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戦利品の行方  【 賭け /戦利品 /社会人 / ハッピーエンド? 】



 あらすじ


    私は呆れながら、目の前でビリヤードを興じてる男2人を見つめて溜息をつく。

    彼氏が私を賭けてビリヤード勝負を受けたんだけど……

    ちょっと待ってよ!私は納得してないんだけど!






戦利品の行方




私は呆れながら、目の前でビリヤードを興じてる男2人を見つめて溜息をつく。

1人は 林原 はやしばら 和紀 かずき 26歳。
営業部で働く、2年越しの私の彼氏。
そしてそんな彼氏相手にビリヤードに熱中してるのは、 坂月 さかづき 健士 たかし 27歳。
先日、彼と同じ部所に他支社から転勤してきた。
因みに、私は彼らと同じ部署で営業事務をしている。

私と彼氏と坂月さんは同じ会社の同じ支社で働く同僚だ。
ただつい先日まで、坂月健士という人物がこの会社にいることも他支社にいることも、ましてやこの世にいたことも知らなかった私。
まあ当たり前のことなんだけど、そんな3人がなんで一緒にいて、男2人が私そっちのけでビリヤードに夢中になってるかっていうと……

────── 私を賭けて、男の勝負なんだそうだ。

なんでそんなことになっているのか戦利品の私にはわからないけど、いつの間にか男2人の間ではこの勝負に勝ったほうが
私の彼氏になるんだと話がついているらしい。

『は?』

私は心の中で絶句したのは仕方ないことだと思う。

たしかに坂月さんには告白されていた。
歓迎会の夜に、軽いノリで。
散々な甘い言葉と口説き文句を、数多く受け取らせていただきましたよ。
でもね、私は付き合ってる彼氏がいるんですよ。
だから丁寧かつ、ハッキリとした言葉でお断りしたんですけどね。
ナゼか彼はそんな私の言葉を気にしない様子で、そのあともガンガン押してきた。
さすがに察した彼氏が間に入って話をしたんだけど、ナゼだか上手くまとまらず。
彼が絡んだことで、状況はさらに悪化し泥沼になった。
と言いつつも、私はまるっきり坂月さんのことは相手にしていなかったから、そのうち諦めると思っていたのに。
なんと、次に狙った相手は私の彼氏でした。
だからって、坂月さんが男性が好みというわけではなくて“将を射んと欲すれば先ず馬を射よ”というわけで、
彼氏から私を諦めるように仕向けたわけ。

『企画が採用されたほうが、彼女と付き合う権利がある』

なんてのを掲げて彼氏に提案した。
そのころ、社内ではかなり大きなプロジェクトが動いていて、営業内でも平等に企画が募集されていたらしい。
そんな大きなプロジェクトの企画に、自分の企画が取り上げられたら確実に出世が約束されるのは間違いない。
だからそんな大きなプロジェクトで成功した者が、私と付き合えるとなったらしい。

たしかに坂月さんはメゲない人だったし、しつこい人だった。
でもだからって、まさか彼氏がその挑戦を受けるとは思わなかった。

だって、負けたら私と別れるということなのよ?

だいたい勝てる自信があるの? 私の彼氏は?
彼氏という色メガネなしで見れば……いえ、色メガネありで見ても、彼氏が坂月さんに勝てる要素は何ひとつないと思う。
無理でしょう?
坂月さんだってそれを引き合いに出して、私を口説いてたこともあったんから。

彼氏はよく言えば真面目で一本気がある人なんだけど、悪く言えば融通の効かない猪突猛進型。
もう少し周りをよく見てほしい。
っていうか、私としてはそんな勝負受けてなんてほしくなかったんですけど。
でも彼のこと。
いいように煽られて“勝負も受けない腰抜け”なんて言われて、坂月さんの策略にまんまと嵌ったんじゃないかな?
というのが私の見解。

結局、大きなプロジェクトの企画は他の営業の人が攫って行った。

多くの営業の中でも業績もトップクラスの人で、私も何度か話をしたことのある人。
私とはそんな親しくないのと思うのに、視線が合えば笑顔で会釈してくれるような人だった。
やはり仕事のできる男は、社交性もそれなりにトップクラスということなのか。
女性社員の評判も、かなりいいと聞いてるし。

って、今はそんなことどうでもいいんですけど。
そんなわけで企画勝負はドローであっけなく終わった。
最初からわかってた気もするけど。
じゃあ次の勝負はどうする? となって、ナゼかビリヤード勝負になったワケ。
私は企画勝負が終わった時点で、もうそんな勝負事はナシになったと思ったのよ。
だって、2人ともダメだったわけだし。
だとしたら、すでに私と付き合ってる和紀さんで決まりだと思ったんだけど。

なのに……信じられないことに、和紀さんまでも“次はなにで勝負する?”なんて言い出して。
なんだかもう、私のための勝負ではなく男同士の勝負を楽しんでるみたいに思えた。
そういえば企画勝負のときも、ずいぶん気合入ってたわよね。
私と付き合うためというよりも、勝負のための企画を考えるのが楽しそうに見えた。
まあ本当ならいいことなんでしょうが……根本的な動機が間違ってる気もするけど。


異常ほどの緊張感の中で進んでいくビリヤード。
ボールがポケットに入るたびに、私の気持ちも駄々下がっていくのはなんでなんだろう?
もし和紀さんが勝ったら、今までどおりにお付き合いが続くんだよね。

「…………」

私は台の上で転がるボールを、なんとも言えない気分で目で追っていた。
まるで自分自身がボールになって転がっているよう。
私はこの2人にとって、今はボール扱いなんだよね。
なんだか、だんだん言いようのない怒りがふつふつと湧き上がってきた。

私はビリヤードはやったことがないので、ルールなんて知らない。
でもあの白いボールで、色の着いたボールを台の空いた穴の中に落としていくというのはわかった。
そして最後の色つきボールが落ちたら、ゲームもお終いだと。

「よし!」

坂月さんの歓喜に満ちた声が聞こた。
そのすぐ横には青ざめた和紀さんの顔。
どうやらこの一突きで勝負が決まったようだ。
和紀さんが負けて、坂月さんが勝ったんだな。
まさにそれが決定的に決まるために、かなりのスピードで台の上を穴に向かって転がる色つきポール。

「ああ!!」
「なっ!?」

男2人の情けない声が同時に聞こた。
それはどうしてかというと、ボールが穴に落ちたからじゃない。
あと10センチほどで穴に落ちるところだった色つきボールを、私がガシッ! と掴み上げたから。

「ちょっと、忍ちゃん!?」
「オイ! 忍! なにして……」

ふたりは私の行動に、ただ驚いていたようだった。

「和紀さん」
「な……なんだ?」

私は色つきボールを握り締めたまま、和紀さんのほうは見もせずに彼の名前を呼んだ。
色つきボールが以外にも重くてビックリだった。

「どうしてこんな勝負、受けたの?」
「お前と付き合えるかどうかの勝負だぞ。受けるのが当たり前だろ? 今さらなに言ってんだよ」
「私はこんな勝負、受けないでってお願いしたよね? 私達はもう付き合ってるんだよ?
 どうして横槍を入れてきた坂月さんのいうことを聞かなくちゃいけないの?」
「男として、正々堂々とした勝負の申し込みを受けるのは当たり前だろ? 
忍にもちゃんと説明して、納得してくれたじゃないか」
「納得なんてしてなかったよ。私は“受けないでってお願いした”ってさっきも言ったじゃない。
それなのに和紀さんが絶対勝つからって……」
「それは……」
「俺の勝ちが決まったからって、男と男の勝負を邪魔しちゃダメだよ。忍ちゃん♪ どうみても、今のは俺の勝ちだったもんねえ〜」
「坂月さん」
「はい?」
「坂月さんのこと、私はずっとお断りしてましたよね? お付き合いするつもりはないって」
「そうだけどさぁ〜現彼氏が俺との勝負を受けて、負けたら君のことは諦めるって約束したんだよ」
「あ……諦めるなんて言ってないだろ! もし負けても、またすぐに今度はオレから勝負を挑むつもりだった!」
「甘いな! 林原。何度でも返り討ちだ!」
「そんなこと……」
「ん?」
「なに?」
「どうでもいいわよ。そんなこと!」
「忍?」
「忍ちゃん?」

いつもよりも大分低くて、地を這うような私の声に2人は驚いたみたい。
でも、仕方ないと思う。
あまりにも勝手な言い分に、いい加減ウンザリだった。

「その中に、私の気持ちはどこにあるの?」
「…………」
「…………」

2人はなにも言わずに、私を見ていた。

「坂月さん」
「な……に?」
「坂月さんは私のタイプじゃありません。今までも、好きという感情は米粒ほどにも湧き上がったことはありません。
反対に人の迷惑を顧みない自己チュー男だって思ってました。
仕事はそれなりにこなされてたみたいなので、仕事に関しては私はなにも言いません。
でもこれから先、私が坂月さんを好きになることは絶対ないと思います」
「いや……それはこれから先のことだから、わからないじゃない?」
「もしこれから先、私につきまとうのでしたら然るべきところにストーカーとして訴えさせて頂きます。
そうしたら転勤してきたばかりなのに、他の支社にまた転勤ですね。
しかも、ストーカーのレッテルをはられたら、もう出世の道もないかもしれませんね」
「し…忍ちゃん、それはないんじゃないの? 俺は本当に……」
「私はあなたのことは好きじゃありません。何度言えばわかってもらえるんでしょうか? 
大人ななら、いい加減自分で心の整理つけてください。これ以上、私を不快な思いをさせないでください」
「…………」
「和紀さん」
「な、なんだ?」
「貴方とは今日、この場でお別れします」
「はあ? なっ……なに言って……」
「勝負に負けたら、貴方にとって私は簡単にあきらめられる存在なんだよね?」
「ち…違う! 好きだからこそオレは……」
「この際そんなことは、もうどうでもいいわ!」
「そんなことって……」
「坂月さんが勝負を挑んできても、道理の通っていない言いがかりだと相手にしないでほしかった。
私の気持ちなんてまったく考えてなかったんだよね?」
「それは……」
「勝負の結果で、私が坂月さんと付き合うと、本当に思ってたの?」
「だから……もしそうなっても、すぐに再挑戦して取り返すって……」
「そのときはもう、貴方に恋愛感情なんてこれっぽっちもなくなってるわよ!」
「忍!?」
「今もそうだから。だからもう、貴方とはお付き合いできないから。それに勝負にも負けたんだからいいでしょう」
「でも……」
「だからって、坂月さんともお付き合いする気はありませんから! なに期待一杯の顔してるんですか!」

勝負のことを言った途端、パッと顔が明るくなったのを見て釘を刺す。
すぐにガックリと肩を落とした。
当然でしょ!
さっき人が言ったこと聞いてなかったのかしら?

「じゃあそういうことで。この時点で私と貴方は赤の他人。会社の同僚でしかなくなったから。もう仕事以外で私に話しかけるのやめてね」
「忍!」
「さようなら」
「忍!!」

なんだか縋りつくような声で名前を呼ばれたけど、私は振り向かず背中に張り付いた彼の声を手の平で叩き落とした。




あれから1ヶ月が過ぎた。
坂月さんはストーカーで訴えるというのが利いたのか、私がとことん毛嫌いしているとわかったのか、あれから表立って誘ってくることはなくなった。
今では、他の女の子に声をかけている。
ホントにめげない人だ。
和紀さんはしばらくの間、休み時間や帰るときなんかに話しかけてきて、謝ったり色々言い訳をしてたけど、もう和紀さんに対して恋愛感情なんて
コレっぽちっちもなかったから、ことごとくスルーしていた。
こんなときまで、あのビリヤードでの勝負に負けたことはこだわっているらしく、私がそのことを突っ込むとぐうの音も出ないみたいでスゴスゴと退散していく。
ホント、なんなのかしら。



久野 くの さん、お久しぶり」
「え? あ! 幸村さん」

廊下で声を掛けられて振り向けば、そこにはここしばらくお見かけしていなかった営業部エース、 幸村 ゆきむら 和楓 いぶき さんが立っていた。
あの大きなプロジェクトで見事企画が採用され、出世街道まっしぐら。
身長も高く、細マッチョ系で31歳という年齢と、イケメンに入る顔は元々女子社員中でも人気のある人で、さらに彼のステイタスが上がって結婚したい男性社員NO.1。
私はたまに挨拶を交わす程度で最近ちょっと話す機会が増えてたけど、それでも数日に1回くらいだった。

「そういえば、最近お見かけしてなかった気がしますけど?」
「そうなんだよね。あの企画のあと、通った企画を立ち上げるのに本社のほうに詰めることになっちゃってね。約1ヶ月、本社勤務してたんだ」
「そうなんですか。それは大変でしたね。でも、おめでとうございます。今ごろになっちゃいましたけど、さすが幸村さんです」
「ありがとう。目標があったから頑張ったんだよね」
「目標? ですか?」
「そう。やっと動けると思ってたのに、本社勤務なんてマジかと思ったよ。落ちついてからと思ってたら今日になっちゃって」
「はあ……?」

なんのことやらさっぱりわからなくて、曖昧に微笑む。

「で、」
「で?」
「オレと付き合ってくれるんだよね?」
「え?」
「だって、あのプロジェクトの企画が採用されたら君と付き合えるんでしょ?」
「へ!?」
「だからオレ、頑張ったんだけど?」
「えっと……」

なんか、どこかで聞いたような話?

「そういう勝負だったよね? なあ、林原」
「え゛!?」

幸村さんが私のうしろに向かって問いかけると、傍で様子を窺っていたのか和紀さ……林原さんが驚いた声で返事をした。
なに? 私のあとをつけてきてたの?

「オレの企画が採用されたんだから文句ないよな」
「え!? 幸村さん……なん…で?」

林原さんが初めて聞いたという顔をしてるけど?

「ちゃんと“オレも参加していい?”って声掛けたよな?」
「でも……あれって冗談だったんじゃ……?」
「マジだって」
「ええ!」
「…………」

えっと……どういうこと?
幸村さんもあの企画の勝負に参加してたの?

「どう……して?」
「どうしてって……久野さんのことが好きだから」
「へ!?」

この人、なんだかスゴイこと言わなかった?

「でも、林原と付き合ってたからあきらめてたんだよね。でも、久野さんを坂月との企画勝負で賭けれるくらいの気持ちなら、オレが名乗り上げてもいいかなって」
「うっ……」

チラリと横目で幸村さんに睨まれて、林原さんが視線を逸らす。

「オレならそんな、馬に蹴られて死んでもいいような奴なんて相手にしないけどね。勝てる自信があったのか、負けて久野さんが相手のモノになってもよかったのか、
オレにはわからないけど。
もしそうなったら久野さんだって、どういう気持ちになるのかわかってんのかなあ〜
とか思ったけど、オレにとっては願ってもないチャンスだったからね。
企画勝負のあとオレになにも言ってこないから、もしかしてとは思ってたけど、冗談だと思われてたんだ」
「…………」

ますます縮こまる林原さん。

「で? 今ってどんな状態なの?」
「…………」
「企画勝負では決着がつかなかったので、ビリヤード勝負になったんです」

林原さんが言いそうになかったから、自分で話すことにした。
あまりいい気分じゃなかったけど。

「はあ? ビリヤード勝負? 林原……お前……」
「その勝負は私が勝敗の着く前にやめさせましたけど」
「まあ、そうだろうな。それで今もふたりは付き合ってるの?」
「……いいえ。そのビリヤード勝負のときに別れました。まあ、私が言わなくても、林原さんの負けだったんですけど」
「え? 負けたの? 林原、お前勝つ気あんの?」
「……そりゃ……ありましたよ」
「でも、もうそんなことはどうでもいいんです。林原さんとはもうお付き合いできませんから」
「ふ〜ん……見限られたってわけね。まあ、当然だよな」
「…………」
「じゃあ、坂月と付き合ってるの? そんなふうには見えないけど」
「坂月さんのことはもともと苦手な人だったので、坂月さんとどうこうなるとはありません」
「じゃあ、久野さん今はフリーってことだ」
「はあ……そういうことになりますね」
「企画勝負の結果で君と付き合う権利はあるんだけど、それを使うと久野さんの嫌われそうだから普通にお付き合いを申し込むよ」
「は?」

「オレ、将来有望でお買い得だと思うんだけど。どうかな? 久野さん」

目の前にはニッコリと微笑む幸村さん。
うしろでは、ヒュッと息を呑む林原さん。
私は驚きを隠せないまま、目の前の幸村さんを見上げてた。











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