オレの愛を君にあげる…



31




もうそろそろ、夕方の6時半を回ろうという時刻。
オレはなぜか堂本君とふたり、夜道を一緒に走ってる。

「もー堂本君のドジッ!!なんであそこで逃がすかなぁ」
「す、すみません……」
「ビビッてないで、あそこは蹴りでも入れればよかったのに」
「すみません……」
「もーこれじゃ帰るの遅くなるじゃん!」
「すみません……ご飯の支度……」
「本当だよ!もー」

走りながら文句を言うオレに同じく走りながら、堂本君が何度も何度もオレに謝り続ける。

ついさっき窃盗犯の主犯格の男を追い詰めて、まさか逃げられるとは思いもしなかった。
いつもの如く、堂本君がドジッたせいだ。
動けないように蹴りのひとつでも叩き込んでおけばいいものを、悠長にかまえてるから隙をつかれて逃げられた。
一筋縄じゃいかなそうな相手だってわかりそうなもんなのに、まったく甘くてイヤになる。

「堂本君、あとでお仕置き決定ね!」

走りながら素っ気なく言い放つ。

「ええーーーーっっ!!“また” ですかぁ!?」

『また』 というところが、今まで何度お仕置きされたか雄弁に物語ってる。

「当然でしょ?これで人質なんか取られてみなよ、もっと遅くなるじゃん。
ほらっ!早く走って!オレより若いだろっ!!」
「は、はいっ」

本当はもっと早く走れるけど、堂本君にはちゃんと責任とってもらわないとね。
運のいいことに、この辺りは人影がない。
街の中心部から少し離れてるからだ。
この分なら、もうすぐ犯人も捕まるはず。
堂本君がこの上、ドジさえ踏まなければ……ね。

いくつかの角を曲がると、大きなコンサートホールの正面に出た。
この辺りでは一番大きなホールで、最近できたばかりのはず。
確か有名なピアニストが来日してて、コンサートがあるって慎二君がこの前言ってたような……。
あれ?それって今日だっけ?
ヤバイよ、人質とられるんじゃない?

最悪な場合を考えて、気分が重くなる。
お仕置き、いつもの倍決定だね。

転げるように、犯人が入り口に滑り込む。
警備員も捕まえ損なった。マジか?
オレはガックリと心の中で項垂れて肩を落とす。
ったくよぉ〜〜〜頼むよーどいつもこいつも使えない奴ばっか。

オレと耀くんのふたりの時間を邪魔する奴なんて、この世からいなくなればいい。
どんだけオレの邪魔すれば気が済むんだよー。

もとは堂本君だけどさぁ……。

一気にロビーに走りこんだ。
でも、ロビーに人はいなかった。
もうコンサートが始まり、みんな会場へ入ってしまっていたらしい。
良かったぁ〜これで早く帰れる。

オレって、いつもこんなふうに考えてる。
刑事の仕事好きだけど、耀くんのことが一番なんだ。

オレ達の視線の先に、人影が目に入った。
なんて間の悪い奴がいやがった。
犯人が手を伸ばし、その男を掴もうとした瞬間……。

「気安く僕に触れるな!!」

「 !! 」

たったその一言に、犯人は手を伸ばしたまま動けなくなっていた。
オレ達も、その場で動きが止まる。

「僕に触れていいのは、亡き父と母と雪乃」

なんだ?目の前にいる犯人に向かって、そいつの瞳が段々と力を帯びてくるのがわかる。
しかも、周りの空気までもが重々しく変わっていく。

「そして、慎二君だけだっ!!」

そう叫ぶと同時に、そいつの瞳から発せられた異常な力がロビー全体を覆いつくした。
なにか飛んできたわけじゃない。
なのに目に見えないなにかがそいつから放たれたんだ。

あえて言うなら殺気だろうか。

オレ達は離れていてなおかつ、そいつの視線は自分の目の前にいる犯人に向けられていたから、
それほど影響はなかった。
けれど、目の前で今のを喰らった犯人は、大きく目を見開きそのままその場に崩れ落ちた。
ドサリと倒れ込み、しかも痙攣してる。
駆けつけた堂本君が声を掛ける。

「お、おい保田?どーした?おいっ!!」

いくら名前を呼んでも、身体を揺すっても反応がない。

「堂本君……救急車、呼んだほうがいいよ」
「えっ?あっ、はい!」

オレの言葉で慌てて携帯で連絡を取る。
その間オレは、異様な瞳の力を持つ目の前のこの男にずっと睨まれていた。

こいつ……なに?目の力が異常だよ。
禍々しくて妖しくて……まともに視線を合わせたら持っていかれる。

仕方なくオレは 『オレ』 を出して、そいつと睨み合っていた。


「右京さんっ!!」

聞き覚えのある声が聞こえて、オレはその声のほうに振り向く。

「慎二君?」 「慎二君!」

え!?声がかぶった?


コンサートホールの前に、パトカーのサイレンが鳴り響く。
そんな中、遠慮ない怒声も響く。

「まったく、もーーーー!!!一度犯人取り逃がして、こんなことになったんですって?
あんな奴に!」

ルイさんが、機嫌悪そうに言う。

「彼がね」

オレはオレの隣にいる堂本君を指差して言った。

「へ!?」

堂本君の顔が、一瞬にして青ざめる。

「堂本ぉぉお前はぁ〜〜いつもいつもぉ〜な・に・してんの、よーーーーっっ!!」

ルイさんの雷が堂本君に落ちた。
当然だ。

「す、すいませーーんっっ!!ごめんなさいっ!」

反射的に両腕で頭を庇ってビクつく堂本君。
しっかりルイさんに叱られなさい。

オレはその場を離れ、慎二君のところに移動した。

「慎二君」

なんとなく警戒してる自分がいた。

「椎凪さん」
「ごめんね、もう少しで帰れると思うんだ」
「いえ、大丈夫ですよ。右京さん、こういうの楽しんじゃうんで」

そう話す慎二君の後ろには、さっきと同じようにソファに座る男がひとり。

ゆったりと腰をかけて、足を組んでるだけなのに、その姿からは半端ない存在感が漂う。
見た目20代前半で、まだ幼さが残る少年って感じなのに。

彼の名前は草g 右京 (kusanagi ukyou)。
慎二君の知り合いで、今日はふたりでコンサートに来たそうだ。
ただ、コンサートよりも久しぶりの再会に話が弾み、コンサートが始まってもふたりで話しこんでて、
今回の事件に遭遇したというワケだ。
慎二君が飲み物を買いに行っている間に。

この男から、さっきみたいな瞳の力は感じない。
自分でコントロールできるんだろう。
でも、座ってるだけなのに伝わってくる威圧感は半端じゃない。
そいつがオレの方を向いた。

「さっきの、よく立っていられたね。力を抑えてたとはいえ普通無理だよ。
凄いね、ちょっと気分悪いな。新城君以来だもの……」

口元に指先を当てて、クスリと笑った。
口元に笑いを浮かべながら、瞳はさっきと同じように禍々しさを増していく。
力を抑えてたってなんだよ。
やっぱなにかしてたんだ、こいつ。
チッ!まただ……またアレが来る。

「今の君なら簡単に潰せるね。ふふ……」

どんどん奴の瞳に力が集まってる。

「やってみていいかい?僕の気持ちが収まらないんだよ、このままではね」

どうやら本気でやるつもりらしい。
チッ!めんどくせーな。
仕方なくオレは 『オレ』 を出す。
“負” には “負” の感情で受けるしかない。

身体を強張らせて身構えた。

「本当だね。変わった」

なのに、そいつが急にコロッと態度を変えて、慎二君に向かって話しかけた。

「ね、そうやればもう一回見れるって言ったでしょ?」

「えっ!は?」

そんなふたりのやり取りを見て、ワケがわからないオレ。

「あ!すみません、椎凪さん。右京さんがどうしても、もう一回 “アノ” 椎凪さん見たいって言うもんで」
「はぁ?ちょっと、慎二君?」
「本当にごめんなさい。あはっ!」
「いや……あはっ、じゃなくて……」
「何だい?このくらいのことでそんなにいきり立つこともないだろう。心が狭いな君は」
「はあ?あ…あのね……」

まったく、人のこと何だと思ってるんだよ。
もとはと言えばお前のせいだろうがっ!
と、心の中で文句を言った。


「あの……椎凪さん」

堂本君が不安そうにオレを呼ぶ。

「あーー?なに?」

もともと不機嫌だったのに、さらに超不機嫌になったオレ。

「これがお仕置きですか?」

とあるスーパーの買い物カートを押しながら、堂本君がボヤく。

「そーだよっ!全部払ってね。あとデザートねっ!」
「えーーー」

返された返事がすごい不満そうだ。

「はあ?なに、その態度。君のせいでさらに気分悪くなることがあったんだから当然だよ」

あのあと、草gという男に散々 “ナゼ『オレ』を隠すのか” と追求され、結局オレに一言も謝りもせず、
最後まで超デカイ態度と物言いで帰って行った。
まったく、何様だっつーの!!

「なんですか?それ?」
「君は知らなくていいのっ!!」

説明するのもメンドイし、なにより不快さがぶり返す。

「えーっ!?俺が知らなくていいことまで俺のせいなんですか?」

納得いかないという顔と態度の堂本君。
はあ?もとはと言えば堂本君が最初に犯人を取り逃がしたからだろうが。

「あっ! 口ごたえしたっ!!これも追加ねっ!!」

ドッサリその辺にある物を適当にカートに放り込んでやった。

「ああ〜〜っ!!本当にソレ、今必要なんですかぁ?」

泣きが入る堂本君のことなんかあっさり無視した。
オレの機嫌は、家に帰って耀くんに会えるまで直ることはなかった。



「え?右京さん?んー何度か会ったことあるよ。皆で食事したくらいだけど」

いつもより遅い夕飯を食べ終わったあと、耀くんにアイツのことを聞いてみたら耀くんも会ったことがあるらしい。

「いつもあんなに態度デカイの?」
「え?態度?ああ、古くから続く旧家の当主なんだって。屋敷も大きくてさ、今まではほとんど外のことに
興味がなかったらしいんだけど、オレ達と知り合ってからは色んなことに興味持ち始めたらしいよ。
あの人、ああ見えても椎凪より年上なんだよ」
「ええっ?そうなの?」

オレより年上ってことはもう30近いってことか?
ふと彼の容姿を思い浮かべるけど、やっぱり慎二君と同じくらいとしか思えない。
本当にオレより年上?


色々と納得がいかないままだったけど、次の日草g 右京の身元の確認でとんでもない奴だと知ることになった。

そしてこの男が、オレと耀くんに深く関わってくることになるなんて、その時は思いもしなかったし。

まだ、ずっと先のことなんだけどね。








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* 草g 右京 : ずっと古い昔から続く旧家で、政財界でも影響力のある一族・草g家55代当主。
            想像出来ないくらいの富と権力を持っているらしい。
            草gの一族は昔から不思議な能力を持っていて、「邪眼」 と呼ばれる特殊な瞳で念を込めて
            相手を見つめると相手の意思を思うがままに操れる。
            右京はその力が異常に強く相手の記憶までも操れる。そして命を奪うことも可能らしい。
            慎二の昔からの知り合いで慎二には無条件でどんなお願いも聞く右京。世間知らずなところが玉にキズ!  *









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