オレの愛を君にあげる…



49




「痛い…」

朝からずっと椎凪が左の頬を擦りながら、舌で口の中を弄ってる。

「口の中まで切れた……痛い…」

まったく……ブツブツとホント煩い。
オレのせいだって言いたいのか?

「椎凪が悪いんだろっ! イヤらしいこと、しようとするからじゃん!」
「オレは一緒に、露天風呂に入ろうとしただけじゃん!! 恥ずかしがったの耀くんだもん!」
「普通、嫌がるだろっ!!」
「もうオレ達は普通じゃないの! 何度言ったらわかるんだか。あー痛い!」
「普通じゃないってなに? 変なこと言わないでよっ!!」
「恋人同士に決まってるでしょ? 鈍いなぁ〜相変わらず」
「だ・れ・と・だ・れ・が・恋人同士だって? ……椎凪?」

椎凪が返事もせずに、嫌味ったらしくまたモゴモゴと舌で口の中を弄ってる。
イジケモードか……まったく。

「見せてよっ!」
「いでででで……ようふん…いらい…」

ムカついて、思いっきり口の端に指を入れて引っ張ってやった。

「ちょっと赤くなってるだけじゃん! 大袈裟だな!」
「切れてんの! それに頬っぺたも痛い!」

オレから顔を逸らして不貞腐れてる。
たしかに頬が赤くなってる。
思いっきり引っ叩いちゃったからな。

「はぁ…」

思わず溜息をついちゃったよ。
しょうがないなぁ…放っとくと一日中こんな感じだろうし。
さすがにそれは鬱陶しいし、困る。
だから、手っ取り早く機嫌を回復させることにした。
多少犠牲を払うけど、仕方がない。

「痛いの痛いの、飛んでけ……ちゅっ」
「へ!?」

不意打ちで、痛いと訴える椎凪の左の頬にちょっとキツめに唇を押しつけて、キスをしてあげた。

「治った?」

心配そうな顔も一緒につけ足す。
多分これで機嫌も直る、はず。

「………うん…治っ…た…」

椎凪が上の空で返事をした。
ほら、思ったとおり。

「早く行こう! 色々見てまわるんだろ?」
「うん…」

椎凪が左の頬を手で押さえながら、未だに上の空で返事をした。
オレに思いっきり舌を絡ませるキスをするくせに、ただ頬にキスしただけでどうしてここまで
呆けてしまうのか、不思議でしょうがない。




「わぁ…色んな物がある」

観光名所近くのお土産屋さんに立ち寄った。
この辺一体が昔の建物で作られてて、なかなか古風で雰囲気がいい。
紅葉の季節ともあって、結構な観光客がいて賑わってる。
人混みが苦手なオレだけど、楽しめそうだ。
その中の一軒のお店に目が留まって、覘いて行くことにしたんだけど……。

「ねぇ椎凪、これ…」

振り向くと、椎凪がお店の入り口で知らない女の人ふたりと楽しそうに話をしてた。
誰?

「じゃあね」
「どうもありがとうございました」
「じゃあ」

挨拶を交わして嬉しそうに笑いながら、女の人ふたりが歩いて行った。
そんな光景を、お店の中から思わずジッと見つめてしまう。

「!」

椎凪がオレの視線に気づいた。

「モテるね、椎凪!」

言葉に棘が出た……なんでだろう?

「え? 道を聞かれただけだよ」
「ふーん」
「耀くん?」

椎凪だって観光客なのに、この辺のことがわかるのかと思った。
それからも、椎凪は色々な人に話しかけられてた。
行く先々のお店の人……観光の人。
外国人の観光客にも話しかけられてた。
もー、人懐っこい笑顔を振り撒くから。
オレはなんだか落ち着かなくて、胸の真ん中がモヤモヤしだした。
椎凪といると、ときどきこんなふうになる。
変なの……。


「どうしたの? 耀くん。疲れちゃった?」

そんなオレに気づいて、椎凪が声をかけてきた。

「別にっ!」

ソッポを向きながら、自然と強めな返事をした。

「ヤキモチ、妬いちゃった?」
「妬かないよっ! 妬くわけないだろっ! なに言ってんの? 椎凪は!」

ホント……なんでオレがヤキモチなんて妬かなくちゃいけないんだよ。
でも自分の気持ちがモヤモヤしてて変な感じで、もうお土産どころじゃなくなっちゃたじゃないか。
全部、椎凪のせいだ。



あれ? 耀くん怒っちゃったのかな?
やりすぎたかな?

オレはときどき、他の女の子に興味があるフリをする。
それは耀くんに、自分の気持ちに気づいてもらうためだ。
本当はオレのことが、好きだっていう気持ちに。

耀くんは気づかなくて認めないけど、しっかりとヤキモキを妬いてくれる。
まぁそれが、なんとも可愛くて、わかってないところが余計に可愛い。

だからオレが、どんなに耀くんのことが好きか教えてあげる。
たくさん抱きしめて、キスして『好き』と『愛してる』をたくさん囁いて、オレを拒みながら
それでもテレてホッとしてる耀くんの顔を見るのがオレはなによりも嬉しくて楽しい。
何度もそうやって、地道な努力を続けてる。

だけど、もうそろそろ耀くんとスキンシップを取らないとヤバイかな? なんて思い始めた。
いつもより早足で、耀くんがオレの前を歩き始めたから。



「!」

歩くのを早めようとしたとき、誰かにズボンを引っ張られた。

「は?」

見下ろすと、4・5歳の女の子がオレの足にしがみついていた。

「なに? なんなの?」

その一瞬の隙に、耀くんが人混みに紛れた。
ヤベッ! 見失う。

「ちょっと、お譲ちゃん」

しがみついてるお子ちゃまを振り払うわけにもいかず、抱き上げたときには耀くんを見失ってた。

「マジかよ……」

刑事のプライドが、ガラガラと崩れ落ちた。
しかも、よりにもよって耀くんを見失うなんて……一生の不覚!

「お前のせいだぞ」

抱き上げたガキンチョを、チョットだけ睨んで溜息をついた。
とりあえず耀くんは、オレがいないのに気づけばその場で待っててくれるだろう。
もしかしてオレを探しに戻って来るかもしれないから、一応携帯に連絡入れとくことにした。

「あれ? 出ない? なんで? 気づかないのか? まさか、怒っててワザと出ないとか? 嘘だろ?」

暫くコールしたけど出る気配がないから、諦めてさし当たってやらなければならないことをすることにした。

「迷子かよ。ったく、親はドコだよ? クソッ!」

辺りを見回したけど、それらしき親はいない。
交番なんか絶対行かねーぞ! そんな時間が勿体ない。
今すぐにでも、耀くんを追い駆けなきゃなんねーのに。

それにしても、このガキ随分大人しいな。
泣くわけでもなく、親を探すわけでもなく。
じっとオレを見上げてる。

「は?」

しかも、オレに向かってニッコリと笑いやがった。
なんなんだ? コイツは?

「んーーー」
「げっ! ちょっと、なんだ?」

最近のガキはわかんねーっ!!
いきなりオレにキスを迫ってきたぞ?
なんなんだ? このエロガキはっ!?

「ちょっ… 落ち着け。その歳で、そんな積極的な女になるもんじゃないぞ。オレの相手をするには20年早い。
ってか、20年後でも相手にしないけど! って、オレなに言ってんだか?」

とにかく早くコイツをなんとかしなきゃ。
気ばっかり焦って、なにも先に進んでねー。
こうなったら、このガキ連れて耀くんを追いかけるのを優先するか。
そんなことを考えてたら、遠くで名前を叫んでる声がした。

「智恵理!」
「ママ!」
「ママ?」

声のほうを見れば、今どきの若い女がこっちに向かって小走りでやって来る。
やった、よかった……親がいたよ。

「あんたが親? はい! 自分の子供はしっかり見ててよね」
「すいません。ちょっと目を離した隙に……」

母親は20代後半の若い女だった。
どんな躾をしてるんだか聞いてやりたかったが、そんな時間も惜しくてサッサとガキを渡そうとした。

「ん!?」

そのままオレの身体がガキと一緒に引っ張られる?

「いやぁ!!」

今まで泣きもしなかったガキが、急にぐずりだした。
しかも、オレの上着を掴んだまま。

「こらっ! 離しなさい!! 智恵理!」
「………」

母親が怒りながらガキを引っ張ったが、ドコにそんな力があるのかオレの服をギュッと掴んだまま離さない。

「やぁ!!」
「智恵理!!」
「………」

さっきから何度もそんなやり取りが続く。
オレは母親が引っ張る度に、身体がグラグラと揺れた。
いい加減にしてくれ……。

「ああ、ちょっと…」

ウンザリ気味にふたりを止めた。

「ごめんなさい。この子、カッコいい男人見つけると離さなくて……」

バツの悪そうな態度で、母親が手を引っ込めた。

「そりゃどうも」

一応オレはいい男と見なされてるらしいから、お礼だけ言っといた。

「お譲ちゃん…」

オレはしがみついてるガキンチョの、小さな顎を指で持ち上げて見つめ合った。

「悪いけど、オレ急いでんだ。だからこの手、離してくれる? お願い」

とびきりの爽やか笑顔でお願いした。
もちろん表向きの作り笑顔だ。

「………」

見つめられたガキンチョの顔が、ホワンと赤くなった。
(推定)4歳のガキにも通じたらしい。
よかった。
やっとオレの服から手を離したから、そのまま母親に渡した。
母親もホワンとした顔して、オレを見つめたまま子供を受け取った。

「もう迷子になるなよ」

そう言ってその場から立ち去ろうとしたとき、今度は腕を掴まれた。

「は?」

今度はなんだ?

「あのぉ〜、記念に一緒に写メ撮って貰えませんか?」
「は?」



「椎凪?」

足早に歩いて振り向いたら、うしろに椎凪がいなかった。
人がたくさんいて、逸れちゃったんだ。
でも、椎凪ならすぐ来るよ……ね?

なのに、5分待っても椎凪はオレのところには来なかった。
どうしたんだろ? あ! 携帯……って…ない!? え? なんで?
ポケットのドコにも携帯はなかった。
あっ!そうだ、電池の残りが少ないからって朝充電してそのまま置いてきちゃったんだ……どうしよう。

椎凪が来る気配がなくて、携帯もなくて連絡も取れなくて……知らない場所で、こんなに人がたくさんいて……
急に不安になった。
どうしよう、椎凪を探しに行こうか。
来た道を引き返せば、椎凪と会えるかも。
オレは周りをキョロキョロと見ながら、もと来た道を引き返した。

「どこで曲がったんだっけ?」

なんだかムッとしてて、あんまり考えずに歩いてたから道がよくわからない。
やっぱり椎凪が来るまで、あんまり動かないほうがいいのかな?

不安で心臓がドキドキしてる。
椎凪が一緒だとなにも不安なんてないのに、一人になった途端こんなになるなんて……どうしてだろ?

「椎凪……どこ……?」

しばらく歩くと、さっき寄ったお店が見えた。

「あ…あそこ、見覚えある……え? 椎凪?」

後ろ姿だけど、椎凪だ!
よかった、やっと会え……近づいたら椎凪か誰かと話してた。
また知らない女の人……しかも、その人の子供まで椎凪が抱っこしてる……なんで?



「悪いけど急いでるから!」

思いのほか笑顔が効きすぎたみたいで、余計な手間が増えた。
耀くんに追いつくか?
振り返って歩き出すと、すぐ近くに耀くんが立ってた。

「耀くん!」
「…………」
「よかった。逸れたのかと思ったよ」
「逸れたよ」
「耀くん?」

なんだ? 耀くんの様子がなにか変だ。
俯き加減で、オレと視線を合わせようとしない。

「逸れて……不安で椎凪のこと捜してたのに……椎凪はオレなんかより、女の人と話してるほうがよかったんだろ?」
「はあ? なに言ってるの? 耀くん?」
「もういいっ!!」

そのまま耀くんは俯いて、キュッと口を引き締めて喋らなくなった。

「耀くん誤解だって。今のは迷子の子供の母親で、オレが迷子の子供連れてたから…それで…」
「あんなにニッコリ微笑んで?」
「え?」

ちょっと…どっから見られてたんだ?
って、耀くんに聞ける状況じゃねーし……。

「…………」

まいったな……今の耀くんはオレがなにを言っても聞いてくれそうになかった。





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