オレの愛を君にあげる…



29




「あそこです」

自分の視界の先にある、何年も使っていないと思われる古びた工場を指差す。

とある事件の関係者であろう暴力団の組員が潜伏してるという情報を掴んだ。
張り込んでると、何人かがときどき出入りをしてる。
間違いなさそうだ。
相手は5人、こっちは椎凪さんと俺の2人。
応援を待ったほうがいいと判断して今、応援が到着するのを待ってるというわけだ。

俺は堂本 智(doumoto satoru)、まだまだ駆け出しの新米刑事だ。
ここに配属になって、なにかと一緒に行動してる椎凪さんと犯人達を追い詰めたってわけで……。

「今、応援要請しましたから」

横に立って、工場をジッと眺めてる椎凪さんに向かってそう言った。

「えー!そんなの待ってたら帰るの遅くなるじゃん。やだなーー困るよぉ!」

俺の報告に、椎凪さんが突然不貞腐れたようにボヤきだす。

「なっ、なに言ってるんですかっ!!椎凪さんっっ!!」

俺はその言葉にビックリだ。

「だってオレ、早く帰って夕飯の支度しなくちゃいけないんだよなー。お腹空かして待ってるんだよ!!耀くんがさ!!」
「はぁ?夕飯の支度?そんなの少しくらい遅くなっても、人間死にゃあしませんって!!」

俺のその言葉に、椎凪さんがピクリと眉をあげる。
な、なんですか?俺なにか変なこと言いました?
そもそも、“ようくん” って誰ですか?

「あのね、堂本君」
「はい?」

え?なんですか?
俺はちょっと身構える。

「オレの作るご飯は愛情表現のひとつなんだよっ!!バカにしてる?君?ねぇ!バカにしてるでしょっっ!!」
「はあ?」

椎凪さんが突然ムキになり始め、俺に詰め寄る。
なんなんだ?しかも力説しだしたし。
なんで今、こんなときにそんな話?
なに考えてんだこの人っ!!

「してませんってばっ!!今は犯人逮捕のほうが優先でしょう、って言ってるんですっ!!」
「はあ〜〜もーいいよ、君に愛を語ったオレがバカだった。5人だっけ?」
「はい……」

なんだ?なんでそんなに呆れてるんだ?
椎凪さんから大量に滲み出ている残念感。

え?なんで?俺の言ってることは正しいだろ?
それに、今の夕飯の支度の話のドコに愛を語られたんだ?
わからない。

「堂本君、キミ犯人取り押さえたことある?」
「はい、そりゃありますけど?」
「じゃあ、なんとかなるか……」

チロリと俺の方を見て、ブツブツ言ってる。
大丈夫かな、なんて呟いてるけど、俺としてはさっきの愛が云々のほうが気になるんですけど……え!?

などと考えてたら、椎凪さんが工場に向かって歩きだしたから、俺は慌ててあとを追った。

「え?椎凪さん!?まさか?」
「君のほうに投げるから、4人は2人ずつ手と足で繋いでね、はい手錠。あとは君の使ってよ」
「え!?は?あの……」

戸惑ってる俺のことなんかお構いなしに、自分の手錠を俺に渡してくる。

「1人は動けないようにやるからさ。ほら!行くよ」

そう言ってさらに速度をあげて、工場に向かって歩きだした。
ええーー?ウソだろ????

「ちょっ……椎凪さん!!」

チョイチョイと手を動かして、俺を催促する。
えーーーマジ!!!

しかしそんな俺の心配をよそに、その後の出来事はあっという間だった。
相手が不意をつかれて体勢を整える前に、椎凪さんの蹴りが近くにいた1人に入った。
狙ったように蹴り飛ばされた相手は、俺の足元に倒れ込んでくる。
次も……そのまた次も。

4人の男が呻きながら、俺の足元で蹲ってる。

「君、ツイてなかったね」

最後の1人の洋服を掴んでそう言った。
そういえば、最後の1人は動けないようにするって言ってたけど?
思ってるそばから、さっきまでとはまるで違う、一歩間違えばマズイんじゃないかと
思うような急所を殴りつけて、5人全員叩き潰した。


「終了♪」

そう言って、椎凪さんは軽く溜息を吐き出した。
ちょっと軽い運動しました〜くらいの態度だ。
俺は手錠をハメながら、呆気にとられていた。

「ごくろうさん。くすっ」

なんだ?鼻で笑われた。
手錠をハメるだけの俺に嫌味ですか?
どうせなんの役にも立ちませんでしたけど。

それから5分としないうちに、応援の警官が到着した。


「じゃ、後よろしくね」

椎凪さんが俺の肩をポンと叩く。

「あ……ご苦労様です」

俺が振り向ききらないうちに、椎凪さんはサッサと現場をあとにした。
夕飯を何にしようか、という声が聞えたような気がするけど……。

「あ、あの内藤さん」

傍にいた、別の先輩刑事の内籐刑事に声を掛ける。

「椎凪さんって、息子さんいるんですか?」
「え?なんで?」
「だって…… “ようくん” がお腹空かして待ってるって」

子供じゃなきゃ弟とか?

「ああ!」

クスリと……笑った?

「恋人だよ。一緒に暮してるんだよ」
「ええ!?恋人っ?彼女ですか?」

彼女なのに “くん”?

「いや、男の子らしいよ。ああ、まだ付き合ってはいないのか?本人はもう恋人だって言ってたけどね。
その子のために、毎日早く仕事片付けて帰るんだよ」
「ええ!?いいんですか?それでっ!?」

俺は呆れ気味に聞いてしまった。
この仕事柄、そんなことが優先されていいのかと思ったから。

「彼、やることはちゃんとやる人だよ。情報集めなんて得意だし、今日だって手際良く終わらせただろ」

内藤さんが、さほど気にもしてないように俺に話してくれた。
ああ……内藤さんも椎凪さんと同じ考えなんだ……と思った。

どうもここの課の人達は、なにか刑事の仕事を軽く考えてるようなフシがある気がする。

でも……全員、俺よりも仕事ができるんだよな。
なんて、少し落ち込んでしまった……情けない……はぁ〜〜。



そらからすぐの非番の日。
どうしても気になって……来てしまった。
目の前には椎凪さんの恋人が通っているという大学。

別に深い意味はなかったんだ……そう、ただの好奇心。
チラッと見るだけのつもりで、名前だけ内藤さんに教えてもらった。
会えるかはわからなかったし……。

正門で出て来た学生に声を掛けて、わからなければ帰ろうと思ってた。
何気に目を惹いた女の子に声を掛けた。
マジマジと顔を見たら……うわぁ〜すごく可愛い子で、ドキドキしてきた。

「あ、スイマセン。2年で 『望月 耀』 って人、知りません?」

声を掛けたときから、少しおかしかった。
最初からものすごい警戒されてたし、それが更に警戒されたのがわかる……なんでだ?

「オレに……なにか……用?」
「え?」

は?……え?なんだって?

「あ……あの……もしかして……君が望月……耀君?」

信じられなくて、念のためにもう一度聞いてみた。

「そ……そうだけど……君……誰?」

不審者を見る眼差しを向けられる。
でも、そんなことも気にならないほど俺は驚いてた。

ええっっーーー!!マジっすか??本当にこの子?男?これで男なのかっっ!!??
すげー可愛いんですけどぉーーーー!!

「ほ、本当に望月耀君?人違いじゃないの??」

あんまりにもビックリして、相手の肩を掴んで詰め寄ってしまった。

「 !!! 」

そのとき、相手が思いの他驚いた顔をした。
見る見るうちに顔が真っ青になる。
そして次の瞬間……。

「やあああああああーーーーーーっっ!!ゆ、祐輔っ!!祐輔来てっっ!!!!!」

思いっきり大きな声で叫ばれた!!
余りにも突然で、俺は肩を掴んだまま動けなかった。

「えっ!?いや、俺はなにも……」

慌てて説明しようとしても、目の前の彼はパニックになってて全く聞く耳を持ってくれない。

ド カ ッ !!!

「 ぐ え っ !! 」

イキナリ鳩尾に蹴りを喰らって、思いっきり後ろにすっ飛んだ!!
なんだ?なにがどうなってんだ?

「ゲホッ!ゴホッ!」
「テメェ……耀に何しやがるっ!!」

どこから来たのか、ひとりの男が殺気満々で立っていた。
とんでもない睨みて、俺を見下ろしてる。

ヒイーーーー!!俺、殺される?かも!!



「なにやってんの?堂本君」

椎凪さんが呆れた顔で、俺を見つめて呟いた。
椎凪さんの同僚と説明したら、ナゼか椎凪さんが呼び出されたってワケだ……ううっ、ヤバイ。

「いや……本当に純粋な好奇心だったんです……いつも椎凪さんが 『耀君』 って言ってるんで、
本当に悪気なんてなくて……一体どんな子なのかなぁって……」

もうバツが悪くて、椎凪さんの顔が見れなかった。

「まさか……こんな可愛い男の子なんて……つい、本人の口から本当なのか聞こうとして……あの……」
「もー耀くんは極度の人見知りなんだから、大胆な行動出ちゃダメだよ」

椎凪さんの背中に隠れながら、俺のことを窺ってる彼。
やっと本当に、椎凪さんの知り合いだって信じてもらえたみたいだ。

「え!?」

グンと身体が引っ張られた。
何事かと思ったけど、いきなり椎凪さんに胸倉を掴まれて、引き寄せられたらしい。
目の前には、いつもとは雰囲気の違う椎凪さん。
 
「次にオレに黙って耀くんに会ったら、オレが君殺すよ?オレ、同僚でも容赦しないから気をつけてね……堂本君」

フッと口の端が綻んだけれど、目はどうみても笑ってなかった。
なんだ?ものすごい殺気なんですけど……。

椎凪さんなのに、まるで別の人みたいだ。
そんな椎凪さんの顔が目の前にある……。

「あ……は…い…すみません……でした……」

それしか……言えなかった。
他の言葉はきっと、今の椎凪さんには求められていなくて、聞く気もないと思う。

「わかってくれればいいんだ」

そう言って手を放した椎凪さんは、いつもの明るい椎凪さんだった。

───── さっきのって……。

「ごめんね、祐輔。でも、ありがと」
「ったく、人騒がせなヤローだなっ!!」

俺に蹴りを入れた人は、望月さんの友達でいつも一緒にいるそうだ。
俺みたいな変なヤツから、望月さんを守るために……だそうだ。

結構へこむ。
俺だってこんなでも、正義の味方の警察官なんだけどなぁ……。

「ごめん、ごめん」

楽しそうに彼等と話す椎凪さんの後姿を眺めながら、俺はまだ動けなくて……その場に立ち尽くしてた。

だって……超、怖かったんですけどぉ……椎凪さん!!!








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