想い想われ?



08・史明視点




「お仕事、大丈夫なんですか?」

あの後、ちゃんと部屋の中に通してもらえて、静乃さんがコーヒーを出してくれた。
静乃さんの態度は僕が訪ねたときはビックリしてたみたいだけど、今は至って普通だ。
ホッとしてる自分。

「はい、一段落しましたのでこうやって静乃さんに会いにこれました」

“静乃さんに会いに来た” “会いたかった” とアピールを忘れず、ニッコリと微笑んだ。

「もしかして、これから夕食ですか?」
「え?ああ……まぁ」

流しの横に放置された、まな板の上にのってる切ってる途中の野菜が見に入った。

「ちなみに今夜の献立は?」
「え?あ……簡単に野菜炒めとシジミの味噌汁と、買ってきたお惣菜……ですかね?」
「へえ……」

献立を聞いて思わず唾を飲み込む。
夕飯を食べてなかった。

「楡岸さんは?夕食はもう食べたんですか?」

別にワザと唾を飲み込んだわけじゃない。
だけど静乃さんが気を利かせて僕に訊ねてくれた。

「食べたというか……昼が遅い時間だったもので。それで夕飯はいらないかなぁ、と思ってたんですけど……
美味しい匂いを嗅いで急にお腹が空いてきたというか……」

このときのためにと頑張って、お昼がとっくに過ぎてたのに気づかなかった。
平林さんに 『食事を抜くと身体に障る』 と怒られて、大分遅い時間のお昼になったんだと
思いだしながらポリポリと頭を掻いた。

「くすっ……じゃあご一緒にどうですか?ご飯も楡岸さんと2人分ぐらいならありますから」
「え!?いいんですか?」

本当に?うそじゃないですよね?静乃さんの手料理?

「はい。それに2人で食べたほうがご飯って美味しいと思うし」
「いやぁ〜〜なんだか催促してしまったみたいで……」
「してたんじゃないんですか?」
「はは……バレましたか?」

確かに食べられたらな〜〜とは思ってました!

「そのケーキのお礼です。でも、もう少し待っててくださいね。すぐできますから」
「じゃあ僕手伝います」
「え?」

こんなチャンスを逃す手はない。
静乃さんと一緒にご飯を作るなんてシチュエーション、そうそうあるもんじゃない。
俄然やる気になって、静乃さんのすぐ後ろに立った。
嬉しくて勝手に顔が微笑む。

そんな僕を静乃さんが何かを考えてるようにジッと見てる。
なんですか?

「じゃあ野菜切りますので、炒めてもらえます?あ!できますか?無理なら食器を……」
「大丈夫です。これでも大学時代は一人暮らしで自炊してましたから」

うそじゃない。
一流のシェフとは言えないけれど、多分迷惑はかけない程度の腕はあると思うんだよね。
思わず、エヘヘ……なんて笑ってみせる。
静乃さんはなんだか疑いの眼差しだ。

「自炊してたのと、料理の腕がいいかは違いますよ?包丁で指切ってたクチじゃないですか?
ヤケドもしてそうですよね?」
「はっ……はは……嫌だな……そ……そんなことないですって!」

うっ!そりゃ何度か救急箱のお世話になりましたが、今はあの頃よりも腕は上がってるんじゃないかと。

「あきらかに動揺してますね」
「ですから、そんなことはないですって」
「はいはい、わかりました。ああほら、キャベツ焦げてますよ」
「え?あっ!わあ!!すみません!!」

さっそく任された “炒める” という作業を失敗したらしい。
慌ててフライパンを持ち上げたけど、すでにキャベツが所々焦げていた。
全然食べられる状態だけど、大丈夫と言った手前この失態は自分的にもえらく落ち込んでしまった。

「すみません……焦げたの僕が食べます」
「いいですよ。そんなたいしたお焦げじゃないですし」
「あの……」
「はい?」

僕はフライパンと菜箸を持ちながら、静乃さんに向かい合った。
静乃さんは僕の胸あたりをジッと見て、何か考えごとをしているみたいだった。
なんだろう?

じゃなくて。

「僕と話すとき、敬語やめてくれますか?」
「え?」

静乃さんがキョトンとした顔をする。

「静乃さんとは、そんな堅苦しい話し方で話したくないです」
「はあ……」

最初から敬語で話していた静乃さん。
慣れるまでは仕方のないことだと思っていたけれど、今は敬語で話されるのが
気を使われているみたいで嫌だった。
僕のそんな申し出に静乃さんはちょっと考えていたみたいだけれど、何か決めたように僕を見た。

「わかりました。ああ!わかった」

ちゃんと言い直して、返事をしてくれたのが嬉しかった。

「ありがとうございます」
「…………」

そう言った僕を静乃さんが、何か言いたげにジッと見つめてくる。
え?なんで?……って、ああ!そうか。
静乃さんがジッと僕を見つめる理由がわかって、またエヘヘと笑ってしまう。

「すみません。僕のは普段からこんな喋り方なんです。ハタチ辺りからこんな話し方をするようになって。
必要に迫られてなんですけど……ですから、直すのはちょっと難しいというか……」

帰国したら会社勤めが待っていたし、最終的には他の人とは違う立場を強いられるとわかっていたから
自分で敬語で話すことに切り替えた。
慣れるまで多少苦労したけれど、慣れてしまえばどってことなかったし 『 “俺” よりも “僕” のほうが
お前の顔には似合う』 なんて従兄妹にも言われた。
どう考えても褒め言葉じゃない気がするけど……。

「まあ習慣は仕方ないですよ。ああ……ごめんなさい」

言い直す静乃さんがなんとも可愛い。

「いえ、それに砕けた話し方ができるなんて、友達みたいでいいじゃないですか」

それは本心だった。
まずは友達からと思って行動している自分にとって、話す言葉が砕けるのは
好ましいことではないだろうか。

まずは会話で、2人の距離を縮めようと思う。
話も弾めばお互い近親感が湧くだろうし、恋人関係に一歩近づくんではないだろうか。

「!!」

なのに静乃さんが一瞬だけ、顔を強張らせた気がする。
え?僕なにか静乃さんの気に障るようなこと言った?

「静乃さん?」
「……え?あ……いえ……さ!さっさと作っちゃいましょう」

名前を呼ぶと、静乃さんはやっと気づいたように返事をして笑顔でそう言った。

そのあとは、順調に調理も終わり、2人で作った夕ご飯を一緒に食べた。
僕はとにかく嬉しくて楽しくて、自分の分として出された料理を綺麗に平らげた。

そんな僕の食べっぷりを、静乃さんが呆れたような顔と眼差しで見てる。
だから僕はそんな静乃さんに向かって 「ごちそう様でした。美味しかったです」 と
意識して爽やかな笑顔で笑った。

また一緒に、静乃さんの手料理が食べれたらいいな……と心から思った。


食後に僕が持ってきたケーキを静乃さんが紅茶で、僕がコーヒーで食べた。

「こんな時間に食べて大丈夫かしら?」

なんて、静乃さんが独り言のようにボソリと小さな声で呟いた。
僕に聞かれてるとは思ってないないらしい。
それでもそのあとニコニコしながら完食してくれたから、僕は静乃さんにわからないように
クスリと笑った。

ホント、可愛いですよね。

さすが有名パテェシエのケーキ。
今まで食べたケーキで1位・2位を争う美味しさだ。
静乃さんもあんな独り言を呟いたけれど、食べ始めれば美味しいと何度も言っていた。

ありがとう!平林さん!



僕にとっては夢のような楽しい一時だった。
でもそんな時間は、誰にとっても同じようにあっという間に過ぎてしまう。

本当は静乃さんに触れたかった。
抱きしめたかった……キスをしたかった……でも、今はそんなことはできないと、
自分の理性を総動員する。

顔や態度で静乃さんに知られることはナイと思うけれど、それはそれでなんだか悲しい。

僕は臆病だ。
ハッキリと静乃さんに交際を申し込んで断られるのが怖くて、こんなふうに遠巻きに近づこうとしてる。

優しい静乃さん……僕は未だに貴女のその優しさにつけ込んでしまってるんです。



「ごちそうさまでした。では、おやすみなさい」

挨拶を交わして、僕は玄関から外に一歩踏み出す。
後ろ髪引かれる思いで、静乃さんの部屋を出るのはこれで2度目だ。

でも今日は帰る途中で振り返って、静乃さんに向かって手を振ることができた。
静乃さんもそんな僕に、手を振って応えてくれた。

それだけでも僕は嬉しく思ってしまう。

玄関先に立っている静乃さんの姿がどんどん小さくなる。
さすがにもう限界のところまで来ると、僕は静乃さんに背を向けて振り返らず歩く。

「はあ〜〜〜」

そう言えば、静乃さんの携帯の番号とメールアドレスを聞きそびれたと今さらながら思った。
静乃さんからも、僕の携帯の番号とメールのアドレスを聞かれなかったな……と溜息が出た。

僕とは連絡を取る必要はナイと思ってるからなのだろうか。

重い足取りで駅からタクシーに乗って自宅に戻る。
灯りの点いていない真っ暗な部屋……ほんの数ヶ月前までは夜はいつも灯りがともってて、
帰った僕をテルさんが迎えてくれてた。

『テルさんでいいわ』

子供のころ 『お祖母様』 と呼んでいたらそう直された。

リビングに向かう廊下の途中にある部屋の前で立ち止まる。
なんの物音もしない部屋のドアノブに手をかけてあけた。

しんと静まり返ったその部屋の主はもういない。

ふんわりと漂う部屋の匂いは、もう懐かしいと思うテルさんの匂いだ。
静乃さんとは違うけれど同じように仄かな癒される匂い。
静乃さんは石鹸の匂いだけれど、テルさんは何かの花の匂いみたいだ。

部屋はテルさんが使ってたときのまま、そっとしてある。
いつか心の整理がつけば、この部屋も片付けることができるんだろうか?

そんな日は当分と言うか、永遠にこないんじゃないかと思う。

母が亡くなってしばらくは、父と一緒に郊外の本宅に住んでいた。
でも僕が成長するにつれて、子供が生活するには不便なことが出始めて、テルさんとふたり
色々と便のいい都心部のマンションに引っ越した。

本宅では近所に同年代の子供がいなかったし、とにかく静かな大人向けの場所だった。
引っ越して学校に通い始めると、同年代の子供は溢れてるし、交通や生活面でも車がなくても
苦にならない生活環境だった。
テルさんも近所に仲のいい友達もできたり、僕の手が離れると趣味の教室に通ったりと
充実した毎日を送っていたみたいだ。
自分だけで、歩いて移動できるのが余程新鮮だったらしい。
引っ越して良かったと、ニコニコしながらよく言っていた。

そんな部屋にひとりでいるのはとても辛くて、毎日仕事に明け暮れてなるべくここで過ごす
時間を少なくした。

僕がここに帰ったとき、灯りが点いている生活なんて訪れるんだろうか?
僕を迎えてくれる人……

そう思ったとき思い浮かぶのはやはり静乃さんで、今日のエプロン姿が鮮明に思い出される。
いつかそんな僕の妄想が、本当になりますように。

「テルさん……応援してくださいね」

僕はテルさんの部屋を見渡しながら、そんなことを呟いていた。

「テルさんに静乃さんを会わせてあげたかったな……」

きっと話しが合うんじゃないかと思うのだけど。
静乃さんと出会えたのはテルさんが亡くなったからで、やっぱり静乃さんと出会えたのは
テルさんのお蔭だったんだよな。

「!」

そんな物思いに耽っていると、上着の胸ポケットに入れていた携帯が振るえた。

「はい」
『あ!フミくん?遅い時間にごめんね、今大丈夫?』
「大丈夫だよ、どうかしたの?」

相手は従兄妹で幼馴染みの “帆稀 梨佳” ちゃんだった。








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