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06 柚月視点




「好きな女がいるのに、お前バカ? 余計避けられるぞ」

屋上でいつも不貞腐れたような顔をして寝転んでるる2コ下の後輩に向かって、呆れた顔と声で言った言葉。
今まで何度か言い方を変えて言っていた言葉だった。

幼稚園に通う子供のころから好きだという幼馴染みがいるくせに、その子に手が出せないからと
他の女を相手にしてるそいつに呆れるやら同情するやら。
まあ、自分もあまり人に褒められるようなもんじゃなかったけれど、自分なら好きな相手に避けられるようなことはしないけどなあ〜
なんて思ったし、したとしても相手にわからないようにすると思うから。
男の俺から見ても隼人はバイタリティがあって、人よりも男らしさが強いせいなのか、自分よりもはるかに強い“性欲”も持っていた。
思春期っていうのもあっただろうし、もって生まれた元々の“モノ”が違うせいもあったんだろうとは思う。
生活環境もあったかもしれない。
ただ、俺は隼人ほど女を抱きたいという衝動はなかった。
付き合えばそういう行為に至ることはあったけど、相手を押し倒してまでとか思ったことはなかったからな。

「仕方ないじゃないないっすか。そうでもしないと夜中にあいつの寝てる部屋に忍び込んで、
泣き叫ぼうが殴られようがおかまいなしに、朝まで抱いて抱き潰す自信があるんで」
「オイ……」
「そんなことしたら、どうなると思います? まず千夏には嫌われて、親父と知子さんにボッコボコにされますよ。
そんで家から叩き出される」
「は? ふたり公認なんじゃないの?」
「それは千夏がオレを受け入れてくれたらの話ですよ。もちろん“気持ち”をですよ。お互いが好きあってるならそう文句は言われないと思うけど。
無理矢理じゃ無理っす。オレが千夏にアプローチするのを黙認してるだけですからね、ふたりとも」
「ふーん。じゃあもし、完璧に彼女が隼人を拒否したら?」
「怖いこと言わないでくださいよ。そんなことになったら、オレはどうしていいのかわかないじゃないですか」
「だって、ありえなくないだろ? 自分を好きだと言いながら、他の女とする男なんて」
「…………わかります? 先輩」
「ん?」
「欲しくて欲しくてたまらない女が目の前にいるのに、指咥えて見てるしかないってことがどれだけ苦しいか」
「んーわからんでもない……かな」
「オレ人よりも“そういうの”が強いらしくって、自分でも抑えんのが大変なんですよ。千夏が目の前にいるとホントヤバいくらい。
湯上りの千夏なんて見たらその場で押し倒したいくらいの衝動に駆られる。
でも、千夏はオレのことなんて昔は幼馴染みで、今は家族としてしか見てないし」

ハハッとなんとも投げやりな声で笑う。

「そうか? 満更でもなさそうだけどな」
「付き合いは長いから、邪険にはされないですけどね」
「…………」
「手を出せないのも辛いけど、もっと辛いのが千夏を押し倒したい衝動を堪えてるオレを見る千夏を見るのが辛い」
「は?」
「怯えてるんですよ、オレが近づくとビクッとなって。すんげー警戒されてるし、手を出すんじゃないって目で訴えてくるし」
「へえ……」
「だから他の女を相手にするしかないじゃないっすか。オレだって本当は相手は千夏がいい。
なんで他の女なんて相手にしなくちゃいけねえんだって、自分でも思ってますよ。でも……」

起き上がって立てた膝に腕を乗せると、おもむろに前髪をかき上げた。
相変わらず男前な顔だよな……なんて、男の俺でも思う。
イケメンとはまた違う容姿。
まだ16のガキのくせに。

「これ以上、千夏に呆れらたり嫌われるのは嫌だから」
「お前、嫌われてないと思ってんの?」
「呆れられてはいると思いますけど、まだ嫌われてはいないと」
「ふーん」
「今、手を出したら嫌われるのは目に見えてるし。それに一度でも手を出したら止まれない自信あるんで」
「それって自分で自分の首、絞めてんじゃね? 自分でややこしくしてどーすんだよ」
「しかたないっす。それが千夏以外の女に手を出してる罰みたいなもんだと思ってますから」

そう言って黙り込んだ隼人の背中を眺めつつ、俺はズボンのポケットに両手を突っ込んだまま屋上の金網の柵に寄りかかる。

「…………」
「…………」

ふたりして黙り込んで、暮れていく空を眺めてた。



ときどきそんなふうにふたりで過ごしたときもあったな……なんて思い出しながら酒の入ったグラスに口をつける。
俺の隣に座る隼人が、酒の入ったグラスを俺よりも豪快に飲み干してた。
結局、嫁さんから機嫌の悪くなった理由を聞き出せずに終わったらしい。
隼人の中じゃもう今さららしいから、俺になにも聞いてこなかったけれど。
それとは別に、あのあとすぐに隼人の嫁さんの妊娠が発覚したので2人で祝おうと呼び出した。

「最後に体調が悪かったのは、そういうことだったみたいだな」
「それもあったみたいだけど、やっぱり疲れてたのもあったみたいですね」
「悪かったな、気づいてやれなくて。結構無理させちまったからな」
「今はもうケロッとしてるんで大丈夫ですよ」
「そうか? まあ、今度っから気をつけるわ」
「ありがとうございます」

頭を下げつつ、酒を飲もうとしてグラスが空なのに気づいた隼人が二杯目を店員に頼む。


出張明けの翌日、出社したオレを見つけて隼人の嫁さんが話かけてきた。
お互い出張の疲れを労うと、気になっていた隼人とのことを聞いた。

「仲直りできたのか?」
「別に喧嘩してたわけじゃないですもん」
「お前が拗ねてただけだったか?」
「なっ! べ、別に拗ねてたわけじゃ……」
「まあ、いいんじゃねえの? 高校のとき散々ヤキモキさせらんだから、今度はお前が隼人をヤキモキさせても。
俺は別に協力は惜しまないよ」
「柚月先輩、高校のときもそんなふうに言ってくれましたよね?」
「そうだったか?」

八神に言われて高校のころを思い出す。
八神は隼人に気のある女子達に、コトあるごとに突っつかれてたよな。
隼人とも親しかったから、なんとなく目が行って気にかけてたっちゃ気にかけてたな。
あの隼人がずっと想ってる相手が、どんな奴なのかってのも気になってたし。
会ってみればそんな美人ってワケでなく、ごくごく普通の女の子だなってのが第一印象だった。
その“ごくごく普通の女の子”が、あの隼人相手には上手くいかなかったところだったのか。
逆に多少“羽目を外す”女の子だったらよかったのか?
隼人を受け入れたいけど受け入れない、っていうなんとも複雑な気持ちが見ててわかったしな。
まさかオレと同じ会社に就職してくるとは思わなかったけど、これもなにかの縁だろうか。
またあの心配性の隼人に協力する羽目になったけどな。

あの日、八神が不機嫌になった理由は高校のときコイツに突っかかってた女2人に偶然飲んでた店で会ったからだ。
八神のほうはあんまり憶えていなかったみたいだけど、相手は八神のことを憶えていた。
そりゃそうだろうな、と思う。
八神にしてみれば“隼人のことでいちゃもんつけてくるその他大勢のうちの誰か”だが、相手にしてみりゃ“隼人が想ってる相手”だもんな。
しかも、隼人に相手にしてもらえなかった女達だ。

隼人は同じ高校の女には手を出さなかった。
相手は大学生やらOLやら、年上を選んでたと思う。
それも褒められたもんじゃないけど、まだ八神にとっては我慢できたことだったんじゃないだろうか。

『隼人君と結婚したんだって? どうせ結婚するんだったら高校のとき、あんなもったいぶらずにサッサと隼人君とやっちゃえばよかったのにさ〜
今までヤッた相手と比べられて可哀想〜隼人君にガッカリされないようにちゃんと勉強しなよ』

他にもなんだかんだど八神に言っていたけど、八神はなにも言い返さなかった。
見かねて俺が『隼人に相手にされなかったからって、今さらコイツに絡んだって仕方ねえだろ。そんなんだからお前等相手にされなかったんだよ』

実際は違うんだが、今はそんなことどうでもいい。
俺だって八神とは高校のときからの付き合だ。
今じゃ同じプロジェクトに携わってる。
だから八神の味方になるは当たり前のことだ。
いつもより数段低く、不機嫌さを前面に出した声で話ても仕方ないだろう。
女達は最後はバツの悪そうな顔でいなくなった。

『別に気にしてませんから』

なんて言ってたけど、明らかに態度の変わった八神。
久々に隼人の過去を思い出したんだろうな。
関係を持った相手じゃなかったのが救いだけど。
そのあと、八神はずっと酒を飲み続けてた。
一応止めたが、あんまり強くは言えなかった。
そんなんで酔いも早く回っちまったんだろうな。
ひとりじゃ歩けないくらいに酔っぱらって。
隼人に迎えに来てもらうように連絡しようとしたけど、頑なに拒否されて俺が送ることになったというわけだ。

「体調は大丈夫なのか? あのあと隼人の奴、大変だったんじゃないか」
「あーあれはですね……」
「?」

急にしおらしくなった八神を不思議に思いながら、なんともめでたいことを報告してくれた。



「なんか柚月先輩には色々面倒かけてすみません」
「別にいいって。会社の同僚で、高校の後輩でもあるし。今さらだろ」
「先輩は高校のときも千夏と付き合いがあったんですか」
「え? んーそんなでもなかったかな? どっちかっつーと会社に入ってきたあとのほうが関わることが多いかもな。
俺営業で、八神は営業事務だし」
「そうですか」

そのあとも世間話やら高校のころの話やら、これから生まれてくる子供の話をするときはよほど嬉しかったんだろう。
普段見られないくらいのニコニコ顔だった。

高校のころからの付き合いで、かれこれ10年近い付き合いになる後輩夫婦。
同じ男同士で隼人の気持ちも分からなくもなかったが、なにかと女子に絡まれていた隼人の嫁さんを気にかけていたことは事実で。
その気持ちが同じ職場になった今でも同じだと自分では思う。

これから新しい家族も増えて、隼人としては守るものがまた増えて今まで以上に嫁さんと子供に愛情を注ぐんだろうな。

「フム……」

ちょっとだけ羨ましく思うけれど、今のところ恋人もいないオレとしてはもうしばらくの間、この後輩夫婦を見守っていこうかと思う。
 







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