オレの愛を君にあげる…



58




「あ! 耀くん」

椎凪の呼ぶ声がした。
お互い仕事と大学の帰り道。
いつものように待ち合わせをして、一緒に帰る。

「椎凪…」

最近椎凪を見ると、ちょっとドッキとするんだ。

「ごめんね。待った?」
「ううん」
「ん?」
「あ! か…髪、伸びたね」
「え? ああ!」

椎凪が少し伸びた髪をかき上げて、クスリと笑う。

「慎二君がね、もう少し伸ばしてって言うからまだ切れないね。さすがに署では目立つから縛ろうかな」

椎凪は今、髪の毛を伸ばしている。
慎二さんに『TAKERU』のモデルの仕事を頼まれているからだ。
もう大分伸びて、肩まである。
だからいつもの椎凪と感じが違うんだよな。

さっきから通行人が……特に女の人が椎凪を見て振り返っていく。
そーだよな……椎凪は背が高いから目立つし、顔もカッコいいもんな。
本人は全然 そんなの気にしてない様子なんだけど数人の女の子の集団がオレの近くにいて、会話が聞こえてくる。

『ねえ、あの子彼女かな?』
『そうじゃない』

「耀くん、どこ行く?」
「あ…えっと…」

『“くん”だってっ! あの子、男の子なんだっ! それもビックリ!!』
『じゃあ、恋人じゃないってことだよね? 男の子が相手ってこと、ナイでしょ?』

聞きたくなくても、耳に入ってきた。
椎凪には聞こえてないみたいだけど。

「ん? どうしたの? 耀くん」
「………今日はやめる……オレ、気分が悪くなちゃった…」
 「えっ? ホント?」

心配そうに椎凪が聞き返す。

「オレ帰る。椎凪、悪いけど本屋に本が届いてるはずだから、引取りに行ってくれる?」
「うん……いいけど、ひとりで大丈…」
「平気っ!!」
「!!」

椎凪の言葉の途中で叫んだ。

「あ…ごめん。頼むね、オレは平気だから」
「…………」

椎凪が不思議そうな顔でオレを見送っているのがわかる。
オレはそんな椎凪を振り返らずに、ひとりで家に帰った。


本屋から直行で家に帰った。
耀くんの様子がおかしかったから心配だった。

「ただいま、耀くん。本、取ってきたよ。 大丈夫?」

耀くんは珍しく自分の部屋にいた。
しかもベッドに横になっている。
声をかけたのに、オレのほうを向いてもくれない。

「ありがとう……そこに置いといて…」
 「辛いの?」

一歩耀くんの部屋に踏み込んだ。

「来ないでっ!!」
「!?」

そのまま、凍りついた。
な…に?

「入って来ないで……ひとりにさせて…」

オレに背を向けたまま言われて、オレはその場に立ち尽くす。

「…耀…くん?」

心臓がバクバク言ってる。
なんで? ホントにどうしたの?

いてもたってもいられず、耀くん目がけてベッドにジャンプした。

「耀くんっ!」
「うわっ!! ちょっと!?」

ボフン! と見事に耀くんの上にダイブした。
耀くんがビックリして、オレのほうに振り返る。

「なに怒ってるの? オレ、なにかした?」

心配で不安で聞いた。
こんなこと、付き合い始めて初めてだったから。

「!?」

泣いてる?
覗き込んだ耀くんの頬が濡れてる。
それに微かだけど、ハナをすする音が聞こえる。
耀くん……泣いてた…の?

「耀くん……なんで?」
「!」

泣いてたことにオレが気づいたのを知ると、耀くんが慌ててオレから顔を背けた。

「なんで泣いてるの? 本当にオレ、なにかした?」

焦る!
心臓がさらにバクバク言い出して破裂しそうだ。

「ち…がう…椎凪の…せいじゃない…」

泣きながら、搾り出すように話す耀くん。
ホント、どうしたの?

「オレが…悪い…オレが…しっかりしてないから…」
「え? どういうこと? 耀くん?」
「うー!!」
「!!」

起き上がって、涙を必死に堪える耀くんがオレに詰め寄り言った。

「やっぱり椎凪は、普通の……ちゃんとした女の子と付き合った方がいいよっ!!」
「えっ?」
「オレみたいな男なんかより……普通の人と付き合ったほうがいいんだ!!」
「え…? な…んで…? なんで急に…そんなこと言う…の?」

え? なにこれ?

「オレのこと……嫌いになったの?」

うそだ。

「ちがう…」

耀くん……

「他に…好きな人が…できた…の?」

なに?

「ちがう!」

なに言ってるの?
オレと別れたいってこと?
だめだ……そんなこと、怖くて…聞けない。

「やだよ…オレ…耀くんじゃなきゃ…やだ…他の人なんて…考えられない…」

オレから離れるの? 耀くん……。
オレを……ひとりにするの?
そんなことしたらオレ……生きていけない。

「だって……椎凪、髪の毛伸ばしたらすごくカッコよくなっちゃて……周りの女の人がみんな椎凪のこと見てたし……
オレが男ってわかったら、絶対恋人のはずないって……ホッとされた…」

はい!?

「だから……本当の女の人と付き合ったほうがいいんだ……」

え? 耀くん、もしかして周りに女の子に……ヤキモチ妬いた…の?

「…………」
「ううーー」

ふてくされた顔して、横を向いてる耀くん。
その顔もまた可愛いけど、耀くんは自分でもわかってないみたい。
なんだ……焦った……寿命が縮んだよ。

「!?」

突然、椎凪がオレの顎を持ち上げて自分の正面に向かせた。

「やだっ! しないっ!!」

なにをしようとしてるかわかって、ワザと顔を背けてイジケてた。

「なんで?」

そんなオレを見て、椎凪が笑いながらオレに聞く。

「今はやだっ! それに、本当に気分が悪いんだ」

それは本当だった。

「オレとキスするの、イヤ? 耀くん?」
「だから……今はイヤだって言ってるだろ…」
「オレとキスするの、イヤ?」

もう一回聞いてきた椎凪に、オレは仕方なく軽いキスをした。
椎凪は優しく笑ってた。

「どこが気分悪いの?」
「ここ……ムカムカする」

そう言って、胸の真ん中辺を手で指した。

「オレ、治し方知ってるよ」

椎凪がオレの顔を両手で挟んで、強引にオレにキスをしてきた。

「んーーんあっ……ふぅっ……んん……」

もー椎凪、なんでこんな思いっきり舌を絡ませるキスをするの。
感じやすいオレは椎凪の深くて長いキスに息が弾んで、力が抜けちゃう。

「あ…椎凪…んっ…」

恥ずかしい声まで漏れるし。

「治ったでしょ?」

長い間キスをしてた椎凪が手を離さずに、ニッコリ笑う。

 「……うん…」

なんだか癪に障って、ワザと不貞腐れた返事をした。

「もー耀くん、オレ死んじゃうところだった」

オレを抱きしめながら頬ずりして、椎凪が泣きそうに話す。

「だって……本当に、ものすごく気分が悪くなったんだ」
「耀くんはオレを、たった一言で殺すことができるんだよ」

まじめな顔で、椎凪がオレに話しかける。




「え? なにそれ?」

やっと耀くんが、オレに感心を持ってくれた。

「別れよう……って言われたら、オレは死ぬしかないんだ」

椎凪がうっすら涙を浮かべて、オレを見つめて喋らなくなった。
そんな椎凪をじっと見つめ返して、オレは言った。

「そんなこと、オレが言うわけないじゃんっ!! もーなに言ってんの? 椎凪!!」

そう言って、椎凪の顔を両手で挟んでオレに向かせる。
それから今までの自分のことを棚に上げて、椎凪にメッって顔をした。

「うん……そーだよね…」

そう言った椎凪は嬉しそうに笑って、そして小さな声で「よかった…」って呟いてた。


次の日、椎凪との待ち合わせ場所をメールを見て驚いた。
だってそこは今流行りのカフェ・レストランで、女性に人気のお店だったからだ。
一体どういうつもりなんだろう。
時間どおりにそこに行くと、思ったとおりお店の中は女の人だらけ。
椎凪はもう来てて、お店の中央の席にしっかり座っていた。
男の人なんて椎凪だけ。
しかも、目立ってるよーーっ!! なんでー?
周りの女の人達も、椎凪のことを見てる。
オレ……行けないよー。
っていうか、行く勇気がないよーっ。
でも……椎凪、鋭いから……

「耀くん!」

案の定、椎凪がオレに気がづいて店中に響き渡る声でオレを呼んだ。

「なっ!!」

うっ! なんでそんな大きな声で!?
みんなオレに注目じゃん。
ハズかしー。
椎凪のところに向かう間も、周りの声が聞こえる。

『恋人?』
『えっ? だって男の子でしょ?』
『えーっ! うそ! そういう趣味?』
『男の子だから友達でしょ?』

ほら……また胸の辺りがムカムカしてきた。
気分が悪い。
椎凪は何事もないかのように、ニコニコしている。

「昨日はデートが潰れちゃったから、今日はどこに行く? 耀くん 」
「えっ!?」

お店中が一瞬ざわめく。
なんで? なんでそんな大きな声で?

「…………」

どうしていいかわからず、その場に立ち続けるオレの耳にまた聞こえる。

『ちょっと、男とデキてんの?』
『なんか、ショックで残念なんですけどー』

椎凪にも聞こえてるはず。
ガタッ!っと、椎凪がいきなり席を立ったかと思うとオレに近づいて皆が見てる目の前で、オレにそっとキスをした。

「し……椎…凪!?」

オレはなにがなんだかわからず、椎凪を見つめて立ち尽くしていた。
店中が静まり返ってる。
BGMの音しか聞えない。

「とりあえず、その辺を歩こうか」

椎凪がオレの手を引いて、サッサと歩き出す。
お店にいる人なんて、全然おかまいなしだ。
逆に周りの人たちのほうが、出口に向かうオレ達をずっと目で追っている。

手を引かれながら、いつも思う。
そう……いつもそうだ。
椎凪はいつでもどこでも誰の前でも、オレのことを『耀くん』って呼んでくれる。
男のオレと付き合ってるって、誰の前でも言ってくれる。
オレのこと好きって。
いつでも言ってくれるんだ。

椎凪が歩きながら、オレに笑いかける。

「ありがとう。昨日は……ゴメンネ、椎凪。オレ…」
「いいんだよ、耀くん。オレのこと、好きってことだもん」

そう言って、オレを抱き寄せてくれた。

「オレが好きなのは、耀くんだけだから。オレ、耀くんの愛しかいらないから。他の人なんて求めないから、安心して」

言い終わると、また公衆の面前でオレにキスをする。

「オレ、耀くんのためならなんだってするよ」
「……椎凪」

満面の笑顔で言ってくれたけど……こんな公衆の真っ只中でのキスは、まだ慣れてないってばっ!
だから嬉しい気持ちとは裏腹に、椎凪の腕を掴んでその場から駆け出した。





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