「史明くん、起きて」
こんもりと膨らんでる掛け布団の中で、寝てる相手の肩の辺りを揺すった。
「……ん……静乃さん？」
布団に包まったまま肩越しに、寝起きの顔を私に向けて掠れた声が返ってくる。
「史明くん。いい加減起きないと朝ご飯抜きよ」
「え？あ……ごめんなさい。起きます！起きますから！！」
そう言うと慌てて上半身を起こして起き上がる。
「じゃあちゃんと、顔洗って来てね」
「はい……」
「二度寝はダメだからね」
「はい……わかってます」
そう返事をした史明くんは、ベッドの上でいわゆるあひる座りをしながら目は瞑ったままだった。
「おはようございます。静乃さん」
「おはよう。二度寝しなかったんた？エライね」
「二度寝すると、逆に起きた時に辛いですから」
「もっとゆっくり寝かせてあげたいんだけど、休みだからってダラダラするのキライだから。ゴメンね」
「いえ。ここは静乃さんの家ですから、家主さんに合わせます。
それにお昼前に、会社にいかないといけないし」
「史明くんこそ休日なのに仕事なんて大変だね。ちゃんと休まないとダメだよ。
史明くん限界来ると、再起不能になるんだから」
「はは……気をつけます。でもそうならないためにこうやって、時々静乃さんに癒してもらってますから」
「こんな気の強い女のところで癒されるの？」
「静乃さんは気が強くなんてないですよ。しっかりしてるだけです。それに懐が広くて優しい」
「誉め過ぎだって。いくら褒めてもコーヒーくらいしか出ないよ」
「うれしいです。いただきます」
「じゃあ冷めないうちに食べて」
「はい。いただきます」
そう言って彼は両手を自分の胸の前に合わせると、目の前にある朝食に手をつけた。
彼の名前は 『楡岸 史明』 （niregishi fumiaki）歳は３２歳。
初めて会った時に、何気に確かめた左手の薬指に指輪はしてなかった。
外してたらわからないけれど、指に指輪をしてた痕はないみたいだった。
なのでどうやら独身らしい。
らしいと言うのは彼と知り合ったあと自分で調べたから。
本人から聞いたわけじゃない。
彼はその業界ではトップを争う大企業の副社長。
付き合ってみてわかったけど、なかなかの好青年な彼。
まだ確実ではないみたいだけど彼には数人の結婚相手候補がいるらしい。
そのことを史明くんは何も言わないから、私からも聞くことはない。
でも、私が彼の素性を知っていることを彼は知らないと思う。
私から言うことでもないし彼も話さないということは、そのことは言いたくないことだと思うから。
それにそのことを話してくれなくても、私達の仲がどうこうなるわけじゃないし。
私と彼の関係……それは友達以上恋人未満な関係？なんだろうか？
いやいや……恋人なんて未満もないくらいだろうと思う。
私は彼の……異性の話し相手というのが丁度いいかも。
史明くんに初めて会ったのは、夜でも上着を着ないでも平気で過ごせるほど暖かくなった夜のことだった。
まだ人通りもまばらにある時間だったから、いつもは通らない帰り道にある公園を通ることにした。
犬の散歩をする人や、ジョギングしてる人にも何人かすれ違って夜の公園でも怖くなかった。
「はぁ〜〜何だかいい気分〜〜♪」
私は１人でウキウキしながら歩いてた。
どうしてだかはわからないけど、もしかして思ってた以上に早く仕事が片付いたからか、
ランチで一日限定数名の最後の１人で、オススメメニューを食べれたからか
いつもは座れない帰りの電車の中で、偶然にも座って帰ってこれたからなのかはわからないけど、
とにかく珍しく気分が良かったのだ。
「今日の夕飯はちょっと豪華にいこうかな〜〜ん！？」
そんなハイテンションの私の目の前に、公園の中のベンチ１つを全部使うように
男の人がうつ伏せで倒れこんでいた。
「え？倒れてるの？」
まだ酔っ払いが酔って寝るには早い時間だと思う。
今から居酒屋に行くぞーー！みたいな時間だし……もしかして具合が悪いのかしら？
「あの……」
私は恐る恐る近付いて声を掛けた。
俯いてて顔は見えないけど外見から察するに若い男の人みたいだ。
仕立てのいいスーツの上下に、チラリと見える腕時計はどこぞのブランド品だし。
きっとスーツも靴も同じだろうと察する。
ということはどこかのお金持ち様でしょうかね？
そんな人がこんな所で一体ナニを？
「大丈夫ですが？具合悪いんですか？救急車呼びましょうか？」
「…………」
「あの……」
「……うぅ……」
「！！」
う…呻き声？？やっぱり具合が……？
「ひっく……ズズ……」
「は？」
え？ハナすすってる？え？なに？泣いてるの？？？本当に？？？
信じられなくて思わず傍に寄って聞き耳を立ててしまった。
「……ふうぅ……うっ……ぐずっ」
「…………」
や……やっぱり泣いてるぅ〜〜〜〜！！！
なに？なんで？？なんでこんな所で大人の男の人が泣いてるの？？
こっ……これは一体どうしたら？？
私はひれ伏して泣いて背中を震わせてる男の人を見下ろしながらしばし硬直！
これは察して見なかったことにして立ち去るべき？？
だって大人の男の人がこんな所で泣いてるなんてよっぽどでしょ？
もし失恋だとしたら私にはどうしようもないし……。
「うっ……」
「！！」
いや！もしかしてあまりの痛さに泣いちゃってるとか？？
ええーーーい！もうわからん！！声掛けちゃえ！！
元来の大雑把な性格が出たらしい。
「あの……どこか痛いところがあるんですか？だったら……」
「た……」
た？
「大切な人を亡くしました」
「！！」
ええーーー！！なっ！？なんてヘビーな告白！うそ！？
「そ……それは……」
「うう……ぐずっ……」
よその人に声を掛けられても泣き止みもせず、伏せたままの彼……一体私にどうしろと？
「あ……あの……とにかくちょっと起きてください。流石にここでそんなことしてたら目立ちますよ」
「うぅ……は……い」
一瞬ピクリとなって納得したのか、ゆっくりと起き上がってくれた。
「…………」
「……はぁ……スミマセン……お気遣い……ヒッ……してくださって……」
起き上がって向かい合った彼はメガネを掛けていた。
メガネを掛けたままうつ伏せで泣いていたせいかレンズは曇って涙でビチョビチョ。
目もハナも頬も赤い。
頬には幾つもの涙の筋と涙が伝ってる……なんとも情けない状態。
でも……なんでだろう……そんな彼を可愛いと思ってしまった。
こんな大人の男の人のことが。
「あ……あの……メガネ外してもいいですか？」
「……ふぅ〜〜」
未だに泣き顔の彼は返事の代わりにコクンと頷いた。
許可をもらったので、両手でメガネのフレームを持ってゆっくりと外す。
彼はその間、目を瞑ってた。
メガネを外し終わって瞑ってた目をゆっくりとあけた彼の顔を見て、私は思わず息を飲んだ。
かっ……かわいい〜〜〜〜！！！いや！カッコいい？？いや！美青年？？いや！いい男？？
とにかく自分のハートにズドン！ときたのは確かだった。
「あの……拭かせてもらっても大丈夫ですか？」
私は手にハンカチを持って、彼にわかるように見せる。
彼は無言でコクンと頷いた。
私はそっと彼の濡れてる目と頬をハンカチで拭っていく。
「ハナも拭きますよ」
持ってる自分のバックから、今度はポケットティッシュを取り出して見せながら聞いた。
「……ハナは……自分で……」
「あ……そうですか……」
そうよね……流石にこの年で見ず知らずの他人にハナまでかませるなんてことしないわよね。
私は別に構わなかったんだけど。
彼が自分のハナをかんでいる間に、私は彼の濡れたメガネをティッシュで拭いた。
「……何から何までスミマセン。ありがとう……ご……ざいます……うっ……」
「ああ……もう……せっかく拭いたのに……」
自分でハナをかんだ後、また彼は泣き出した。
「もしよろしければうちに来ますか？コーヒーくらいならご馳走しますよ。落ち着くまでいてもかまいませんから」
「……え？」
彼が泣きながらビックリした顔で私を見つめるから……くあ〜〜胸キュンなんですけど。
「だって……放っておけませんよ、そんなに泣かれちゃ……どうですか？私の家はすぐそこですから。
そこでだったら思い切り気の済むまで泣いてもかまいませんよ。傍に居ることしか出来ないかもしれませんが
話くらいだったらきくこともできますし、あなたが話したくなければそれでもかまいません」
「……いいん……ですか？」
「はい」
「あ……ありがとう……ございます……」
そう言った彼はまたポロポロと泣き出した。
私はそんな彼の手を取って自分の家に向かって歩き出した。
手を繋いで歩きながら、自分の胸の中にホンワカと何かが灯ったような気がした。
私は１人口元を緩めながら歩き続けてた。
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