想い想われ?



番外編・愛し愛され? 15 史明・静乃side




「静乃さん……」

あのあと4人で夕飯を食べて、夜も遅くなって静乃さんはそのまま泊まることになった。
静乃さんと離れがたかった僕も、そのまま泊めてもらうことにしてもらった。
春織ちゃんは露骨に不満を露わにしたけれど、僕が静乃さんと離れるなんてもう限界で無理だったから、そこは譲らなかった。
お義母さんと静乃さんがそんな春織ちゃんを説得してくれた。

お風呂に入って、もう使われていない静乃さんの部屋のドアを濡れた髪を拭きながら開ける。
静乃さんがベッドに腰掛けて座っていた。
部屋の中はベッド以外にタンスやローボードなどの家具はあるけれど、ほとんど物は僕達の部屋に運んでしまったから部屋全体はちょっと寂しい感じが漂う。
ベッドのすぐ下には布団が一組敷いてあった。

「史明くん」

今度は僕に向かって微笑んでくれた。
僕は急いでドアを閉めると、早足で静乃さんに向かって移動する。
隣に座るのではなく、静乃さんが座ってる目の前に正座した。
布団の上で足は痛くない。
でも、僕の心の中ではまだズキズキと痛みが走ってる。
それでも、恐る恐る静乃さんに手を伸ばした。

「触れても……いいですか?」
「どうしてそんなことを聞くの? 触れてもいいに決まってるじゃない」

頭を少し傾けてクスリと笑う。

「だって……僕にそんな資格があるんでしょうか?」
「史明くん?」

静乃さんとふたりきりで、あっという間に僕の涙腺が緩む。
もう瞬きをしたら、涙が零れそうだ。
そんな僕の中途半端に伸ばされた手を、静乃さんがギュッと握ってくれた。

「静乃さん……本当にごめんなさい」
「もう、謝らなくていいわよ。ずっと謝ってくれたじゃない」
「でも……」
「史明くんが浮気してたなんて、思ってなかったわよ。もし他に好きな人ができたなら、史明くんならちゃんと話してくれてると思ったから」
「そんな! 静乃さんの他に好きな人なんてできるはず……」

静乃さんの言葉に僕は慌てて否定しようとすると、静乃さんが遮った。

「軽い気持ちの浮気なんて、もっと史明くんには無理だと思ってたし。そう思えるくらいは、私のことは想っててくれてるはず……とは思ってたわよ。自惚れかもしれないけど」
「自惚れなんて! そんなことありません! 静乃さんは堂々と惚気るくらい自信を持ってください! 僕は静乃さんのことが誰よりも大切で、愛おしいと想ってますから! だから!!」
「?」

そこまで言い切って言葉を飲み込む。

「だから……今回のことは自分で自分が許せないんです。それに……」
「それに……」
「静乃さんに呆れられるのが……見切られるのが……怖い」
「史明くん……」
「静乃さん……」

握られた手を自分の頬に当てる。
ほんの少しの間、静乃さんと離れていただけなのに、静乃さんの手の温もりが暖かくて懐かしい。
目を瞑ると、ポロリと涙が頬を伝った。

「頬っぺた……赤くなっちゃったわね」

頬に触れている両手の親指で涙の痕を擦りながら、抓られて赤くなってるところも擦られた。

「このくらい……大丈夫です……」
「目の下……隈ができてる。昨夜、寝てないの?」
「はい……」
「ダメねぇ…」
「はい、僕は静乃さんがいないとダメなんです。静乃さんが傍にいてくれないと…」

握っていた静乃さんの手を、そっと僕の頬に押しつける。
そして、スリスリと頬を擦りつけて静乃さんの存在をたしかめる。

「許してくれますか? こんな情けない僕を…」
「もう二度と、今度みたいなことはないんでしょ」
「はい、もう二度とありません。静乃さんに誓います」
「ならいいわ。私もヤキモチなんて初めてだったかも」
「ヤキモチ……ですか?」
「だって、けっこうムカムカしたもの。だから素っ気ない態度とったり、ワザと史明くんに話さなかったりしたんだし。それってヤキモチでしょ? 不安もあったけど、やっぱり気持ちがおさまらないってほうが強かったし」
「静乃さん…」

不謹慎ながら思わず顔が綻びそうになる自分がいた。
静乃さんがヤキモチ……それって僕のことを好きだという証ですよね。

「静乃さん」

僕は膝で立ち上がると、静乃さんを抱きしめた。
とても長い間、触れていなかった気がして思わず強く抱きしめそうになるのをなんとか堪えた。

「静乃さん……好きです……愛してます」

いつもの静乃さんの身体の感触……柔らかくて温かい。
それに優しい雰囲気で癒される。

「静乃さん……静乃さん……」

額を静乃さんの肩に乗せて、グズリとハナを啜る。
頬に静乃さんの首があたって、その温もりを求めて自分の頬を擦りつける。

「史明くん」

静乃さんの腕が僕の背中に回されて、ギュッと抱きしめてくれた。

「ふ…ぅ……静乃さん…」

僕は腕に力を入れ直して、静乃さんを抱きしめ返す。
何度も名前を呼びたくなったけれど、そうするといつまでも呼んでしまいそうなのでギュッと唇を引きしめる。

「ぐずっ……静乃……さん」
「なに?」
「彼とは……どんな関係なんですか……」
「え?」

今まで後回しにしていたことが、色々落ち着いてくると途端に気になりだしてくる。
静乃さんが浮気なんてこれっぽっちも思っていないけれど、ふたりきりで会って食事をしたらしいし、僕に内緒だったことが気になっていた。

「以前合コンで知り合ったの」
「……え!?」

静乃さんの肩に乗せていた顔を慌てて上げて、涙目で静乃さんを見つめてしまう。

「そんなに驚くことじゃないでしょ? 私だって、合コンに出たことくらいあるわよ」
「そうですけど……」

僕はまた静乃さんの肩に額を押しつけて俯く。

「ということは……お付きあいをされていたんです…か?」

鳩尾辺りが、ジュワンと熱くなった気がした。

「ううん。何度か食事をしたり出かけたりしただけ。昨日は本当に偶然、彼が会社に営業に来てたの。久しぶりだったから食事に誘われて、あのホテルの最上階のラウンジで食事したの。彼の会社の関係で融通が利くからって。夜景が綺麗に見える席を取ってくれたのよ」

その言葉を言った瞬間、史明くんの身体がピクリとなって力が入ったのがわかる。

「お互いの近況を話したの。彼ね、結婚を考えてる人がいるんですって」
「……そう…なんですか」

今度はホッとしたように身体から力が抜けた。
私の言葉に敏感に反応する史明くん。
きっと本当なら色々と言いたいことがあるんだろけど、罪悪感から何も言えないんだろうなと思う。

「私が結婚してて、しかも新婚だって知ったら驚いてた」
「…………」

無言でギュッと私を抱きしめる力が強くなる。

「史明くんに黙ってたのは、急に決まったっていうのもあったし、史明くんが帰りが遅くなるってわかったから。でも……史明くんに対して、ムッときてたのもあったからワザと言わなかったの」
「し、静乃さんがそう思うのも当たり前です! 本当にごめんなさい…」

慌てて顔を上げた史明くんの頬には、流れたばかりの涙の痕があった。

「でも、もう会うこともないわ。彼は出張でこっちに来てただけだし、もともとはうちの会社の担当でもないらしいから。私から連絡を取るつもりもないし」
「本当……に?」
「ええ、本当」

静乃さんがそう言うのなら、信じていいのだろう。
でも、気になることも言っていたから、思わずたしかめてしまう。

「静乃さんから……連絡を取るつもりはないってことは……彼は静乃さんに……自分の連絡先を教えたんですか?」
「え? ああほら、彼には色々見られちゃったし、私彼の前で気分が悪くなっちゃったでしょ? だから心配してくれて」
「そ、そういえば気分はもう治りましたか? 春織ちゃんは治まってると言っていましたけど」
「今は大丈夫よ」
「そうですか……よかった……本当に僕は最悪です。静乃さんの体調までも悪くさせてしまうなんて……うっ……」

静乃さんを見つめながら、ポロポロと涙が零れる。

「そうね……史明くんのせいでもあるわね」
「静……乃……さん」
「違うの。そんな辛い顔しないで、史明くん」
「でも……」
「違うのよ」
「?」

静乃さんを見上げている僕の頬を、静乃さんの両手がそっと触れる。
そして、僕と視線を合わせるとニッコリと微笑んだ。









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