オレの愛を君にあげる…



35




椎凪の部屋の前……なにもできずにもう何分もこのまま立ってる。
どうしよう……オレ……どうしたらいいんだろ?
椎凪が怒るなんて初めてなんだもん。
祐輔はほっとけって言ってたけど……椎凪絶対怒ってた……オレが椎凪のこと下宿人って言ったから?
でも、そんなこといつも言ってたから今さら怒るなんて思わなかった。
なんであんなに怒ったんだろう?
可哀想って言ったから?
でもオレ……本当に同情から言った訳じゃないのに……。
あれ?なんだ?涙が……勝手に……。

「…………」

オレは仕方なく椎凪の部屋の前から離れた。


「あれ?耀君、どうしたの?」
「え?」

振り向くと浹君がオレの後ろにいつの間にか立っていた。
帰るところらしい。

「あ…」

オレは慌てて涙を拭いた。

「あれ?泣いてた?」

不意に顔を覗き込まれた。

「ううん……違うよ……大丈夫、ゴメンね」
「彼氏、怒っちゃった?」
「ち…違うよ!椎凪は……彼氏なんかじゃないっ!!」

急にそんなことを言うから慌てて否定する。
だって……本当のことだから。

「ぷっ!耀君、無理しないほうがいいよ」
「してないよっ!」

ハッキリと否定したのにあまね君がクスクスと笑う。

「だって、ふたりが言ってたよ。下宿許すなんてって……そういうことでしょ?
俺なんかこうやって話してくれるようになるのにどんだけかかったと思ってんの?」
「それは……」
「ね、そういうこと。素直に謝れば?」

そう言ってオレの頭をポンポン撫でた。
浹君は背が椎凪と同じくらい高いから、頭の上から子供にするみたいに撫でてくれた。

「響なら抱きしめてあげるんだけど、耀君じゃそういうワケにはいかないからね」

響(hibiki)君は浹君の恋人。高校生で男の子で背格好がオレに似てるんだって。
だから、オレのことを気にかけてくれてるみたい。

「ありがと、でも本当に大丈夫だから」


部屋から出るんじゃなかった。
喉が渇いて飲み物を取りに行く途中廊下でふたりを……耀くんとあの男を見かけた。
話は聞えなかったけど、でも話の内容なんかどうでもいい。
あいつに頭を撫でられても…触られても耀くんは逃げなかった……嫌がらなかったのは事実だから。

「はぁ……」

いつもなら、すぐ駆け寄って耀くんをあいつから引き離すのに……何でだろ?そんなことをしたら
耀くんに嫌われそうだと思った。

ああ…なんか弱気なオレ。


「じゃあ椎凪さん、あとは美波君に従って衣装の方お願いしますね。祐輔が先だから椎凪さんの撮影は
お昼食べてからになるかな?」
「わっかた」
「大丈夫ですか?具合が悪いっていうより気分が悪い…かな?まだ仲直りしてないんですか?」

言葉に力がこもらない返事に慎二君が苦笑い。

「別に……喧嘩したわけじゃないから」

オレは素っ気なく答える。
そう、喧嘩したわけじゃない。

「まあ重いオーラ出てるんで僕としては大歓迎ですけどね」
「椎凪さん、いいですか?」
「え?ああ……じゃあね、慎二君」
「はい。また後で」


オレはひとりみんなが忙しなく動いてる部屋が見渡せるテラスから中の様子を見ていた。

これから先はオレには入れない世界だから、黙って眺めているしかない。
椎凪の撮影してるところ……見れるの楽しみにしてたのに、なんで?なんでこんなことになっちゃったんだろう。
椎凪はあれからオレに話しかけてこない。
オレの……傍にも来ない…。
いつも近くに感じてる椎凪の気配がしない。

こんなこと初めてだ。
椎凪が……オレの傍にいないなんて。
じわじわと涙が込み上げてくる……うー。

オレが……悪かったのかな?
どうしたらいいんだろう。


はぁ〜なんとも気分が重い。
こんな気持ちは久方ぶりじゃないだろか。
耀くんは? と周りを見渡せば……ん?耀くんがひとりでテラスにいた。
祐輔も慎二君も自分のことで手一杯なんだろう。

でも……やっぱりこのままってワケにはいかないか。

だってオレの手が耀くんに触れたくて……オレの身体が耀くんを感じたくて……耀くんを求めてる。

こんなハッキリしたヤキモチなんて初めてだった。
だから耀くんに八つ当たりした。

「耀…くん?」

そっと近づいて、恐る恐る声を掛けた。
返事……してくれるだろうか?
もしかしてシカトされるかもしれない。
でもそれは自業自得なんだけど。
そしたらたくさん謝ろう。
謝って許してもらおう。
そんなことを心配しながら振り向いた耀くんを見れば、耀くんは今にも泣きそうな顔だった!

「え?!耀くんどうしたのっ!!」
「椎凪……」
「耀くん?」

話しかけたとたん耀くんの瞳はあっという間に潤んで今にも涙が零れそうだ。

「怒ってるんだもん……」
「え?」

耀くんがボソリと呟く。
怒ってる?誰が?やっぱり耀くん怒ってるの?

「だって怒ってるじゃんっ!!椎凪、オレのこと怒ってる!」

顔を上げて涙目で訴えてくる耀くん。

え?オレが怒ってる?
ああ、でもウルウルな瞳の耀くん。
オレの胸がズキュンとなる。

「だから……オレ……」
「耀くん……」

耀くんがキュッと唇を噛む。
その噛んだ唇を舌で舐めて思う存分耀くんとのキスを堪能したいと思った。

「オレ……」

すぅっと耀くんが息を吸い込んだ。

「耀くん?」
「オレどうしていいかわかんないっっ!! びえぇぇっ」
「えっ!?なっ…ちょっと耀くん!!」

耀くんがいきなり泣き出した。
しかも子供が泣くみたいに大泣き。
え?!オ、オレのせい?

もうオレはパニック状態!
だってオレが耀くんを泣かせちゃったんだ。
そんなの想定外で、慌てまくったオレはすぐ耀くんを抱きしめてあげた。

「ごめんね、耀くん……お願い泣かないで……」

こんなふうに耀くんに泣かれたらオレ……。

「もう……ぐずっ……怒って…ひっく…ない?うぅー」

涙が一杯溢れてる。
こんなに泣いてる耀くんは当たり前だけど初めてで、耀くんの身体の秘密を知った時でさえ
こんな子供みたいに泣いたりしなかったと思う。

「怒ってないよ。初めっから怒ってないから……」

耀くんをさっきより強く抱きしめる。
もう色んなことがどうでもよくなる。

「うっ……ひっく……」

なかなか泣きやまない耀くん。
そのことが一番重要なことだらか。
しばらくの間オレは耀くんを抱きしめてあげていた。
抱きしめて頭を撫でて頬擦りして背中をトントン叩いてあげて撫でて……とにかく泣きやんでほしくて
最後にオデコや瞼や頬にちゅっちゅっとキスをすると椎凪!って名前を呼ばれて顔を反らされた。
それでも顔を近づけると唇に耀くんの手のひらが押しつけられた。

ちょっと残念に思いながらも顔を離す。
やっと耀くんが泣きやんでくれたから。

あー心臓に悪かった。
泣きやまなかったらどうしようかとこっちまで切なくなる。

「大丈夫?耀くん」
「うん……もう……大丈夫ありがとう、椎凪……」

泣いた目を擦りながら照れ臭そうに笑う耀くん。
良かった。
涙で濡れた耀くんの頬をオレも手のひらで拭ってあげた。

「オレも……ごめんね椎凪」

まだ濡れてる睫毛を伏せながら耀くんが謝ってくれた。

「耀くん……」

そしてちょっと赤い顔でオレを見上げる。
ああ、オレの胸がキュンキュンと締め付けられる。

「椎凪は大切な……」

大切な?
オレはそのあと続く耀くんの言葉にドキドキと期待に胸を膨らませる。

ついに今日から念願の恋人同志かぁーー!!
やったよオレ!

そんな期待一杯なオレに耀くんは衝撃的な言葉を告げた。

「オレの友達だよ」

「…………え?」

は?今、耀くんはなんて?
オレの聞き間違い?

「友……達?」

って言った?

「うん!大切な」

アッサリと肯定された!

「ええっ!! 友達?? 」
「うん♪椎凪はオレの大切な友達だよ」

ニッコリ清々しいほどの笑顔で笑う耀くん。
うそ……ともだちぃーーー!?

オレの中で高まっていた浮かれた気分は、これでもかというくらい耀くんによって地の底に叩き落とされた。

なんでよりにもよって耀くんが言うかな?オレは目の前が真っ暗になった。


──── 椎凪が耀の中で下宿人から友達に昇格した瞬間でありました。




その日の夜、ベッドに横になりながら一人呟く。
もうどうやって撮影をこなしたのかあんまり記憶がない。
別の意味で重い雰囲気なオレに慎二君は満足してたけど慎二君は撮影さえうまくいけば
オレのことなんてどうでもいいから。
祐輔もなにもかもわかった顔と態度でオレが撮影の間耀くんとずっと一緒だった。
また仲のよさをオレにアピールしてたんだ!
クソォーー薄情な奴等めっ!
オレをいじめてそんなに楽しいのかよーー!!

一体いつになったら恋人になれんだよ……。
オレを恋人として見れない理由ってなんだ?
好きな奴がいる?それはない。
オレを男として見てない?それもないな……。
やっぱり耀くんの心の問題か?
どうしたらオレと恋をしたいって思ってくれんだろ。

オレってそんな男として魅力ないのか?うーん……。
もう無理矢理抱いちゃおうかな……なんて鬼畜なことまで考える。
いや……そんなことしたら嫌われちゃうし……祐輔と慎二君にどんなお仕置きされるかわかったもんじゃない。
二度と耀くんに会えなくなるかもしれない。
んーー

その日オレは眠れない夜を過ごした。
     
──── 男として魅力ありすぎて、避けられているとは知らない椎凪でありました。





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