想い想われ?



20 史明・裕平視点




「はあ〜〜しんどい……」

完璧な二日酔いだった。

こうなることがわからなかったワケではないけど、まさかここまでとは……治まることのない吐き気と頭痛。
朝飲んだ二日酔いの薬は、昼を過ぎた今でもなかなか利いてこない。
もちろんお昼なんて食べれるはずもなく……。

「はあ〜〜〜」

仕事が一段落ついててよかった。
こんな状態で商談なんかできやしない……今日は来客の予定も外出の予定も会議も入っていない。
だから今日は、このままここでジッと大人しくしてる。

「うぅ……」

そう思いながら、痛む頭を手の平で押さえて受話器を上げる。
内線を押して平林さんに繋がった。

「申し訳ないんですが竹之内さんに、ここに来るようにお願いできますか?
それと冷たい水を一杯いただけないでしょうか」
『かしこまりました。少々お待ちください』

「はふーーー」

受話器を戻して、僕はデスクの上に腕を組んでその上に頭を乗せて伏せる。

──── 静乃さん……会いたいです。

想うのはそのことばかりだ。
ああ……こんなことなら、静乃さんと写真でも撮っておけばよかった。
なんとなく頼んでも断られそうだけど、それならこっそりと隠し撮りでもしておけば……。

「くうぅ〜〜」

何度か寝てる静乃さんにそんなことを思ったこともあったけど、どうも後ろめたさも手伝って実行しないで終わっていた。
でもこうなってみると、遠慮なんかしないで撮っておけばよかったと後悔が尽きない。

「失礼致します」

軽いノックの後に平林さんがトレイの上に水の入ったコップと、半分ほど減ったペットボトルを乗せて入ってきた。

「申し訳ない……ありがとう」
「いえ……竹之内ですが連絡が取れまして、すぐにこちらに伺うそうです」
「んっ……ハァ〜ありがとう。彼が来たら、まっすぐこっちに通してください」

コップからお水を飲むと、冷たい水がノドを通って身体に沁みた。
ムカムカしていた鳩尾あたりに、冷たい感触が通って少しだけスッキリした。

「畏まりました…………」
「?」

わかったと言いつつ、その場を離れない平林さん。

「なにか?」
「副社長」
「はい」
「生意気なようですが、社会人として特に副社長のような、人の上に立つ者がコレでは
皆に示しがつかないのでは?」
「!!」
「見た目も情けないことになっております」
「…………そんなに……ですか?」
「はい、そんなに、です」

僕は片方の手の平で口元を押さえながら平林さんを見上げる。
ああ……鞠枝さんと同じことを言われてしまった。

「ありがとうございます。今後気をつけます……」
「いえ、生意気なことを申しました」
「いや……」
「では、失礼致します」

頭を下げて平林さんが出て行くと、僕は盛大な溜息をついた。
平林さんには “副社長” としての僕には何か気づいたときには、遠慮なく言ってほしいと
言ってあるので、さっきの忠告は余程のことなんだろう。
ただ “楡岸 史明” 個人にはまったくの感心はないらしく、プライベートなことで何か言われたことはない。
きっと、ここ数日のことで呆れられてるのかも。
なんとも情けない。

そんな軽く落ち込んでると、ドアをノックする音がした。

「竹之内です」
「はい、どうぞ」
「失礼致します」

入って来たのは、かなりガッチリした体格の短い髪の男。
ハッキリとした顔立ちで、少し浅黒い肌は体育会系のイメージだ。
年は僕より上で、確か40代後半だったはず。

「お呼びですか?」
「お忙しいところすみません」
「いえ」
「単刀直入に言いますが、実は竹ノ内さんにお願いがあります」
「私に?ですか」
「はい」
「なんでしょうか」

少し警戒しながら、僕の言葉を待ってる。

「実は人を捜してほしいんです」
「人捜し……ですか?」
「そちらに長けている貴方を見込んで頼みたいんです。他の誰よりも信用がおけますし」
「…………」

彼は祖父がまだここで社長をしていたときに見つけた人材で、元は自衛隊だったか警察官だったか?
子供のころ聞いたのであやふやだけれど “色々頼りになるヤツ” と、祖父も父も言っていた。

「僕の……とても大切な人なんです」
「副社長の?」
「はい……本当なら自分で捜さなければいけないとは思うのですが、仕事上時間がとれず
思うように動けなくなりました。それに僕はそういうことに疎いですし、結局第三者に
委ねなければなりません、なら信用のおける貴方にと」
「…………」

彼は無表情で僕を見下ろしてる。
きっと頭の中では色々と考えをまとめているんだろう。

「かかる費用は僕がお支払いします。報酬も」
「いえ……それは構わないのですが」
「引き受けていただけますか?ご自分の仕事の合間で構いませんので」
「史明坊ちゃま」
「あは……懐かしいですね。そういえば初めて会ったころそう呼ばれてました」

彼に最初に会ったのは、まだ小学生のころだったか?

「どなたを捜せばよろしいので?」
「すみません……写真はないんです。名前と今まで住んでた住所と携帯の番号とメールアドレスだけです」

それらが書いてあるメモを竹之内さんに手渡すと、チラリとメモを見てすぐにポケットにしまった。

「わかりました。ではしばらくお待ちいただけますか」
「宜しくお願いします」

失礼しますと頭を下げて竹ノ内さんが部屋から出ていくと、僕は自分の身体よりもかなり大きめな
イスの背凭れに深くもたれかかる。

本当は、彼の仕事の合間なんて悠長なことを言いたくはなかった。

けれど僕に黙っていなくなった静乃さんは……本当はもう僕に会いたくないのかもしれないと思うと、
ちょっと消極的になってしまう。
だから色々自分で調べ始めても、すぐに気分が沈んでしまって結局竹ノ内さんに頼ることになってしまった。
仕事もまた動き出してるせいもあるんだけど……明日からまた忙しくなりそうだったし……。

「はあ…………静乃さん……」


本当は静乃さんに会いたい……会いたくて、会いたくてたまらない……。





昨夜のことが少し気になって、仕事が終わったあとに梨佳に電話をしてみた。

「梨佳?お前今どこにいる?」
『裕平ちゃん♪ 今?んとねぇ〜子安さんのところで飲んでるんだ〜〜フフフ♪』
「ひとりでか?」
『え?ううん、ひとりじゃないよぉ〜デートです、デート♪』
「は?」

デート?今、梨佳はデートって言ったか?

『邪魔しないでね〜〜じゃあね』
「はあ?オイ!梨佳……」

そう言って、ブチりと通話が切れた。

「…………」

思ってもみなかった返事だ……デート?デートだと?またすぐにバレるウソを。

俺と史明以外の男は、自分のテリトリーに入れない梨佳。
それには俺と言う存在もあるんだろうが “社長令嬢” という梨佳の立場がそうさせてるのもある。

だからデートだなんて……男と1対1でなんて、そうそうあるもんじゃないと思った。

ただ……昨日俺が史明を押し付けたから、誰かを誘って子安のところで飲んでるのかもしれないという考えはあった。
そうだとすると、昨夜の史明の様子じゃ相手が史明じゃないのは確かだ。

もしかして、昨夜は俺と飲めると思ったのかもしれない。
それがあんな酔っ払い押し付けられて、飲むなんてこともできなかっただろう。
迷惑そうな顔をしてた子安も、梨佳にはまた日を改めて飲みに来ればと誘ったかもしれない。

「…………」

消化できない胸のイラつき。
もう一度梨佳に電話なんて、そんなマヌケな真似はできない。

“早く結婚すればいいのに”

史明の言葉がこういうときに思い起こされる。
別にしたくないわけじゃない。
こっちにだって、色々事情があるんだっての。

けれどこんなふうに、梨佳に男の影がチラつくと自分ではどうしようもなくジリジリと胸が焦げつく。

「チッ」

俺は舌打ちをして、タクシーを拾うために大通りに向かって歩き出した。




『ひとりじゃないよぉ〜デートです、デート♪ 邪魔しないでね〜〜じゃあね』

と言った梨佳の相手は、梨佳よりも年上の会社の同性の同僚だった。
ただ、最近入社したらしい。
ってことは、今は俺も同僚になるのか?

一緒に飲むことになって話してみれば、なかなか人当たりのいい和やかな女性だった。

おっとりしてるというのか、話すテンポがゆっくりと感じるのか……いや声か?仕草か?
とにかく梨佳が珍しく気を許せる相手らしいことはわかった。

出しゃばるでもなく、だからって人の話を聞いていないわけでもなく、どちらかと言えば聞き上手なのかもしれない。

それに、俺の素性を知ってても俺に色目を使ったりしないのがいい。
そこそこ整った顔立ちに、次期社長というステータス。
年も20代後半とまだ若いほうだろうし、一応フリーってことになってるし。

そんな俺を見て、まるで値踏みするような物色する視線を向けられることはなかった。
中には “良質の獲物が見つかった” と言わんばかりにアプローチを仕掛けてくる奴もいたりするんだが、この人は違うようだ。

ただ時々俺と梨佳を見て、ちょっと困ったような辛そうな顔をするのは俺の気のせいだろうか。


「自分達の親同士が、仲が良かったせいなのかもしれないですけどね。俺とコイツとあともうひとり。
”NIREGISHI CORPORATION” って知ってます?あそこの副社長が俺達の幼なじみで、
今でもよく3人で遊んでるんですよ」
「最近は裕平ちゃん忙しいから、ふみクンにまかせっきりだもんねぇ」
「仕方ないだろ。一体誰の会社のために、汗水たらして働いてると思ってんだよ」
「一応今は裕平ちゃんもウチの社員なんだから当たり前でしょ〜〜」
「なら、わかってんだろ」
「わかってますよぉ……仕事で忙しいんだって……」
「帆稀さん……」

ほんのりピンク色の頬っぺた膨らませて、酔って拗ねてる梨佳を見て彼女……久遠さんがクスリと笑う。

「だから、大人しく言うこときいてるじゃないのよーー!」
「わかった、わかったって」

こうなると、俺も梨佳についつい甘くなる。
昔からのクセで梨佳の頭を撫でてやる。
なのになにが気に入らないのか、文句を言い返された。

「もう!子供じゃないのに!」
「お前なんてガキだ」
「フンッだ!」

そんなやり取りを梨佳として、ふと久遠さんを見ると虚ろな眼差しで一点を見つめてる。

「……さん」
「…………」
「久遠さん」
「え?あ……はい」

何度か呼んで、やっと気づいてもらえた。

「酔われました?気分悪いですか?」
「え?」

ちょっとだけ驚いた素振りを見せて、すぐに今までと同じ顔に戻る。

「あ!いえ……ちょっと考えごとしてただけです。大丈夫です……スミマセン」
「今日、無理矢理誘われたんじゃないですか?」

昨夜が昨夜だったからな。

「いえ……そんなことは……」
「そうよぉ〜〜裕平ちゃん失礼じゃない!ちゃんと丁寧にお誘いして、飲みに来たんですぅ。
だいたい、もとはと言えば裕平ちゃんが、ふみクンの面倒を私に押し付けたからじゃない」

ああ……やっぱりそうか。
あのあとも、グダグダとやってたんだろうな。
もしかして、帰らないとか駄々捏ねたんじゃないのか?って、そうなるかもしれないとは思ってたけど。

「だって超ウザかったんだから仕方ないだろ。お前のほうが奴の愚痴を聞くのが適任なんだから
交代したまでだ」
「もう……あのあと大変だったんだから」

やっぱり。

「ちゃんと部屋まで送ってやったか?」

そのために運転手つきの車で来させたんだからな。

「そんなの無理に決まってるじゃない!仕方ないから、私の家に連れて帰ったわよ」

梨佳がそう言ったとき、微かに久遠さんの目が見開いた気がしたけど、すぐに何事もなかったように
俺と梨佳を見たから俺の目の錯覚だったのか?

「そっか……」

梨佳の家にねぇ……きっとあんな醜態晒して、鞠枝さんが黙ってるわけないだろうな……と安易に想像がついた。
後で聞いた話では、翌朝コッテリと鞠枝さんにしぼられたらしい。
まあ自業自得だから同情の余地はない。
俺の分もお説教喰らいやがれ!って気持ちもあったし。

そのあともしばらくの間、史明の顔を見ればそのことを持ち出され、小言を言われる日が続いたらしい。








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