッドに額を押し付けた。

──── 怖い。

「ぁ……耀……くん……」

頭の中に浮かぶのは、耀くんの笑った顔。

「耀……くん……耀くん……怖いよ」

震えが……とまらないんだ……耀くん……息も……うまくできないんだよ……。

「ハァ……ハァ……耀くん……助けて……」

オレを……助けて……お願い耀くん……このままじゃ……オレ……。


────────  自分の闇に呑み込まれる!!



「……うっ……ハァ……」

一人では耐えられなくて、倒れそうになる身体を引きずって耀くんの部屋の前に来た。

でも、ドアの前で座り込んでしまう。
バカだな……耀くんの部屋に入れるわけないのに……。

耀くんの部屋のドアをじっと見つめてた。
まだ身体が震えてて、呼吸も浅く速い。

────────  耀くん!助けて!!オレを……助けて!!

「…………」

そう心の中で叫んでも、耀くんの部屋のドアは開くことはなくシンと静まり返ってる。

「……くっ……だよ……な」

気付くわけ……ない。
そう……気付くわけ……ないんだ。

それがわかって、床に着いた手をぎゅっと握りしめた。
こんなに近くに耀くんがいるのに、オレはまだ堂々とこの中に入る権利を得ていない。

どんなにいつも耀くんの傍にいても……まだ耀くんはオレをそこまで受け入れてくれてないのはわかってる。

でも……。

──── ガチャ☆

「!!」

そのとき、部屋のドアが開いて耀くんがそっと顔を覗かせた。

「耀……くん!?」

え?ウソだろ。
オレは目の前にいる耀くんを見上げて、ただ黙って見つめるだけ。

「どうしたの?椎凪」

優しい、いつもの耀くんの声。

「え!?あっ……あの……えっと……」

そ、そうだ……なんて言えば?なんて言えば耀くんにわかってもらえる?

「恐い夢、見ちゃったの?」
「!?」

どう言えばわかってもらえるんだろうと考えてたら、耀くんのほうが先に言ってくれた。
オレはそんな耀くんを、ただ見上げてるだけ。

「いいよ、一緒に寝ても。恐い夢見た後は一人で寝るのつらいもん。でも変なことしないでね?」

これは……夢か?耀くんが……一緒に寝てくれるって……言ってくれ……た?
開いたドアの向こうでドアに手をかけたまま、首を傾げてオレを見てる耀くん。

その言葉を聴いただけで……胸の奥に何か灯った。
安心して……ホッとして……

────────  涙が零れた。


「え?……いいの?耀くん」
「だって、怖いんでしょ?一人で寝るの。オレ……わかるから……」

どうして耀くんまでそんな辛そうな顔をするんだろう。
でもオレには優しく笑ってくれた。


入ることを許された耀くんの部屋。
先に耀くんがベッドに入ると、上掛けをめくってオレが入るスペースを空けてくれる。

オレはドキドキしながら、耀くんの横に入った。
お互い横向きなって、視線を合わせる。

耀くんのベッド……すっごくあったかいなぁ……。

「ごめんね……耀くん」
「ううん」

優しい笑顔の耀くん……うれしい。

「でも、なんでオレがいるってわかったの?」

そんなに大きな音をたててないと思うんだよな。

「ん?んーーなんか、椎凪が呼んでたみたいだから……」

目を合わせずに、ナゼか照れながら答える耀くん。

「え?」

ウソ……オレの呼ぶ声……感じてくれてたの?耀くん。

「耀くん」
「おやすみ椎凪、もう怖くない?」
「……うん、大丈夫。ありがとう耀くん……おやすみ」
「おやすみ」

そう言うと、耀くんはそのまま瞼を閉じた。
普段オレが纏わりつくように傍にいるとなにかと怒る耀くんだけど、今はそんな素振りは全然ない。
同じベッドでこんなに近くでオレがいるのに、まったく警戒してる雰囲気がない。

ありがとう……耀くん。
オレ、うれしい……こんなに安心できたの初めてだよ。

オレは闇が怖い。
闇がオレと同化して、オレを呑み込んでしまいそうで怖い。
明かりを点けてもダメだ。
電気の明かりは無いのと同じ、いつもその恐怖が過ぎ去るのをオレは一人でずっと耐えて、待っていた。
でも……今日は……。

耀くんがオレを優しく照らしてくれた。

やっぱり耀くんは違う……オレをわかってくれる、初めての人……好きだよ、耀くん。
耀くんのことが好きで好きで……愛してる。


このときは耀くんに触れることはできなかったけど、耀くんの息がかかるほど近づいて傍で眠った。

穏やかな眠りは今までのことがウソのように、あっという間にオレに訪れた。



「んーーーー」

うっすらと目をあけると、いつの間にか朝になってた。
いつもは目覚ましで起きるのに、今日は珍しく自力で起きれたらしい。
まあ、鳴った記憶があるだけで、いつもは椎凪に起こしてもらってるんだけどさ。

「ふぁ〜〜〜」

伸びをして、何気に目覚ましをに目が行く。
きっと目覚ましがなる前に起きれたんだろうと、時間を確かめたかったから。

「え!?」

あれ?目の錯覚?オレってば寝ぼけてる?
どう見てもタイマーをかけた時間を大分過ぎてるように見えるのは、オレがまだ寝ぼけてるから?
それにしても、オレ目覚まし止めたっけ?記憶がないんだけど?

「でも、目覚まし止まってるよね?なんで?」

いくらなんでも鳴ったことくらいはいつも憶えてるのに……今日はその記憶さえない。
しばらく目覚ましを掴んで、じっと眺めてしまった。

「ん?」

なんだろう、さっきから身体が重い。
思うように動けないって……。

「ちょっと!!椎凪!?なんでオレにしがみついてんの!!離してよっ!」

さっきから感じる自分以外の温もりで、昨夜のことを思い出す。
怖い夢を見て怯えてしまった椎凪と一緒に寝たんだっけ。

いつもの椎凪だったらそんなこと言わないんだけど、昨夜の椎凪は放っておけないほど怯えてて、
心細そうにしてて……オレに助けを求めたから……。
だから、手を差し伸べた。

んだけど……朝になったからか、怯えがなくなったらしく、見れば椎凪が両腕をオレの身体に回して
しっかりと抱きかかえている。
しかも、頭をオレの身体に摺り寄せてる。

「んーーやだ、もう少しこうしてたい」

そう言って、さらにオレの身体に擦り寄ってくる。
まったくもーーー!!

「なに言ってんだよ!朝だよ!起きて!!あーー!もしかして、目覚まし止めたの椎凪?」
「さあ……どうだったかなぁ〜〜」

もーーとぼけちゃって!!絶対椎凪だよ!

「ほら、起きてよ!2人とも遅刻だよ!!早く起きてよっ!!」

オレの身体に押しつけてる椎凪の頭を手の平で押し返してもビクともしない。
未だにオレの身体に押し付けられたままで、ツムジが見えてる。

「オレ、今日休み」
「は?」

今……なんて言った?
オレは椎凪をジッと睨んでしまった。

「オレ、今日休みなの」

そんなオレの視線に気づいたのか、椎凪がオレを抱きしめたまま顔だけ上げてニッコリと笑って言う。

「な!!バカ椎凪っ!!オレは大学あるんだよっっ!!もーーーーーっ」

思いっ切り上掛けを剥いで飛び起きた。
多少椎凪の抵抗にあったけど、なんとかその腕を振り解いてベッドの上に起き上がる。

「いいじゃん。遅刻ついでに休んじゃえば」

横向きのまま片手で頬杖をつきながら、超ご機嫌な笑顔で椎凪がそんなことを言う。
本気で言ってるな!!

上掛けがめくれた椎凪が、ちゃんとズボンを穿いてたのが見えてホッとした。
椎凪は寝るとき裸で寝てるから、ちょっと心配だったんだよね。
昨夜はあまり気にしないで寝ちゃったし……、まあ上半身は裸だけど……なんとかそれには慣れた。
慣れていいのかとも思うけど、もう何度椎凪に言っても聞き入れてくれないから仕方ない。

「もうこれからは、椎凪に優しい言葉なんて絶対かけてあげないっ!!」
「えーヒドイ。でも次からは勝手に入ってもいいよね」

椎凪が、子供みたいな無垢な笑顔でニッコリと笑った。
言ってることは、聞き捨てならない言葉だったけど。

「ふざけるなっ!!」

バ キ ッ !!

「いてっっ!!」

そんな浮かれてる椎凪にの頭に、思いっきりゲンコツを叩き込んでやった。



朝、目が覚めたら目の前に耀くんがいた。
規則的な寝息に可愛い寝顔にオレは自然に顔が綻ぶ。

こんなチャンス滅多になんだけどさすがにここで耀くんを襲うのは鬼畜だろうと、
恩を仇でかえすのかと自分を抑えた。

「耀くん……」

起きるにはまだ早い時間。
でも今日オレは仕事は休みだから、このまま耀くんとの夢のような時間を少しでも長く感じてたくて
目覚ましを解除しておく。

そして、あったかくて柔らかな耀くんの身体に腕を回して抱きしめて、自分のほうに引き寄せる。

ああ……幸せ♪
昨夜の恐怖はもう自分の中に感じない。
今は耀くんのあったかさで満ちてるのがわかる。

「愛してるよ、耀くん」

ちゅっと、触れるだけのキスをする。
あは♪ 耀くんにはナイショ。

「おやすみ」

オレはまた目を瞑って、耀くんというゆりかごの中でもう一度眠りについた。


「……!!……!!」

微かに耀くんの声が聞えてる。
ああ……起きたんだね、珍しいな。
いつもはオレが起こしにくるまで起きないのに。
なにも今日に限って起きることないのにな……なんて思ってた。

「いいじゃん。遅刻ついでに休んじゃえば」

横向きのまま片手で頬杖をつきながら、慌ててる耀くんに笑顔そう言った。
そうだよ、そうしたら今日は2人でデートしよう。
美味しいものを食べて映画見て……なんて真面目に考えてた。

「もうこれからは、椎凪に優しい言葉なんて絶対かけてあげないっ!!」

あれ?かなりご立腹かな?

「えーヒドイ。でも次からは勝手に入ってもいいよね」

かなりの確率でお願いがとおる、自信満々の笑顔で言ったのに……。

「ふざけるなっ!!」

バ キ ッ !!

「いてっっ!!」

どうやら耀くんには、オレの笑顔作戦は効かなかったみたいだ。

怒られて、思いっきり手加減ナシで頭を殴られた。








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