確かにオレは、浮かれていたのかもしれない。
耀くんがオレに、優しくしてくれてたから……。
「椎凪、なにしてるの?」
風呂上りの耀くんが、濡れた髪をタオルで拭きながらキッチンに入って来た。
「明日の朝ご飯の支度だよ♪」
「え?もう?」
「そう。肉じゃがは一晩置いておいたほうが味がしみ込んで美味しいんだよ」
「ホント、椎凪って料理上手だよね。最近特に料理に力入ってるし」
耀くんがお鍋を覘き込みながら、感心したように褒めてくれた。
嬉しい♪
「だって耀くんが、美味しいって食べてくれるからさ。今まで自分のために作ってるなんて、思ってなかったしね」
日常生活で必要だったから作ってたし、まあ趣味でもあったからかな?
「え?だって、女の人とかには?」
なんでそこに、女の人が出てくんの?もーー。
「オレ、人に料理作ってあげるのって耀くんが初めてだもん」
オレが作った料理を勝手に食べた奴は数知れずいるけど、バイトで作ってたのは論外だし。
「ウソだっ!!またそーゆーウソつく!!」
耀くんがまるっきり信じてないらしく、突っ込んで聞いてくる。
「ウソじゃないよ。だってオレ 『H』 するだけだもん。女の子って!食事なんて一緒に……しない…ん…だ……」
あれ?なんかオレ、マズイこと言ったか?ヤベーーー口が滑った。
どうやらオレは、とんでもない失敗を犯したみたいだ。
「へーー」
耀くんが呆れたように頷いてる。
「椎凪さあ……」
うっ!!何?なに言われんだ?
オレはビクビクしながら、耀くんの次の言葉を待った。
「椎凪って、そういうふうに女の人と付き合ってたのにさ、どうしてオレと一緒に暮らしてもいいなんて思ったの?
一人暮らしのほうが気楽だろ?料理だってしなくてもすむよ」
オレを見上げて……ああ、なんて可愛い顔でオレを見つめるんだ。
つい顔がニヤケそうになる。
「耀くんに出会うまではそうだったよ。でも耀くんに会ってからは、オレの人生180度変わっちゃったんだ」
「え?」
「オレは耀くんのためなら何でもしたい。耀くんがオレの料理美味しいって食べてくれるなら、
オレ喜んで料理作るよ。耀くんのために……」
「あ……」
そう言いながら、耀くんの腰に腕を廻して引き寄せた。
「耀くんのためなら……オレ、なんでもする……」
「椎……凪……」
「オレ、耀くんのこと好きだから」
「あ……ちょっと!椎……」
無防備に椎凪に近づいたのがいけなかったのか、よく聞くと恥ずかしくなるようなことを言いながら、
椎凪の顔がオレに近付いてくる。
オレはそれを避けるために後ろに逃げた。
でもそんなオレの腰を、椎凪がしっかりと抱きかかえてるから、のけ反るような体勢だ。
まるで社交ダンスかバレリーナみたいに。
けっこうキツかったりする。
それなのに、更に椎凪が近付いてくる。
だからオレは、もっと後ろに反って逃げた。
そしたらそれに気付いた椎凪が、またぐっと近づいてきた。
「…………」
オレは背中をのけ反らして、思いっきり仰け反ってる。
そんなオレを椎凪は、平気な顔してしっかりと支えてる。
今、椎凪に手を放されたら、オレは後頭部からキッチンの床に激突間違いなしだ。
しばらくそんな体勢で、お互い見つめあいながらしばし無言。
「はぁ〜逃げないでよ、耀くん」
さすがに椎凪が、呆れた顔でと声でオレに言った。
「いや……だって……」
普通、逃げるでしょ?
「もー耀くんは……」
椎凪が渋々オレを抱き起こしてくれた。
え?なんで?オレが悪いの?そんなことないよね?
「オレが耀くんに迫るなんて、どんだけ勇気がいるか……」
まったく、とでも言いたげに椎凪がワザとらしく肩を竦めて溜息をついた。
ウソだ!!いっつも平然と、しかも大胆に迫って来るクセにっ!
オレは無言で椎凪を見つめて、心の中でそう思っていた。
隙見せると危ないんだから! と、オレは早々にキッチンから逃げ出した。
あのままいたら、何されるかわかったもんじゃない。
オレはリビングのソファに避難して、クッションを下敷きにうつ伏せで寝転んだ。
椎凪って、いっつも優しいんだよな。
オレのこと、怒ったこともないし、大事にしてくれる。
それは毎日感じてることで、椎凪に守られてるのかも?なんて思うときもある。
オレにとって、椎凪って一体どんな存在なんだろう。
傍にいてくれると、安心するのは確かなんだよなぁ……。
「んーーー」
思わず考え込んじゃった。その時……
「耀くん♪ コーヒー淹れたよ。ちゅっ!」
「 !!! 」
いつの間にか椎凪が目の前にいて、しゃがんだ途端にオレの頬にキスをした!
「わあっ!!」
オレはとんでもなく驚いてしまった。
タイミングが良すぎ?悪すぎ?
「もーっっ!!椎凪っ!!どうしてそんなことするんだよっっ!!」
焦りと照れと驚きと……その他、諸々が渦巻いて思わず叫んでしまった。
「オレ、キスしていいなんて1回も言ったことないよっ!!もーオレにキスしないでっ!!」
叫んだあと、後悔した。
椎凪が、もの凄いショックを受けてるのがわかったから。
大きく目を見開いて、動かない。
息をしてないのかと思うほど、そのままの体勢でヨロヨロとよろめいてる。
あ!椎凪コーヒー淹れてくれたんだ。
顔面蒼白で、やっとの思いで持っていたコーヒーをテーブルに置いたのを見て気づいた。
そしてそのまま、ヨロヨロとよろめきながら、椎凪は無言でリビングを出て行った。
「あ!椎凪……」
オレの呼び掛けにも振り向きもしないで……。
でも仕方ないよ……だってオレ、椎凪とキスする理由ないもん。
いくら親しくても、まだそんなことする仲じゃないし……。
だけど、あんなに落ち込んで……椎凪、大丈夫かな……。
オレはぴったりと閉まったリビングのドアを見つめながらそんなことを思ってた。
リビングから、どうやって自分の部屋に戻ったのか記憶がない。
ヤバイ……耀くんに嫌われた……絶対怒ってる。
オレはベッドの上で組んだ両腕に顔をうずめて、うつ伏せになって落ち込んでた。
今まで抱きついたりしても怒らないし、オレが夢で怯えてたとき、一緒に眠ってくれたから
もう大丈夫なのかと思ってたのに……。
確かに耀くんに知られないようにキスしてたりしたから、気が緩んだんだろうか。
そんなに嫌だったのかな…まだ早かったのかな……。
どうしよう……オレ、これからどうしよう……。
──── きっと嫌われた。
そう思うと身体がカタカタと震えだす。
でもオレ……耀くんの傍から離れたくない……離れられないのに……。
不安な想いが、胸の中に重く広がっていく。
謝ったら……耀くん許してくれるかな?
怖いな……耀くんの口から 『嫌い』 って言われたらオレ……死ぬしかない。
………怖いな……怖い……。
「………」
オレは椎凪がリビングを出ていってからも、ソファに座って椎凪が淹れてくれた
コーヒーをじっと見つめていた。
「ふぅ……」
もー何でオレが、こんなに気分が重くなんなくっちゃいけないんだよ。
悪いのは椎凪なのに……。
思わず一人で愚痴ってしまった。
でも……椎凪は悪気なんてこれっぽっちもないんだよな……わかってる。
椎凪はオレのことが好きだから……。
椎凪曰く、オレのことが好きで好きでしかたなくて、愛してるんだって……。
なんとも恥ずかしいんだけど。
椎凪の性格からいって、エスカレートしてくるのはわかってたのに……。
オレも椎凪にじゃれつかれても、ハッキリと嫌だって言わなかったし。
だって……椎凪に抱きつかれたりするのは嫌じゃないから。
逆にホッとするくらいだもん。
そう……ホッとするんだ。
でもオレ臆病だし、身体こんなだし……きっといつか椎凪に迷惑かけて、嫌われる。
だったら今のままで……友達のままでいい。
それに椎凪の熱がさめれば、きっと本当の……普通の女の人が好きになる。
今までの椎凪は、そうだったんだから……。
「椎凪……」
静まりかえったリビング……オレの傍に椎凪がいないのって、なんか変だ。
それに、部屋の中がすごく静かに感じた。
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