オレの愛を君にあげる…



43




「圭太!」

別荘から出て少しすると、突然後ろから声を掛けられた。

「姉ちゃん!?」
「なにやってんのよ、圭太? この人、誰?」

声を掛けてきたのは、圭太君のお姉さん?

「いいじゃん、ちょっとした知り合い。行こっ! 耀君」
「え? ようくん? なに、この子男の子なの? うそぉ〜〜!?」
「どうしたの? 朱里」

圭太君のお姉さんの後ろから、もうひとり女の子が現れた。

「この子、男の子なんだって! うそみたいじゃん?」
「え? マジで? うそでしょ? 可愛すぎじゃん。ねぇ、アンタホントに男なの?」
「う…ん…」
「ほら、もう帰ろうぜ。撮影終わってるかもしれないし」

圭太君が気を使って、オレを別荘に帰そうとする。
男の人よりは女の人のほうが大丈夫だけど、やっぱり初対面の人は苦手で困る。
それにここには椎凪も慎二さんもいないから、別荘に帰ったほうがいいよな……。

「撮影? ああ、別荘に来てる人なんだ? ねぇ、うちらに少し付き合わない? この辺案内してあげるよ。ね?」
「そうそう、友達にも紹介したいしさ。こんな男の子、なかなかいないもん」
「いや…でも…」

どうしよう……断っても、納得してくれなさそうだった。





「圭太?」

ふたりが出て行ってからそんなに時間が経ってなかったのに、圭太が戻って来た。
しかも、圭太ひとりでだ。

「圭太、耀くんはどうしたんだよ?」

オレはすぐ圭太に駆け寄って問い詰めた。
なんか嫌な予感がする。

「おれの……姉ちゃんが…」
「は?」
「おれの姉ちゃんに…そこで会って…耀君…連れてっちゃった…」
「なっ!」
「おれダメって言ったんだ……でも、聞いてくれなくて……耀君を無理矢理引っ張って、連れてっちゃって……」
「どこに行ったんだよ?」
「駅のほう……姉ちゃん最近ガラの悪いのと付き合ってるから……だから、おれ……行かせたくなかったのに……」
「………」

悔しがって、今にも泣き出しそうな圭太だった。
圭太も子供ながらに責任を感じてるらしい。

「大丈夫だよ。オレが耀くん連れ戻すから」
「………」

圭太の頭に手を乗せて、そう言ってやった。

圭太はそれでも不安な顔してたけど、コクンと頷いた。




「ね? 可愛いでしょ。男には見えないよね〜〜」

いつの間にか圭太君のお姉さんの友達という人達が集まって、10人近くになっていた。
ほとんどが男の人で、オレは余計動けなくなる。

──── 椎凪!

心の中で、何度も椎凪の名前を呼んでた。
携帯も置いてきちゃったし……どうしよう。

「マジ女でも通用するんじゃね? アンタ幾つだよ? 俺らと同じくらいか?」
「………」
「なに? 照れてんの。可愛いねぇ〜〜〜男でも、俺アンタならいいな〜なぁ? そう思うだろ」

傍にいる他の人達も頷いたり、ニヤリと笑ったりしてる。
さっきよりオレとの距離が確実に縮まってる……肩とか抱かれたりしたらどうしよう。

帰らなきゃ…そう…帰るって…言わなきゃ……。

「あ…あの…」

勇気を振り絞ってオレが言いかけたとき、後ろからかけられた別の声でかき消された。

「テメーらここでなにやってんだよ? 邪魔なんですけどぉ?」





「やっ…離して!」

腕を掴まれて、引き寄せられる。

「なんだよ、いいじゃねーか。他の女も連れてくからさ、俺達と楽しもうぜ」

圭太君のお姉さん達に絡んできたのは、前々から何度かモメゴトを起こしてるグループらしかった。
乱闘になって、圭太君のお姉さんの男友達はみんな殴られて、動けなくなってた。
そんな相手のグループのリーダーらしき男の人がオレを見て、面白そうに笑うとオレの腕を掴んだ。

どうしよう……オレ、このままこの人達にどこかに連れて行かれちゃうのかな?
圭太君のお姉さん達も怯えた顔で、他の男の人達に囲まれてた。

「おい! そいつらも連れて……」

ゴッ!!

そんな音がすぐ傍でして、オレの腕を掴んでた男の人がいきなりオレの後ろに飛んだ。

「え?」
「きゃあ!!」

そのまま地面に叩きつけられて、蹲ったまま起き上がってこない。
その場の空気が一瞬で変わる。

「!!」

すぐ傍で人の気配を感じて振り向くと、いつの間にか椎凪がオレの傍に立っていた。

「椎凪!?」

椎凪の伸ばした手が、オレを抱き寄せる。

「椎凪……どうして?」

オレの問いかけに椎凪は無言のまま、オレを強く強く抱きしめる。
オレのことを心配してくれてるんだと思うけど、椎凪から伝わってくる雰囲気はそんな感じじゃない。

凄く怒ってる……オレの声も聞こえてないみたいだ。

「オレの耀くんになにしようとしてたんだ? ああ?」

オレを抱きしめながら、顔だけ彼等に向けていつもより低い声で話す椎凪。

「はぁ? なんだテメェ。この人数にお前ひとりで勝てると思ってんのかよ? そいつらもやられちまったんだぞ」 
「そうそう、ここは大人しく、ソイツ置いてとっとと帰れよ」
「痛い思いしたくねぇだろ〜」

目の前の男の人が殴られて倒れてる圭太君のお姉さんの男友達を見渡して、自信ありげに言う。
他の男の人達も、ニヤニヤ笑いながら色々言い出した。
確かに相手は10人近く……それなのに、椎凪はひとりだ。

「くすっ…くっ…くっ………」

椎凪が呆れたように鼻で笑った。

「なに笑ってやがるっ!! ざけんじゃねーぞ!!」

椎凪のそんな態度に、彼等は殺気立つ。

「こんなガキ共と一緒にすんなよ。こいつらとは、こなしてきた修羅場の数が違うっつーの。年季が違うんだよ」
「椎…凪?」

心配で椎凪を見上げると、椎凪は笑顔で真っ直ぐ彼等を見ながら、でも片手はオレを抱きしめつつ
もう片方の手はオレの頭を撫でていた。

「しかも、乱闘は未だに現役だよ。お前等みたいな、お子ちゃま相手じゃなくね」

そう言うと、椎凪はオレを自分の後ろに下がらせた。

そうだよね……椎凪は刑事だもん。
いつも危険と隣り合わせで、犯人相手に色々危ない目にあってるはずだし。
しかも、祐輔と張り合えるほどの実力もあるんだもん。

「くすくす……ふふ……」

椎凪がずっと小さく笑ってる。
こんな椎凪は初めて見るかも……いつもの優しい椎凪じゃないみたい。

「耀くんはそこで待っててね。すぐに終わらせるから」
「え?」

オレのほうを振り向かずにそう言うと、椎凪は彼等のほうに歩き出した。

「椎凪……」

オレは胸の前でギュッと手を握って、椎凪の後姿をジッと見つめてた。




本当にあっという間の出来事だった。

椎凪は一気に相手を倒していった。
相手の攻撃を交わしながら、必ず相手に一撃入れる。
祐輔はほとんど足技を使うけど、椎凪は拳を使う。

そんな椎凪の手から……血が滴り落ちる。
自分の血じゃない。
殴り倒した…相手の血……それを振り払って、ニッコリと椎凪が笑う。

「クスクス……弱いなぁお前ら……汗もかかないや」

圭太君のお姉さんと男友達が、驚いた顔でその光景を見つめてる。
オレも初めて目にした光景で……黙って見つめているしかなかった。

「お前が耀くんの腕を掴んでたんだよな」

そう言って倒れている彼に近づくと、オレを掴んでいた腕を持ち上げた。
背中を足で押さえながら、無理矢理上に引っ張り上げる。

「がっ!!」

キシリと骨の軋む音がする。

「「「「!!」」」」

周りの誰もが驚いた。

「う……わあああああ!」
「よくもこんな薄汚い手で、耀くんに触りやがったな。こんな薄汚い手なんて、使えなくなればいいよ」
「やめっ!! いてぇーーー」

椎凪が無表情で、腕を掴んでる手と背中を踏んでる足に力を入れたのがわかった。
本当に椎凪は彼の腕を折る気なんだ。
オレはそれに気がづいて、慌てて声を掛けた。

「し、椎凪! やめて!! オレ、平気だからっ!! 椎凪っ! お願いっ!!」
「…………」

そんなオレの声に椎凪はピタリと力を入れるのをやめた。
でも、掴んだ腕も背中に乗せた足もそのままだ。

オレの声は聞えてるはずだと思うのに……ダメなのかな? 椎凪はやめてはくれないのかな?

「…………」

オレはいつの間にか息を止めてたみたい。
椎凪が動き出すまで、自分でも気づかなかった。

「はぁ〜〜」

椎凪が小さな溜息をついて、掴んでた腕を離す。
背中に乗せてた足を下すとスタスタと歩き出して、そしてそのままオレの横を通り過ぎて行った。

「椎凪?」

オレは椎凪の行動のワケがわからなくて、ただ目で椎凪を追うだけしかできない。

椎凪は地面に倒れてるままの圭太君のお姉さんの友達の前まで来ると、拳を振り上げた。

ゴッ!!

「え!? 椎凪っ!」

椎凪が倒れてる全員を殴りだした。
なんで?

「お前ら耀くんを危険な目にあわせたからな……許さねーよ」

静かな声だけど、でもその声の雰囲気で怒ってるのが伝わってくる。

「圭太の姉貴はどっちだ?」

椎凪が全員を殴り終わると急に振り返って、立っているふたりの女の子を見た。
そのうちのひとりの女の子の身体が、ビクッと動いた。

「え?」
「お前か……」

スタスタと、その子に近づいて行く。

「きゃっ!」

彼女の目の前に立つと、いきなりその子の胸倉を掴んで引っ張った。

「椎凪!」

オレは今まで以上に驚いた。

「な、なによ?」
「お前が耀くんを無理矢理誘ったんだってな」
「え?」
「オレはさ、お前の弟とのデートは大目に見てやったんだよ。ガキだし、そーそー危険なことはないだろうってさ。
それも仕方なくだったんだぞ。それをお前はさ、耀くんを無理矢理誘って連れまわて……
挙句の果てに、こんな危ない目にあわせたんだ」

椎凪の声が、どんどん冷たくなっていく。

「オレが来なかったら、耀くんがコイツ等になにされてたかわかんなかっただろ? お前等がどんな目にあったって
オレには関係ないけどさ……オレの耀くんになにかあったらお前ら全員……殺すよ?
オレ本気だから、女だろうが関係ない。もう二度と耀くんに近づくんじゃねーぞ。わかったな!!」

言い終わると、圭太君のお姉さんを思いっきり突き放した。

異様な雰囲気を撒き散らしてる椎凪。
こんな椎凪は初めてで、近づくのにちょっとドキドキしたけど、思いきって椎凪に向かって歩き出した。

「椎凪、なに脅してんの……もう、やめて」

椎凪の腕を掴んで言った。
オレの言うこと聞いてくれるかな?

「ごめんね。怖がらせちゃって……」

真っ青な顔で、カタカタ震えてる圭太君のお姉さん。
そりゃ怖がるよね? あんなふうに椎凪に問い詰められたらさ。
たしかに圭太君のお姉さんに連れられて来たけど、ハッキリと断れなかったオレにも責任はあると思うし。

「…………」

椎凪は黙って俯いてる。
でも次の瞬間、オレに振り向いた椎凪は……。

「さぁ耀くん、帰ろっ♪ 慎二君がケーキ用意して待ってるよ♪」
「え!?」

もの凄い笑顔だった! なんで!?

「椎…凪…?」

オレはまたワケがわからなくなってしまった。
さっきまであんなにも暗く重く、静かだけど怒り狂ってた椎凪はドコに??

「もー早く帰ろうよ」
「え? え?」

そう言ってオレをギュッと抱きしめる。

「もうオレの傍から離れちゃダメだよ。chu!」

耳元で囁かれて、耳にキスされた。

「んっ!!」
「じゃあね〜〜君達。もう二度と会うことはないと思うけど、元気でね〜〜。バイバーイ♪♪」

椎凪が明るく、ニッコリ笑顔で未だに倒れてる彼等に手を振って、サッサとその場から離れて行った。

「し、椎凪?」
「ん?」

椎凪はオレに名前を呼ばれて振り返ると、ニッコリと笑う。

そんな椎凪を見て、オレはさっきまでの心細さはなくなってた。

喧嘩した椎凪を初めて見たけど、椎凪が来てくれてなんだかホッとして……

オレは椎凪にしがみついたまま、別荘へと帰って行った。





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