ひだりの彼氏 番外編 李舞と馬場 02


02




「オレが戻ってくるまでに李舞に変なことしたら、本当にただじゃおかないから。
李舞に変なことしたら、ちゃんとわかるから」
「わっかたから早く行けって。また催促の電話が入るぞ」
「…………チッ」
「…………」

さっきから、なかなかここから離れようとしない三宅。
俺が子供を見ててやるって言ってるのに、子供も俺に渡そうとしない。
さっきからブツブツと文句を言っていたが、ついさっき早く来いっていう催促の電話が三宅に入った。
それを指摘するとあからさまに(多分)不機嫌な顔になって、舌打ちまでしやがった。
無表情で舌打ちすんな。
しかも、未だに俺が子供になにかすると思ってるらしい。
こっちこそ舌打ちするぞ。

「そんなに心配なら一緒に連れて行けばいいじゃないか。結婚してるのもバレてるんだから」
「だから、李舞を好奇心の目にさらすわけないだろ」
「睨むなよ。だからその間、俺が見ててやるって言ってるだろうが」
「…………チッ」
「舌打ちすんな。ほら、子供寄こせよ。ちゃんと面倒見ててやるから」

両手を三宅の前に差し出した。
三宅はそんな俺の両手をジッと見てる。

「…………はあ〜李舞」

あきらめたように子供の名前を呼ぶと、子供の耳に口を寄せてなにやらコソコソと話し出した。
なに? こんな小さな子供になにか言って通じるわけ?
多少の言葉は理解できるとは思うけど、なにやら(多分)真面目な顔で子供に向かって話を続けてる。

「じゃあ、気をつけるんだよ」

やっと話が終わったのか子供の耳から口を離すと、自然な流れでそのまま子供の頬にチュッと三宅がキスをした。

「!!」
「なに」

俺がその光景を目にして驚いていると、そんな俺を見た三宅が冷めた目で俺を見てる。

「いや……三宅の意外な一面を見たから驚いただけだ」
「自分もしたいとか、オレがいなくなったらしようとか思ってるんじゃないよね」
「しないって。しつこいぞ、お前」
「今の世の中、疑ってかからないとダメだから。人は見かけによらないって言うし」
「俺はノーマルだっつーの! いいから早く行ってこい」
「李舞には言い聞かせたから泣かないはず。それが泣いてたり、泣いてた痕跡があったら、馬場許さないから」
「わかった、わかった。いいから早く行け」
「…………」

渋々と子供を俺に渡すと、最後に子供の頭をひと撫でして三宅は走って行った。

「おお、三宅が走ってる」

高校の体育の授業以外で、三宅が走ってるなんて初めて見たな。

「よっぽど心配らしい」

言いながら子供を見ると、小さくなっていく三宅の姿をじっと見ていた。
泣きもせず、嫌がりもせず俺に抱っこされてる三宅の子供。
抱っこしている俺の腕に感じる子供特有の柔らかさが伝わって、なんともこそばゆい感じがする。
子供を抱っこするなんて久しくなかったと思う。

「いぶちゃん、だっけか」

名前を呼んだからか、俺のほうに振り向いた。

「ちょっとの間だけ、我慢してくれよな」
「…………」

観察するようにジッと俺を見てる。
なにもかも、小さい作りだよな。

「ねえ、その子三宅君の子供?」
「!!」

目の前に女子二人、いつの間にか近づいて来ていた。
それに驚いたのか、三宅の子供が俺のほうに身体を向けて俯いた。
目の前の女子から自分を避けるように。

「さっき見てたんだけど、女の人がパパって言ってたよね? あの人が三宅君の奥さん?」
「なんかちょっと派手目で、三宅君のイメージと違ってたけどさ」

ここは正直に答えたほうがいいのか?

「違うって言ってたよ」
「え? そうなの? でも、この子の母親でしょう?」

三宅がここにいたら『さあ』とか言って惚けそうだよな。

「それも違うらしい」
「え〜? ホントに?」
「?」

そんな話をしていると、俯いてた頭をさらに低く俯いてくる。
俺の胸に子供の額が密着して、どうしたんだ? と思えば、俺と話していた女と一緒にいたもうひとりの女が
子供に向かって携帯を向けているところだった。

「勝手に撮るなって」
「えーだって三宅君の子供かもしれないんでしょ? みんなにも見せたいじゃん」

その言葉を聞いて気持ちが決まった。
カチンときて、絶対こいつらにこの子の写真なんて撮らせるかと思った。

「違うって言ってるだろう。知り合いの子だ」

顔を撮らせないように、子供の頭を力を加減して自分のほうにさらに引き寄せる。
俺の手の平にすっぽりと納まる小さな頭だ。
手の平に感じる髪の毛は細くて柔らかかった。
ホント子供って小さくて柔らかいんだな。

「三宅君の?」
「俺の」
「馬場君の?」

俺は知らない女だったけれど、話かけてきた女は俺のコトも知ってるようだった。
そういえば、見たことあるような顔のような気もする。

「そう」

素っ気なく返事をして、子供と一緒に渡されたバッグを掴んで歩き出した。
頭から手を離したけれど、子供はそのまま俺の胸に頭をうずめるように俯いたままだ。
わかっててやってるとしたらなかなか賢い。
三宅の教育の賜物か?

「あ! ちょっと!」

結局ハッキリとこの子供は誰の子なのか教えないままその場を離れた。
写真も撮られてないと思う。

しばらく歩いてハタと気づく。

「あ! あそこで待ってなきゃいけなかったんだっけか」

無心で歩いてたから、大学からかなり離れた場所だった。
普段の習慣か、駅に向かって歩いてはいたみたいだけど。

「ま、いいか。どうせ帰るなら駅に近いほうがいいだろうし」

視線を子供に向ければ、俯いていた顔を上げて俺を見ていた。
ホントできた子だ。

「いぶちゃん、少しの間お兄さんとデートしようか」

俺のお誘いに無言の幼児。
当たり前かと思いつつ、肩に掛けた荷物と抱っこしていたいぶちゃんを抱え直して駅前に向かって歩き出した。



「ちょっと、どういうこと?」

ハアハアと肩で息をしながら、三宅が俺達が座っているテーブル席の横に立って俺を睨んでいる。

「あそこで待ってて言ったよね」

今度はテーブルに片手を着いてさらに睨む。
珍しく、眉間に皺が寄ってるし。

駅に向かう途中で規模は小さいけれどファミレスがあったから入って三宅を待っていた。
ちゃんと場所を移動したことは連絡を入れて。

「色々事情があったんだって。外で待ってるのもなんだからここで待ってたんだけど。
いぶちゃんアレルギーってあるかわからなかったけど、オレンジジューズなら大丈夫だろ?
一応お子様用のを頼んだけど」
「アレルギーはない。そんなことよりも、なんで李舞が馬場の膝の上に座ってるワケ? 子供用のイスあるだろ」
「え? ああ、そっか。気づかなかったわ。もうひとりで座れるのか?」
「子供用のイスならね。おいで、李舞」

三宅が手を伸ばすと、いぶちゃんは素直に三宅に手を伸ばす。
父親なんだし、今日会った初対面の男よりも三宅のほうがいいだろうことはわかるけど、
軽くなった膝の上がなんとも寂しかった。
三宅はそのまま反対側の席に子供を抱いて座った。

「…………」

子供特有の匂いかわからないけれど、自分の顔の近くに頭があったせいかシャンプーか石鹸の
ホンワカとした匂いが心地よかった。
癒されていたらしい。
子供って可愛いもんなんだ……と改めて思った。

「なんか名残惜しいような顔してる。やめてほしいんだけど。まさか、李舞に邪な気持ち抱いてないよね」
「だから、その軽蔑したような視線をやめろ。俺は変態じゃない」
「李舞が怯えてないから、変なことはされなかったみたいだね」

労わるように子供の頭を撫でる三宅。

「しないって。それどころか子供の顔を拡散されるのを防いでやったんだぞ」
「は?」

三宅がいなくなったあとの話をしてやると、スッといつもの無表情の顔がさらに無表情になって、ボソリと呟いた。

「安奈先輩に厳重注意だ」
「…………」

それもあるかと思うが、そういう仕返しをされるようなことをしている三宅も態度を改めたほうがいいと思うぞ。
と思った俺は間違ってないと思う。

そのあと子供と荷物を持って電車で帰るのは大変だろうと、家までついて行ってやろうかと親切で言ってやれば、
慣れてるからと断固拒否された。

『家を知ってどうするわけ。まさか、こっそり訪ねようとしてるとかじゃないよね』や、
『やっぱり李舞に変な気持ち抱いたとか。それってロリコンの域、超えてるんだけど』とか、

ほかにも散々なことを言われた。
まあ、本気じゃないだろうとは思うが。
ただ、ここまで三宅が子煩悩とは思わなかった。
嫁さん好きっつーのはなんとなくわかってはいたが。
何事にも無関心な奴と思っていた高校のころとは俺の三宅に対する印象が大分違ってきた。

別れ際、三宅を無視して『いぶちゃん、またな。バイバイ』と言うと、いぶちゃんがちゃんと
手を振ってくれたことに内心感激したのは三宅には内緒だ。
三宅もそのことに関してはなにも言わなかったから、本当は俺が子供とかかわったことは
あまり気にしてないんじゃないかと思う。

ただ、その日の夜に 里菜 りな が俺の部屋に飛び込んできた。
かなり緊迫した顔で。
あまりの形相に、なんだ? どうした? と訊ねれば、高校の友達から俺に隠し子がいると連絡があったらしい。

「は?」
「ちょっと! どういうこと! 人には浮気するなとか言っといて、自分は子供まで作ってたわけ!
どこの誰よ! 相手は!!」
「ちょっと……待てって! 落ち着け!」
「しかも、今日大学にまで押しかけてきたそうじゃない!  成海 なるみ が子供を連れて逃げたって噂になってるって!」
「はあ!?」

なんだそりゃ?
一体どうしてそうなる?

「違うって! どうしてそうなったのかわからないけど、誤解だって!」
「子供を庇うように逃げ去ったって!」
「それは本当だけど、でも違うって!」
「子供がいたことは本当なのね!! 今日、大学に子供を連れて来たのも!」
「いや……だからそれは当たってるけど違くて……」
「なによ! 男らしくないわね!」
「だから……」

なにがどうなってこんな話なっているのか。
元はきっとあの女2人だろう。
でも、どこの誰だか今となってはわからないけど。
顔も覚えてないし。

「このエロ男!!!」
「人の話を聞けーーーー!!」



そのあと、興奮して暴れる里菜になんとか今日のことを説明して、やっと納得してもらうのにとんでもない苦労をした。
しかし、恐るべし情報社会。
どう巡り巡って里奈にまで話が届いたのか。

やっと落ち着いたあと、三宅の子供が結構可愛かったと話すと、今度は俺だけ会ってズルいと責められた。
納得いかない。
さらに次の日、大学でもそんな話が流れていて何人かに面白半分に聞かれ全力で否定した。
里奈にも聞かれたそいつらにも、誤情報ということを広めてもらうことも忘れずに。
仕方なしに三宅の子供ということは隠したけど。
多分その情報のほうが、俺以上に騒ぎになることは間違いなかったと思うけど。

「感謝しろよな」
「そうだね」
「!」

珍しく、三宅が素直に認めたことに驚いた。

「ホント、お前って……」
「なに」
「いや、この埋め合わせは今度お前の家にご招待でチャラにしてやるよ」
「全然対価になってないから」
「なら、いぶちゃんとのデートでいいぞ」
「!!」

冗談とわかっていても、そのときの三宅の顔と言ったら。
俺はそんな三宅の態度がおかしくて、しばらく肩を震わせてクスクスと笑っていた。





Back





  拍手お返事はblogにて…