想い想われ?



18・裕平視点




結局帰国した日は、海外事業部との打ち合わせで帰宅したのは夜遅くなってからだった。
次の日も、昼間ほとんどの時間を費やし、就業時間ギリギリでようやく全ての打ち合わせが終わった。
あとは、その決まった項目や事柄を契約書として作成するだけで、やっと僕の手から離れた。
またそれを持って、あちらの社長と話を交わすのはまだ少し先だ。

結局この2日間、僕は仕事に追われて静乃さんのことに関して何もできずにいた。

仕事のとき以外の僕は、なにも気力が湧かなくてボーっとしてることが多かった。
だって……静乃さんのことを考えてしまったら……ほら、すぐに視界が歪んでしまいそうになる。

「……ふ……はぁ……」

なんとか情けなく泣かないように、目頭をギュッと押さえる。

「如何なさいました、史明様?お身体の調子でも悪いのですか」

車を運転しながら、森末さんがバックミラー越しに心配そうに僕に声を掛けてくれた。

「いえ……大丈夫です……ちょっと仕事を詰めすぎて、疲れただけですから」
「そうでございますか?どうしましょう、今日は自宅ではなく、鞠枝様のお宅に
お送り致しましょうか?」

僕が具合の悪いときや、ひとりで食事がままならなさそうなときは、森末さんが
気を利かせてそっちに送ってくれる。

「いえ……今日は子安さんのところにお願いします」
「“Buon giorno (ブオン ジョルノ)” ですか」
「はい……今夜は飲みたい気分なんです」

僕は流れる外の景色を見ながら呟いた。

「かしこまりました。けれどあまり飲みすぎませんように」
「ご心配ありがとうございます。なるべくそうします」

多分それは無理だろうとは思う。
きっと森末さんは、それを察して先にそんなことを言ったんだろう。

「…………はい。ではお迎えも」
「いえ……タクシーを拾って帰りますので、今日はもう森末さんはあがって下さい」
「ですが……」
「いいんです。お疲れ様でした」
「…………はい」

僕はまた視線を窓に戻して、流れる景色をお店に着くまでぼんやりと眺めていた。





「ああ、いらっしゃい。悪かったね、わざわざ呼び出しちゃって」
「いや……で?これか」
「うん、梨佳さんよりも裕平のほうがいいと思って」
「ったく……一体どうした?史明」

珍しく、子安から連絡があって来てみれば、すでにだいぶ酔いが回って、目の据わった史明がいた。

「来たときからかなりのハイペースで飲んで、いつもより酔いがかなりまわってる」
「…………」

確かに、いつもなら史明はこんな飲み方はしない。
子安との会話を楽しみながら、せいぜい酒2杯がいいとこなのに。

「史明」
「ああ〜裕平〜」

俺が話しかけると、わざとらしくふざけた声を出す。

「仕事、上手くまとまらなかったのか?」

確か2週間ほど、新たに契約する相手のところに行ってたはず。

「とんでもな〜い。これ以上ないくらい上手くいきましたよ〜フフフ」
「でも、どうみてもその祝酒って感じゃないよな?」
「…………」
「なにがあった」
「………なぁんにもないですよぉ〜」
「ウソつけ」
「本当ですってぇ〜裕平もせっかく来たんですからぁ〜一緒に飲みましょ〜う」

そういうと、グイッと腕を引っ張られて史明の隣の席に座らされた。

「はあ?まだ飲むのか」
「飲みますよ〜今夜はとことん飲むんですぅ〜裕平〜朝まで付き合いなさ〜い」
「やだね。俺は明日仕事だ」
「僕だって仕事ですよ〜」
「ならもうやめとけよ」
「イヤですぅ〜」
「………お前どうしたんだよ?本当、なにがあった?」

明らかに、いつもと違う史明の横顔をじっと見つめて答えを待つ。

───── ゴ ン っ !!

「なっ!?」

いきなり史明の頭が、なんの抵抗もなくストレートにカウンターの上に激突した。
これじゃ額直撃の、ハナも打ってんじゃないか?
メガネ大丈夫か?

「史明?」
「史明さん?」

流石に子安も驚いたらしい。
それほどまでに、かなりの音だった。

「うう……」
「オイ史明、痛かったんだろう」
「いいんです……」
「は?」

顔を伏せたまま話すから、モゴモゴと聞き取りにくい。

「このくらいの痛み、今の僕にはもの足りないくらいです」
「はあ??お前、言ってること意味不明だぞ」

やっぱり相当酔ってるとみた。

「裕平……」
「ん?」
「僕、どんなヒドイことをしたと思いますっ!?」
「は?」

顔を上げたと思ったら、またいきなり意味不明なこと言い出した。
お蔭で俺はさっきから疑問符しか言ってない。
やっぱり額とハナぶつけたんじゃないか、赤くなってるじゃん。
どうやらメガネは無事だったらしいが、ズレてるぞ。

「僕に黙っていなくなるなんて、きっと僕が相当ヒドイことしたんですーーーっっ!!
ああああああーーーーーー!!!!」

「史明、お前なに言って……って!!あ!オイ!オワァーーーーやめろっ!!バカッ!!」
「史明さん!?ちょっと!!」

両手をカウンターの上に置いたと思ったら、グンと頭を後ろに反らせてまた頭をぶつけようとするから、
俺と子安が慌てて押さえ込んだ。

「離してくださーーーい!!頭が割れたってかまわないんだからーーーーっっ!!」
「アホか!!俺達がかまうって!!」
「そうですよ!カウンター血の海って、今後の営業に差し支えます!!」
「オイ!違うだろ?突っ込むのソコじゃないだろ!!」
「ああ……周りに血が飛び散るのも勘弁です。クリーニングが大変ですし、下手すれば内装工事まで発展します」
「そんなの僕がお金出しますからぁーーー」
「オイ!!お前変なこと言うなっての!」
「いえ、ここの経営者として当然の配慮です」
「ったく!オイ史明、一体何があった?話、聞いてやるから落ち着け」
「は……はなしぃ〜?」

俺と子安に押さえ込まれながら、顔だけ俺の方を向く。

「ああ」

落ち着かせるために、ちょっとばかし微笑んだ。

「どうせ裕平に話したって、1ミリも事態は進展しませんよぉーーーっっ!!ううっっ!」

なんだと?この野郎!俺の笑顔返せっ!!

「はあ!!??なんだその失礼な言い分は!!ってか、泣いてんじゃねーよっ!」
「ああもう、裕平は史明さん連れて出てってくれませんか?代金は史明さんにつけときますので。
これって営業妨害です」
「お前、客を放り出すのか?追い出すクセに金取るのか!?」

っていうか、俺を見捨てるのか?

「ケースバイケースです、代金は迷惑料だと思ってください。それに史明さん、帰って休んだほうがいいですよ」
「たしかに……」
「イヤですぅーーー!!まだ飲むんですぅ!飲み足りません!!!」
「なっ!?」

今度はカウンターに両手でヒッシ!!としがみ付いて、駄々っ子のようにイヤイヤと頭を振って離れない。

「ホント、迷惑な人ですね」

そう言って、ナゼかドン!と新しいお酒の入ったグラスが史明の前に置かれた。

「好きなだけ飲んでください」
「え?……いいんですか?」
「はい、どうぞ。おかわりもどんどんしてください」
「オイ、子安?」
「…………」
「へ?」

ボソリと子安が呟いた言葉。

──── 酔い潰して黙らせます。

「イザというときは救急車呼びますから」
「……いや……そういう問題か?」
「……ブツブツブツブツ」
「は?」

史明を見ると、既に出されたお酒のグラスの中身は半分以下に減っていた。
そのグラスを握り締めながら、史明がなにかブツブツと呟いてる。
何を言ってるのかと思って耳を近づけると、やっぱりワケのわからないことを呟いてた。

「着信拒否って言うんだそうですよ……僕はてっきり携帯が壊れたか何かあったのかと思ってたのに……
平林さんに聞いたら……ちょっと呆れ気味に 『それは着信拒否されていますね』 ですって……
目がね……“貴方はそこまで拒否されるほど何をしたんですか” って目だったんですよ……
僕だって何がなんだかわからないですよ……でも仕事は待ってくれませんしね……なんとかそのときだけは
気を引き締めて頑張ってるんですけどね……もう……限界なんです……」

「史明?」

「わあーーーーー!!僕はもうダメですぅーーーー!!うぐぐっっ!」
「げっ!ちょっ……いきなり叫ぶな!!」

俺は咄嗟に史明の口を塞ぐ。

「ぷふぅ〜〜ううっっ」

なっ!?なに?泣いてる??史明が?マジか?マジに泣いてるのか??

「僕のなにがいけなかったんでしょう……」

口を塞いでた俺の手を、乱暴に剥ぎ取るとまた呟き続ける。

「こっそりと自分のモノを置いていったからでしょうか……それとも何度か二度寝したからでしょうか……
それとも週に一度でも多すぎたんでしょうかね……もしかして寝てるときにイビキかいてたとか……
うるさかったんですかね……ああ……それともいつもご飯をおかわりしていたからでしょうか……
食費そう言えば払ってませんでしたね……それとも……ブツブツブツブツ……」

「…………」

ナゼか視界に史明が入るだけで、鳩尾のあたりがイライラする。

─────  ウザッ!!!コイツとんでもなくウザイ!!!

ブツブツブツブツ……と、どまることなく呟いてる。

ここは子安の案に賛成だ。
酔わせて酔い潰して、さっさと連れ帰る。

そう思って飲ませたのに、コイツは……今夜の史明は最悪だった。

─────  酔い潰れない。

しかもブツブツが、クドクドネチネチに変化してきた。

俺は段々と顔が引き攣ってくる。
子安はとっくに史明に見切りをつけて、他の客の相手をしてる。
なのに史明の酒がなくなりかけると、スッとやってきて新しいお酒を置いていく。

マジで酔い潰すつもりか?まだ諦めないのか?
このままじゃ、急性アルコール中毒まっしぐらじゃないか??
もしかして子安、密かにそっちを狙ってるとか、か?

しかし……史明がここまで酒が強い(?)とは思わなかった。

それによくよく呟いてる話を聞けば、どうやら女絡みらしい。
史明に女だなんて本当に久しぶりの話題だ。
何気に情報を引っ張り出そうとしても詳しいことは話そうとしない。

こんなにも引きずってるってのに、だったら少しくらいは話してくれればいいものを。
それとも俺の勘違いなのか?

だが……流石に俺も、もう無理。限界。
このままコイツの傍にいたら、いつか近いうちに胸倉掴んで殴りつけそうだ。

これは選手交代といこう。

俺は馴染みの番号に電話を掛ける。
数回のコールで相手が出た。

「梨佳か?俺。今から子安のところに来い。……いいから来いって!ちゃんと鞠枝さんに断って、
家の運転手付きの車で来るんだぞ。そんで、こっち着いたらそのまま車待たせとけ。
ああ?とにかく来ればわかる、……じゃあ待ってるからな」

はあ〜〜っと深い溜息をついて目を閉じた。
疲れた……本当に疲れた。

未だに史明は、グチグチネチネチ……手土産の品物の産地なんて知るかっ!
もう、ウンザリだ。



それから20分後、やって来た梨佳と入れ替わるように俺は子安の店を後にした。

そのあと、史明がどうなったか俺は知らない……というか、知りたくもなかった。








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