オレの愛を君にあげる…



閑話・右京の暇つぶし 01




☆ 右京が祐輔や椎凪と知り合う前のお話 ☆



3歳のとき、初めて本物の猫を見た。
今まで本とテレビでしか見たことがなかった。

なぜか僕の屋敷には、生き物が一匹もいない。

だから偶然迷い込んで来た黒い猫を、ジッと見つめた。
猫もその場から動かなかった。
そして、僕をジッと見つめてる。

どんどん猫を見つめる僕の瞳に力が篭る。
意識してるわけじゃない。
自然に集中力が高まっていくんだ。

──── まるで相手の瞳から全てを見透かせると思うほどに。


「右京様!!いけませんっ!!」

「!!」

名前を叫ばれて、ハッと我に返る。
声がしたほうを振り向けば、執事の佐久間が慌てて僕の肩を掴んで身体を自分に向けた。

「そんなふうに相手をジッと見つめてはいけません。右京様はまだ、ご自分の力を使いこなせておりませんので」

「佐久間?」

そう言うと、佐久間は僕を促してその場から離れた。
離れ際、メイドのひとりに何か言っていた。
声を掛けられたメイドは猫が居た場所に歩いていく。
なぜかさっきまで僕を見ていた黒猫は、地面の上に寝転んでいた。
メイドが抱き上げると、その身体はぐったりと力無く垂れた。

どうして猫がそうなったのか……そのあと、その猫がどうなったのか ──── 僕は知らない。



僕が4歳の時、母が亡くなった。
美しく、優しい母だった。
病気でも、身体が弱かったわけではなかったのに、眠るように静かに亡くなったのを子供ながら覚えている。

そのときから僕は、誰にも甘えることをしなかった。
甘えることが、できなかったと言ったほうがいいのか……。

父はもともと子供を可愛がるということを好まない人だった。

蔑まれていたわけではないけれど、僕の世話は執事の佐久間と使用人達だった。
食事も時々だったけれど父と一緒にした。
ただ、それだけだ。

父には威厳があった。
当主として尊敬はしていたけれど、この人が自分の父親とはあまり理解していなかったかもしれない。
そんな父も、僕が10歳の時に亡くなった。

その日から、…………僕が草g家・55代目の当主となった。



「……様……右京様」

佐久間の声で目が覚めた。
なんだ、せっかく気持ちよく眠っていたのに……。

「なんだい?もう少し眠らせておくれよ」

そう言って、大きめなひとり座り用のソファの上で目瞑って寝返りをうった。
まだ起きる気なんてさらさらない。

「右京様、お約束していた田辺様がお見えになりました。起きて下さい」
「…………田辺?」

まだ醒めきってない頭で考える。
ああ、そういえば、今日会う約束をしていたんだっけ。
仕方がない……僕は昼寝には最適だった窓際のソファからゆっくりと立ち上がった。



「やあ、右京君」
「いらっしゃい」

応接間に入れば、ソファに座る男が軽く手を上げた。

「何度来ても驚かされるよ……本当に広い屋敷だね」
「そうかい?」

僕の家はずっと古くから続く名家だ。
政界・財界に大きな影響力をもつ一族で、その財力は相当なものだ。
本家の僕のところを中心に、分家が数多く点在し、それぞれあらゆる分野に人材を輩出し
草gの流れを組んでいる。

僕の父も、この草g家の当主だった。
本家の長男が代々当主として後を継ぐ決まりで、僕で55代目だ。

そんな生い立ちだから、僕の住んでいるところは確かに他の一般家庭から見たら大きいのかもしれない。
だから彼が感心するのも頷けなくもないが、僕は生まれたときからこれが当たり前だったから羨ましがられても
よくわからないんだが。
彼が言うのならそうなのだろう。

彼は同じ大学に通う田辺 義之。
なんでも今日は僕になにか話があるとか……別に大学でもいいだろうに、わざわざここまで会いに来るなんて。

「僕に話ってなんだい?」

自分から話を切り出した。

「急で申し訳ないんだけど……明日の夜、空いてるかい?」
「明日の夜?なぜ?」
「実は僕の知り合いでヴァイオリンやってる奴がいるんだけど、そいつが所属してるオケがコンサートやるんだ。
で、チケットまでもらってね」

そう言って、2枚のチケットを僕に見せた。

「別に予定はないよ。そうだね、たまにはいいかもね、外に出るのも」
「そうかい?じゃあ僕が迎えに来るから一緒に行こう。タクシーだけどいいかな?ここの車じゃちょっと目立つし」

僕は自分の家の車でもかまわなかったけれど、彼には都合が悪そうだったので承諾した。
確かに黒塗りの高級車は目立つといえば目立つだろう。

「別にかまわないよ。タクシーか……初めて乗るよ。なんだかドキドキするな」

僕は彼にニッコリと笑った。

「え?タ、タクシーに初めて乗るのかい?」
「ああ、いつも自分の家の車だからね、どこに行くのも。それが何か?」

僕のそんな言葉に、思いのほか彼に驚かれたみたいだ。
ナゼかはわらないが。

「いや……じゃあ、明日5時半に迎えに来るから」
「ああ、わかったよ」

玄関先で彼は僕に手を振って屋敷を後にした。


大学以外で家柄みではない催しモノに出掛けるなんて、本当に久しぶりだった。
もともと外の世界には興味はない、つまらないことばかりだし。
なのになんで彼の誘いに応じたのかというと、さすがにそんな退屈な生活に飽き飽きしていたのかもしれない。



「これがタクシーというモノかい。まるで小さな箱のようだな」
「………」

家の前に停まった彼が乗ってきたタクシーに乗り込みながら、そんな感想を呟く。
そんな僕の呟きに、運転手が怪訝な顔を僕に向けた。
ナゼだ?

「こ、こういうモノなんだよ……」

彼が慌てたように説明を付け足した。



車が走り出してどのくらいたっただろうか?僕の目には郊外に向かっているように思えた。

「まだ着かないのかい?それになんだか淋しいところに向かっているように見えるが?」

黙って座る彼に声を掛けた。
さっきから彼は、俯いて黙ったままだ。

「……右京君は、ひとりで出歩いても平気なのかい?」
「?」

僕の質問に答えずに、彼が俯いたままそんなことを言い出した。

「いや、普段はこんなことはないよ。必ず誰かがついてくる……と言っても、余り外出はしないからね。
僕の屋敷で済むことなら外に行くこともないし……」
「やっぱり……お金持ちは違うよな……生まれた時からお金と権力があって……何でもお金で済んじまう。
君はお金に苦労なんかしたことないんだろう?」
「田辺くん?」

彼は何を言ってる?

「だから……悪いなんて思わないぜ、右京君。くっくっ……お坊ちゃまは取り巻きに守られて、
大人しくしてればよかったんだよ」

どことなく冷めた視線を僕に向けて、彼はそう呟いた。






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