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ワンフレーズ  【 R18  /幼馴染み / 御曹司 / 俺様 / すれ違い / ヘタレ / 溺愛 / ハッピーエンド 】



 あらすじ


    子供ながらにかわいい女だと思った。だから俺の女にしてもいいと思って声をかけてやった。

    「かんしゃしろ! おれのかのじょにしてやる」上から目線の腕組みでそう言ってやった!

    なのにそいつの返事は……「いや!」

    がぁーーーーーーーーんっっ!!なぁにぃーーーーっっ!!

    初等部の入学式に人生初の“女にフラれる!”という汚点を残した羽堂 憂馬。

    姑息な手を使い、流川 伊織を自分の傍に置くことには成功したものの……。




ワンフレーズ




 子供ながらにかわいい女だと思った。

 頬のあたりでカットした短い髪の毛、色白の肌にクリクリした瞳……。

 だから俺の女にしてもいいと思って声をかけてやった。
 そう! 俺が! 声を! かけてやったんだ!!

「かんしゃしろ! おれのかのじょにしてやる」

 上から目線の腕組みでそう言ってやった! なのにそいつの返事は……。


「いや!」


 がぁーーーーーーーーんっっ!!

 なぁにぃーーーーっっ!!


 生まれて初めての失恋!!
 いや失恋じゃない! フラれた!! フラれたんだ!! この俺が!!
 羽堂(はどう)グループ会長の息子の俺が! 大人の女ですら媚を売るこの俺を!!
 俺よりも生まれも育ちも下だろうこの女に!!

 女はそう言うと踵を返して、サッサと俺に背を向けて走り去った。

 

 忘れもしない、あれはウチの親父が理事を務める小・中・高・大・一貫の初等部の入学式……。

 桜の舞う中庭で、俺は人生初の“女にフラれる!”という汚点を残した!

 

「ハッ!」

 短い息を吐いて目が覚めた。
 またあのときの夢を見たのか……。

 あれから20年近くも経ってるというのに、ときどきこうやって思い出したようにあのときのことを夢に見る。

「ん?」
 上半身だけ身体を起こすと、ベッドに着いていた自分の手に生温かいモノが触れる。
そちらに視線を落とすと裸の女が眠ってた。
「誰だコイツ?」
 見れば自分も裸ですぐに納得した。
そういや、昨夜飲みに行ったクラブのホステスを連れて帰ったんだっけか?
「チッ!」
 昨夜のうちに帰らせれば良かったと今さらながら後悔だ。
朝っぱらから面倒くせえ……俺はベッドから下りて、服を着ながら携帯を弄る。
「俺だ。今から行く」
 それだけ伝えて携帯をしまう。
運のいいことに、ベッドに寝てる女が起きる気配はなく、俺はサッサとホテルの部屋をあとにした。

 

「シャワー浴びるから着替え」
 ホテルからどこにも寄らずにまっすぐやって来たマンションの一室で、さっき着たばかりの背広の上着を脱ぐ。
「あの……憂馬(ゆうま)くん……今……朝の6時なんだけど?」
 ここの住人である女は俺が放り投げた上着を受け取りながらそんなことを呟く。
「だから? 着替えな」
「…………」
 呆れ顔の女を残して、俺は自分の家のようにふるまって浴室に向かった。

 女の名前は、流川伊織(るかわ いおり)。小学校のときからの幼馴染みとでもいうのか……。
小学校からエスカレーター式の学校だったから、必然的に大学まで一緒だった。

「憂馬くん」
「ああ? なんだ」
 シャワーを浴びて出ると、伊織が用意した服を着た。
ここでシャワーを浴びるのは当たり前のことで、俺の着替えはいつも常備されてる。
タオルで頭をガシガシと拭きながらソファにドサリと座る。
「何か食べる? それとも少し寝るの?」
 これもいつものセリフだ。
「何か食べる」
「わかった……」
「おい……伊織」
「はい?」
「俺の女にしてやる」
「…………」
「付き合え」
「いや!」
「チッ!」
「じゃあちょっと待っててね」
「…………」
 いつもと同じ返事をして、伊織はキッチンに消えて行った。
 あれから何百回何千回となく言った言葉……。
 そう、伊織はあの日……初等部の入学式の日に俺の誘いを断った女だ。

 俺の人生、ただ一度の汚点を残した女……。

『俺の女にしてやる。俺と付き合え』

 大人になって言い方の変わったその言葉に、伊織は頷いたためしがない。
いつも即答で断りやがる……。

 最初は相手になんてしてなかった。
なんで俺があんな女相手にしなけりゃならんのだ。
なのにアイツときたら、俺以外の男に告白なんてされやがって……。
しかも、一度や二度じゃない。
俺を振っておいて、ほかの男となんて付き合わせてたまるか!!
そんなの俺のプライドが許さねえ。

 だから伊織が高校2年に進級するとき、親父の力を使って伊織の父親が経営する会社をちょっとばかし傾けさせた。
それを立て直す援助をする代わりに、伊織に俺の身のまわりの世話をさせることを条件にだした。
もともと幼馴染みだったうえに、羽堂グループの跡取りでもある俺を伊織の親が拒むはずもなく、すんなりと伊織は親元を離れた。
納得はしてなかっただろうが、親の会社と従業員の生活がかかってるんだ、嫌とは言えなかっただろう。
 俺が親父に言って手を回したことを伊織は知らない。
そんなことは知らなくていい……。余談だが、そのときに伊織の家へ援助した金は、俺が親父に借金したものだった。
あの馬鹿親父、きっちり俺に請求しやがって……。だから成人してから自分で稼いだ金で全額耳を揃えて返してやった。

 そんな苦労も知らない伊織……だからって力ずくで伊織を手に入れるなんてことはしない。
それじゃ意味がない。
 伊織の口から俺の女になると……なりたいと言わせないと意味がない。

「仕事は?」
「9時に迎えが来る」
「そう」
 俺は伊織が作った和食の朝飯を食って、伊織はそんな俺の目の前でコーヒーを飲んでる。
もう何年こんな暮らしをしてるんだか……。


「ねえ……憂馬くん」
「あぁ?」
 食後のコーヒーをソファで飲んでると、伊織がちょっと離れた場所に立って俺のほうを向いてる。
「いいかげんこんな生活やめない?」
「じゃあ俺の女になるんだな」
「だから……ならないから……もうどうしていつもそうなの?」
「それはこっちのセリフだ! いったいいつまで断り続けるつもりだ! なんで俺の申し出を断る? おかしいだろ!」
「おかしくないわよ」
「いや! おかしい!!」
「……憂馬くんはどうして私が断り続けてるか……わかる?」
「さあ? 意地になってるだけなんじゃないのか?」
「はあ…………絶対……頷きませんからもうこの話はおしまいにしましょう」
「自分から振っておいて終わりか?」
「……憂馬くんは……昔からちっとも変わらないね」
「ああ! 変わらないね! 変わらずに伊織に俺の女になれと言い続けてる」
「私なんてかまわなくてもいいでしょう? あなたなら自分に見合った女性を見つけるなんてたやすいはずだもの」
「伊織が俺の女になると認めたらさがす。今はそんなことどうでもいい」
「認めた途端に私は要らない女になるんですか?」
「俺はお前が俺の女になると認めればそれでいい」
「……そうですか……」
「だからって今ここぞとばかりに認めても俺は信じないがな」
「はあ?」
「とりあえずこの生活を終わらせるために認めようとしたろう?」
「……認めればこの馬鹿な生活から解放されるんでしょう? 願ったり叶ったりだわ」
 伊織はそう呟いて俺から視線を外す。

 初等部の入学式の日……彼に……憂馬くんに告白されたのを断ったために私はこんな目に遭ってる。
あの日……まさか憂馬くんがこんなに根に持つなんて思いもしなくて……。

 だって7歳の子供がいきなり目の前で『俺の彼女にしてやる』宣言なんてするかしら?
もうそのときの私はビックリで……ハッキリ言って“彼女”の意味もわからなかったし、目の前にいきなり現れた
男の子にもビックリだったし、威張った態度も嫌だったから即答で断ってしまった。
 彼が羽堂グループの会長の息子だなんて全然知らなくて……あとで親に教えてもらったけど、それでもいったい
どんな男の子なのか結局はわからなかった。

 でも……まさかこんなにもしつこくされるなんて思わなかった……。

 初等部のころはまったくといっていいほどなんの接点もなかった。
ときどき同じクラスになることはあったけど……一度も口をきかないで終わった気がする。
なのに中学に上がった途端話をするようになったと思ったら、高校2年のとき親の会社を救うために
いうことを聞けと言われてしまった。
 そのとき……父親が経営する会社はちょっと危ない状態だったから……色々悩んだけど頷いた。
 最初はいったいどんなことをされちゃうんだろう……なんて心配してたけどただ彼の用意したマンション……
(つまりここのことなんだけど……)に住むことになっただけ。
学校もそれまでどおりに通えたし、父や母がここに来ることも何も言われることはなかったし、
彼が一緒に住むこともなかった……いったい何がどうなっているのやら?
 そういえばここにいる間は、ほかの男の人と付き合うことは許されなかったんだわ……。
 7歳のときから今日まで……私は彼の申し出を断り続けてる。
 彼は乱暴なことも力ずくで私をどうにかしようとかもない。
だから余計彼はいったい何を考えてるのか私にはわからない……
でもどうして私はここまでして彼のいうことに頷かないのか……。
 それにはちゃんとした理由がある……でも彼はそのことに気づかない……。
 きっとこれから先……ずっと気づかないと思う……。


「伊織」
 彼が食べた朝食の後片付けをしていると、急にグイッと腕を引っ張られた。
「あ! ちょっと……」
 両手が濡れたままで、床が濡れちゃうなんて変なことを考えてた。
そのままキッチンの壁に両手を万歳状態で押し付けられる。
「今食器洗ってるんだけど……」
「あとでもできるだろ?」
「今度はなに?」
 ときどき彼はこうやっていきなり私にスキンシップを求めてくる。
何が目的でこんなことをするのかわからないけど……今までは何もされなかったけど、
こんなふうにされると胸がズキンと痛む。
 もしかして……もうこんな生活にピリオドをうつ気になって私を解放する前に好きなことをやってしまえ!
 とか思ってるのかと不安がよぎる……。
そしてただ話をするだけで終わるとホッとする自分がいる……でも次はどうなんだろうといつも思ってる。

「伊織」
「はい?」
 彼の顔がとっても近い。
「伊織」
「!!」
 彼がスッと私の顔をよけて、ワザと耳に息がかかるように囁く。
私は何度やられても慣れなくて、身体がビクンと跳ねる。
「俺の女になれ……」
「……嫌……」
「嘘つくな」
「誰……が嘘ついてるのよ?」
「伊織」
「ひやっ!!」
 名前を呼ばれて、耳の中に息を吹きかけられた。
彼は女性の扱いに慣れてる……きっと昨夜だって誰かと一緒だったはず……。
だって……彼は女性と過ごした次の日の朝は、必ず私のところにやって来るから。
「…………」
「なんだ?」
「言ってみて」
「……」
「いつもの言葉」
「伊織……」
「いいから」
「俺の……女になれ」
「はい」
「!!」
 私がそう言った瞬間、彼は私から手を離した。
「これでいいんでしょ? 私はもう自由よね?」
 そう言って、ニッコリと憂馬くんに微笑んだ。
「ダメだ……」
「…………」
「こんなの認めない」
「どうして! 私はちゃんと言った……言ったじゃない! それでいいんでしょ? 満足でしょう? 自由にしてよ!」
「伊織……」
「あと何年こんなことすればいいの? 今までだって何度も言ってるのに、あなた絶対認めてくれない!!」
「伊織が本心で言わないからだ」
「私もう24よ……それなのにこんな変な生活をずっとしてて普通に恋もしたこともない」
「…………」
「じゃあ聞くけど、もし私が本心で返事をしたらあなた、どうするつもりなの?」
「!!」
「それで満足してポイ?」
「…………」
「ふふ……あなたらしいわね」

 そう言って、私がまたシンクに向かって食器を洗いはじめても、憂馬くんは何も言わずただ黙って立ってるだけだった。


「ん?」

 その日の夜……朝のことも気になって伊織の部屋に行くと、もう10時半を過ぎているというのに伊織は部屋にいなかった。
 あのとき、シンクに向かって食器を洗いはじめた伊織は、悲しそうに笑ってた。
俺はそんな伊織の後ろ姿を、何も言えずにじっと見つめてただけだった。

 伊織が本当に俺の女になると返事をしたら? そのとき俺はどうするんだろうと考えていたからだ……。

 鍵は伊織にこの部屋を与えたとき、俺もあたり前のように持った。
 だから伊織の意思とは関係なく、俺の好きなときにここに来ることができる。
 仕事は伊織の好きにさせてる。
 生活のほとんどは自由にさせてると思う……数点のところを抜かせばだが。
「なんでいない?」
 そっこうで伊織の携帯に連絡を入れた。
いつも遅くなるときは俺に連絡してきたのに……
こうやって突然俺が訪ねたとき、いないことがないようにと伊織の気遣いからだと思うが……。
「電源切ってやがる」
 すぐに伊織の同僚の女の携帯に電話をかけたが、呼び出し音が鳴っても出ることはなく留守電に切り替わった。
「クソッ!」
 乱暴に携帯を閉じると、そのままソファに投げつけた。
 なんだっていうんだ! 伊織のやつ……急に態度がおかしくなった!
「まさか!」
 俺はあることに気づく。

「まさか男ができたんじゃないだろうな……」

 援助する条件を出したとき、伊織にはここにいる間、誰とも付き合わないと約束させた。
もともとそっち方面に関心のなさそうな伊織だったし、大学までは毎日俺が目を光らせてたから、
誰も伊織に近づく男はいなかった。
ということは会社関係か?

「ってなんで俺がこんなに動揺しなきゃいけないんだ!」
 我に返ってそんな思いがわいてくる。
 俺が伊織にこだわるのは、子供のころのあの出来事のせいで……伊織に本心から俺の女になると言わせるためだけだ!

 そう……ただそれだけ……。


 俺がこの部屋に来てだいぶ経ってから、ガチャリと玄関の鍵があく音がした。
「来てたの?」
 リビングのドアを開けての伊織の最初の言葉……別に驚いたふうでも後ろめたい素振りでもなかった。
「なんで出かけるって連絡しない」
「だって憂馬くん朝早く来た日は夜来ないじゃない」
「…………」
 確かに今まではそうだった。
でも今日は朝のことが気になってつい寄ってしまった。
 リビングに入って来た伊織を見るとほんのりと頬が赤い。
「飲んできたのか?」
「うん……」
「会社の連中か?」
「も、何人かいたかな」
「は?」
 どういう意味だ?
「合コンなんて初めて出ちゃった」
 伊織が嬉しそうにニッコリと笑って、そんな爆弾発言をしやがった!!
「なっ!?」
 俺はあまりの驚きに座ってたソファから勢いよく跳ね起きた! がなんとか立ち上がるのは堪えた。
「私気づいたのよね」
「な……にを?」
「ここにいる間、特定の男性とお付き合いをしちゃいけないってことだけど、その場限りのお付き合いならいいってことよね?」
「!!」
「でしょ?」
「…………」
 いやいやいや……ちょっと待て! そういう問題じゃないだろう?
なんだその名案! って顔は?
「別にその相手とお付き合いするわけじゃないんだから、憂馬くんとの約束も破ってるわけじゃないし……気にしなくていいのよね?」
「伊織……」
「だって憂馬くんも別に私じゃなきゃってことでもないんでしょ? ちゃんとほかにお付き合いしてる女性がいるみたいだし」
「は?」
「それともその場限りのお相手?」
「だったらなんだ」
「憂馬くん」
「なんだ」
 伊織が改まったように俺の名前を呼ぶ。
「どうして私なんかにここまでこだわるの?」
 酔ってるせいか伊織が潤んだ瞳で俺に聞いてくる。
おいおい……まさかそんな目でほかの男見てたんじゃねーだろうな!!
「何を今さら……」
「そう……今さらだけどそこが大事なところでしょ?」
 そう言って、じっと見つめる伊織に俺はただ黙って見つめ返すしかできなかった。

 ずっと思ってた……どうしてあんな子供のころのことに、こんなに憂馬くんがこだわるんだろうって。
 あのときのことがそんなに気に入らなかったのなら、いつもの俺様態度で私を怒ればいいのに彼は怒らなかった。
それに、中学に入ってときどき男の子に告白されるようになると、決まってそのあとに彼が私に断ったかどうか聞くようになったし……。

『俺を振っておいて、自分は俺以外の男と付き合うなんて許さないからな!』

 って言われて……変な理屈って思った。
それから、父の経営する会社が危なくなって……この生活が始まったのよね。
 そのときも『ここで生活する間は誰かと付き合うことは許さないからな!』ってまた変な理屈を押し付けられた。
まあそれが融資の条件だったし、私もそんなに異性に興味もなかったから頷いた。
でもそのときに、私の中になんともいえない感情がホワンと現れた。
だから憂馬くんに聞いてみたの……。
『じゃあ誰かを好きになることはいいの?』って。
『ダメに決まってんだろ! 伊織は俺の女になるって頷かないといけないんだから、そんなやつは不要だ!』
 へーーと思った。
また訳のわからない理屈を言ってるな……って思ったけど、その言葉と態度でハッキリしたことがある。
 それがわかったら、あの初等部の入学式のときの憂馬くんも私をここに連れて来た理由も全部わかる。
だから私もここで暮らしてもいいかな? って思ったんだから。
 きっと憂馬くんは、私に好意を持ってくれてるんだよね?
しかもそれは初等部の入学式のときからで……でも憂馬くんはそれを自分でもわかってないみたい。
信じられないけど……。
 生まれ持った俺様気質のせいなのか、育った環境のせいなのかちょっと……いえいえ……だいぶ捻くれた恋愛感情を持ってるみたい。
 だから私から憂馬くんに告白するように仕向けてるんだよね?
でも本気な気持ち以外いらないから、私が取ってつけたように言う『はい』という返事じゃ納得いかないんだよね?
 ホント、俺様で不器用で融通が利かなくて素直じゃないんだから……。
 でもね……だからってほかの女の人ばかり相手するって、やっぱり私も女の子だから面白くないのよ! わかる? 憂馬くん!!
その場限りだって、ほかの女の人との関係はいい気分じゃないし……お見合いだって何度かあったでしょ?

 だから私からは、絶対本気の『はい』なんて言ってあげないんだから。

 でもさすがにここまで月日が経つと、いいかげんにしてほしいと思ってきちゃうの。
就職もしたことだし、ここから追い出されてもなんとかひとりでやっていける自信はついたから。
 今さらうちの親の会社に何かするのもないだろうし……さすがにあのときの流れは、色々とタイミングがよすぎて
もしかして……なんて憂馬くんの性格から察してしまうところもあるんだけど……何も証拠がないし今さらだし……
でもいいかげんこのへんでちゃんと白黒つけてもらわないとと思ったの。
 私だってお年頃なのよ。あっというまに20代なんて終わっちゃうんだから。
こんなところで憂馬くんの相手をしてたら、すぐに30代よ……。だから私は行動に出ることにした。
今までと違う態度で憂馬くんを揺さぶって、動揺させようって。
朝もあんなふうに憂馬くんを責めたら案の定……いつもは来ないのに同じ日に二度もここにやって来た。

 もうあとには引けないから。
 どんな結果であれこの生活に、ピリオドを打つつもりだから……覚悟してね! 憂馬くん!

 そしてあなたから『好き』って言ってもらうから。

 もしそれが叶わないことだったとしたら……私はこの部屋から出て行くからね。


「どうして私なんかかまうの?」
「どう……してって……それは伊織が俺の申し出を断ったからだろ!」
「だってそんなのもう時効のような気がするんだけど? 初等部の入学式よ?」
「お前は俺の人生の中で最低最悪の汚点を残してくれた! だからそれはお前で塗り替えなければならないんだよ」
「じゃあ一生無理ね。私一生言わない!」
 そう言って伊織がプイっと横を向いた。
「はあ? お前いい加減にしろよ。いったい何年そうやって駄々こねてりゃ気がすむ?」
「それはお互い様じゃない!」
「あぁ?」
 伊織に向かって、いつもは出さない声で答えて睨んだ。
「私にそんな顔と声したって無駄ですからね! 怖くもなんともないから!!」
「なっ!!」
 フン! と拗ねた顔でまた横を向く伊織……なんだ? 酒の勢いで強気になってるのか?
いや違う……伊織は俺が本当のところで強気に出れないのを知ってるんだ。
 まったく……会社じゃ一癖も二癖もある狸親父達を黙らせてる俺にずいぶんと強気な態度だよな! 伊織!!
「さてと……シャワー浴びてこよう」
「!!」
 伊織はそう言うと、サッサと浴室のほうに歩いて行った。
「くそっ! いったいなんだっていうんだ!!」
 今日の伊織の態度は全く理解できんっ!!

 それから30分ほどして、頭をタオルで拭きながら、パジャマ姿の伊織がリビングに戻ってきた。
「まだいたの?」
「いて悪いか!」
 なんだ! その言いぐさと態度は!!
「だって明日仕事あるでしょ?」
「ああ……」
「まさか泊まっていくとか?」
「だったらどうする?」
 いつもは泊まったりしないからかそんなことを言うと、伊織があからさまにビクリとなった。
 だいたい俺がどんだけ気をきかせていつも帰ってやってるか、コレっぽっちも考えたことなんてないんだろう!
力ずくで手に入れたってしかたない……そんなことしたってあとで虚しいだけだ……
ってそれって伊織のためじゃなく俺のためなのか?
 俺からでもなく……力ずくでもなく……ただ伊織にあの言葉を言ってほしいだけなのか?
 なんて今日に限ってそんなことを思った。
 でもそんな考えはものの数秒で思考のかなたに追いやった。
「いいけどあなたが寝るのはソファよ」
「ああ? なんで俺がソファなんだよ!」
「だってベッドひとつしかないし。それって寝室にしかないもの」
「じゃあ俺がそこで寝るだろ」
「なに? それじゃ私にソファで寝ろっていうの? 女の子にそんなことさせるわけ?」
「なら俺に! そんなことさせるのか?」
 思わず“俺”という言葉を強調してしまった。
「だって私のベッドだもの」
「そんなに俺に使わせるのが嫌なのか! もういい! 帰る!」
「そう……じゃあ気をつけて帰ってね」
「…………」
 あっさりとそう言って、伊織はニッコリと笑った。
 俺はソファから立ち上がって帰るためにリビングのドアに向かったが、なんとなく心に何かが引っ掛かって立ち止まる。
「伊織」
 俺は振り返って伊織の名前を呼んだ。
「なに」
「お前……何考えてる?」
「何って? なにも」
「いや……お前何か考えてるだろ?」
 だてに何年も一緒にいたわけじゃないだろうが。
「…………」
「なに?」
 じっと伊織が俺を見つめる。
「伊織……」
「ん?」
「俺の女になれ……」
 なぜか今そのセリフを言わなければいけないと何かが訴えた。
それは伊織の瞳が……。
「それじゃ嫌」
「?」
「足りないの……憂馬くん」
「伊織……」
 伊織が切なげな瞳で俺を見つめてきた。
「言って……」
「…………」
「最後のチャンスよ」
「伊織……」
「じゃないと私……」
 もう……何かを決意したような伊織の瞳……今までそんな目したことなんてなかったよな……。
この俺を……羽堂グループ跡取りである羽堂憂馬に、そんな挑戦的な視線を向けるなんて……。

 伊織は最後のチャンスだと言った。
こんな生活を始めてどれだけの月日が流れたのかお互い嫌っていうほどわかってる。

 伊織はきっと何か覚悟を決めたんだ……そしてその答えを俺に委ねてる。

「覚悟……できてんのか? 伊織」
「憂馬くんこそずっとごまかして逃げてたクセに……」
「はあーーーー」
 俺は大きなため息をつく。
ごまかしてただと? 俺が? いったい何をごまかしてるっつーんだ?
 って……伊織はお見通しなのか? 自分でも認めるのが嫌で……ごまかすためにどうでもいいほかの女抱いて
どうにか伊織から言わせたかったんだけどな。

「俺が目をつけただけのことはあるってわけか」
「さあ……憂馬くんがどう思ってるのかわからないけど私は私だしこれ以上でもこれ以下でもないわ」
「謙遜すんなよ。俺を17年間も引き付けてた女なんだぞ。お前は」
「自分じゃよくわからないわよ」
「じゃあこれからわからせてやるか」
 そんなセリフを言いながら伊織が立ってる場所へと歩きだす。
「あんまり急がなくていいから……」
 伊織が困った顔して俺から視線を外した。
「いや……たぶん……きっと……さんざん待ったんだと思うぜ?」
「そうかしら? ずいぶんとほかの女性と仲良くしてたみたいだけど」
「そうか? 気のせいだろ」
 そんな会話をしながら、いつの間にか伊織の目の前まで来た。
伊織はやっぱり、なにかしら覚悟を決めてたんだろうな……俺から逃げることはしなかった。
「もしかして俺って空気読んでたか?」
「今までは読んでなかったみたいだけど」
「読み間違えてなければいい」
「…………」

 目の前の伊織の身体を両腕で抱きしめた。
伊織と知り合って初めて触れた伊織の身体と温もりだ……。
 今まで手首とか……身体のほんの一部しか触れたことがなかったと今さらながら思った。
 よく何年もの間、伊織に触れずに過ごしてきたものだと自分を褒めたいぜ。

「伊織……」
 伊織の首筋に顔をうずめて唇を押し付けると、なんともいえない感触が伝わってくる。
「憂馬……くん」
「あぁ? なんだ邪魔すんな」
 俺は唇で伊織の身体を堪能しはじめてた。
 耳たぶも唇で軽く挟む……子供のころは短かった伊織の細くて柔らかい髪も、今ではもう腰に届きそうなくらい長い。
そんな伊織の髪を自分の指を絡めて感触を楽しむ。
 髪の毛に絡ませてた指を伊織の顎に軽く当てて上を向かせた。

 生まれて……初めての伊織とのキスだ。

「!!」

 そんなキスを伊織本人に止められた。
俺と伊織の唇の間に手を差し込まれて、俺の唇に伊織の手のひらの感触が伝わる。
まあこれはこれで柔らくて気持ちいいが……。

「どういうつもりだ?」
 いまだに伊織の手のひらに唇を押し付けたまま話してる。
だから俺が話すたびに伊織の手のひらがピクンとはねた。
「まだ……聞いてないわよ」
「そうだったか」
 ちょっととぼけてみた。
「言わないならここまでだから」
「……はあーーなんだよ。蛇の生殺しか? 俺に取り引きか?」
「取り引きなんかじゃないわ。憂馬くんの本心を聞かせてって言ってるの」
「…………」
「男らしくないわね」
「当たり前だろ。一生言われ続けるんだぞ」
 俺はこの期に及んで悪あがきだ。
しかたねぇだろ? ここで俺から言っちまったら、俺が負けたことになるんだからな。
 今まで伊織に『憂馬くんの女になる』と言わせるはずだった時間がいったいなんだったのかってことになるだろうが!

「憂馬くん……もういいかげん、この生活と関係を終わりにしたいの」
「わかってるって……」
 そうわかってる……俺だって今までのふたりの関係をやり直したいと思ってる
 ただ俺から言うのかという変なプライドと、言ったあとに待ってるふたりの時間をちょいと秤にかけてるだけだ。
「憂馬くん……」
 伊織の下から見上げる顔を初めて目の当たりにして、アッサリと秤が傾いて白旗をあげた。
 わかった……降参だ……勘弁してくれ。
 だいたいあの最初の告白で、すでに俺は負けてんだよ。
どんな形であれ俺から告白した相手は、今までの人生で伊織だけなのはまぎれもない事実だから。

「伊織……好きだ……俺の女になれ」

 今までの言葉にたったワンフレーズ加えただけの言葉が、まったく違った意味をもってふたりの間に漂う。

「はい……」

 伊織の言葉も今までと同じ……。でもその言葉と一緒に伊織の笑顔つきとなれば、
その言葉は今までとはまったく違った意味がある。

「んっ……」
 最初は触れるだけ……次に啄ばむように角度を変えて何度も伊織の唇を奪う。
伊織の腰にまわした腕に力を入れて引き上げ、頬を押さえてさらに上を向かせた。
「は……ぁ……」
 ちょっとあいた伊織の唇の間から舌を滑り込ませて、思いっきり伊織の中を堪能する。
きっと伊織にとってこれが初めて……だよな? 違うとか言われたらなにげにヘコむぞ。
「ふぅ……ん……」
 さんざん伊織の唇を貪って、口内も満足するまで味わった。
あんまりにも長い時間そんなことをしてたら、伊織が立ってられなくなった。
「甘い……」
「え?」
「伊織の唇も舌も全部甘い」
 伊織を腕で支えながら、そんな言葉が恥ずかしくもなくスラスラと出ることに驚いた。
 今まで女にそんな言葉を言ったことはない。
「きゃっ! ちょっ……」
「歩けないだろ。寝室まで連れてってやる」
「…………」
 力の入らない伊織をいわゆるお姫様抱っこで抱き上げて寝室に向かう。
 ちゃんと伊織に行き先を告げたのに、逃げる様子も嫌がる様子もないところを見ると、
本当に今夜は覚悟しているんだと思いしらされる。

 もし……俺があのまま帰ってたら……伊織はいったいどうしてたんだ?

 きっと俺の前から姿を消してたんじゃないかと、俺は確信にも似た気持ちでそんなことを思う。
 自分の勘の鋭さに感謝か?

「伊織……」
「……あ……」
 ベッドにそっと伊織を下ろして、今度は優しく……でも強引に伊織の唇を奪う。
キスしながら伊織のパジャマを脱がしていく。
 いつもなら相手の女にそんなことはしないし、勝手に相手が脱ぐ。
でも伊織相手なら、そんな動作もなんの苦にも感じずにできる。
「誰にも触らせてないだろうな?」
 今日、本当かどうか知らんが、伊織は人生初の“合コン”なんぞに行ったはず。
「当たり……前でしょう……そんなに軽い……女じゃありませ……ん……ンア……」
「ならいい」
 初めてで緊張気味の伊織の身体に唇と手で優しく触れると、ちょっとずつ伊織の身体が解れていくのがわかった。
それでも震える身体に俺の印を付けていけば、小さな声と一緒に身体も小さく跳ねる。
 優しく抱く……そんな気持ちは初めて伊織と繋がったあと見事に消し飛んだ。
 わかってはいたが、俺とのことが本当に初めてだったんだと納得できるものをこの目で見たとき、
ホッとするやら嬉しいやら……何思ってるんだ自分! などとつっこんでた。

「あっ……あっ!! 憂……馬……くん……ちょっ……まっ……」
「喋れる余裕があるんだな……伊織……もうちょい本気出してもいいか」
「ばっ……やあっ……」
 そんなに安物でもないはずのダブルベッドがギシギシと軋む。
もうどれくらいの間、俺は初めての伊織をせめ続けてるんだろうな。
 でも……やめられないのはしかたない。
これだけ待たされて……焦らされて……挙句の果てに逃げられるところだったんだからな。

 無理な体勢で伊織の唇を塞ぐ。
俺にせめられて浅く速い息の伊織は余計に苦しそうだが、息が苦しいのか俺からのせめが苦しいのか……多分両方か?
 お互いの両手を指を絡めるように繋いで、伊織の頭の上に押し付ける。

 繋がったまま動くのをやめてじっと伊織を見下ろしてた。

 浅く速い呼吸をしている伊織の汗が滲んだ額と頬には、彼女の長くて細い髪がくっついている。
首筋から鎖骨……胸に腹……腰……腿に……そして背中まで俺の印をつけた。
あとでそれを伊織が見てなんて言うだろうか? と思うが、顔をまっかにして怒ってる姿しか想像できない。
そんな伊織もかわいいとしか思えない俺は、どこまで甘いのか……。
 こんなふうにジッと伊織を観察してても、伊織の瞼が開くことはない。
寝てるわけではなさそうで……でもそろそろ意識を飛ばしそうな状況らしい。
なんせここまでに何度俺にイカされたかわからないからだ。
まあ俺もそれなりに満足させてもらったが……まだまだ足りない。

「伊織……」
 伊織の髪に指を絡めながらベッドに肘を着いて耳元で名前を囁く。
「ん……はぁ……憂……馬くん?」
 もう終わりなの? ってホッとした顔すんな! まだ俺はお前の中にいるだろうが!
「これから忙しくなるからな。なるべく早い時期に式を挙げる」
「し……き?」
「結婚式だよ! わかったか?」
「し……き? 結婚……式……」
 そう言うと伊織はまた瞼を閉じた。
 朦朧としてるのがわかった……どんだけ無理させたんだって話だが、まあそれは今夜はおいとこう。
なんせまだまだ俺は、伊織を離す気はないからだ。

「伊織……」
 また耳元でそっと名前を呼ぶ……ピクリと伊織が反応してうっすらと目をあけた。

「好きだ……伊織……お前だけが好きだ……」

 一度口にすると、なんて言いやすいものなんだろうと自分でも驚く。
でもそれはただ単に言いやすくなっただけじゃないことはわかってる。
俺が口に出してその言葉を言うたびに……。

「私も……憂馬くんだけが……好きよ……」

 そう伊織がにっこりと微笑みながら言ってくれるから俺は何度も言ってしまうんだ……。
 まったくとんでもない女だよ……お前は。

 今はまだ……伊織には言っていない言葉がある。
 それは今までの言葉にまたワンフレーズ付け足すだけ……。

『伊織……お前だけが好きだ……愛してる……』

 でもその言葉はもう少しあとにとっておくことにする。

 俺の隣で真っ白なウェディングドレスを着た伊織に……。

 伊織だけに聞こえるように言ってやりたいから……。













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