オレの愛を君にあげる…



閑話・右京の暇つぶし 03




☆ 右京が祐輔や椎凪と知り合う前のお話 ☆



「う、動かない……なん…で…?」

さっきから同じ体勢でプルプルと身体を震えさせながら彼女が困惑気味に呟く。

「さっき君は言ったよね、僕が睨めばどんな相手でもいうことを聞くって。それは、僕に権力があるからじゃないんだよ」

僕は一旦ここで言葉を切って、彼女を見つめる。
そして今、この場とは不釣り合いなほどの静かな声を出す。

「僕の瞳に力があるからさ。聞いてなかったかい?君の後ろにいる草g家の繋がりの者に?」

「な……」
「ここ、筺部(はこべ)家関連の店だろう?確か何年か前にこのレストランの経営に失敗した。全国に広げ過ぎて。
僕を監禁する場所にここを選ぶなんて……だから経営にも失敗するのか?」

筺部家は僕の父方の親戚筋だ。
多方面の事業に手を出して、ことごとく失敗していると僕の耳に入ってきている。
分家の中でも血縁関係は遠くはないが、僕を……本家を敵にまわしても勝てると思えるほど力はないはず。
余程資金に困っているのか?そう言えば、大分前に僕に会いに来たらしいが、自分の無能が蒔いた種だ。
だから僕は会わずに追い返した。
その恨みか?

未だに僕のことを “若造なんぞに草g家の当主が務まるものか” と内心納得していない輩がいるのは知っている。
けれど、僕に面と向かってそんな苦言を言う輩は今のところいないが。
もしいてとしても、この草g家当主としての証でもある “当主のみが引き継ぐ力” で黙らせるけれど。
そんな者達の誰かにでもそそのかされたんだろうか。

「残念だったね、筺部家じゃ君達を守りきれない」
「イスに縛られたまま大きな口叩くんじゃないわよ!あんた達何やってんのよ!なんとかしなさいよっ!」

振り下ろしたままの格好で動けない彼女が叫んだ。
その声に反応して、一緒に来た3人の男が僕の方に向かって来る。

「目を見ちゃダメよっ!!」

彼女が自分の経験を生かして、3人にアドバイスした……無駄なのに。

「行け」

そう呟くと、僕の足元の影から一瞬のうちに黒い塊が床を這って彼らの足元まで滑るように進むと、
胸の辺りまでせり上がりそのまま彼らの身体をすり抜けて後ろに抜けた。

「!!」

彼らには、すり抜けた衝撃もないはず。
その証拠に “ソレ” がすり抜けても彼等は普通に立っていたからだ。
でも、その塊がすり抜けた瞬間、3人が同じように膝から崩れ落ちて、勢いよくうつ伏せに床に倒れた。

「なに!?今のなによっ!!あんた、今なにしたのよっ!!」

動けない姿勢のまま、その様子を目撃した彼女が僕に向かって叫んだ。
ゆっくりと黒い影は床を這って、僕の元に返って来る。
その直後、縄の切れる音がして僕は汚くて埃まみれのイスから立ち上がった。

「………」

彼女が驚いた顔をして僕を……化け物でも見るような目つきでじっと見続けてる。

「もっと丈夫な物で縛らなくてはね、まあ鎖でも同じことだけど」

そう言って切れた縄を手に乗せて、彼女に見せた。

「な…なんなの……それ……」

僕の後ろを怯えた眼差しで見詰めながら、震える声で聞いてきた。
霞むように、黒い靄のようなものがユラユラと僕の後ろで佇んでいる。
人の形のようで人ではない。
人型になれと命じればそれも可能だが、今は必要ないだろう。

「これは僕の “念” が作り出したモノだよ。僕は 『影』 って呼んでいるけどね」
「か、影?」
「小さいころからこの瞳の力……『邪眼』 と言うんだが、それが僕は強くてね。コントロール出来なくて、
つい視線が合うと相手をジッとを見つめてしまうクセがあって、よく執事の佐久間に注意された。
屋敷には僕と使用人以外の生き物がいないんだ、動物も飼ったことがない。なぜだかわかるかい?」

僕は静かに彼女を見つめる。

「無意識に僕が見つめて、殺してしまうからさ」
「………」

ヒュウと息を呑み込む音がして、彼女の顔が更に青ざめた。

「僕の家系は瞳にそういう力が備わってる。代々当主となる男子に受け継がれるそうなんだが、
僕は今までの当主の中でも特にその力が強いらしい。でもその力に振り回されては当主は務まらないからね、
だからひとりでずっとその力を使いこなせるように練習したんだ、ずっとひとりでね。
そんな時、一点を見つめてたら黒い塊が見えて、更に瞳を集中してどんどんその黒い塊を大きくしていったんだ。
 『大きくなって動け』 と、念を込めて命令した。
それからその塊が僕の背の高さまで大きくなったら早かったよ、そして最終的にはご覧の通りだ」

僕は腕を組んで、ニッコリと彼女に笑って見せた。

「便利だよ、普段は僕が命じなければ出てこない。僕の命令には絶対服従だし、ひとりでも動くし相手に攻撃も可能だ。
こんな縄を切るのもね、離れていても命令は届くし逆らうこともしないし、身体も自由に変えられる。それに何より、
僕が睨んだのと同じ効果を相手に与えることが出来る。彼等は僕に睨まれたと同じ状態になって倒れたんだ。
1ヶ月程動けないよ、そのくらい念を込めたからね。僕を縛りつけた者だ、当然の報いだろう。
本当は命までとも思ったけど、佐久間が……執事が煩いから止めておこう」

この時だけ、佐久間の顔が脳裏に浮かんで少し顔が引き攣ってしまった。
僕もまだまだか……。

「ば……化け物……あんた……本当に…人間…なの?こんなのおかしい……おかしいわよ!」

恐怖に慄いた眼差しで僕に問いかける。
だから僕は答えてあげた。

「両親はちゃんとした人間だったよ」

そう……母は綺麗で繊細で物静かな人だった。
父も当主として一族の長(おさ)たる威厳を余すことなく発揮し、ひとりの人間としても尊敬していた。

「ただ……」

僕はゆっくりと微笑んだ。

「僕の中に流れてる血は……人のものかどうか、わからないけれどね」

そのことを思う時、僕の瞳は一層妖しく禍々しいものになる。

自分でも思っている、僕は一体何者なんだろうと。
でも、そう考えてたのも昔のことだ。
そんなことを考えても答えは出ないし、ちゃんと僕は父と母の間に生まれたきたのだから。
それに、医学的に僕は普通の人間と同じと証明されている。
僕が何者かなんて、今はなんの意味もない。

「ヒッ!」

彼女が短い悲鳴を上げた。
静かにゆっくりと、彼女が握ってる拳銃が上がって行く。
上がりながら手首が曲がって、銃口が彼女のこめかみに向いた。

「や……やめて」

僕はずっと彼女の瞳から視線を逸らさなかった。
だから彼女は、もう逃げることはできない。

「念じたんだ、 “僕にこんなことをした責任を取れ” とね。君の責任の取り方はそういうことなんだね。
それだけは褒めてあげよう。大丈夫、ちゃんと筺部にも責任は取らせよう」
「い、いや……」

彼女の指先に力が篭る。
指が震えて、今にも引き金を引きそうだった。

「見たところ君は筺部の愛人かなにかかい?全く……筺部の奴、恥を知るがいい。
同じ草gの流れを組んでいると思うだけでも情けなくなる。ああ、そうか!確か彼は婿養子だったな、
それでか?草g家の誇りも、志も持っていないのは」

独り言のように呟くと、恐怖に慄く彼女をもう一度見つめた。

「…………」

彼女はなにも言えず、ただ小刻みに震えてるだけ。
そんな彼女を見ながらも、僕の瞳に妖しい光が灯るのは止まらない。

「ぁ……いや……やめ……」

僕が本気だとわかった彼女が、拳銃の銃口を自分のこめかみに合わせたまま懇願するように首を振る。
僕はそんな彼女をジッと見つめながら、最後の言葉を紡ぎだす。

「──── 死んで償え」

僕が呟くと、ガチャリと音がして引き金が引かれた。




「まあ女性なら、気を失っても仕方ないか」

関心のない声で、気を失って床に倒れた彼女を見て呟いた。
引き金を引いても弾は出なかった。
その理由はなんでなのか、僕にはわかりきっている。

僕が “念じる” ということはそういうことだ。

「田辺」
「………」

僕に呼びつけにされた田辺がビクリとなって、更に動けなくなった。
今までの一部始終を目の当たりにして、動けなかったのか。

「もう少し楽しめると思ったんだが……残念だね」

自分で言いながら、本当にそんなことを思っているのか疑わしい声だった。

「は?」
「君のことは調べさせてもらったよ。あまりよい素行ではなかったね。お金に不自由しているのはわかっていた。
賭け事かい?まあそれも自分の責任なんだがね」
「僕のこと……調べたのか?」
「当然だろう?僕に近付く者は必ず同じことをされるよ。それに僕にとっては簡単なことだ。だから僕に近付いて
なにをするのか楽しみにしていたんだ。彼女達のことも調べはしたが、僕はその報告は見ずにあえて放っておいた。
そのほうが面白いだろ?今日だってわざわざ護衛の者もつけずに無防備なところを作ってあげたのに、あまり楽しめなかった」
「ワザと僕の誘いに乗ったっていうのか?気がついていたのか?」
「ああ、そうだよ。最近ちょっと退屈をしていてね、だから君のすることに乗ってあげようと思っていた。
わかっていたから身代金を要求されても払うなと言っておいたんだ。でも駄目だ、ここは僕には合わない。
彼女達も僕のカンに障ることばかりだ。もう少し環境のよいところなら僕も大人しく誘拐されていたんだが、
ここは品がなさ過ぎだ。それにつまらない、残念だけどね」

言い終わると、クスッと鼻で笑った。

「………」

田辺は唖然とした顔をしている。
僕がただ単に、お金持ちのボンボンとでも思っていたのか?
確かに彼の前では普通に過ごしていたとは思うけれど、本質的な僕の雰囲気を読めないらしい。

「田辺……君には多少楽しませてもらったから、特別に軽い罰にしてあげよう」

優しく微笑みながら、僕は田辺の正面に立った。
確実に田辺の視線を捕える。

「や、やめろ!来るな!」

逃げたいのに逃げられない。
恐怖で足が竦み、さっきの彼女のようにその場で思いっきり首を左右に振り続けている。
お互いに視線は合ったままだ。
一度僕と視線を合わせたならば、そう簡単には外すことはできない。
僕が自ら視線を外せば別だが、今はそのつもりはない。

「しばらくの間、おやすみ」

優しく諭すように囁いて、僕は瞳に力を込めた。

「!!」

身体をビクンと痙攣させて、他の男達と同じように田辺は膝から崩れ落ちて、埃の舞う床にうつ伏せで倒れ込んだ。

「君の見る夢は彼らより楽しいはずだから……フフ」

既に意識のない彼を見下ろして、僕は優しく声を掛けた。


そしてそのあと、見計らったように僕を迎えに車が到着した。




「右京様、趣味が悪う御座います。信じてはおりましたが、やはりおひとりでの外出は今後なされませんように」

屋敷に戻ってから、執事の佐久間が僕に何度もお説教をする。
いい加減にして欲しい……。
僕は気に止めていない振りをして、紅茶を口に運んだ。

「退屈なんだよ、最近特にね」

不貞腐れて、ポツリと呟く。

「それは慎二様が海外におられて、日本に不在だからでしょうか?」
「!!」

なにもかも見透かしたような顔で佐久間が僕を見ている。
確かにもう1ヶ月も慎二君に会っていない。
イギリスに留学中だから仕方がないけれど、だからってさすがにイギリスにまで会いに行くことは憚られた。
行けなくはないけれど……ね。

「煩いぞ、佐久間!僕に意見をするなんて……」

思わずムキになって言い返してしまう。

「私が言わずして、誰が右京様を止めるのですか?」
「止める必要なんかない。当主の僕が決めたことだ、誰も逆らうことは許さない」
「しかし……」
「なんだい?まだ僕になにか言うつもりかい?」

まだなにか言うつもりらしい佐久間を、あの 『瞳』 でギッと睨んだ。

「いえ……今夜あんなお遊びをなさらなければ、大変楽しいことがありましたのに……」

佐久間がワザと遠まわしに言う。

「なんだ?佐久間。勿体つけないで言え!」
「慎二様からお電話がありました」

サラリと佐久間の口からそんな言葉がこぼれた。

「なっ!?」

その瞬間、慎二君のあの笑顔が僕の脳裏に浮かぶ。

「なぜ黙っている?すぐにでも僕に話すことじゃないかっ!!」

衝撃の事実に思わず叫んでしまった。
そんな……慎二君から電話だなんて……なんてタイミングの悪い。
思わず田辺を恨んでしまった。

「で?なんだって?なんと言っていたんだ?」

すぐに気を取り直して、まるで子供が楽しい話を聞くときのように佐久間の言葉を待った。

「近じか日本にお戻りになるそうで」
「本当か!そうか……帰って来るのか……」

嬉しくて……自然と笑みがこぼれた。

慎二君……僕が恋しいと思うただひとりの子だ。
別に僕達は恋人同士というわけではない。
知り合ってもう2年……どんどん彼は大人になっていく。
成長していく彼を見守っていくのが僕にとって、一番の楽しみになっている。

「で?いつ戻って来ると言っていたんだい?」

僕は年甲斐もなく、ワクワクと佐久間に聞いた。
佐久間にも、バレバレだっただろう。

「内緒で御座います」
「!?……な……に?」

最初、言われた意味が理解出来なかった。

「い、今なんと言った?佐久間?」

ヒクヒクと頬が引き攣るのは否めない。

「ですから、慎二様がお戻りになる日は内緒で御座います」

眉一つ動かさず、僕を見続けながら平然と佐久間は言った。

「佐久間っ!!そんなことは許さないぞっ!!僕の命令だ!話せ!」

座ったまま肘掛を両手で握り締めて佐久間に詰め寄る。

「駄目です」
「なぜだ?!」

僕の命令を聞かず、そして平然としている男。
そうでなくては草g家の執事は務まらないが……そんな佐久間が、ニッコリと笑った。
胡散臭さ普段の2倍増しだ。

「お仕置きで御座います」

「なっ!!」

当然という佐久間の顔……逆に睨みつける僕に “なにか?” というような態度。

この僕に……草g家当主のこの僕に、そんな態度許すまじ。

「くっ…………」

しかし佐久間は、そんな僕の不機嫌な雰囲気もまったく気にしている様子はない。
子供のころから僕の世話役として傍に仕える佐久間。
きっとそう安々と僕の知りたいことは教えてくれないだろう。

今後、無茶をしないと約束するまで。
そして、どうせ約束しても絶対佐久間の小言つきだ。

ううっっ……佐久間ぁーーーーーー!!!

僕は自分の思い通りにならない理不尽さに奥歯をかみ締めながら、
慎二君の笑顔を頭の中に想い描いていた。





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