想い想われ?



02




『亡くなった母の代わりに、僕を育ててくれたのが祖母だったんです……』

部屋に入って、お互いの名前を紹介し合った。
彼はすでに表札の名前を見て私の名前をわかっていたみたい。
絨毯の敷かれた床の上に直接座った彼に、来るときに約束したとおりコーヒーを淹れて出した。
そんなコーヒーを一口飲んで、彼はポツリと話し出した。

小さい頃に母親を亡くした彼は父方の祖母に預けられて、仕事が忙しかった彼のお父さんの代わりに
いつも傍にいてくれて、それはそれは大事に大事に育ててくれたそうだ。

「年をとってから心臓が弱くなって……何度も入退院を繰り返してたんですが、
3週間前に急に体調を崩してあっという間でした」

そう言うと彼は、ギュッと目を瞑って涙を流す。

「最初の1週間は、葬式やら祖母の知り合いに挨拶やら連絡やらで、あまり考える時間もなくて……
そのあとは、祖母が亡くなる前に手がけてた仕事が忙しくなって、気が紛れてたんですが……
ここ最近やっとゆっくりできるようになって……そうしたら急に祖母のことを……
祖母と暮らしてたときのことをおも……思い出して……くっ……」

「…………」

「フラ……フラと歩いてたら……あの公園に辿り着いて……子供の頃……よく祖母と……
こ……公園で遊んだ……なって……うっ……思ったら……」

彼が片手で顔を覆って言葉を詰まらせる。

「楡岸(niregishi)さん……」

「これから……もっと……もっと……大事にしてあげたかったのに……」

「…………」

「やっと……恩返しが……できると思ってたのに……」

「楡岸さん……」

私はそっと彼の身体を抱きしめた。
だって、私にはそうすることしかできなかったから。
抱きしめると、彼も私の身体に腕を廻した。
きっと無意識にしたことだと思うけど、ギュッと抱きしめられた。
私は片手で彼の背中を撫でて、もう片方の手で彼の頭をそっと抱きしめた。

「大丈夫ですよ……きっとお祖母様もわかってます。楡岸さんの気持ち」
「そう……で……しょうか」

縋(すが)るような眼差しで、私を見上げてくる。
まるで大型の犬が耳も尻尾も垂れて、『クゥ〜ン』と鳴いてるみたいだ。

ああ……もう……

「ええ……きっと……だから」
「…………」

彼の顔を両手で挟んで、自分と視線を合わせるように彼の顔を向かせた。

「もう泣かないでください」
「…………」

そう言ったそばから、彼の目からまた涙がポロポロと零れた。

このときはお祖母様のこともあったけど、仕事でも疲れてたって……あとから楡岸さんは言っていた。

足元にあるティッシュを取って、片手で彼の涙を拭う。
もう片方の手はそのまま彼の頬に触れてる……だって離すのがなんだかとっても惜しいと思ったから。

そんなことをしながら、私は一体なにをしてるんだ?と、不思議な気持ちだった。
こんな見ず知らずの男の人を、知り合ってすぐに一人暮らしの自分の部屋にあげるなんて、今までしたことはない。
しかも、こんなに彼の世話を進んでするなんて……私ってば本当どうしたんだろう?

でも……だって……とんでもなく母性本能をくすぐられてしまう感じ?
彼を見てると、「愛おしい」とか思っちゃうのよね。

無条件で尽くしてしまいたくなる……そんな雰囲気を彼はまとってる。

ハの字になった眉……メガネの奥の潤んだ瞳……大人の男のはずなのに、まるで少年のような顔。

「…………」
「…………」

彼の頬に手を当てたまま、私はじっと彼の目を見つめてる。
彼もそんな私の視線を逸らすことなく、潤んだ目で私を見つめ返してる。

「ごめんなさい。久遠(kudou)さん……あなたの優しさにつけ込んでしまってもいいですか?」

「え……?」

そう言うと、彼から近付いてきて私の唇にチュッと触れるだけのキスをした。
私はちょっと驚いたけど、嫌がったり拒んだりする素振りは見せなかった。

だって……私は彼のことを嫌だなんて思ってなかったから。

「久遠さん……」

落ち着いた彼の声が、私の耳に心地良く響く。
いいよ……私があなたを癒してあげる……
負担になんて思わなくていいから……私が……癒してあげたいって思っただけだから。

あなたは何も気にすることなんてないから……

「………んっ…」

彼の手が私の後頭部に触れると、そのまま自分の方に引き寄せた。
私はそんな彼の首に腕を廻して、今度は強めにお互いの唇を押し付けあって、
どちらともなく舌を絡ませて相手を受け入れた。
そのあと彼は、私に体重を掛けるように寄りかかってきて、そのまま床の上に2人で倒れた。

彼はちゃんと、私の身体を支えながらゆっくりと倒れこんでくれた。








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