「千夏!?」
「よお」
夜の11時過ぎに帰ってきた千夏は、柚月先輩に抱きかかえられて帰ってきた。
今日は会社の飲み会だって言っていたが、こんなになるまで飲んで帰ってくるなんて結婚して初めてなんじゃないだろうか。
「なんか今日は飲みすぎちまってさ」
「スミマセン……オイ、千夏!」
先輩の手から離れると、フラフラと覚束ない足取りで玄関に入ってきた。
ドアや壁に手を着いて、縋りつくように歩く。
こんな酔った千夏を見るのは久しぶりだ。
「オイ、大丈夫かよ」
「らいじょうぶよ」
「大丈夫じゃねえだろう? なんでオレを呼ばないんだよ。連絡くれれば迎えに行ってやったのに」
「ああ……もう……隼斗は触んないで……」
「はあ?」
よろける千夏に手を伸ばすと、鬱陶しそうに手を振り払われた。
「千夏?」
テレてるとか、そんなんじゃない。
本気で触られたくない言い方と素振りだ。
なんだ? と思って柚月先輩を見ればちょっと肩を窄めて苦笑いだ。
「…………」
一緒に飲んでいた先輩なら、千夏のこの態度がなんなのか教えてくれるだろうか?
「俺も隼斗に迎えに来てもらえって言ったんだけどな」
「いいんですぅ〜隼人になんてお世話になんてならないんだから〜ウイッ! ハア〜〜」
「柚月先輩?」
「んーー八神が話さないのに、俺から言うわけにもいかないからな」
「…………はあ〜仕方ないですね」
「悪いな。じゃあ、タクシー待たせてっから」
「あ、本当にすみません。ありがとうございました」
「いや、じゃあな」
「柚月先輩〜、ありあとうございました〜」
片手を上げて待たせてあるタクシーに乗り込むと、窓越しからも手を振ってくれたのがわかった。
タクシーが走り出して、家の前から少し走ったところの角を曲がるまでオレと千夏は玄関に立っていた。
「ふあ〜〜さて……と」
「オイ、待て千夏!」
「もう、うるさーい! わらしのことはほうっておいて」
「そんなワケいくか! 一体なにがあったんだよ」
「だからなにもないってば〜」
「ウソつけ! 明らかになにかあったんだろ。じゃなきゃなんでオレに触られるのが嫌なんだよ」
「うるさい! とにかくいまはほうっておいてってば〜」
「千夏!」
親父達は気を利かせてくれているのか、こんなにも玄関先でグダグダやってるにもかかわらず起きてこない。
千夏はフラフラとした足取りで、浴室に向かう。
「そんな酔ってて風呂なんて入って大丈夫なのか?」
「らいじょうぶれす! 簡単に浴びるだけらから、隼人はあっち行ってて! っていうか、あっち行け!」
浴室に繋がる洗面所に入ると、オレを締め出すようにサッサと入り口のドアを閉めようとする。
少し開いた隙間からオレを見て、あっかんべーと舌を出した。
「千夏!?」
「フンッ!」
そしてかなりの勢いで、ドアが閉められた。
「ったく……」
ドアの向こうから、布の擦れる音がしてるところをみると、ちゃんと自分で服は脱げているらしい。
パジャマはないが、下着一式は洗面所に置いてあるから心配はしないが……。
「様子、見に来るからな! あんまり遅いと勝手に中に入るからな!」
「うるさ〜い! らいじょうぶらって言ってるれしょ! サッサとあっち行け!」
「…………」
いばらく洗面所のドアの前に腕を組んで耳を澄ませていた。
少しして浴室のドアの開く音がしてシャワーの水の音がしてきたのが確認できたから、そのままその場で様子を見ることにした。
やっぱり万が一倒れられたら困るしな。
それにしても、千夏の奴一体どうしたっていうんだ。
あとでもう一度問い質してみるが、素直に話すとは思えない。
そのときは、柚月先輩に聞くしかないか。
仕事のことか?
でも、オレに触れてほしくないなんて言うってことは……オレ絡みか?
…………オレ、なにした? いや、なにもしてねえよな?
しばらく様子を見ていたが、千夏が無事に浴室から出てきたのを確認して二階の自分達の部屋に先に戻った。
本当は戻ってきた千夏に今日なにがあったのか問い詰めたかったが、さっきのやり取りで今日は……というか
千夏から聞くのは無理なんじゃないかと思って先に寝てるフリをした。
「ふはぁ〜〜」
まだ酔いの醒めない感じの千夏だったが、モソモソとオレの寝てる隣に潜り込んできたから、まあ良しとするかと思った。
ただオレに背を向けて、オレとの間にいつもは空けない隙間を空けたのにはムカついた。
酔ってるせいで、あっという間に眠りに落ちたらしい。
規則正しい寝息が聞こえてくると、オレは千夏のほうに向き直って腰に腕を回してまだ乾ききってない髪に鼻先を押し付けた。
「千夏……」
「んんっ……」
居心地が悪いのか、むずがる千夏を強引に両手両足で抱きしめて眠ってやった。