想い想われ?



番外編・愛し愛され? 14 史明side




「静乃さんの電話で、彼女も思いとどまってくれたんです」
「ネクタイはそのとき?」
「はい、朝の車の中で静乃さんにネクタイのことを聞かれたときは時間がなくて、彼女とのことを話せないと思ったのであえて言いませんでした。
夜に全てちゃんと話そうと思ったから……でも前の日の夜に帰ったときに、ちゃんと話せばよかったと静乃さんを見送ったあと思いました」
「私も史明くんが帰ってきたとき、なにもきかなかったもの」
「いえ……見知らぬ女性がいきなり僕の携帯に出たんです。しかも、静乃さんに酷いことを……ショックを受けて当然です。
ごめんなさい……僕、全然気づかなくて」
「なに? 酷いことって? それにネクタイって?」
「僕が彼女となにか関係があるようなことを静乃さんに言ったんです」
「はあ? なにそれ? そこまで腹黒? お姉ちゃん、ちゃんと言い返したんでしょうね!」
「え? んーかけ直してまで話したいと思わなかったし…それになんとなくウソ言ってるかなーって」
「なんでそう思ったのよ」
「え? そうね……史明くんだから?」
「なにそれ! 答えになってないよ」
「史明さんのことを信じてたってことじゃないの」
「お母さん!?」

ずっと黙って話を聞いていたお母さんが、ニコニコと笑いながら言う。

「史明さんが浮気なんてするはずないって、静乃はわかってるからその女の人が勝手に言ってるって思えたんでしょ」
「史明くんの浮気を疑うっていうより、ムッとしたほうが強かったかも。だから史明くんが帰ってきてもそのことを追究しなかったと思う。
史明くんから折り返しの電話もなかったし」
「あ…着信履歴を消されてしまって、静乃さんから電話があったことを知らなかったんです」
「まあ、そうじゃないかとは思ってたけど」
「ごめんなさい……」
「ネクタイって?」

春織ちゃんが急かすように問いかけてくる。

「僕がネクタイをしていないことに静乃さんが気づいて、どうしたのか聞かれたんです。
彼女のところに置いてきてしまったと思いましたが、会社に向かう途中の時間では
全部話しきれないと思って誤魔化してしまったんです」
「どうして帰ったときに、ちゃんとお姉ちゃんに話さなかったの? やっぱり、やましいことがあったからじゃないの?」
「いえ、違います! 帰ったとき静乃さんの態度がいつもとちょっと違ってたので、言うのをためらってしまいました。
あとから思えば、あのときは彼女と電話でやり取りがあったあとだったからだと思えば当たり前です。
しかも、僕がなにも話さないなら余計に……」
「ネクタイを返してもらうために彼女に会ったの?」

静乃さんがあのホテルのエレベーターでのことを言ってるんだとわかった。

「そのためだけに彼女に会ったわけではありません。お願いしていたコーナン氏との面会が叶って、
あのホテルで会う約束を取りつけてくれて。そのときに返してもらおうと、彼女に持ってきてもらったんです。
あのホテルに入ってすぐにコーナン氏の部屋に行って、話しが終わって部屋を出たあと静乃さんと会ったんです。
そのあとすぐに僕も帰りましたから、ふたりっきでいた時間はほとんどありませんでした」
「どうしてそんな女の人とふたりで会うかな?」
「そのときは彼女が静乃さんにそんなことをしていたなんて知らなかったんです。
僕にしたことも。知っていれば彼女に対する対応も違ってたんですけど」
「でも、今までの話を聞いてると、これからもその人との接点はありそうじゃない?
相手だってお義兄さんに恩を売ったようなもんなんだし?」
「コーナン氏と直接会ってからは、彼女とは会っていません。もう彼女を通さずに直接コーナン氏と連絡を取ることが可能になりましたから。
もう少し落ち着けば、僕もこのプロジェクトを直接指示することもなくなります。彼女とはプライベートでは会うことはもうありませんし、
仕事でどうしても会わなければいけない場合は、僕の代わりに誰かに間に入ってもらうことになると思います」
「お義兄さんってば、仕事なら付き合うの?」
「彼女によって、こちらのプロジェクトが進展したのは事実ですから。仕事の面では彼女のおかげなんです」
「それは“経営者サイド”からってコト?」
「そうです。コーナン氏と繋がりを持てたことで、会社は新しい分野を開拓することができる。それは会社のさらなる利益にも繋がるんです」

そう説明すると、春織ちゃんは納得いかないって顔で僕を睨んだままだ。
たしかに僕は静乃さんの夫だ。
けれど、夫でもあるけれど会社の重要なポストについている重役として、会社のことも考えなくてはならないから。
だからって、自分を相手に差し出すようなマネはしないし、静乃さんを裏切るような真似もするつもりはない。
今回のことで、そのことはさらに強く思う。
そうでなければ、また静乃さんに不快な思いをさせて、傷つけてしまうから。

「たしかに彼女はうちの会社に恩を売った形になりましたが、自らの手でその恩を手放してしまいました。もう僕は、彼女とは会うことはないと思います。
最後に電話で話したときに、彼女もそれを察してた雰囲気でしたから。静乃さんにも、申し訳ないことをしたと謝罪されました。
本当は直接、静乃さんに伝えたいって言われたんですけど、僕がお断りしました」
「え?」
「彼女のしたことは、許せることではなかったからです。それに彼女が静乃さんに会うなんて、我慢できませんから」
「史明くん……」
「今回のことは僕にも非があったと思います。大学の同期ということと、プロジェクトが進展するかもしれないと気が緩んでいたことは事実ですから。
その隙をつかれてしまいました。それで静乃さんに、取り返しのつかないほどの嫌な思いをさせてしまって……
本当に申し訳ないと思ってます。ごめんなさい」

膝に手を置いたまま、史明くんが深々と頭を下げる。
私はそんな史明くんを見て、胸がキュンとなってしまう。

「史明さん、頭をあげてください。お話を聞いた限りじゃ、史明さんだって被害者みたいなもんじゃないの?」

お義母さんが心配そうな顔で僕の顔を覗き込む。

「でも……僕が不甲斐ないばっかりに……」

ああ……マズイ。
どことなく静乃さんに似ている瞳でジッと見られると、堪えている涙腺が緩みそうだ。

「そうよ! 甘い! 甘いわよ! お姉ちゃんも、お母さんも! 一歩間違えば、とんでもないことになってたのよ! “ごめんなさい”じゃ済まされないわよ!
それが原因でお姉ちゃん達の仲がこじれて、離婚にでもなったらどうするつもりなのよ? その人を連れてきて、土下座させたっていいくらいでしょ!」

春織ちゃんがビシッと僕を指さして言い切る。
でも、春織ちゃんの言うことも尤もなことだと僕も思う。

「春織……私は離婚とか考えてないから、落ち着いて。それに私は別にその人に会いたいとは思わないし」
「お姉ちゃんは許せるの? 自分の旦那さんが、その女の毒牙にかかるところだったんだよ! しかも、お義兄さんの危機感のなさで!
また仕事にかこつけて、女の人に言い寄られるかもしれないんだよ!
また、こんなふうに嫌な思いするかもしれないんだよ!」
「ま……た?」
「そうだよ! ここはお義兄さんにも“しっかりしろ!”って一発……ううん! 往復ビンタ何回かするくらいのことをしても、お姉ちゃんは許されるよ!」
「…………」

そんな春織ちゃんの言葉に、静乃さんがゆっくりと僕を見る。
僕はコクンと息を飲んだ。

「春織ちゃんの言うとおりです。静乃さんの気の済むようにしてください」
「…………」

それでも静乃さんは僕をジッと見つめたままだ。
きっと色々考えるところがあるんだと思う。
それも当然のことだ。

「静乃さん……」

僕は立ち上がって、静乃さんの前にキチンと正座で座る。
手は膝の上で、ソファに座ってる静乃さんを見上げて覚悟を決めた。

「…………」

目の前に座る僕をジッと見つめながら、しばらく沈黙が続く。

「静乃さ……」

パチンっ!!!!

「……っつ!!」

もしかして、怒ることもしたくないほど僕に見切りをつけてしまったんだろうか?
と思って静乃さんの名前おを呼ぼうとしたとき、広げられた静乃さんの両手が僕の頬を叩くようにして強めに挟んだ。
突然のことと、思いのほか痛かったので思わず苦痛の声が出てしまった。

「…………」
「し……しじゅの……しゃん……?」

そのまま両手で、ウリウリと捻るように頬を弄られる。
そのせいで、口がマヌケに開いて上手く言葉が喋れない。

「!!」

しばらくウリウリとしてた静乃さんの両手が、今度はギュッと僕の頬を抓った。

「……イッ!!」

僕は痛いという言葉を飲み込んだ。
痛いなんて言う資格は僕にはないから。
静乃さんが受けた心の痛みに比べたら、こんな痛みなんて……。

「“また”なんて、ないわよね? 史明くん?」
「……ふぁい?」
「フフフ♪」
「…………」

静乃さんがニッコリと笑顔を見せながら、僕の頬を抓んでいる指にさらに力を込めて左右に引っ張る。

「ないわよ……ね? 史明くん? もう、二度とこんなこと」
「ふぁ……ふぁい……もうにろと…こんらことはありましぇん……」
「ウフフ♪ そうよね?」
「ふぁい……しじゅのしゃん……」
「ウフフ」
「…………」
「ウフフフ」

隣で春織ちゃんが呆れたような、ビックリしたような顔で僕達を見ていた。
しばらくして大きな溜息をつくと、疲れたようにソファの背凭れに身体を預けた。
そしてお義母さんが夕食の用意をするからと、手伝いに呼ばれて席を立った。

それから数十分後、夕食の用意が済んだお義母さんに『静乃、いい加減にしなさいよ』と言われるまで、
静乃さんは微笑みながら、僕の頬を抓っていた。









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