ひだりの彼氏



01




「はあ……」

フロントガラスに雨の雫が次から次へと落ちて来る…
そんな雨の雫をワイパーが一気に持って行って…フロントガラスが綺麗になる…

そしてまた直ぐに雨の雫が落ちてフロントガラスは視界が悪くなる…

信号待ちで待ってる間ハンドルに項垂れて溜息をついた…

もう半年にもなるのに…立ち直れずふっ切れず…

家までの帰り道…駅を通り越して帰らなければならないから
大きな踏切に繋がるこの大通りはこの時間は混んでてなかなか前に進まない…

しかも雨の日だから余計…


「はぁ〜ぁ…」

コ ン ! コ ン !

「え?」

助手席の窓ガラスがノックされた。

「な…何?」

何もせずじっと見てたらもう一度窓ガラスがノックされてドアが開いた。
しまった!いつもロックなんてしてないから…

先に見えたズボンは黒のスラックス…その後は真っ白なワイシャツにカバン…

濡れた真っ黒な髪の毛にどう見ても高校生と思える顔立ちの男の子…

カッコいい…とは違う…男らしいと言うよりはちょっと中性的な顔で…
眠そうな瞳がこっちを見もせずに助手席に座った。

どのくらい見てたんだろう…


「ハッ!!ちょっとあなた何?降りて!!大きな声で叫ぶわよ!」

「駅まで乗せてって。」

「は?」
「駅まで行くでしょ?雨で傘無くてこれ以上濡れるのヤだから。」
「何よ!だからって見ず知らずの車に勝手に乗っても良いって言うの?」
「ボランティア精神で。」
「はあ?いいから降りてよ!」
「そこまでじゃん。ありがとうお姉さん。」

そんなセリフにも感情が篭ってないじゃないよーー!

「な……」
「こんな真昼間でこんな大通りで人前で変な事なんてしないから…」
「そう言う問題じゃ……」

そんな事をモメてたら信号が変わって後ろからクラクションを鳴らされた。

「ほら。催促された…行けって。」
「………もう…」

仕方なく車を走らせた。

「…………」 「…………」

お互い無言…

私は当然として勝手に人の車に乗って送って貰ってるんだから
少しはお愛想で話くらいしなさいよ!

でも会話なんてしてやらないけど!!


ワイパーの音だけが響いてる……

だからって今更音楽なんて掛ける気もしないし…

そんな事を思ってたら駅のロータリーに近付いた。
だからって駅前まで入ってやる義理は無い。


「どうも…お世話様。」

「え?」

ちょっと前が詰って車が止まった瞬間…彼が素早くドアを開けて車から降りた。
そしてサッサと駅の改札口を通って行く…

1度も振り向きもしないで…

「まあ一応…お礼は言って行ったから……良としてやるか……」

負け惜しみととも言うべきセリフを呟いて私は自分の家に向かって車を走り出した。




私 『 城田 奈々実 (sirota nanami) 』 もうすぐ27歳…

半年前から勤め始めた会社はいわゆるパック詰めと呼ばれる倉庫で
私はそこのごく普通の事務員。
主な仕事は伝票整理とパソコン操作と電話番。

残業も無く8時5時の仕事。
しかも自動車通勤可だから高校卒業間近に取った運転免許証が大いに役立ってる。

だからって今日みたいな事は初めてで…びっくりした…






また…雨が降ってる…

あれから2週間…まさかもうあんな事は無いだろうと思ってた……のに!

ガチャ!

「なっ!!」

今度はノックも無しで車のドアが開いた。

「良かった。」

そう言って普通に乗ってくる!!しまった!またロックするの忘れてた!!
まさかもう2度とあんな事は無いだろうと思ってたから…
って言うかまたすっかりロックするのを忘れてただけなんだけど…

「ちょっ…ちょっと!!あなた一体何なの?何処の高校?」
「そんな事聞いてどうすんの?」
「学校に通報する!」
「オレ何もしてないのに?」
「してるでしょ?人の車に勝手に乗って…タクシーじゃ無いのよ!!」
「タクシーじゃないなんてわかってるよ。だからボランティア精神で宜しくって言ってる。」
「って言うか傘なんで持たないの?今日なんて朝から降ってたでしょ?」
「え〜〜〜だってさすのメンドイ…」
「なっ……何?その発想…わけわかんない…」
「ほらまた鳴らされるよ。信号変わった。」
「え?あ…」

何だかまた仕方なく車を走らせる…

「良く私の車ってわかったわね…」

そう不思議でしょうがない…

「だってこの前と同じ時間でこの車でそれにお姉さんの顔覚えてるし…
オレそこまでバカじゃ無いし…」
「そのお姉さんって止めてくれる?」
何だかこんな若い男の子に言われると変な感じが…
「だって車運転してるって事は俺よりは年上でしょ?オバサンなんてもっと嫌だと思うけど?」
「当たり前でしょ!!これでもまだ26なんですからね!!」
「でもやっぱりオレよりは年上だ。」

そりゃそうだけど…

「ここでいいよ。ありがとうお姉さん。」

「………」

この前と同じ…駅のロータリーのこの前と同じ場所で彼が降りた。

「あ!」
「?」

降りようとした彼がズボンのポケットから何か出した。
そして目の前に下向きの彼の左手が差し出された。

「はい運賃…」
「は?」

そんな事言われても手なんて出せず…

「………」

そしたら無言でボンネットに何か置いて降りて行った。
そしてこの前と同じ様に1度も振り向きもせず改札口を通って行く。

「なに?」

ボンネットの上に置かれていたのは…カラフルな可愛い模様の描かれた包み紙の…

「飴…?」


見た目は可愛いけど…こんなの怪し過ぎて食べれないわよ…

そんな事を思いながら運転中もその飴が気になってた…


結局その飴は…今も私の部屋のローボードの上に置いたままになってる…

何となく…捨てられなかったのよね……





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