想い想われ?



06




「久遠さん、久しぶりに今日飲みに行きません?」

定時の終了時刻を30分ほど過ぎたころ、同じ事務の三輪さんが私に声をかけた。

彼女も私とそんなに年が違わないはずで、1コか2コ下だった記憶がある。
私が入った次の年に、結婚して辞める人の代わりに入社したんだったけ。

その後、事務で新しく入った女の子はいない。
ひとりでは仕事の量がちょっと多いけど、ふたりなら残業もあまりしないで帰れるほどの量だ。
だから急な休みも、とりあえず片方が出勤していれば滞りなく業務はできる。
歳も近いせいか話の合うところもあって、時々ふたりで飲みに行ったり食事をしたりしてた。
たまに同僚の男性も混じることもあるけど、本当に時々だ。

「んーーごめん、今日はちょっと都合が悪いんだ。来週あたりなら」
「そうなんですか?じゃあ、来週まで楽しみにとっておきます」
「本当にごめんね」
「いえいえ。じゃあお先に」
「うん。お疲れ様」

印刷会社のここには女性の従業員は少なくて、事務の私と三輪さん以外では、
機械のほうにふたり女の人がいる。
結構若いと思うけどちゃんと専門の学校を出てる人達で、私達事務とは少し
勤務時間が違うから更衣室でもあまり会うことがない。

それでも、時々ある親睦会やら忘年会や新年会なんかではここぞとばかりに話したりしてる。
小さな会社だからか、従業員同士は結構仲が良かったりするかも。

社長はお父さんの後を継いだ2代目。
50代前半のちょっと気の弱そうな……でも仕事は真面目にやってて、従業員とも上手くやってると思う。

自分も着替え終わって会社の外に出ると、振り返って今出てきた自分の職場を見た。

楡岸さんの会社とは雲低の差のところかもしれないけど……私はこの会社が好きだなって思う。
できれば定年まで勤めさせてもらえたら嬉しいんだけど、今の世の中いつ不況の波に呑まれるか
わからないもんね。
それほど儲けてるとは思えない気もするし……先代の時にあった社員旅行も不景気で
いつの間にかなくなったって言ってたし。

まあ私は、それほど贅沢なんてできなくていいから、そこそこの生活ができればかまわない。


「さて……なんなんでしょうねぇ」

駅に向かって歩き出しながら、私はそんな言葉を呟いてた。
彼がケーキを持ってきた日から今日で1週間……なんか予感がする。

「今日あたり来そうなのよね……」

どうしてそう思うのか自分でもよくわからないけど、私の中のなにかがそう訴える。
だから三輪さんのお誘いを断ってしまったんだけど……。

約束をしたわけじゃないし……来るとは限らないのに。

でも、自分でも思う。
きっとこれ以上、間が空いたときはもう彼は私のところには来ないだろうって。

前会ってから1週間がよくわからないふたりの関係の目安のような気がする。
それは私の勝手な想像だけど、きっと間違ってないと思う。


今日は早目に家に帰ったきたから、夕飯は以前より早目に食べてしまった。
なのに……つい作ったおかずをひとり分取り置いてる私ってば……人がいいわよねぇ。

なんてラップのかかったお皿を横目に、お風呂に入るために着替えを持って浴室に向かう。

「この間に来ちゃったらどうしよう……」

そういえば、お互い相手の携帯の番号もメールアドレスも交換してなかったことに今さらながら気づく。

「うーーーん」

だからって、来るか来ないかわからない人を待ってても仕方ないものね。
私は早々に気持ちを切り替えてお風呂に入った。


それから30分近くお風呂に入ってたと思う。
どうだったのかな?なんて思いながらも電気を点けっぱなしのリビング兼キッチン(まあ6畳くらいの部屋だけど)で、
濡れた髪を拭きながら小さなダイニングテーブルのイスに座って飲み物を飲んでた。

ピンポーーン ♪

「あ!」

なかなかのタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
どうなんだろう?もしかして彼?やっぱり彼??

「はーい」

ちょっと昔に建てられたこのアパートには、インターホーンなんて洒落たものはなくて
直接玄関で来客を確かめなければならない。

「どちらさま?」

なんて、本当は相手が誰だかわかってるのに。

「こんばんは。夜分にすみません、楡岸です」

あらまあ……なんて律儀な挨拶なのかしらね。

「はい。ちょっと待ってくださいね」

覗き穴から確かめることもなく、私は彼を玄関に招き入れた。

「こんばんは。どうしたんですか?」
「こんばんは。実はとてもおいしいって評判のお酒が手に入ったので、ぜひ静乃さんと飲みたいと思いまして」

玄関のドアをあけて視界に入ってきたのは、相変わらずのオーダーメイドのスーツを着こなして、
大型犬の耳とシッポをパタパタと振ってるような彼が、お酒が入ってると思われる紙袋を掲げて
ニッコリと笑って立っていた。

「あら……わざわざすみません」
「いえ、逆にいきなりお邪魔してスミマセン。でも、どうしても静乃さんと飲みたかったので……。
お邪魔してもかまいませんか?」
「簡単なおつまみしか作れませんけど、それでよろしかったら」
「かまいません。っていうか、ちょっとしたものなら僕も持ってきましたから」
「そうですか?すみません気を使っていただいて」
「そんなことないですよ。では、お邪魔してもいいですか?」
「どうぞ」
「じゃあ、遠慮なく。お邪魔します」

なぜかニコニコ顔の楡岸さんだった。

「タイミングがよかったんですよ。ちょっと前までお風呂入ってましたから」
「はい、知ってました。なので少し時間を潰してまた伺いました」
「え?そうだったんですか?」
「部屋の電気も点いてましたし、浴室の電気も点いてましたから。
静乃さんがいるのはわかってました。それでタイミング見計らってチャイムを」
「そうなんですか?」

私、鼻歌なんて歌ってなかったわよね?
無意識でしてたら聞かれてたかしら?それだったらちょっと恥ずかしいかも。
なんて変な心配した。

「あの……静乃さん」
「え!?あ!はい」

うっ!もしかして鼻歌聴かれてた?音程外れてた??

「今後のことも考えて……携帯の番号とメールのアドレス教えていただけますか?」
「はい?」

思ってもみなかった話をふられて、つい間の抜けた返事をしてしまった。

「あの……変なことには使いませんし、くだらないこともしませんから。
今日みたいに時間がわかればそれに合わせて伺うこともできますし」
「…………」
「静乃……さん?」
「え?」
「イヤだって言うのなら無理にとは言いません……けど?」

彼が窺うように私を見てる。

「え?あ!いや!ち……違います!楡岸さんから言われたのがちょっとびっくりししちゃって」
「携帯の番号とアドレス聞くことがですか?」
「はあ……まあ……ほら、最初に会ったときは聞かれなかったから……」
「ああ!いや……自宅も知ってることですしね。携帯で連絡するなら直接来て話したほうがいいかな、
なんて思ってまして。でも静乃さんの予定わからないのは、この先不便かと思いますし」
「…………」

これから先って……どのくらい先までのお付き合いを予定してるかしら?

「ダメ……ですか?」
「え?あ!そ……そんなことないです。とにかく中にどうぞ。こんな玄関先で立ち話もなんですから」
「そうですね。お酒飲みながらゆっくり話しましょう」

彼にスリッパを勧めて奥の部屋に向かう。

「今日の夕飯は煮魚だったんですか?」

持ってきた紙袋をキッチンのテーブルの上に置くときに取り置いておいたお皿を見たらしい。

「はい。残りものですけど食べます?」
「いいんですか?」
「かまいませんけど。楡岸さん夕飯は?」
「実はまだです」

言いながら、手のひらを後頭部に当ててエヘヘみたいな顔をする。
この人、見た目しっかりした好青年って感じなのに、どうも時々幼さもにじみ出てるのよね。
私の気のせいかしら?

「ならご飯食べますか?」
「ぜひ!!」
「くすっ……そんな力まなくても」
「あ!すみません……この前ここで食べたご飯の味が忘れられなくて……ずっと静乃さんの手料理を
食べたいと思ってたんです。」
「お褒めにあずかって光栄です」
「いやホントお世辞抜きで……おいしかったです」
「ありがとうございます。じゃあ今、温めなおしますからちょっと待っててくださいね」
「はい。あ!でも僕も手伝います」
「じゃあ、お酒の準備してもらってもいいですか?グラスとか小皿出してもらえると助かるんですけど」
「はい。喜んで」


また彼の頭にピコピコと動く耳と、お尻にはパタパタと振られる尻尾が見えた気する。








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