想い想われ?



09・史明視点




『あ!ふみクン?遅い時間にごめんね、今大丈夫?』
「大丈夫ですよ、どうかしたんですか?」

携帯にかかってきた相手は従兄妹で幼馴染みの “帆稀 梨佳” ちゃんだった。


僕より7つ年下で、僕と同じで親が経営してる会社でOLをやっている。
まあ、そこで働くまで色々とあったんだけど、今はそんなことを思わせないくらい一生懸命仕事をしてる。

僕みたいに男で、最初から役職付きとは違って、梨佳ちゃんは新入社員として自分の親の会社に入ったから、
色々な揉めごとやらやっかみやら嫌な思いもしてるらしい。
でも、僕やもうひとりの幼馴染みの祐平に愚痴をこぼしつつも、持ち前の明るさで前向きに仕事に励んでる。
負けず嫌いなところもあるけれど、頑張り屋さんで、ちょっぴりはにかみ屋さんなところもあって、
僕には妹みたいな可愛い女の子だ。

昔から色々と相談も受けてきたけど、またなにかあったのかな?
そう思って思い浮かぶのはひとりの男なんだけれど……今は出張中で、こっちにはいなかったはずじゃ?

『近いうちに時間取れるかな』
「時間?なんですか?なにか相談ごとですか」
『相談って言うか……聞きたいことっていうか……』
「え?僕に聞きたいことですか?」
『会って詳しく話すから都合のいい日連絡してくれる?』
「わかりました。なるべく早めに都合つけます」
『急でゴメンネ』
「もしかして裕平のことですか?」

改まって僕に連絡してくるほどだから、きっとその関係で相談なのかと思ったんだけど。

『あんな薄情男なんて知らないもん!!違うから!!』
「そ…そうですか?」
『じゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい……」

裕平のことじゃないとなると、一体何のことだろうと首を捻る。

考えてみても思い当たることもないので、考えるのをやめた。
会えばわかるはずだから。
明日からの予定を思い出しながら、そっとテルさんの部屋のドアを閉めた。
そのまま浴室に向かいながら、一週間後の夜の予定を空けておかなければと思った。


梨佳ちゃんから電話をもらってから数日後、子供のころから行き慣れてる彼女の家に向かう。

元々親戚というのもあったけれど、お互いの親が仲がよかったのもあって必然的に子供達も仲良くなった。

「ごめんねふみクン、忙しいのに」
「ううん、大丈夫。だって大事な話なんですよね?改まって家に呼んで話をするくらいの」

「うん……あんまり人に聞かれたくなかったから」
「?」

人に聞かれたくない話って?そんなに重大な話なのかとちょっと首を捻った。

「久しぶりね、史明君。テルさんのお葬式以来かしら」

帆稀家のリビングに通されてソファに座ると、飲み物を運んできたメイドさんと一緒に
梨佳ちゃんのお母さんの鞠枝(marie)さんが入ってきた。

「そうですね……葬儀の時は色々とありがとうございました」
「なに言ってるのよ。私達にとってもテルさんは、本当の母親みたいな人だったのよ」
「そうでしたね」

皆、テルさんのことを慕ってたから。

「……大丈夫?史明君」
「え?」
「なんなら、和明さんのところに戻ったら?」

皆に気づかれて、気を使わせてしまう。
気をつけないといけないな……と、反省する。

「いえ……大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「そう?じゃあなにか、困ったことがあったらなんでも相談してね」
「はい、ありがとうございます」

梨佳ちゃんの母親も、僕の母が亡くなってからなにかと気にかけてくれた人だ。
綺麗で上品で優しいんだけど、変なところで厳しい人で未だに怒られたりもする。

「でね、さっそくなんだけど……」
「うん」

チラリと梨佳ちゃんが鞠枝さんを見た。

「あら?私がいたら話せないことなの」
「そういうわけじゃないけど……横からお小言いわないでね」
「まあ……そういうお話なの?」
「そう言うお話ってワケじゃないけど……ママだから」
「あら……ちょっと失礼じゃないかしら?梨佳ちゃん」

鞠枝さんが小言をいうってことは、恋愛関係ってことなのかな?
鞠枝さんは実家がかなりの資産家のせいか、生粋のお嬢様なところがあるから、
男女の色恋の話しになるとちょっと煩いところがある。
よく言えば真面目なんだけど、悪く言えば融通が利かないところがある。
ずっと女子校ばかりで、男性関係に疎いところがあるせいかもしれないけれど。

「どにかく余計な口出し、しないでね」
「はいはい……年寄りは黙ってるわ」
「そうやって拗ねないでよ」
「別に拗ねてなんていませんよ」

そう言って、紅茶の入ったカップを持ち上げてコクリと飲んだ。
どうやら大人しくしているという意思表示らしい。
ても、紅茶を飲む鞠枝さんの唇が、ちょっと尖っていたのを見逃さなかった。
可愛らしいところもある。

「……ふみクン」
「はい?」

梨佳ちゃんが僕に向き直って、真剣な顔で名前を呼ぶ。

「S・Sエンタープライズって仕事絡み?」
「え?S・Sエンタープライズ?」

いきなり会社名を聞かれてビックリしたけれど、その名前は最近係わったばかりの会社の名前だ。

「今度一緒に仕事をすることになってる会社ですけど?」
「そっか……やっぱり仕事絡みでもあったんだ」
「え?なに?なんのことですか?」
「じゃあ、そこの社長の娘さんは?」
「娘さん?えっと……カスミさんのことですかね?梨佳ちゃんくらいの年の」
「そう、会ったことあるの?」
「はい、最初はどこかのパーティで会ったらしいんですけどね。この前社長との食事で彼女も来まして
一緒に食事しましたけど」

なぜか、社長との食事だったのに彼女も同席してたんだよね。
社会勉強だからとか言ってたけど。

「父親と一緒に食事したんだ。話、弾んだりした?」
「え?そのときはちょっと話したくらいで会話は弾んだかな?本来、関係あるのは父親の社長のほうですからね」

僕から話しかけたというよりは、相手が聞いてきたことに答えた感じだったかなと思う。

「ふーーん……」
「なんですか?その “ふーーん” って、どういう意味ですか?」
「ん?ちょっとね。じゃあふみクンは、その社長の娘さんとはなんの係わりもないのね?」
「係わりって?」
「個人的にお付き合いしたかってこと!ふたりで食事とかデートとか」
「はあ?」

いきなりそんなことを聞かれてビックリだ。

「ナイならいいの」
「その言い方、気になるんですけど……なんですか?ハッキリ言ってください」
「んーー、もうちょっとハッキリしたらね」
「…………」

そう言って梨佳ちゃんは僕にウインクした。

「そう言えば、最近ふみクンの結婚相手は誰だみたいな記事があるのよ」
「ええ!?なっ……」

なんですって!

「ふみクン知らないの?そんな気にするような記事じゃないけど、独身で容姿もそれなりにイケてて
肩書きもあってバリバリ働いてる男性ってことで名前あがってるらしいわよ。
まあふみクンだけってワケじゃないけど将来有望な独身男性ってことで各業界の社長や次期社長とかの
名前が挙げられてるんですって」
「え?本当に……ウソ……」

知らなかった……。

「まあ会社案内でネットで顔だししちゃってるしね、今さら?」
「ぐっ……」

た…確かに載ってるけどあれは父さんが無理矢理……。

「だからイヤだって言ったのに……」

まあ父さんもしっかり顔写真載せてたけどね。
父さんは社長だから、当たり前と言えば当たり前なんだけれど。
なんで僕まで?なんて思ったのを憶えてる。

「それで、あそこの社長令嬢とか、どこぞの資産家の令嬢だとかが相応しいんじゃないかとか、色々噂されてるのよ」
「なんでそんな勝手に……」

「いい年した成人男性が、お相手も作らずいつまでもフラフラしているからでしょう」
「!!」

紅茶に口をつけながら、僕のほうを見もせずに鞠枝さんがボソリと呟いた。
今のって結構傷つきましたよ!鞠枝さん!!

テルさんが健在なときも、何気にチクチクとそんなことを言ってましたよね?
仕方ないでしょ!“この人”っていう相手が、見つからなかったんですから!

「あ!そうだ。ふみクン一緒に写真撮って」
「え?いきなりなんですか?」

ひとり傷心に浸っていると、いつの間に用意したのか梨佳ちゃんの手には携帯が握られてた。

「ふたりの仲のいいところを写真に撮って、裕平ちゃんに送りつけるの」
「ええ!?なんでそんな余計なこと……」
「裕平ちゃんが言ったのよ、ふみクンに面倒みてもらえって」
「そう言ったけど……」

真に受けなくても……。
そう言うと、向かい合って座ってた梨佳ちゃんが僕のほうに移動してきて、僕の隣にドサリと座った。
そして僕の首に腕を回して、お互いの頬と頬がくっつくほど密着する。

「ふみクン!もっとくっついて!」
「ちょっ……梨佳ちゃんくっつきすぎですって」
「今さらなにテレてるのよ。昔は一緒にひとつのベッドで寝た仲でしょ」
「それって子供のころの話でしょ」
「じゃあなに?ふみクンはこんなことで私に欲情するっていうの?」
「す…するわけないじゃないですか!!」

僕にとって梨佳ちゃんは、一人っ子だった僕の妹みたいな存在なんだから。
歳だって離れてるし、梨佳ちゃん自身だって、僕を歳の離れた兄としてしか見てない。

「もっと笑って!楽しそうに!」
「ええ!?ちゃんと笑ってますし、これ以上は無理です!」

そんな間抜け面で、笑えませんって。

「もう仕方ないわね、ふみクンは……じゃあ撮るね」

なんだか渋々妥協されて、シャッター音と共にフラッシュがたかれた。

「こんなもんか……」

梨佳ちゃんは撮った写真の出来栄えを、僕に寄りかかりながら確かめて納得してる。

「本当に送るつもりですか?」
「まあ、有効に使わせてもらうわ」
「変なことに使わないでくださいよ」
「大丈夫よ……多分」
「多分?多分って?」

「コホン!!」

「 「 !! 」 」

そう言えば鞠枝さんがいたんだと、こんなやりとりをしたあとで思い出した。

「えっと……ママ?」

梨佳ちゃんが窺うように鞠枝さんを呼ぶ。

「黙って見ていれば、さっきからふたりともなんてお行儀の悪いことをしているんでしょうね」
「鞠枝さん……そういうワケでは……」
「お黙りなさい史明君。そもそも貴方のほうが梨佳よりも大分年上なんですよ。それをたしなめることもせずに……」

ああ……いつもの鞠枝さんの小言モードに突入してしまった。
結婚してウン十年、こんな大きな子供までいるのに女子校育ちの鞠枝さんは、男女間の接触に昔から敏感なんだ。

「 「 ………… 」 」

もうこうなると鞠枝さんは止まらなくて、一通りの小言を言わないと治まらない。
それは子供のころからのことで、僕と梨佳ちゃんはいつもの如く早々にあきらめた。
その後、これでもかというくらい小言を言われた。


梨佳ちゃんの言ったことは気になったけれど、様子をみることにした。
ハッキリしたらちゃんと話してくれると思うから。


そんな日から数日経って、以前、静乃さんの部屋を訪ねてから今日で一週間。

僕はまた静乃さんの部屋を訪ねるために、タクシーに乗り込んだ。

とてもおいしいと評判のお酒を手土産に……。








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